森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

土曜特訓コース

2009-01-31 23:03:55 | 日々の写真
 毎月1回、土曜特訓コースを開いている。2時間半の間、ほぼ指導対局中心で、人数も限定である。どの棋力のこどもでも一局目は平手で指導対局をする。始めの頃は平手だと、内容もボロボロだったが、最近は慣れてきて形にはなりつつある。
 平手と駒落ちで次から次からぶつかり稽古のようにするのだが、何局もやっていると総合の実力みたいなものが出るようだ。調子の善し悪しでなくて、普通に自然に平凡に指せるかどうかが大事みたいだ。10分切れ30秒なので、指導する側もウカウカすると時間切れが危ない。悩みは子どもによって2時間半がもたないことだろうか。
 とにかく「普通の手を指す訓練である」なのだ。これがなかなかできない。自分も含めてだが・・
 
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雨の太陽の塔

2009-01-31 08:05:19 | 日々の写真
 昨日は稽古で大阪に出た。阪急からモノレールに乗り変えるのだが、あいにくの雨で泣いているような太陽の塔だった。春夏秋冬、晴れの日ばかりでなくて、雨の日曇りの日もあるだろう・・ 
 モノレールに乗る楽しみは、広大な風景を見られることで、パノラマを手にしているようなものだ。高いところに上りたがり、遠いところに行きたがる、野次馬の基本である。
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元町散策

2009-01-29 20:51:32 | 日々の写真
 神戸元町の街角の光景である。ほとんど意味はないのだが、この黒い服を着た人形が気に入った。道行く人を眺めながら、何かを問いかけるようである。
 雑踏の中を歩いていると、それぞれの人の背中に、それぞれの日々の暮らしが浮かんでくるようだ。
 人形をポツリと撮っていると、通りがかりの人が過ぎて行く・・常に一瞬の情景である。
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春節祭

2009-01-28 21:48:34 | 日々の写真
 K君の葬儀に参列した後で、神戸の中華街の春節祭にでくわした。1月26日から2月1日までらしい。人でごった返す中をかきわけて歩く。別れはさみしいが、出会いと別れは人の世につきものとしか思うよりない。私はお祭りは苦手な方なのだが、今日は賑やかさに救われる想いだ。
 昼食を済ませてきたので、中華のおしいいごちそうを前に通り過ぎるよりないが、もったいなかった。
 イベント会場でこの写真の孫悟空の撮影会をやっていた。孫悟空のように、空を飛んで見たくなった。
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山下清展に行く

2009-01-27 21:32:39 | 日々の写真
 伊丹市立美術館の「山下清展」に行った。山下清展は以前にも白川郷に行ったときに見たことがあるが、今回は大規模な展示で、山下清の世界を堪能した。
 とにかく根気のよさと、記憶力と、デッサンのきれいさに驚く。貼り絵の前に鉛筆で書いている絵の線もきれいだった。山下清は負けずきらいだったらしく、将棋でもムキになったらしい。山下清の使った大衆駒?も展示されていた。
 解説の文がユニークで、くどいところとときどき嘘をついているような?言動が面白い。同じ言葉をくどく使うのが私も似ているので、いい加減さがわかるのだ。
 今日は後半バテたので、期間中にまた行きたい。美術館も体力がいる。
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一心寺に行く

2009-01-26 20:56:50 | 日々の写真
 旅の仙人、水津英夫さんの納骨から二年経つ。今年もお参りに大阪の天王寺にある一心寺に出かけた。一心寺はお骨仏の寺で、10年に1回、一体の仏様をつくるのである。年中お参りの人が絶えないことと、みんな公平に扱ってくれることから、頼ってくる人が多いという。無縁仏の碑もあって安心感があるのだろう。
「私も一心寺がいいなあ・・お参りの人も多くて賑やかでいいし」妻が言う。
 一心寺に来るときは、漠然と、先の世のことを考える・・ローソクの灯と線香のにおいに心が休まるのだった・・
 「やあ、森さん、いらっしゃい!」元気な水津さんの声が浮かんできた。
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去年の今日は?

2009-01-25 20:46:53 | 日々の写真
 昨年、2008年の1月25日は大阪の梅田に出て、山形の駒師、児玉龍児さんの駒展に挨拶に行っている。一年経つのは早いものだ。そのときに別注でミニ駒を依頼したが、私のずぼらで、書体の指定などで正式な依頼が遅れてしまった。児玉さんの駒は木地や好みの書体を選び、それから取り掛かるので、じっくりと腰を据えて作ってもらえるのだ。楽しみである。
 この写真は駒展からの帰りの夕景で、日差しが一面を覆いまばゆいばかりの世界である。私はこんな光線が大好きで、うっとりしてしまう。
 こういう(意味はなくても)写真を撮っていればご機嫌なのである。
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子ども教室、土曜コース

2009-01-24 21:30:16 | 日々の写真
 今日は子ども将棋教室の土曜コースだった。10時から12時までなのだが、11時30分過ぎに突如として電気が消えてしまった。てっきり子どものいたずらと思ってスイッチをひねるとすぐに電気がついた。かと思うと数秒後にまた消える。何度も繰り返すので、近所の電気屋さんに連絡する。幸い昨日、妻が一緒に食事したKさん宅が電気屋さんだったのだ。「ああ、これはコンバーター本体なので修理に時間がかかりますね」「すぐに直りませんか?」
 結局和室向けではなかったが、新しいものに取替えてもらって、今日と明日の教室には支障がなくなった。
 久し振りに私が三面指しの指導対局をしたが、棋力向上、教室雰囲気、対局姿勢など課題は山積みである・・新しい電灯になったが、明るくなって部屋の汚さが目に付くのは困ったものだ・・将棋の指導の難しさをますます感じる・・
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源さんの鳩胸

2009-01-23 20:54:32 | 日々の写真
 2007年4月12日の写真である。源さんの写真を順番に選んでアルバムにして思い出を綴っているのだが、まだ亡くなってから三ヶ月なのに数年前の出来事のように思えてくる。源さんは私からみると甘えん坊だが、すがたや姿勢は凛としたいでたちで、惚れ惚れするものがあった。これも我が家に来たときから雄とばかり思っていたせいもあるが、雌とわかってから唖然とした。
 「源さんは堅物だからきちんとした妻だろうねえ」妻が思い出すようにつぶやくのだった。
 源さんの思い出アルバム←クリックして下さい。
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はぐれ猿

2009-01-23 00:45:39 | 日々の写真
 箕面の大滝にいた猿で、はぐれ猿のようだ。群れから離れて(追い出されて?)ポツンと一匹。ボスの座をねらって負けたのか、集団の中で悪さをして追い出されたのか・・哀れな雰囲気を漂わせていたように見える。
 猿のボスは例えば群れの小猿が泣くと一目散に飛んできて、問題を解決するのだ。常に神経を張り巡らしているので、だいたい短命らしい・・
 はぐれ猿もそうだが、動物の世界も厳しい。生きていくのは大変だ。
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木の実拾い

2009-01-21 22:23:38 | 日々の写真
 箕面の猿が落ち葉の中で木の実を探して食べているが、米粒のような小ささだった。動物が自然の中で生き抜く急所は、食べるものと仲間の生存競争だろうか。
 山で食料が無くなってくると里に下りてくる。野生の鹿や猪も同じである。人間との共存は互いに領域を守ることだが、自然界のバランスが崩れると危ない状況になる。野生の動物は人に近寄りすぎてもよくないらしい。
 猿の集団の暮らしを追ってみると面白いだろうなあ・・
 
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箕面の猿

2009-01-20 20:22:13 | 動物と花
 今日は縁起を担ぐために勝尾寺に行った。その途中で猿の集団に出会う。近くに看板があって①食べ物を与えない②食べ物を近づけない③猿に近寄らないとあったので、初めは車の中で見ていた。
 落ち葉の中の木の実を拾って食べているみたいなので、そばにいたハイカーみたいな人に聞いて見ると「これですよ」と小さな木の実を見せてもらった。
 ハイカーの人に教えてもらった通りに「こんにちは」と猿に挨拶してから写真を撮った。小さい実なのでなかなかお腹がいっぱいにはならないだろうが、今は、箕面の猿を自然に戻す試みに取り組んでいるそうだ。
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帰省する

2009-01-19 22:56:31 | 日々の写真
 今日は帰省する。昼前に着き、午前中までデイサービスにいた母を出迎えに行く。以前、ここで指導対局もしたことがあるので、私もなじみの場所である。昼食が終わってこれからカラオケタイムらしい。私の母はカラオケ大好きで、以前ここで「王将」を歌われて気恥ずかしい思いをしたが、母はへっちゃらである。
 柔道初段の免状を取ったばかりという若々しい専務さんと談笑中の一枚。また将棋を指しに来よう。
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若水、新年会

2009-01-18 19:28:25 | 日々の写真
 1月17日に、宝塚のホテル「若水」で昨年と同様に一門の新年会を開いた。奨励会の弟子は暮れのディナーショーで締めくくる。今は奨励会の弟子の方も生存競争がますます激しくなっているように思う。
 先のことを考えると憂鬱なことばかりなのだが、それぞれに背水の陣で心するよりないのである。
 この写真とは無関係なのだが、あれこれと考えるのだった。
 
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震災14年

2009-01-17 18:40:53 | 日々の写真
 阪神大震災から14年経った。今年も一門の新年会を兼ねて、震災で亡くなった弟子の船越隆文君の住んでいたアパートの空き地に集まった。
 歳月は記憶や思いを徐々に風化させる・・だからこそ、忘れてはいけないことをきちんと刻みこむことが大切な気がする。
 今年はいつもより暖かい日差しで、気持ちも幾分やわらぎながら、弟子達とともに追悼の行事に参列した。いつまで続けられるかわからないが、船越君のすがたを思い浮かべると、やはりつらくさみしく、なつかしい思いがこみあげてくる・・
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