冬になるとよく大群が見られる「アトリ」をネットで検索すると、日本書紀に天武7年(679)臘子鳥(アトリ)が
空を覆って西南より東北に飛んだ。同天武9年(681)臘子鳥が天を覆って東南から西北に飛んだという記録があ
るそうだ。
これを裏付けるかのように去年の3月「岐阜県郡上市の美山がアトリのねぐらとなっていて、最低50万羽はいる」
というニュース記事も見つけた。残念ながら私は数百単位の群れしか見たことない。この日の群れも10本の指で十分
カウントできる数だった。

アトリ雌

同雄

画面右から雌、雄、雄
空を覆って西南より東北に飛んだ。同天武9年(681)臘子鳥が天を覆って東南から西北に飛んだという記録があ
るそうだ。
これを裏付けるかのように去年の3月「岐阜県郡上市の美山がアトリのねぐらとなっていて、最低50万羽はいる」
というニュース記事も見つけた。残念ながら私は数百単位の群れしか見たことない。この日の群れも10本の指で十分
カウントできる数だった。

アトリ雌

同雄

画面右から雌、雄、雄