大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第104回

2017年08月21日 23時39分16秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou / Shou & Shinoha~  第104回
 



翌日も早朝から雅子、カケルとそして宮司がいつもどおり忙しく動いている。

渉がカケルに一歩遅れて目を覚ました。 隣の布団を見ると既にもう畳まれて押し入れの中に入れられたのだろう、カケルの布団がない。

「カケル、こんなに早くから・・・」 冬の空はまだ薄暗い。

薄暗い中そっと着替えをすると、布団の中に枕を入れてふくらみをもたせた。

「カケル・・・ゴメン」 カケルをだましているようで落ち込んでしまいそうになるが、一時でもシノハと逢いたい。

まだ寝ているであろう奏和と翼を起こさないように、そっと家を出ると朔風が身に沁みる。 ブルッと身を縮めると辺りをキョロキョロとして誰もいないことを確かめる。 

「うん、誰も居ない」

確実に目で確かめると山の入り口まで一気に走った。 茶色く色を変えているが、まだ幹に小指を引っ掛けている枯れ葉が風に揺れ、シャラシャラと音を立てるその音が寒さを煽る。

「さむ・・・」

ポケットの中に入れた手を握りしめながらも、足早に歩く。 枯れ葉や枯れ枝に挨拶をする余裕もない。 口から吐く白い息が顔を覆う。
磐座の前に行くと、いつも通り手を合わせ礼を言う。 そして「シノハさんに逢いたい」 そう言い、目を瞑った。
渉の残像が揺れた。

「嘘だろ・・・」

渉が起きるずっと前から磐座の前に居た奏和。 今日も来るはずだと踏んでいた。 
すると思っていた通り渉がやって来たというわけだ。 渉の足音が聞こえると身を隠していた。
渉の姿が揺れて見えなくなると姿を現し磐座の前に歩み寄った。 渉の立っていた位置に立つと、磐座の前で手をあちこちに振ってみる。 左右に歩いてみる。 磐座を覗いてみる。 頭を傾げる。
すると引かれているロープを跨ぎ磐座を触ってみる。 後ろを覗き込む。

「居ない・・・」 顎に手をやる。

「え? あ、待てよ・・・。 さっきの俺の動き、前に渉がやってたよな・・・」 眉間に皺を寄せて考える。

「そうだ! 俺の二日酔いの時!」 あの記者から友の話を聞かされた翌日。 

「たしか・・・海の日だった・・・うん、海の日だから渉が泊まりに来たんだ」 目だけを動かした。

「7月・・・ってことは、5か月も前から渉はここに来るとどうにかなるって分かってたってことか・・・」 腕を組む。

「でも、あの時には今の俺状態だったはずだ・・・いつからイリュージョンが出来るようになったんだ。 それにどうしてそれを知ってるんだ・・・」 完全にイリュージョンになってしまったようだ。


空を見上げた。

「雲がおかしい・・・」 そのシノハの前に渉が現れた。 途端、渉が膝から崩れ落ちた。

「ショウ様!」

「あ、ごめん大丈夫。 着地失敗」 支えてやれなかった、今も手を添えてやれない己が厭わしい。

立ち上がると膝頭を払った。

「川石で怪我はしていませんか?」 膝をついて渉の膝頭を見ようとしたが、残念ながらGパンで見えない。

「大丈夫よ。 こけるのは慣れてるから」 渉を見上げたシノハが両の眉を上げる。

「慣れているのですか?」

「うん。 よくこけるの」 渉の返事を聞いて、立ち上がりながらシノハがクッと笑った。

「あっ! 笑った?」

「いいえ。 笑っておりません」 言いながらも顔が元に戻っていない。

このシノハの笑顔をずっと見ていたい。

「絶対笑ったもん」 怒っては見せるが、内面から出るものは隠せない。

シノハが目を細める。

「あの・・・昨日はごめんなさい」 

昨日の自分はシノハを苦しめるだけだったんだ。 頭が垂れていく。

「ショウ様、謝らないで・・・顔を上げてください」

「困らせてしまったよね」

「決してそんなことはありません。 お願いです、顔を上げてください」

「私ね・・・」 ゆっくりと顔を上げシノハの目を見た。

「はい」 眉をハの字にして渉を見る。

「嘘じゃないの。 ずっとシノハさんと一緒に居たいの。 いつもいつもシノハさんと居たいの。 ここに、オロンガに来てもいい。 うううん、来たい。 でも、それを言うことでシノハさんが苦しい顔になるのがイヤなの。 シノハさんが笑顔でないとイヤなの」 シノハの顔を見る。
「私がオロンガに来たらイヤ? 私がオロンガに来たらシノハさんの笑顔がなくなる?」 これを最後にもう二度と聞かない。 すがる様な目でシノハを見る。

「ショウ様」 

どの言葉も嬉しい嬉しい言葉。 もしかすると二人で乗り越えられるのではないだろうか。 そんな錯覚さえ覚える。 が、それでは終わらないだろう。 己が渉の手を取りたいと思うように渉もきっと何かを思うだろう。

「ショウ様・・・」 シノハの苦し気な顔が渉の目に映る。

「ごめんなさい。 シノハさんの気持ちも考えずに。 もう言わない」

「ショウ様、我はショウ様の言葉が嬉しい。 我もショウ様と共にいたいのですから」 息をついで言葉を続けた。

「我もショウ様の笑顔を見ていたいのです。 ショウ様にはいつも笑っていてほしい」

(そう・・・ショウ様にはいつも笑顔でいて欲しい) その想いが心に突き刺さる。

「・・・うん」 

(オロンガに来てほしいとは言ってくれない・・・) 口を引き結んだ。

視線を下げた渉をシノハがじっと見る。 ほどなく、シノハが腰をかがめて渉を覗き込んだ。 

「こうして何も話さずとも、ショウ様の顔を見られるだけで我は幸せです」

「あ・・・え・・・照れる」 目を上げシノハを見ると頬を両手で覆った。

「もちろん声もお聞きしたい。 ・・・あ、言っていることがオカシイですね」

「シノハさんったら」 ふふふ、と笑う。 

シノハの心に一つの欠けを残して、渉の笑顔、渉の声が深く染み込む。

「あ、明日からはまた暫く来られないの」 明日も明後日もシノハに逢いたいのに。

「そうなのですか・・・残念ですが」

「シノハさん・・・簡単に諦めてくれちゃうんだ」 少し口が尖り気味だ。

「そんなことはありません! 明日も明後日もお逢いしたい」

プクッと渉の頬が膨らんだ。 

「ですが空の様子がおかしいですから」

「空? 昨日と何も変わらないけど・・・」 仰ぎ見る。

「いいえ、オロンガに住んでいると分かるのですが、明日には雨が降るでしょう。 今度の雨は長くなりそうです」

「そんなことが分かるの?」

「はい、オロンガはよく雨が降るのです。 ですからこの川に女は入ってこないのです」

「え? もしかしたら川が溢れるの?」

「はい。 大きく溢れます。 ですから当分はこちらに来られない方が良いです」

「逢えないの?」 

「ショウ様、空を見てください」 言われ斜めに指差された空を見た。

「白く月が見えませんか?」

「見える」

「今宵あの月は真円の月になるのです。 あの月が次の真円の時にはオロンガの川も一旦落ち着きます」

「シンエン?」

「はい。 一番大きく輝き一番明るく照らすときのことです」

(そっか・・・満月・・・満月のこと。 今日が満月、そして次の満月には川が落ち着いているのね)

「分かった。 ・・・でも長すぎる」

「ショウ様がこちらにこられた時に、溢れた川に流されては我がお助けしたいが、それも出来ないほどの川の流れです。 そんなことでショウ様を失いたくない」

「・・・うん」 

眉尻を下げる渉を見て、顔をほころばせながら衣の中をゴソゴソとすると手に何かを持った。

「ショウ様」

「なに?」

「気に入っていただけると嬉しいのですが」

出した手を広げるとその中には小さな青い作り物があった。

「え?」

「手を出してください」 己の掌に乗っているそれをもう一方の指でつまみ、渉の掌にのせた。 渉の手に触れないように。

「うそっ!」 掌の物を見ると目を丸くしてシノハを見た。

「気に入っては頂けませんか?」

「・・・そんなことない。 そんなこと・・・」 掌にある小さな青い鳥をよく見た。

「ジョウビキ?」 目を輝かせてシノハを見た。

「よく名を覚えていらっしゃいました。 分かりましたか?」

「もちろん! ジョウビキそのものだわ!」

「くちばしと頬の赤が青になってしまいましたが」

初めてシノハとゆっくりと時を過ごした時に見た鳥。 水を飲むときにクジャクのように尾羽を広げる青い姿そのままを青い石を削って作っていた。 赤いくちばしと赤い頬は青い石のままだが。

「そんなこと気にならない。 これって・・・石を削ったの?」 手に乗せたそれを、360度から見る。

「はい」

「石なんて削れるの? それもこんなに繊細に?」

「我は手先が器用だと言ったじゃありませんか」

「でも、石を削るなんて・・・墓石しか浮かばない・・・」

「ハカイシ?」

「あ、大きすぎるよね。 何でもない」 掌のジョウビキを凝視してシノハを見る。

「嬉しい、嬉しすぎて・・・あ、手は大丈夫?」 シノハの手を覗き見た。

手にはいくつかの傷跡があった。

「シノハさん・・・」 シノハの目を見る。

「我も、大きなことを言えません。 道具がないとまともに出来ないようです。 それに石で物を作ったのは初めてです。 ですがショウ様にはこの鳥をどうしてもお渡ししたいと思いました」 腰に差している小刀一つで作り上げた。

「どうして?」

「ジョウビキを可愛いと仰っていました。 そして我と共に初めて認め見たものですから。 それにジョウビキのコロコロと鳴く声がショウ様の表情と同じです。 ショウ様はコロコロと表情を変えられる。 我はその渉様のお顔を見ているだけで心が温まります」

掌にある青い石の鳥・・・ジョウビキをギュッと握り締め胸に当てた。

「シノハさん。 ありがとう。 とっても嬉しい、とっても大切。 一生大事にする」

「気に入っていただけたのでしょうか?」

「うん、もちろん!」

「良かった・・・」

「これ以上のものはないわ。 ・・・うん、私もシノハさんに何か作る!」

「あ・・・それは」

「どうして?」

「ショウ様は手先が不器用だと・・・」

「そんなのは乗り越えて何か作る!」

「そんな事をして手を切ったらどうするのですか?」

「パパみたいなことを言わないで」

「パパ?」

「そう、私のパパ。 工作のハサミを持っただけで、青い顔をするの。 心配性なんだから」 父親を思った。

「・・・ショウ様」

シノハの前には渉の残像だけが残った。


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