mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

潜在し、あちらこちらに噴き出す疲れ

2014-09-14 12:56:06 | 日記

 今週下山したのは10日のお昼すぎ。そのすぐ後のビールは美味しかった。だが、家に帰ってから夕食の時に飲んだ焼酎のオンザロックは、ことのほかマズイと思った。新しい焼酎の封を切ったわけではない。おっ、これはうまいと思って重ねて買った銘柄である。にもかかわらずマズイと感じて、1杯でやめてしまった。

 

 その日、じつはよく寝られなかった。そう思っただけかもしれないが、輾転反側、何度か目を覚ました。もうタオルケットでは寒いのかと朝になって考え、11日に軽い布団を出してもらった。もちろん、翌日は良く寝ることができた。お酒は飲まない。

 

 そうして12日、昨日のことだが、膝のあたりに少し違和感を感じた。痛いのではない。じんわりと、疲れているなあという感触である。もしこれが、山歩きの疲れからきているのだとしたら、「3日遅れの疲れ」。都はるみの歌にのせて、あんこ椿でも歌いたくなるほど、久しぶり。うれしい。でもお酒はほしくなかった。

 

 もうひとつ、昨日までにあった気になること。雑誌を読むのだが、中身が頭に入ってこない。関心のないことではない。ほほお、面白そうと思ってページを繰っている。何を書いているかもわからないわけではない。だが、すぐに中身が揮発してしまって、頭に何も残らない。実務的なことは、ちゃんとできる。今週半ばと来月初めの山の実施手配とプラン、宿やレンタカーの予約、鉄道の時刻調べなどなど、これには頭が働いている。それにかかわる人とのやりとりも、難儀しているわけではない。

 

 あるいはまた、新聞を読んで気になったことをメモしたり、おや、ヘンだぞと思うことを文章にしてみることもできる。だいたい大げさに、文章にする、というほどのことを考えているわけでもない。思いついたことをタイプしているだけである。その程度にはアタマは動いている。

 

 でも、本を読んでも、アタマが働かない。これも、疲れだろうか。

 

 ふと思ったのだが、もう何年も前に、藤田省三という政治学者が「集中力が続かなくなったので、研究活動を引退する」という趣旨の発言をしたことがあった。60歳代の後半だったと思う。私より10歳年上の人だったので、そうか、私もあと十年かと思ったものだ。いま考えてみると、そんな同列に並べて云々できるような「活動」ではなかったと思う。彼には彼の、おおよそ私が思いもつかないレベルの「活動」のことを言っていたのだと思う。それくらい、己に厳しい研究姿勢をもっていた方だ。「集中力が続かない」というのは、こんなことかと、差異を勝手に超えて働かないアタマをかかえている。

 

 こうして今日やっと、復したろうか。山に入る以前のように目が覚めた。朝5時。この回復ペースで行くと、週1、2日間の山歩きが精一杯なのだろうか。昨年は4日間の飯豊山歩きをこなした。だが、間違いなく年々下り坂の途上にある。

 気候は良くなった。でも自分の力量を推し量りながら、プランニングしなければならない。


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