夢を持とう!ひとりぼっちは自己訓練
私の20代は忙しくてアッという間に終ってしまった。
ベルモードの帽子のデザイナーであった私は若輩のくせに良い仕事を沢山もらい、楽しく張り切って麹町のアトリエに通勤していた。パリから到着する夢のような帽子を手に取れ、かぶってみるだけでも幸せだった。しかし日本はまだ貧しかった。
当時ランチは、角パン2枚の間に真っ赤な甘いジャム、又はマーガリンを挟んでくれるサンドイッチで他にチョイスがなく、知らないので誰も文句を言わなかった時代だ。
給料は最低で交通費とサンドイッチで消えてしまったけれど、楽しい日々だった。
ある日友人が、ニューヨークの5番街にあったアン ディンケンという帽子屋が竜土町、防衛庁の隣に新しく開店し、「ベルモードからデザイナーを引き抜きたいと言っているけれど貴女どう?」と声をかけてくれた。給料は当時で8万円。ベルモードの30倍近かった。
アシスタントが二人付いた。夢中で働いたけれども、当時姉の家から通っていた私は、六本木への通勤は新宿で都電に乗り換え、満員電車での通勤は苦痛であった。3回遅刻し「今日で3回目の遅刻だ。もう我慢ならん!グッバイ」とドアからしめだされ首になった。「あのー、私の引き出しの中に私の物が・・・」というとアン ディンケンはドアの外で待つ私の前に引き出しを持ってきて通リにひっくり返し、バチンとドアを閉めた。
ニューヨークでは驚くことでもない日常の出来事であるけれども、当時の私は初めての
凄い経験で蒼白になった。
「オー可哀そうな恵!」と友人たちは同情してくれ、寄ってたかって御客を連れて来てくれた。大京町にあったアトリエはいつもお客様や友人たちで満員。満員御礼がずっと30歳になるまで続き、寝る時間もなかったけれども、多くの方々から人生を学ばせて頂いた大切な20代であった。
いつも人に囲まれていた私は一人になりたい願望が強く、1964年、戦後初めてツーリズムが解禁された4月、半年の休暇を取って13カ国のビザを申請し、世界旅行に出かけた。 当時、ニューヨークは夢のような処だった。何もかも面白く、毎日毎日マンハッタンをアップタウン、ダウンタウン、格子の道を歩きに歩き、3ヵ月がアッという間に過ぎていった。
ある日、42丁目5番街の図書館の前で日本語の歌声が聞こえてきた。
「上をむうゥいて、あるゥーこうおォう!涙がこぼれェないようおォォに・・・」
背の高い黒人が、本当に反り返り上を向いて日本語でキューちゃんの歌を歌っている。
その黒人が歌う日本語の歌はカルピスを飲む様な思いだった。
上を向いて歩こうのアメリカ版タイトルはスキヤキといい、大流行していたのだ。ニューヨークの街角で初めて聞く日本語。彼の足元のビールの空き缶には5セントか10セントが投げこまれた。
当時コーヒーが10セント。ドーナツが5セント。地下鉄は均一にどこまででも15セント。
私の泊っていたレキシントンのYWCAの本部のホテルが一日、7ドル50セントだった。
869、ナカムラ八大、エイ六輔、九ちゃんのトリオが作った「上を向いて歩こう」の歌は石ころを飛ばしながら歩きたくなる歌だ。「私は今ニューヨークにいる! そうだ。上を向いて歩こう。ひとりぼっちを楽しもう」と。
そこで47年間もマンハッタンで暮らすとは夢にも思わなかった。ニューヨークから引っ越しの荷物が届いたのは今年の3月11日の2日前だった。
このたびの東日本大震災でまたこの曲が歌われるようになり、繁栄に甘えていた日本人は今やっとこの歌の”一人だけ”の一人ぽっちの意味がわかり、涙をこぼさないで歩いて行ける人々に接し、感慨深くニューヨークを思い出している。いろいろのひとリぼっちがあるだろう。しかし、一人ぼっちがどれだけ人間を育んでくれることか。友人の大切さを学ぶ。開拓時代、相互協力が必要だった時、コミュニティの大切さをアメリカ人は学び助け合いとアイデアを大切にしてきた。アメリカの力強さだ。開拓時代この歌があったならばアメリカ中の大合唱になったかも知れない。今日本は国作りの原点、助け合い精神に皆が目覚めていると思う。涙をこぼさず、上を向いて歩かねばならない。励まし合う良い時に日本に帰ってきたこのチャンスに感謝している。
私と同じ年の永六輔さんが書いたこの歌。
私がアメリカに行く時、流行っていたもうひとつの歌は ”有楽町で逢いましょう”だった。
時の流れで有楽町の橋はもうないけれど、六輔さんも健在で、心に響く日本の歌があることは嬉しい。 そして今,日本で 「六輔さんよ。ありがとう!」と書いているのも嬉しい。
お風呂の中で”有楽町で逢いましょう”の歌にかえて、フランク永井調に歌っている。
上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
思い出す春の日 一人ぼっちの夜
上を向いて歩こう
にじんだ星をかぞえて
思い出す夏の日 一人ぼっちの夜
幸せは 雲の上に
幸せは 空の上に
上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
泣きながら歩く 一人ぼっちの夜
思い出す秋の日 一人ぼっちの夜
悲しみは 星のかげに
悲しみは 月のかげに
上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
泣きながら歩く 一人ぼっちの夜
一人ぼっちの夜
一人ぼっちの夜
(永六輔作詞)