小林恵のNY通信

NY在住47年、2011年より東京谷中に居住。創造力をのばすためのエッセンス、スパイスをいれた私の暮らしの手帖です。

「ペンギンの行進」

2005-06-28 08:18:49 | ニューヨーク暮らしの日々
感動的ドキュメンタリー映画 

 リンカーンシネマで昨日見た映画は久しぶりに大感動であった。
南極の島、アンタークティカ。といっても世界で5番目に大きい大陸、
アメリカの半分の大きさで世界一寒い所だ。エンペラーペンギンのメ
スは1年に1度卵を産み、カップルで育てる。一年掛かる子育て中
に氷が解けて子供が死なないように、氷の一番厚い所を子育て地
ときめる。
 数え切れないペンギンの群れが秩序正しく1列になって夜も昼
も南極の氷の上を延々と歩く。ヨチヨチ歩きの歩き方は愛らしく、すべ
り、転び、ユーモラスでせつない。猛吹雪にも負けず延々と行進を続
ける感動的な一大ドラマである。 子育て地に着くと寒さをしのぐため
にお互いに隙間なく寄り添って立つ。卵を産む相棒を探し、見つから
ないペンギンは海に帰る。2ヶ月間卵を温めている間に父親は片道
870マイルも餌を求めて海へと歩く。餌を蓄えて帰り、母親と交代す
る。卵は足の間にいれて羽で保護しながら、割れないように注意深
く交代し、今度は母親が餌を求めて海へと歩き出す。ペンギンは115
日間絶
食に耐えることが出来る。防水の羽は体温を調節でき、鳴き声でお
互いを認知する。子育て中はお互いに忠実に愛し合う。寿命は20
年間。
 相棒は子育て中のみで毎年相棒を変える! 自然を受け入れ、
自然にそむかず、寒さと猛吹雪に必死で闘うペンギンたちの姿には
心を打たれる。 自分の体力の限界を知ったシニアペンギンは群れ
から離れて一人で遠くに歩き出し、風に吹かれて消えていく。
切なく、美しい光景だ。
 大自然の無常さと神の摂理を知らされて感動する。
映画が終わるとみな総立ちになり、大拍手が起きた。ペンギンに教え
られたすがすがしい1日であった。 

お勧めサイト:www.marchofthepenguins.com  
(NATIONAL GEOGRAPHIC)

「アメリカ製フォアグラ」

2005-06-26 22:09:39 | 

許しておくれ、ダックちゃん「フォアグラを食べないで!」

[無理やり食べさせて死んでしまう残酷な作り方反対!」
「フォアグラ生産、労働法違反!」
と動物擁護協会の人たちがニューヨークのレストランの前でプラカード
をもってピケをはっている。その結果は皮肉にもフォアグラメニューの
注文が多くなる・・・というアイロニーが今ニューヨークの話題。 
 ダックに無理やり食べさせ、其の胃フォアグラを食べるのは5000年
前からエジプト人が試みていた。ローマ人しかり。グルメを代表するフ
ランス料理はフォアグラが筆頭で世界の80%を消費する。季節移動
をするダックは長い移動飛行のために胃からエネルギーを補給する。
フォアグラは世界のグルメの心までとろかすベルベットの味、パラダイ
スの味、磨きあげられた味だ。
 ダックへ鎮魂歌を捧げるているのか、フォアグラは高価で富の象徴
でもある。 アイデアもやることも大きいのがアメリカだ。15年前から
アメリカでフォアグラの生産が始まった。ダックの口からチューブを差
込み、1日3回無理やりに餌を入れ込む。同じ人がやらないとダック
ストレスで食べることを拒絶し、胃は大きくならないばかりか、味も悪
くなる。3ヶ月するとダックの胃は普通の胃の10倍の大きさ、人間の
脳とほぼ同じ大きさになり、重たくて歩けなくなり臨終を迎える。羽は
ダウンに、胸肉はマグレットというグルメ肉。内臓はパテになり、捨て
るものは嘴だけというすぐれ者。人間への貢献か、或いは人間の犠
者か。 
 3ヶ月間1日も休めないので労働問題も大きい。アメリカの60%を
生産するのはニューヨーク州のハドソンバレーフォアグラ会社である。
1日5000羽、年間約25万羽、420トン、$17.5 ミリオンの大ビジネス
である。 カリフォルニアは2012年で生産を禁止する。オレゴン、イリ
ノイ、マサチューセッツ州も法案が可決した。ニューヨーク州もこれに
従う。プロテストが厳しくなるほど人々は食べたくなり、さらに高価に
なる。生産量が少なくなると又さらに価格は高沸する。人間の欲望
はは果てしなく、次の生産地はインドか中国だと言われている・・・
早く逃げろ!飛んでいけ!ダックちゃん!・・・ 


「お葬式の涙とお墓」

2005-06-18 02:50:26 | ニューヨーク暮らしの日々
明治の男、吉本さんの死 
 カソリック教会の広い聖堂の前列だけが親戚と友人でふさがって
いる。その前に置かれた棺はアメリカの旗で覆われている。35年前、
NYで初めてお葬式を体験した時のカルチャーショックは大きかった。

 帝人の創設者と同級生であった吉本さんは、パリで長いこと絹糸
貿易の仕事(当時日本の主要輸出産業)をしていたが、定年後も働く
べきだと帝人の創設者にすすめられ、NY帝人の監査役をひき受け
NYに居住していた。パリにいる時、一人娘で病身の父親の面倒を見
ていた、ヴァヨリニストのパリジェンヌに恋をした。父親は「ミスター吉
本と結婚するように」と言い残して他界した。吉本さんの結婚は、10
年以上も待った純愛物語であった。 吉本さんと私のオフイスは同じ
ビルディングにあったことで、縁あって吉本さんの二人の素敵なお嬢
さんに日本語を教えることになり、家族共々のお付き合いになったが、
吉本さんの死は突然にやってきた。棺の前でフランス人のミセス・吉
本は「ミスター・吉本は本当に紳士であった!」とさめざめと泣いた。

 外国で外国人と結婚した場合、友人が少ないのは当然ながら、
がらんどうの教会とアメリカの旗で覆われた棺、なぜかそれだけで国での死は悲しく、涙が止まらなかった。 あとでわかったことだが、
お葬式といえども人前でエモーショナルになるのはご法度だ。アメリ
カの友人の父親が亡くなった時、エレベーターの中で泣き出した娘に
母親は「泣くのはよしなさい!」と叱った。
 
 ある映画では、母親の死後家出し、結婚式をかぎつけて遠くから
やって来た父親に「ママが亡くなった時、パパは一番安いお葬式をし
たわ」と冷たく言われて父親はがっくりとショックを受ける。  
 死への思いはさまざまだが、人々は亡くなった時、何か特別な愛
情を表したいと願ったり、記念碑を建てたいと望む。ケネディエアポ
ートからマンハッタンの摩天楼が見えるころ、両側に広がる不気味な
墓地に気が付くと思う。世界の先端を目指すニューヨークの裏側を最
初に見て、生きている今を考えさせられる瞬間だ。記念碑もいつかは
消える。泣いた人も、知る人もいなくなる。
 1765年の刻印がかすかに読み取れる墓石は何を語るのだろうか。
さまざまな人生の重なりの恩恵で進歩がある。無駄な時を過ごして
はいけないと思うこのごろである。

(写真はマンハッタン・トリニティ チャーチにて)

「肉体謳歌」

2005-06-05 12:55:22 | ニューヨーク暮らしの日々
お天とう様 太陽が出た!

 先週末のセントラルパークは久しぶりの太陽で日光浴の人々でに
ぎわった。アメリカには太め体格が多いが、均整の取れたかっこい
い肉体を誇る人も多い。フイットネスクラブで一番前にでる人は自信
に満ちた人たちだ。太めは自然と後列にまわる。しかも太めは長続
きせず、痩せる前にやめていく。自信が人間をさらに美しくしていく
のだろう。
 
 パークを走る人たちも美しい。ファッションも裸を誇示するデザイン
が大部分を占める。その昔、セックス専門店に売っていたような下
着が、今では下着専門店のウインドーを飾っている。其の下着を付
けるには美しい体が必要になる。アメリカ人の肉体的関心は絶大で
ある。細いだけでは魅力がない。健康美でなければならない。
しかし、シニアにも美しい人がいる。
自信の種類だっていろいろある。
思わぬことに出くわし、いろいろなことを考えながら歩くセントラルパ
ークの散歩はとにかく愉快である。