書名 「江戸にラクダがやって来た 日本人と異国・自国の形象」
著者 川添裕 出版社 岩波書店 出版年 2022
徳川吉宗の時代に象がやってきて、日本中が大騒ぎになった話は、本にもなっているし、小説になってもいるし、最後に象が飼われていたところにはその案内板もあるくらい有名だが、本書でとりあげられている文政4年に長崎に到着、その後10年以上にわたって日本中を見世物興行してまわったつがいのラクダのことはほとんど知られていないのではないだろうか。このラクダの旅と興行を、江戸見世物研究の第一人者が、まさに満を持して、書き下ろしたのが本書である。長崎で興行者の手に渡ったのち、江戸まで旅するなかで、大坂、京都と各地を興行、たくさんの人が押し寄せる。コロナ時代に読むとはっとするのだが、このラクダが日本を旅していたときは、疫病が広まっていたときにもあたり、疫病にさも効果があるような見せ方をしていたのには、思わずうなってしまう。本書はこうしたラクダの興行の旅を丹念に追いかけるなか、10年以上のこの興行があたっていた、それも空前のヒットであったことを明らかにする。こうしたことを実証できるのは、長年見世物研究をやってきた著者ならではのことである。さらに著者は、ラクダの旅が、興行だけでなく、さまざまな分野に大きな波及力をもっていたことを、巧みな資料蒐集と分析で、江戸の知識人たちのラクダへの学問的アプローチを明らかにしてくれる。圧巻は「駱駝之図」の図像、口上文を分析しながら、駱駝の民俗学、博物学のものへと広げ、まさに江戸の駱駝学ともいえるような世界を披露してくれることである。
そしてこれも著者の得意な分野である落語とつなげ、落語の大作「らくだ」でこの論考を締めくくるのは見事であった。
この他にもいままでの調査してきた舶来動物と見世物や、幕末から明治にかけて自らジャパンを演じることで、海外で活躍していた軽業師たち、いままでほとんど紹介されていなかったジャポニズムをビジネスにしていたチェコのホロウハや、サムライ商会などの活動、さらには著者が暮らす地元横浜の開国当時の遊廓神風楼についての論考を通じて、日本人の異国・自国の形象認識を明らかにしている。
知的興奮をかきたてられた刺激的な一冊である。
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