元気UPブログ

心が元気になるような記事を紹介するようにしています。

田舎暮らしは難しい?

2015年03月29日 | 日記
 仕事柄、県外の人と会う機会が多いのですが、「田舎の生活は難しいですね」
ー時々こんな感想を耳にすることがあります。
 私が住んでいるのは50戸ほどの集落ですが、毎年3月末に総会があります。
この時に役員の改選とかが行われるんですけど、役職って、いくつあると思いま
す? 区長や会計など、なんと22もあるんです。2~3軒に1軒の割で、何かの
役を仰せつかっている計算です。こうしてみると、私の田舎は「秩序型社会」と言
えなくもありませんね。全員が「」という意識を持たざるを得ないので、自ずと
周囲に配慮しながら生活するようになってきます。
 難しく感じるというのは、「秩序型社会」に馴染めないということなんでしょうね?
しかしそんな田舎の生活も、「私」意識が大きくなるにつれ、「公」意識が小さくな
ってくるかもしれないし、その方が居心地良いと感じる人もいるでしょう。

 「公」の中に「私」が持ち込まれたきっかけは、ソニーのウォークマンだと言われ
ています。どこに居ても好きな音楽が聞ける、どこにでも「私」の居場所が作れる
ようになりました。今は差し詰め、スマホといったところでしょう。 「私」の場所が
ドンドン広くなり、大切な「公」がドンドン狭くなっていきます。


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1時間ドラマが面白い

2015年03月19日 | 日記
 最近の1時間ドラマは面白いですね。間延びした2時間ドラマより、ずっと楽しめます。
「相棒」は以前からファンですけど、「ゴーストライター」や「流星ワゴン」も面白かったし、
「○○妻」も毎週楽しみにしていました。
                  
 最終回放送で、東山がこんなことを言う場面があったんです。「最近、想像力のない人
が多くなっている。だから他人の痛みが分からないんだ。」まさにその通りだと思います。
   ・相手が服従するまでわめき散らす   ・動けなくなっているのに殴り続ける
   ・頭を下げて謝っているのに、更に頭を殴りつける
体の痛みや心の痛みを想像したら、こんなひどいことは出来ないはずなんだけど、こうし
たことが平気で出来ちゃう背景には、ゲームの影響があるんじゃないかと思うんです。
ゲームで相手を完全に倒すことに慣れてしまうと、現実の場面でもゲーム感覚でセーブ
が出来なくなってしまうしまうんじゃないか、そんな危惧を抱いています。
 江戸時代、ヤクザ同士で斬り合いをすることがあっても、負けた相手にとどめを刺して
殺すことはしなかった、戦えなくなればそれ以上やらなかった、と言う話を聞きかじった
ことがあります。現代人は江戸時代のヤクザ以下なのか、悲惨なニュースに接する度
に、そんなことを感じてしまうんですよね。

 
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帳尻合わせ

2015年03月09日 | 日記
 「私の車が凹んじゃってるのよ。」と言いながら、家人が買い物から帰って来ました。
どうやら、スーパーの駐車場で当て逃げされてしまったようなのです。見ると、後部の
バンパーが見事に凹まされています。ガッカリしているようなので、取りあえずスーパ
ーに、監視カメラを見せてもらえないか電話したのですが、警察の立ち合いがないと
見せてはくれないんだそうです。
 「あきらめるしかないね、警察に言うのは面倒だし。」と言うので、私も「仕方ないか。」
と一旦は思ったのですが、一方的に我慢を強いられるのも帳尻が合わないな、と思い
返しましてね。そこで思い出したのが、一時停止違反の一件です。先月一時停止違反
の切符を切られて、7千円罰金を支払いました。その時、(こんな小さな違反を見つけて
ないで、もっと役に立つことに時間を使えよ)と思ったことを思い出したのです。
 家人は面倒くさいと言うのですが、今度は私達のために役に立ってもらおうじゃないか、
そう思って警察に電話しました。小雨の中を可愛い婦警さんが来て、監視カメラを調べて
くれたのですが、当て逃げした車は写っていなかったんだそうです。
 結局凹まされたことはあきらめるしかないのですが、私達のために婦警さんを動員した
ことで、「罰金7千円の帳尻合わせにはなったかな。」そんな話を交わしている内に、いつ
の間にか2人ともスッキリした気分になっていました。



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人の輪・パート2

2015年03月01日 | 日記
 人の輪はとても大切ですが、中には危険な人の輪だってあります。「居心地が良いから」
という理由だけで出来た人の輪は、とても大きな危険を孕んでいるような気がします。
 こうした輪には、自分の居場所が他にない人が集まってくるんですね。類は友を呼ぶ、と
言うことなんでしょう。落ちこぼれた人や仲間はずれにされた人、学校や家庭を恨んでいる
人が集まると、その輪は反社会的な性格を帯び易くなります。そして反社会的であることに
居心地の良さを感じると、その中では正しいことが通用しなくなってしまいます。
 上村君という少年が殺された時、どうして助けを求めなかったのか、どうして周りは気付い
て上げられなかったのか、そんな声がありました。しかしそれは難しいことだったと思います。
反社会的であることに居心地の良さを感じている人達は、干渉されないように、周囲を高い
塀で囲ってしまうからです。
 個人情報の保護やら個人のプライバシーに、社会全体が神経質になっている中で、まして
高い塀で囲まれている中に声を掛けるなんて、一般市民だけでは無理でしょう? 深夜に自
転車に乗っている子ども達に、一般市民が声を掛けられるでしょうか? 顔にあざを作ってい
る知らない子どもに、私達が声を掛けられますか? 上村君の事件は、私達が真剣に考え
なければいけない問題を突きつけられた事件だと思うのです。 
 


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