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大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第67回

2025年03月14日 20時35分01秒 | 小説
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第60回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


     『孤火の森』 リンクページ




                                 




孤火の森(こびのもり)  第67回




長い船の旅を終え船を降りると、馬車を乗り継ぎ七日ほどでやっと着いた。

「ここがアンチの」

船の中でサイネムが『若頭』 と言った時『若頭はやめてくれ。 もう群れの人間でもなければ、ジャッカ州の人間でもない。 安智で頼む』と言われていた。
荒波の中に凸凹とした岩がいくつも見える。

「ああ、オレの・・・オレ達の郷」

船に乗っているときに見た波とは全然違う。 白波を立たせ岩にぶつかる。 白波が浜を打ち付ける。

「荒い波ですなぁ」

ドリバスとリンゼンはジャッカ州を出て転々としたが、その時に海は見ていた。 だがこれほどに荒い海を見たことは無かった。

「アーギャンはどこに」

見渡した限りには、どこにもその姿は見えない。

安智の記憶は十四年前の事、最近のことなど分かりもしない。 その安智に代わってリョ―シャンであった波路が答える。
その波路もドリバスとリンゼンに、リョ―シャンではなく波路と呼んでほしいと言っていた。

「今は遊びに出てるんだと思う」

波路の口から出た “遊び” という言葉に、成体だというのにまだ遊んでいるということかとサイネムの眉が動く。

「幼体は?」

「泳げるのは一緒について行ってると思う。 オレもこの春には郷に居なかったから分からないけど、泳げないほどの幼体が岩に居ないということは、この春は生まれなかったのかもしれない」

そこへ「波路か?」 と声がかかってきた。 波路が声のした方に顔を巡らせると、知った顔がそこにあった。

「よう、白柏(しらかせ)」

「ようってお前、いつ戻って来てたんだよ!」

「ついさっき」

「兄貴は? 兄貴に会えたのか?」

波路が笑い、安智が苦虫をつぶしたような顔をしている。 笑いを治めた波路が親指で安智を指した。

「兄貴」

「え・・・?」

「久しぶりだな白柏。 お前も大きくなったな」

「え? えー! 安智の兄貴?」

安智が片方の口角を上げて笑う。

「波路の二つ上だったから・・・もう二十六になるのか」

三つ編みに括られた長い髪の毛。 郷に居た時には髪はこんなに長くなかった。 いや、この郷では誰もの髪は短い。 もしかして験を担ぎ、ずっと伸ばしていたのだろうか。

「安智の兄貴・・・」

白柏がドンとぶつかるように安智に抱きついた。

「安智の兄貴―!」


村長(むらおさ)の家である。

「話は分かりました。 遠路はるばる足をお運びいただき有難うございます」

話しは安智がした。 森の民の女王は森を出られない状況である。 だが時を取りすぎることを女王は是としなかった。 そして書に書いてあったような物はニッポニャンでは作れなく、そこでサイネムがやって来たということだが、それは呪で何とかならないかということであった。 あくまでもザリアンやゼライアの事情は話してはいない。

サイネムとしては挨拶も何もをふっ飛ばし、さっさと呪に移りたかったのだが、森の民とてどこかの森に入るとその森の主に挨拶をする。 それを考えると村長に挨拶をしないわけにはいかなかった。
それにドリバスとリンゼンには謝りには行ったものの、初めて顔を合わせた時と同様に名を名乗らなかったが、村長を森の主と考えると名を名乗らないわけにはいかなかった。

「ではサイネムさん、よろしくお願いします。 要りようの物がありましたらすぐに用意をしますので遠慮なく言ってください」

サイネムが頷いて村長の家を出ると辺りを見回す。 やはりアーギャンを用心しているのだろう砂浜から離れ、山を少し上ったところに家々は建てられていた。 坂を下り海岸を見渡すと、岩のあちらこちらに大型の生き物の影が見えた。

「あれがアーギャン?」

後ろで砂浜を踏む音がした。

「そう」

安智である。

「もう暗いな」

安智が眉を上げる。

「ゼライアにわたしの見たものが映りにくい」

それは視覚の共有ということである。
アーギャンの最近の様子や昔の様子は村長から聞いた。 今晩にでもゼライアに知らせる。

「明日から始めよう、時は少々かかる」

「サイネムに任せる」



窓ガラスを外からたたく音がした。 小さな嘴(くちばし)で突(つつ)いている音である。
千歳がそっと窓を開けると、一度上に飛んだ鳩が窓から入ってきた。 卓の上に下りた鳩の足元に括られている小さな紙を広げる。

「安智・・・とうとうやったか」

笙である十倉は千歳には千歳にしか出来なかったことがあったと言うが、納得出来るものではなかった。 だが自分が成しえなかったことを安智が成し遂げてくれた。
それは安智の住む村長からの連絡であった。



翌日早朝、サイネムが浜辺に座っている。 その後ろ姿をあちこちから村人が見ている。

「昨日はあんな髪色じゃなかったのに」

白柏が言うと村長も頷いている。 それを見た波路。

「呪で髪の色も瞳の色も変えてたんだ。 目立つからって」

聞いていた誰もがぎょっとした目をして波路を見る。 その内の一人がサイネムに目を移した。

「それにしても・・・あんなところに座り込んで海獣が襲ってきたらどうするんだ」

驚いてばかりではいられない、誰もがその声に頷いている。 今度は安智が答える。

「呪でサイネムの周りを囲っているらしい。 海獣には手が出せないそうだ」

「呪で囲う? そんなことが出来るのか?」

「そもそも呪とはどんなものなんだ?」

「オレも知らないがなんか色々と出来るらしい。 多分今は視覚の共有ってのをしてるんじゃないかな」

誰もが鳩が豆鉄砲をくらった顔をしている。


『ゼライア、見えるか?』

『はい、はっきりと見えます。 大きいようですね』

間違いなく見えているようである。

『儀式から得たことの整理は出来たか?』

『完全ではありませんが、かなり出来ました。 やはり時の女王は囲いの呪で移動をさせておられたようです。 囲いの呪は思い通りに使えるようになりました』

それは今回も囲いの呪で移動をさせるということになる。

『それは重畳』

『昨日聞いた頭数では、時の女王が作った結界の中までは連れて行けません』

群れのリーダーである頭(あたま)だけを連れて行けば、他のアーギャンはついてくるだろうが、あまりにも多すぎる頭数であるが為、時の女王が作った結界は遠すぎ、途中で挫折する亜成体が出てくるかもしれない。 そうなればサイネムが考えたことと同じことが起きてしまう。

『そうだな』

『もう少し辺りを見回してください』

サイネムが立ち上がり右の浜から水平線、そして左の浜へとゆっくり見る。 砂浜はずっと続いてはいるが、時折岩場に邪魔をされている。 海の向こうを見るとアーギャンが身を休ませることの出来る大小さまざまな岩が見えるが、その向こうには何も見えない。

アーギャンには身を休ませるための岩場、若しくは砂浜が必要である。 水平線辺りに何も見えないということは、海の向こうへ追いやってしまっては身を休ませるところがないということになる。 だからと言ってニッポニャンの海沿いに移動させるだけでは被害場所が変わるだけになってしまう。

『そうなるな。 だがここにあれだけ岩場があるということは、海沿いが崖になっていれば、そしてそこに岩場があれば』

『そうですね。 見ることは出来ますか?』

『アンチ・・・若頭に訊いて場所を移動する。 今は一旦切る』

『承知しました』

サイネムが指を合わせるとその形を変え視覚の共有を切る。 そこへサイネムに興味を持ったのだろう、一頭の成体が泳いで来た。

「おい、泳いできた!」

「気付いてないんじゃないか!?」

波打ち際に上がり、大きな体を上下に揺らせてどんどんとサイネムに近づいてくる。

「どうする!?」

「何があっても手を出さないようにと言われている」

「だが!」

「安智! 放ってなんておけないだろ!」

一人が櫂(かい)を手にし、走り出そうとしたが安智がそれを止めた。

「安智!」

「約束は守らなければいけない。 それに呪で囲っていると言っただろう、オレたちが手を出せばサイネムの呪を信じなかったことになる」

「信じる信じないの話じゃないだろが!」

アーギャンがどんどんとサイネムの前に進んでいっている。 何人かが櫂を持ち走り出したがもう間に合わない。

「あ!」

女子供が顔を逸らし目を瞑った。 男たちがもう駄目だと思った時、何かに弾かれるようにアーギャンの身体がのけ反った。

「え・・・」

だがそれだけではない。 アーギャンの身体が少し浮き上がり波を越え、ゆっくりと岩場の方へ飛んでいく。 アーギャンは何が起こっているのか分からなくなっているのだろう、虚を突かれたようにじっとしている。 そしてその巨体が岩の上に乗った。 サイネムが囲いの呪を解き、すぐに自らの周りにかけていた結界も解く。

「ど、どういうこと、だ」

「何が、何がどうなった」

それぞれがそれぞれを口にしている。

「あれが・・・呪」

安智とてサイネムが呪を使うことは知っていたし、その後ろ姿も見ていた。 だが呪そのものを見たことは無かった。 サイネムはローダルの力ではアーギャンをどうにか出来るわけではないと言っていた。 あくまでも女王の力でないと、と。 だがこれだけのことをやってのけている。 サイネムの言う通りであるのならば、今見た以上の呪の力を女王が持っているということになる。

「ブブ・・・いや、ゼライアにそんな力が・・・」

儀式の時の光景を思い出す。 あの美しい儀式の中で、どれほどのことが行われていたのだろうか。

「若がし・・・アンチ」

サイネムを見ていたはずだったのに、いつの間にかそのサイネムが目の前に立っていた。 決してサイネムが飛んできたわけではないが、誰もが固まったままサイネムを見ている。

「あ、ああ」

目が覚めたように返事をする。

「この辺りはみんなこのような浜か?」

「そうだ」

安智の返事にサイネムが顎に手を当て考える様子を見せている。

「それが?」

アーギャンを移動させるにあたり岩場があり、尚且つ人が住まない所はないかと尋ねた。

「海沿いが高い崖になっているのが一番いい」

安智が話を聞いていただろう村長を見ると村長が頷いてみせた。

「それはどこですか?」

安智の視線を辿ってサイネムも村長を見ると、村長がサイネムに視線を合わせて答える。

「ここから三日四日ほど歩いたところに、高い崖で仕切られたような海があると聞いたことがある。 浜はなく岩のみ。 だが、その岩にはかなり打ち付ける波があるらしく、海獣はそれを嫌がらないだろうか」

今のアーギャンの群れには今年生まれた幼体はいない。 それだけを考えると居付く可能性はある。 だが今村長が言ったようにアーギャンが荒い波を嫌がれば、来年以降生まれてくる幼体をどこで育てるか。

「いいえ、砂浜はありませんが岩浜があります。 確かに周りの岩には厳しい波は打ち付けてきますが、岩浜の中までは打ち付けてきません」

え? と、全員が後ろを見た。

「千歳!」

千歳はこの村の人間ではないが、安智とのかかわりや他のことでこの村にやって来ることが多々ある。 この郷を発った時から比べると、歳は重ねているようだが一目で千歳と分かった。

「村長から伝書を飛ばしてもらって、居ても立ってもいられなくて」

昨夜、千歳という者が居て、宮都の笙であるところの十倉の元に居ると村長から聞いていた。

「安智、か?」

安智に近づいてきた千歳が訊くと安智が頷く。

「もしかして夜中に馬を駆けさせてきたのか?」

そう言った安智を見て千歳が相好を崩し、更に歩を出すと安智を抱きしめた。

「よくやってくれた」

まだ十五歳だった頃の安智の背が伸びている。

「よく堪(こら)えてくれた」

肩幅も広く薄かった胸厚も厚くなっている。

「千歳・・・」

この十数年、どれだけ自分を責めてきたのだろうか。

『安智、安智、すまない、すまない』

あの時もこうやって抱きしめてきていた。

「由良が・・・世話になった」

安智も千歳を抱きしめた。

その二人の姿から目を逸らせたサイネム。 安智は双子が生まれる少し前から、ジャッカ州に来ていたと言っていた。 双子の歳から単純に考えて十四、五年ぶりに会うということになる。 積もる話もあるだろう。

(昨日もうるさかったのだからな)

昨夜は久しぶりに帰ってきた安智と村人たちが酒盛りでもしていたのだろう、それはそれはうるさかった。 村人とは昨夜で終わっただろうが、安智はさっき『夜中に馬を駆けさせて』と言っていた。 昨夜の中にこの男は居なかったのだろう。

サイネムが足の方向を変え海を見る。 さっき岩まで運んだアーギャンがのんびりと欠伸をしているのが見える。 この中をこの村人たちは舟を出して漁に出ているのかと思うと、生活の厳しさを感じずにはいられなかった。

暫くすると群れの中の一頭が海に入ったのを見て、次々とアーギャンが海に入って行くではないか。 狩りの時間となったようである。

「サイネム」

安智の声にサイネムが振り返る。

「こっちは千歳」

サイネムが軽く会釈をすると、千歳と紹介された男が深く頭を下げた。

「遠い所を有難うございます」

「さっき言っていた場所の方向を知りたい。 そしてその方向がよく見える、あまり遮へい物がない所に行きたい」

千歳にまともな挨拶もせず話を進めていく。 千歳もそれに何を思う様子を見せることなく、一つ頷いて「少々歩きますがこちらです」と踵を返した。
千歳について歩いて行くと海沿いの高台に着いた。 そして右手方向を指さした。

「この方向、歩いて三、四日のところに高い崖に囲われ入り江のようになっている所があります。 村長の言っていたのは間違いなくそこだと思います」

「そこには間違いなく岩浜はあるのだな」

「はい」

「では悪いが下がっていてくれ」

千歳と安智、村長とゾロゾロと付いて来ていた村人が下がる。
サイネムが座ったが目の端に村人が見える。 反対に言えば村人からサイネムの手元を見られるということになる。

「アンチ」

呼ばれ安智が走ってサイネムの後ろにやって来た。

「何か不便があるか?」

「わたしの背中を見る分にはいいが、私の目の端には誰も映したくはない」

安智が振り返ると幾人かの村人が、サイネムの視界に入るだろう位置に居る。

「かなり距離がある、すぐに何かが分かるわけではない。 それと呪を見たいと思っているのならばお門違いだ。 そのような呪は使わん」

「分かった」と言うと、村人をもっと下がらせ、サイネムの視界に入るだろう一団をサイネムの真後ろに付かせた。

「呪が見たいと思っているのならば、そのような呪は使わないということだ。 戻って今の内に漁に出る方がいい」

「そうだな、みんな戻ろう」

村長がみんなを引き連れ戻って行く。 この場に残ったのは安智と千歳と波路のみ。 安智は呪を使っているときのサイネムは無防備状態であることを知っている。 一人にしておくわけにはいかなかった。

村人が下がって行くことを認識し、サイネムが指を合わせるとその形をどんどんと変えていく。


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