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資料:坂口太郎氏「源義朝の「逆罪」と「王命」─ 平治の乱、二条天皇黒幕説の誤謬─」

2024-12-21 | 鈴木小太郎 channel 2024
「源義朝の「逆罪」と「王命」─ 平治の乱、二条天皇黒幕説の誤謬─」(『古代文化』75巻3号(通号634) 、2023年12月)
https://x.com/rokuhara12212/status/1746794805563408773

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はじめに
Ⅰ 頼朝と兼実の対面
Ⅱ 桃崎氏による二条天皇黒幕説の提起
Ⅲ 源義朝の「逆罪」は平治の乱の挙兵を指すか?
Ⅳ 義朝の「逆罪」と頼朝
おわりに
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p84
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   はじめに

 このほど、桃崎有一郎氏が上梓した『平治の乱の謎を解く─頼朝が暴いた「完全犯罪」─』は、平治の乱について抜本的な新解釈を加えた問題作として、多くの読書人の注目を集めている。筆者の場合、最初に注意を引かれたのは、その副題であった。かの源頼朝が、平治の乱の舞台裏を暴いたという事実が、一体いかなる史料に見いだせるのか、また氏がいかにしてそれを解明しえたのか、「気鋭の学者が860年の封印を破る!」という帯のうたい文句も相まって、おおいに興味をそそられたのである。
 そこで、早速に該書を一読したところ、桃崎氏は従来の諸説に痛烈な批判を加えるばかりか、平治の乱の黒幕を二条天皇と論断するような、学界の意表を衝く斬新な新説を提起しており、まさに奔馬のごとき勢いである。その満々たる自信は、

【以下二字下げ】
 平治の乱は、ミステリーの題材として極上だ。これまで何人もの探偵(歴史学者)が平治の乱の解明に挑んだが、敗れた。事件を知る全員が痕跡を抹消・改竄して誤誘導するというトリックで、偽装物語〔カバーストーリー〕を信じさせられたのだと、私は考えている。
 しかし、私は偶然、抹消を逃れた証拠を発見した。自分の専門テーマではなかったが、今これを発表しないと、それらの証拠、特に頼朝の証言は今後何十年も気づかれないだろうと思い、本書を世に問うことにした。(13頁)

というプロローグの一節によく表れている。まさに歴史探偵の真打ちを以て自認する、桃崎氏渾身の一作というわけである。
 しかし、率直なところ、管見に従えば、桃崎氏の論証には深刻な問題点が認められ、異論を差し挟む余地は大きいと判断された。また、何らかの牽制を加えておかねば、桃崎氏の所論はいつしか無批判に受容され、万が一にも学説として市民権を得ることになりかねない。筆者が菲才を省みず成稿を急いだのは、ひとえにこの緊迫した危機感によるものである。
 以下、桃崎氏が提起した二条天皇黒幕説について、その拠り所となる証明の心臓部に焦点を据えて、いささか批判を加えてみたい。幸いにして、桃崎氏が平治の乱の理解に加えた歪みを矯正できるならば、筆者の欣快とするところである。

   Ⅰ 頼朝と兼実の対面

 『平治の乱の謎を解く』のプロローグでは、頼朝が暴いたという「完全犯罪」なるものが取り上げられる。ここで、桃崎氏は、「源頼朝の告白─天皇の完全犯罪」という小見出しを設け、九条兼実の日記である『玉葉』建久元年(1190)11月9日条の一節を示す。そして、ここに平治の乱の謎を解く突破口を得たというのである。
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p85以下
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 すなわち、桃崎氏によれば、平治の乱の黒幕が天皇であったという衝撃の事実を、建久元年の頼朝が政治的な「カード」として利用できたという。その天皇が、乱の当時に在位していた二条天皇であることは、該書の第8章・第9章で詳論されるが、証拠とする直接史料は、後年における頼朝の発言ただ一つである。桃崎氏は、これを以て「平治の乱の真相究明を可能にする決定的な史料」(166頁)と見込み、立論の根底に据えたのである。
 また、桃崎氏は、頼朝が<「朝の大将軍」たる今の私は、平治の乱の「王命」の結末だ>という自覚を、兼実に(そして恐らく後白河院にも)語り、何ら反論を受けなかった時、"鎌倉幕府の社会的定位"が達成されたと述べる。そして、「それは、平治の乱で「王命」に使い捨てられた義朝の無念の清算であり、源氏の朝廷に対する"貸し"の清算だった」(333頁)と論じるのである。
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p86
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   Ⅲ 源義朝の「逆罪」は平治の乱の挙兵を指すか?

 まず、桃崎氏の理解に疑問を抱くのは、頼朝から平治の乱の真相を打ち明けられた九条兼実が、『玉葉』に一片の感想すら記さないことである。仮に、頼朝の発言内容が「天皇の犯罪という大スキャンダルであり、それを暴けば朝廷の現体制を崩壊させることも可能だ」(10頁)とすると、突然このような物騒な秘事を打ち明けられた兼実の筆致も、何かしら驚愕をにじませるはずである。それが見えないのは何故か。
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p89
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   おわりに

 本稿では、建久元年(1190)の源頼朝が九条兼実に語った、「義朝の逆罪、是れ王命を恐〔かしこま〕るに依てなり」という発言について、その意味を明らかにした。頼朝のいう亡父義朝の「逆罪」とは、保元の乱後に、義朝が祖父為義を斬った事実を指すものに他ならず、その原因をなした「王命」は、斬罪の執行を命じた後白河天皇の勅命と考えなければならない。
 かくして、桃崎有一郎氏が、頼朝の発言を以て「平治の乱の真相究明を可能にする決定的な史料」(166頁)と論じたのは、史料の初歩的誤読による失考に過ぎなかったことが明らかとなる。ましてや、ミステリー小説もどきの「頼朝が暴いた「完全犯罪」」という見立てに至っては、一片の学問的価値すら認められず、二条天皇黒幕説も根底から動揺を余儀なくされるのである。事件の痕跡をかくも見事に見誤るようでは、哀しいかな探偵失格というべきであろう。
 さても、歴史書氾濫の昨今、世人の耳目を驚かす奇矯な説が、勢いよく飛び出す傾きがある。心ある読書人としては、剣呑な奇説の類にうかと乗せられ、物笑いの種になることは避けたいものであるし、学に忠たるべき史家にあっても、拙速を避けて深案熟慮の上に筆を進める、自重の態度が求められよう。奔馬は、たとえ千里を走るも、危うきを知らねば、ついに名馬たりえぬのである。
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