mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

あと12年も

2017-03-24 15:54:52 | 日記
 
 去年の8月に、私にほっとしたことが一つあった。8月17日で、親父の没年を越えたことである。親父は73歳10か月と7日を生きた。次は長兄の77歳を超えることと、次兄と話しをしていた。
 
 ところが先日、日本の男性の平均寿命が80歳を超えたと新聞報道があった。(あと6年か)と私は思った。それを見たカミサンが「あなたの兄弟の平均で、元を取らなくちゃいけないんじゃない?」と妙なことを言う。私は男ばかり五人兄弟。そのうち、末弟は64歳、長兄は77歳で、三年前に身罷っている。残る兄弟は、いま、次兄76歳、私74歳、次弟69歳。
 
 その残り三人ですでに亡くなった兄弟の分も生きて、せめて平均寿命を兄弟間で生きるようにしなくちゃ、というのがカミサンの計算のようであった。はははは。笑ってはみたものの、はて、何歳まで生きれば「元が取れるか」。計算してみた。
 
 なんと残り三人が86歳と4ヶ月生きて、やっと平均寿命分生きたことになる。あと12年。あと6年が倍になった。「元を取る」というのは、親世代から受け継ぐ「健康寿命」を、日本全国ではなく、わが家系に限定して推奨しようという「たくらみ」である。それにはぜひとも、五人男兄弟の平均値で全国平均をしのいでおかねばならないというわけだ。
 
 いやはやたいへんな荷物を背負わされてしまった。残る三人の一人でも目標値を超えないと、再び、寿命を延ばさなければならなくなる。これはたいへん。どうか、残る兄弟の皆さん、お元気でお過ごしくださいってわけだ。

さほひめに逢う奥武蔵稜線歩き

2017-03-23 13:21:16 | 日記
 
 《春の初めの歌枕、霞たなびく吉野山、鴬さほひめ翁草、花を見すてて帰る雁》と梁塵秘抄にしるされた「春」をみつけに、奥武蔵の稜線を歩いた。前日は、一日中の雨。それも久々に、道路に水たまりができるほどの降りであったから、晴れ渡る青空はまさに天の恵み。いそいそと小川町駅からバスに乗った。空気は冷えている。
 
 降り立った内手(打出)のバス停は、槻川に沿う山間の入口にある集落。川を渡った先、登山口までの緩やかな斜面に畑や田んぼが開け、農作業をしている人がいる。梅の花が集落を彩る*3737。フキノトウがすっかり伸びている。おや、もう桜が咲いている。キブシがさりげなく花をつけている。登山道に踏み込むとよく手入れのされたヒノキの林を登るが、明るい陽ざしが脚の運びを軽くしている。
 
 30分ほど上ると「七瀧大祓戸大神」の社がある。その脇に古いフジがまとわりついた大木が悲鳴を上げているように屹立している。アカマツの古木も木肌をざらつかせるようにさらしている。「あっこれって、シュンランですよね」と前方で話が交わされている。カメラを間近に寄せてシャッターを押したが、ピントがぼけてしまった。スミレが咲いている。葉に翼がないからノジスミレだろうか。わからない。二本木峠に着く。歩きはじめて1時間10分。12月に下見で歩いたときと5分と変わらない。いいペースだ。
 
 二本木峠のキャンプ場をみて愛宕山の下に着く。女性陣は愛宕山554mに上る。男たちは一休みをとる。「何もなかった」といって女性陣が降りてくる。木立に囲まれ見晴らしがなかったのだ。皇鈴山にむかう。いつしか広葉樹の落ち葉を踏んで歩く明るい稜線になる。ササの葉が生い茂った上が皇鈴山679m、今日の最高峰である。西の方に両神山がかすんで見える。20分ほど稜線をすすむと、見晴らしのいいピークに着く。小さな住居が荒川の左岸に密集して広がる寄居の町が一望できる。町の南の方、荒川の右岸に位置する大きな工場がホンダの工場である*3764。ふと後ろを振り返った誰かが「あっ、ここが登谷山だ」と声を立てる。山頂の隅にある木の幹に小さな木札に書いた山名が張り付けてある。なんとも質素というか、投げやりというか。
 
 「お昼はどうするの?」とkwrさんが尋ねる。「釜伏山でとりましょう。あと30分ほどです」と応じる。登谷山から少し下って舗装路に出る。車が行き来する。馬酔木がたわわに花をつけている。右手の斜面一面にソーラーパネルが張り巡らしている。「埼玉皆野発電所」と表示がある。山の景観としては、まったくの艶消しである。その先に、釜山神社があった。鳥居の脇の「狛犬」の首が落ちて下に置いてある。この地の狛犬は狼と謂われているのが、よくわかる。牙があるのだ。黄色の花をつけたミツマタがにぎやかだ。その脇にロウバイも黄色の花を開いている。釜山神社の本殿では「海四輝威神」と記した扁額が掛けてある。
 
 神社の裏を登り、降って、再び岩の連なりを上る。釜伏山の奥社に行く。その先に「展望台」があり、寄居の町を観ながらお昼にする。11時35分。下見のときとほぼ同じ時刻である。かたわらの枯れ木に4mほどの木の先に藁を丸めた束を縛り付けたのが、高々と立てられてある。「秩父の龍勢みたいだね」と誰かが言う。そういえば、この風布という土地には、秩父事件のときに吉田町から逃れてきた人たちが住み着いた記録があったと思い出した。その習俗の名残だろうか。「あれ、この黄色の花は?」と誰かが訊いている。「ダンコウバイよ」と応える声が聞こえる。やはり似たような黄色の花をつけているが、どこがどう違うか、私にはわからない。
 
 12時、歩きはじめる。舗装路をそれて塞神峠から山道に入る。落ち葉が積もる斜面を回り込むところで皆さんが立ち止まる。なになに? と尋ねるとカタクリがある。「あと一週間だね、咲くのは」と誰かが言う。みると登山道の通る斜面の両側全体にずいぶんたくさんのカタクリの斑の入った葉がある。「あっ、足元! 踏んづけてる!」と声が上がり、Aさんが飛びあがる。それほどたくさんの群落だ。「来週、寄居から登るといいね」とodさん。「エイザンスミレだ、これ!」と声が上がる。何輪かが花をつけている。近くにも同じスミレが花をつけている。仙元峠だ。石の方向案内柱が建てられている。「葉原峠」と書かれた文字面の90度方向へすすむがすぐに、行き詰る。文字面を背にした方向へ行くのが正解であった。
 
 長瀞川の植平集落へ向かう分岐もあり、その先に植平からやってくる峠もあり、ほどなく葉原峠の林道に出逢う。それを横切り大平山へ、再び斜面を登る。下見のときにどこでミスしたろうかと思いながら私は、先へ歩を進めた。大平山の山頂への踏路で道が分かれ、トラバース道へ踏み込んだのが、ミスしたいんだと分かる。大平山の山頂は、眺望もなく、ただのピークに過ぎなかったが、「小林山538.6m」と山名を記した小さな板が針金でつけられている。そう言えばこの山の下山口には「小林ミカン園」というのがあった。そうか、ここは小林さんちの山なのだ。
 
 スギ林の斜面をどんどん下る。下山中にまた、カタクリの群落に出逢った。ここでもあと一週間ほどのつぼみがついていた。舗装路の減算口に着く。梅の花爛漫であった。蜜柑が木に熟れたまゝ腐りかけてもいる。カンツバキが見事な花をつけている。ユズとミカンの葉の見分け方も教わった。ユズの葉は葉柄のところから小さな葉が出て、達磨のように二段になっているのが面白い。アーモンドの花と聞いて驚いた。一輪だけが咲いていたが、アーモンドの木が畑のようにして植えられている。橋のたもとにサンシュユが黄色い花をつけている。「あれっ? こんなに輪郭がしっかりした花だったっけ?」と思った。
 
 波久礼駅に着く。2時45分。歩きはじめてから6時間だが、まだまだ皆さんの脚は歩けそうな様子であった。標高差が450mほどだからですよとkwrさん。急な斜面がなかったからとotさん。76歳の健脚が続く限り、この会はやめられないと思った。

面妖なデジタル

2017-03-21 16:51:04 | 日記
 
 つい先日(3/16)、「馴染めないデジタル社会」と題して、突然動かなくなり「メーカーに修理に出してください」という表示が出たプリンタのことを書いた。「(部品保存期間を過ぎたので)修理受付もできません」とメーカーのつれない返事に、ブラックボックスが多くなった製品(とその時代)には馴染めないと愚痴をこぼしたわけだ。
 
 だが、じつは明日、山の案内がある。その地図を用意しなければならないから、プリンタを買うことに決めた。といっても連休中はお店が混み合う。昨日お昼頃、山歩ついでに量販店へ偵察に行き、近ごろのプリンタがどう変わってきているのか事前調査をしてきた。この五年ほどの間にずいぶん変わっている。まず、両面印刷ができるようになった。これは紙の節約になる。カラー印刷の7色というのもできている。印刷の一枚当たりの経費も表示されていて、A4版カラーが7.6円から0.6円までピンキリである。むろん印刷速度も速くなっている。何より驚いたのは、「大容量タンク」と銘打って、印刷インク満タンにすると一年分もつというのが出ている。インクボトルで補充する形だから、これはいい。これまでは、インクカートリッジの購入で費用が掛かった。しかも、ひとつの色カートリッジがなくなるとプリンタ全体が動かなくなる。一色が7、800円するから、6色パックのお得な方を買う。そうすると、いらない色がどうしても出てくる。プリンタが壊れたりすると、買いおいたインクが使えない。メーカーは、新製品を出すごとに、それまでのインクカートリッジが使えない新型に切り替えて、インク需要を減らさない工夫をしている。それがボトル補充になると、無駄が省ける。加えて一年分(私らの使いようだとたぶん2、3年分)補充が要らないというのは、結構なことだ。インク代を考えても、機器そのものが1万円ほど高くても、結果的には安くつくといえる。でも、これまで使っていたメーカーと違うから、ちょっと不安であるけれども、まあ、この辺りかなと見当をつけた。
 
 そうして今日、雨。買い替えにいくことにした。車で故障したプリンタももって行って処分してもらおう。ついでに、買いおいたインクカートリッジが6色ひと箱と3つのカートリッジもある。これもあげて来よう。そう考えて、プリンタを運び出すことにした。ほんのちょっとした出来心なのだが、取り出す前に、抜いたままにしておいたコンセントを入れてみた。と、「不正な方法で電源が切られました。電源ボタンを押して切ってください。」と、妙な表示が出る。前回動かなくなったときにコンセントを抜いて切ったことを非難しているのであろう。それにしても、「B=200」という故障表示コードと「修理に出してください」という表示が出ていない。今回の標示にしたがって、電源ボタンを押してスウィッチを切り、再び電源ボタンを押してスウィッチを入れる。すると、まったくいつものように「印刷準備ができました」という画面になったではないか。
 
「えっ、なおったの?」と思いつつ、印刷するべき箇所の地理院地図を表示しプリントアウトすること3枚、無事に出力し、作成することができた。プリンタはまったく、モンダイがない。まいったなあ、デジタル。休ませておいたら、なおってしまった。カミサンのご機嫌のようなものだ。ああ、いやいや、口が滑った。ブラックボックスは、これだからわからない。もし私がコンセントを繋がずに量販店に持ち込んでいたら、そのままクズになっていたであろう。なぜなおったのか。デジタルの「故障」に、コンセントを抜いて電源を切るというイレギュラーな「事態」をぶつけたら、デジタルがイレギュラーの方に反応して、最初の「故障」の方をスキップしてしまったということだろうか。まったくわからないところが、これまたブラックボックスである。
 
 そういうわけで、せっかくのプリンタ最新事情も役立たせることなく、明日の山準備を進めているのである。

「権威」のライト・ノベル

2017-03-21 08:12:30 | 日記
 
 なんでこんな本を図書館に予約したのだろう。届いたのでさかさかと読んだ。今野敏『マル暴総監』(実業之日本社、2016年)。遠山金四郎ものというか、暴れん坊将軍ものというか。でも、主役でも舞台回し役でもない。主役は気弱なしがない暴力団担当の警察官。その立ち位置が、読む者の気分を代表し、視線を読者の側に引き寄せる。この作家が得意とする警察のヒエラルヒーも、ほんのお飾り程度。事件の捜査も、警察官同士の情報探査や提供の「貸し/借り」、情報屋や暴力団との駆け引きに姿を変えてポンポンと進展し、ミステリーですらない。ただひとつ、警視総監と平巡査というヒエラルヒーの立ち位置がもたらす「権威への平伏」が滑稽に感じられるのは、人生の終幕に身を置いている私の立ち位置によるのだろうか、それとも、時代が「権威」を笑い飛ばすほどにフラットになってきているせいなのだろうか。そんなことを思った。ライトノベルだ。

知識は何を足場にして存立するのか

2017-03-20 20:34:20 | 日記
 
 今月の「ささらほうさら」の講師は長く理科教師を務めてきたWさん、テーマは《天変地異とホモサピエンス》。A4版9枚のペーパーを用意していた。大きく分けるとテーマは三つ想定されていたと考えられる。
 
(1)人類史と天変地異――自然との闘い、
(2)日本の直面してきた天変地異――台風・大震災・津波・火山噴火、
(3)東日本大震災における福島原発事故とそれへの対応。
 
 いずれも直近の、あるいは近々に日本を見舞う(と考えられている)「災害」を取り上げて、人々がどう対応していたかを解析していく、と思われた。
 
 だが、その冒頭で《周期的に訪れる天変地異により、さらには地球温暖化の影響も強まる中で、高度な文明社会が破たんする日が近いかもしれない。》と大上段に振りかぶって「危機を煽る」から、話しが飛んでしまったのではないか。そう私には思えた。言葉を換えると、TVのワイドショーのように「問題」への関心を煽り、思考軌道をわがものに取り込んでもっていこうとしている、と言おうか。聴くものにあまりモノを考えさせないやり方である。
 
 では、どこにもっていこうとしたのか。それが不分明なのである。講師・Wさんの関心自体が散乱してどこに焦点を絞っているのかわからないようであった。
 
 たとえば(1)に絞れば、直近の氷河期が「わずか10年ほどの間に突然終了した」ことを軸に据えるかにみえた。氷河期のメカニズム、それ以前とそれ以後の人類史的な差異、それ以来の間氷期がいま終わる時期に来ているのかどうか、それと地球温暖化と言われていることとの関係と、地球科学的な探究に進み、それと人類史のこれからを鳥瞰する面白さが浮かび上がる。あるいは、人類と大自然との向き合い方がどうであったかという哲学への道も拓かれる。だが、そうはならなかった。「氷河期の突然の終結」は、単なるトピックとして触れただけで通り過ぎる。
 
 あるいはたとえば、(2)に絞れば、プレートテクトニクス理論に基づく関東と駿河にぶつかり合う4枚のプレートと、その潜り込みの様子を図示したプリントが用意されている。プレートテクトニクス理論の概論ではもぐりこみということだけしか触れていないのに、Wさんの図は、潜り込みの接線部分(トラフ)を示すだけでなく、潜り込みの深浅ともぐりこむ距離とそれがもたらすひずみの部分を6カ所に分けて示し、それぞれについてM8級の、あるいはM7級の大地震が起こると指摘する。ふむ、それで? と聞きたいところだが、これについては、大きな災厄が起こるという「予告」に終わる。予知ができるかどうか、予知のメカニズムの詳細というわけでもない。来るべき「大きな災厄」の、具体的な様子がどのようなことなのか、でもない。私たちがそれにどう備えるのかという話に展開する兆しもない。
 
 同じ(2)に関して「生育歴の中での災害の記憶」として、Wさん自身が体験した、いくつかの台風被害(洞爺丸台風、伊勢湾台風、スーパー台風)の記述、チリ地震津波における三陸大船渡の様子、明治三陸地震津波、新潟地震、十勝沖地震などなど9件の記述も、その体験が彼自身のどのような輪郭の発見に至ったのかには踏み込んでいない。単なる「記憶」ですと放り出されてあるように見える。いわばTVのニュースフラッシュみたいなものであった。もし私が書きおくならば、たとえば、2、3歳のころの戦争体験という「災厄」が12歳ころまでの悪夢として持ち越され、それがわが身に刻んだ「記憶」として、どうアイデンティティの一角を占めているかに言及するに違いない。つまりWさんにとって体験した「災厄」は、通り過ぎていった風景みたいなものと感じられているのではなかろうか。彼の身体に痕跡を残していないようなのだ。
 
 なんと言えばいいのか、Wさんにとっては「災厄」そのものがみえているようなのだ。たぶん彼の心中では、客観的な事実、誰が見ても同じものは同じにとらえることのできる「事実」というのかもしれない。だがそこでは、彼自身の身がもっている傾きは抽出されない。言葉を換えて言うと、彼自身が当然と考えていること(や考えてもいないこと)はそのままに肯定されて、彼の思考の展開に組み込まれているのであろう。
 
 ま、上記のようなことを考えていたら、新聞の書評欄に佐倉統という書評氏が『クラウド時代の思考術』という本の紹介をしている中で、次のようなことを書いている。
 
 《厄介なことに知識があれば事足れりというわけではない。地球温暖化のような複雑な現象になると、むしろ科学的知識の豊富な人ほど、自分の政治イデオロギーに適した解釈を下す傾向が強い。知識がイデオロギーを補強する役割しか果たさなくなるのだ。》
 
 つまり、自分がどこに足場を置いて物事を見ているかということを、片時も忘れてはいけないはずなのに、「科学的知識」はその足場を常に崩して物事を見る目を養い続けている。それに長く浸ってきた人は、自らの足場を「普遍」においてしまうために、自らの思考から「足場」が蒸発し、興味関心という探究心ばかりが単独先行して、「こと」が乱反射してしまうのではないか。だから、「モノゴト」自体がみえているという錯覚に浸り、「だからどうなの?」という足場を元にした人の疑問が入り込む余地をもたないのではないか。
 
 これは、「欲望」のひとつの形なのであろうか。ひょっとすると、近代の「普遍」の極まったかたちなのではなかろうか。そんなことを考える端緒になったように思う。