元気UPブログ

心が元気になるような記事を紹介するようにしています。

芸術家と創造力

2022年05月15日 | 日記
 我々一般人は、年を取る毎に創造力が衰えるのに、芸術家は衰えることがないの
だそうです。一体どうしてなんでしょうね。実際江戸時代の浮世絵師葛飾北斎など、
90才で亡くなる時「後5年生きられたら本物の絵描きになれたのに」と嘆いたそう
です。何とエネルギッシュなことよと、驚いてしまいます。

 この北斎先生、亡くなるまでに30回改名し、90回引っ越しをしたとか。その度に
創造力を搔き立てたのでしょうか。やはり我々一般人とは、感性が違うようです。
私の知り合いに、油絵を趣味で描いている友人がいるのですが、行くたびに部屋の
内装や庭の様子が変わっているのです。部屋が喫茶店風に変わっていたり、庭に手
作りの小屋が建っていたりと、これも北斎先生に通じるものがあるのでしょうか。

 それでは、創造力が衰える人はどうしたらいいのでしょう?時々講演依頼があっ
たりするのですが、目新しい考え方を作り出すことはもう出来ません。私は、これ
までに蓄えてあった知識を組み合わせて、1つの考え方を作ることにしています。
いわゆるハイブリット方式で凌(しの)ぐわけです。

 ここで大切なのは、知識を蓄えている引き出しがどれだけあるか、ということで
しょう。無尽蔵に創造力が湧いてくる人はいざ知らず、我々一般人は、多様な引き
出しを持っているほど、いずれ自分の身を助けてくれると思ったりするのです。

 

 

 

 
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これって変ですよね?

2022年05月06日 | 日記
 何か事件が起きる度に、いわゆる専門家という人たちが登場して、私はすべて知っ
ていますとばかりに解説してくれます。その都度、(何にでも専門家っているもんだ
なぁ)と感心させられてしまいます。でもチョッと待ってください。そんなに全てを
知っているなら、どうして事件が起きる前に警告を発してくれなかったのでしょう。

 政治にしろ経済にしろ、後付けでいくら説明されても、「後の祭り」だよなと思う
ことしばしばです。政治経済と競馬を同一に論じるのは如何かと思いますが、競馬予
想で人気があるのは、本命を手堅く推薦する専門家ではなく、人気の薄い馬のわずか
な可能性を取り上げる専門家です。当たる確率は当然低いのですが、それでもたまに
当たることがあるので、わずかな可能性にも説得力を感じてしまうのです。

 わずかな可能性を取り上げるというのは、難しいことだと思います。外れてばかり
だとオオカミ少年になってしまいますから。それでも、わずかでも可能性があること
を知って救われる人がいるなら、それは大きな意味があることです。信じる信じない
は受け手次第、それは競馬と同じでしょう。

 平和な世界に近づくことを願って、仕舞いこんでいた平和の象徴「鳩」のオブジェ
を飾ってみました。
              


 
 

 
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「雪国」を観て

2022年04月25日 | 日記
 川端康成原作の雪国が放映されました。小説を読んだのは50年以上前なので、
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」という書き出しを覚えてい
るくらいで、ストーリーのほとんどは忘れていました。

 そのせいか、雪国ってこんなストーリーだったのかと、却って新鮮な気持ち
で観ることが出来ました。主人公役の高橋一生は相変わらずでしたが、駒子役
の奈緒は印象的で、特に何度か繰り返された、「何となく好きで、その時は好
きだとも言わなかった人の方が、いつまでも懐かしいのね、忘れないのね」と
いう台詞は印象に残りました。

 何でもあけすけにハッキリ主張する現代の風潮の中で、駒子のような情緒的
な感性は、すっかり忘れ去られてしまったのでしょうか。『瀬を早み 岩にせ
かるる滝川の われても末に 逢わんとぞ思う』いう和歌があります。岩にせ
きとめられた川の流れがまた一つになるように、好きな人と別れてもまた逢い
たい、というような意味で、あけすけに言うより余程心に響きます。

 もう一度駒子の心に触れたいので、「雪国」を読み返してみようと思います。



 



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もうすぐ大型連休

2022年04月15日 | 日記
 もうすぐ大型連休がやって来ます。各地の名所旧跡にお出かけ予定の方もいらっしゃると
思いますが、せめて神社仏閣についての基礎知識に目を通してからお出かけください。

 どんな神様を祀っているかで、神社は3つのタイプに分けられます。自然界の精霊を祀っ
ている神社、優れた人を神として祀っている神社、恨みを残した人が怨霊にならないように
神として祀っている神社の3つです。恨みを残した人を祀っている神社が意外に多いことを
ご存知でしょうか? 見分けるのは簡単です。参道の入口から拝殿まで、真っ直ぐではなく
折れ曲がっていれば、その神社は怨霊を封じるために建立された神社です。

 昔の人は、怨霊は真っ直ぐにしか進めないから、参道が曲がっていれば表に出られないと
考えていたようです。そんな怨霊を封じている神社に行って、(商売繁盛)やら(家内安全)
やら祈願たところで、恨みを残した神様に聞き入れてもらえるでしょうか? そうした神社
では、『どうかそこで安らかにお休みください。』と念じるのが、正しい参拝の仕方です。
             
 仏閣も、世の中の繁栄を願って建立されたお寺と、自分達一族の繁栄を願って建立された
氏寺、2つのタイプに分けることが出来ます。平等院鳳凰堂などは国宝になっていますが、
藤原頼道が自分が失脚させた人々を慰め、怨霊とならないように願って建てた氏寺です。

 俗世の願望などを祈願する際は、神社仏閣を選別されることをお勧め致します。
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前を向いて話してください

2022年04月08日 | 日記
 過日ウクライナのゼレンスキー大統領が、日本の国会でもオンライン
で10数分スピーチをしました。感心したのは、その間ただの1度も下
を見て原稿を読まなかったことです。前にスクリーンか何かがあったの
かどうかは分かりませんが、視聴者から目線を外しませんでした。

 ゼレンスキー大統領のスピーチと比較するのが妥当かどうか分かりま
せんが、我が国の大臣の記者会見なんか見ていると、簡単で短い内容に
も拘わらず、最初から最後まで下を向いて原稿を読んでいます。私の家
内でさえ、「あれ位のこと、原稿見なくたって話せるでしょうよ」と良
く言っています。

 ここで重要なことがあります。『普段考えていないことは咄嗟に話せ
ない』ということです。という事は、ゼレンスキー大統領は、普段から
考えているから10数分も原稿なしで話せた。原稿なしでは話せないと
言うのは、一体どういうことでしょうか?

 もう1つ重要なことがあります。私達はチョットでも目線を合わせな
いと、相手の顔を憶えることが難しいのです。一体私達は、何人位大臣
の顔を思い浮かべることが出来るでしょう?頻繁に交代する上に、下を
向いたまま話をしていては、なかなか記憶には残りません。とても残念
なことです。


 
 
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