空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

全身麻酔を舐めんじゃネ~

2024年06月10日 12時00分00秒 | 思考試行

いろいろ事情があったようで、手術時間が相当長くなり、麻酔等も追加があったのか、目覚めたときに、呼吸がうまくできず、痰も喉にからみつき、夢うつつの中、パニックを起こしたように思った。というのは、両足を抑えられ、両腕をつかまれて動けない記憶があるからだ。術後の話では、一切その話はでなかったので、苦しかったことのみ覚えていて、経過がそれほど明確には、わかってはいなかった。

術後、酸素マスクをつけられて酸素濃度が監視されるのだが、この呼吸が苦しい。鼻から息を吸うのはできるのだが、あおむけに寝ると鼻から息を吐けないのだ。喉の奥がはりついてしまうのである。仕方なく鼻から息を吸い、口から吐く。これは意識的にやらないとできない。酸素は鼻からチューブで入れているので、データーとしては酸素は十分といくことになる。呼吸が苦しいと言っても理解されない。絶望的な思いで朝を待つ。身体は足に機械装置が付いていて、エコノミー症候群がおきないようにふくらはぎを自動的に揉んでいる。身体にメスがはいっているから、ひねったりすると傷口に影響すると看護師からの注意もあり、なので、顔だけひねって呼吸を続ける。だが、それもそう簡単にはいかない。

手術当夜は、そんな具合で手術をしたことを悔やんだ。これほどの苦しさは初めてだったので、その意味では画期的であった。ロシアやイスラエルの爆撃にあっている人々の苦しみは如何ばかりだろうか。これしきのことで、この騒ぎをしているのはまことに情けないことだが、当事者となれば、そんなものだ。今死ぬか、それとも我慢するか、となれば、勢いで楽にしてくれと言いかねない、だらしなさである。

手術からもう日にちもたって、ようやく少しずつ不具合が軽くなってくる、と思えば、しばらくぶりの低血圧症がでてきたりして、頭はふらつくし、まだまだ油断ならないが、十分生にたいする執着は消えてはいないようだ。日頃は覚悟ができているつもりであったが、なかなかそんな腹の決まった状態ではないことがはっきりした。

いささか全身麻酔を舐め切っていたようだ。さっそく、耳鼻科へも行かなくてはならないと思っているが、そこで又、全身麻酔などと言われたら、どうするつもりか。まだ、腹は決まっていない。もう寿命の関係もあるので、放置するのもありだが、膀胱がんが擬陽性と宣告されていて、また、その検査の予定もある。結果によっては、また全身麻酔が待っている。生きるということは、なかなか大変なことである。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿