『---映ゆ---』 目次
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村人たちの声が止まった。 ファブアが手に持つ旗を上げたのだ。
タイリンは石を投げ終えたが、的近くのその場を離れない。 また何か仕掛けるのではないかと自分なりに見張っているつもりであった。
シノハとドンダダが先程とは逆に並んだ。 ファブアがシノハを睨み据える。
(コイツに勝たせたくない・・・) 旗を持つ手が震える。
(くそつ! タイリンのヤツ要らないことをしやがって!) 歯を噛みしめて目先を落とした。
(何かいい方法はないのか!)
そのファブアの様子を見ていたガガンリの口元が緩む。
(何の計画もなく、行き当たりばったり・・・簡単に潰せる奴だ)
ガガンリがファブアを見ているように、その不遜な態度を口元以外からも看破している者がいるとは知らず、緩む口元を隠すようにか、なお一層口元が緩んできたのを抑えようとしてなのか斜め下に顔を俯けた。 バランガがその陋劣(ろうれつ)な態度に冷嘲を送る。
いつまで経っても旗が下がらない様子に村人が互いを見合った。
ファブアの一番近くに立っていた確認者が「ファブア! 何をしてる!」 大声を出した。 その声に気付き、クルリと身体を反対に向けると旗を持つ手を下した。
旗を持つ者が後ろを向くということは、一旦切るということである。
(さっきのアイツの馬駆け・・・次は絶対にドンダダは抜かれる) 顔を下げ、旗の柄を折れるほどにキリキリと握る。
(アイツがドンダダに何を言うのか・・・)
遠目にファブアを見ていたタイリンが5の的の確認者に目を送りながら、シノハの的の後ろを駆けだした。 それを見たシノハの眉が動いた。
「タイリン?」 ずっとタイリンを目で追っていると1の的と2の的の間に立ち、5の的の確認者を睨みつけている。
「ふ、タイリンはお前たちより、機転がきくようだな」 今度の嫌味は充分にサラニンに通じた。
「申し訳ありません」 サラニンが目を落とした。
シノハの走る馬筋、シノハへ反感を覚えているファブアの行動、これらを目に入れなければいけなかった。 だがトンデンの村人の前でゴンドュー村の二人が動くことは憚られる。 したがって誰が見ても不自然でないタイリンを動かすのが、サラニン達でなければいけなかった。 馬筋への妨害、そして今のタイリンの動きを本来ならサラニン達が指示しなければいけなかったのだ。
「タイリン、なにやってんだ。 ここは危ないからあっちに帰れ」 近くに居た2の的の確認者が言う。
「シノハさんなら大丈夫だよ」 タイリンの返事を聞くや、肩をすくめた。
「確かにさっきは見事だったが、万が一があっても知らんぞ」
「うん」
待っていたドンダダの馬が焦れてきたのか、足を動かしだした。
さっき大声を出した確認者がもう一度ファブアに声をかけた。
「ファブア!」
言われ僅かに顔を上げると、ゆっくりと振り返った。
(ドンダダの後ろ盾がなくなったら俺は・・・) 顔を上げドンダダを見ると悔しさに鼻の奥がツンとした。
(他の奴らにエラソーになんて言われたくない・・・) 旗を持つ手をゆっくりと上げる。
女たちは両の手の指を胸のあたりで組み、男たちは腕を組む者、手のひらの汗を衣で拭く者いろいろだが、皆が一様に固唾をのんでファブアの持つ旗を見ている。
ドンダダから目を外すと今度はシノハを見た。
(コイツは・・・) 上げられたファブアの腕が怒りに震える。
(コイツが・・・ドンダダに勝つことなんて許さない!) 思うと、旗が一気に下ろされた。
2頭の馬が同時に駆け出た。 が、すぐにシノハが僅かな遅れをとった。
2頭の馬がファブアを挟んで左右に走り抜けると、ファブアが振り返り馬上のシノハの後姿を睨み据えた。
(お前になど勝たせない)
僅かに先を走るドンダダが1矢目を射た。 遅れてシノハも射るとすぐに2矢目の矢を腰から取る。
その様子を見送るとファブアがシノハの的に向かって足早に歩き出した。
(やっぱりこっちに来た・・・) タイリンがファブアを見るともなしにシノハの馬を目で追っていたが、耳はファブアの足音に集中していた。
ファブアはシノハが最後に射る2の的、その2の的と3の的の間に立った。 僅かに2の的近くに。 2の的の確認者は2の的と1の的の間に立ってシノハとドンダダの走りを見ていた。
一瞬の隙をついてタイリンがファブアの視野から外れると、ゆっくりファブアの後ろに向かって歩き出した。
5の的にはシノハが先に射た。 前回と違って小さく左に回すと馬の腹を蹴り直線を走りだした。
遅れをとったドンダダが右に回し、直線を走らせると先に走るシノハが目に入った。
「っく!」
シノハが先に4の的を射る。 遅れてドンダダも4の的を射る。 シノハの乗る馬の足が段々と速くなる。
4の的と矢を射るシノハの姿をじっと見ているファブア。 タイリンが足音を忍ばせながら、あと少しでファブアのすぐ後ろまでという所まで近づいた。
確認者も村人たちもドンダダとシノハしか見ておらず、ゴンデューの3人以外は誰もタイリンの動きに気付いていない。
4の的を射たシノハが2の的に馬を走らせる。 それを見たファブアの手が僅かに動いた。 と、次の瞬間ファブアがその手を大きく後ろに振りかぶらせた。 目を見開いたタイリンがファブアの身体に飛びかかった。 バランスを崩したファブアの手から放たれた旗は、シノハの走らす馬に当たることなく、手前に落ちてしまった。
2の的を射たシノハは手綱を取るとそのまま馬を走らせ最初に立っていた位置を走り抜けた。
その時、ドンダダは2の矢を射ていた。 そして走り抜けた。
村人たちにどよめきが走った。 シノハの放った矢が的を外れたようには見えなかったし、明らかに馬駆けではシノハの方が早かったのだから。
「離せ! お前のせいで! お前のせいで!」
タイリンに飛びかかられて二人でともに倒れこんでいた。 タイリンも離れたいが、手がファブアの身体の下に挟まれて離れることが出来ない。
走り抜けたシノハが馬を回し、気になっていたタイリンに目をやるとファブアに拳固を食らっているのが目に入った。
慌てて馬を走らせる。 確認者と村人たちが何事かとシノハを目で追っている。
走らせていた馬から飛び降りたシノハがタイリンにまた拳固を落とそうとしていたファブアの手を掴みそのまま腕を引っ張ると、タイリンの腕からファブアの身体を離した。 勢いよく腕を引っ張られたファブアは、後ろに大きく尻もちをつき、その勢いのまま背中まで倒れ込んでしまった。
シノハが倒れているタイリンの上半身を引き起こす。
「大丈夫か?」 片膝をついて愁眉を寄せるシノハを見ると「はい」 と答えながらも幾らか頭に拳固を落とされたのだろう、しきりに頭をさすっている。 そのタイリンの目にファブアの姿が映る。
立ち上がったファブアがシノハの後ろから後頭部めがけて拳を振りおろそうとした。 タイリンの目が見開いた。
タイリンの目と後ろの気配でシノハが低い姿勢のまま身体を回すと、左腕でファブアの握られた拳の腕をはね、己の右拳をファブアの腹にみまった。
ファブアが両の腕で腹を抱えシノハの横に膝をついて倒れこんだ。
「あ・・・」 目を見開いたままのタイリンから声が漏れた。
「大丈夫だ、力は抜いている」 タイリンがファブアを気遣ったのだろうと思いそう言ったが、タイリンからは思ったことと違う言葉が返ってきた。
「は・・・初めてシノハさんの拳を見た・・・それもこんな近くで」
目を丸くしているタイリンの言葉に両の眉を上げたシノハが、馬の手綱を取り方向を変えさせた。
「タイリン」 言うと両の腕を合わせて見せた。
「え?」
「ほら、馬に乗れよ」
「え・・・でも」
「いいから。 誰が見てるなんて気にすることはない。 ほら、足を乗せてみろよ」 己の腕を目で指す。
横腹も肩も腕も殴られていた。 歩くには、少々痛みが走るかもしれない。 コクリと頷くと遠慮がちにシノハの腕に膝を置いた。 馬にまたがったタイリン。 シノハがタイリンに合うようすぐに鐙を短くした。
「足を入れて」 言われ、ソロっと鐙に足を入れた。
「そんなに深く入れちゃだめだ。 もっと浅く」
「あ、そうだった」 バランガに言われていた。
「手綱も取れるな?」
「でも・・・」
「バランガに教えてもらったんだろ?」
「あ・・・でも、あの時はバランガさんの馬だったから」
「大丈夫だ。 この馬はサラニンが躾けてくれた。 それに俺が横を歩くから。 ほら、手綱を取って、行
くぞ」
皆に見られていると思うと面映ゆいが、シノハが先に歩き出すのを見て手綱を取り、はにかみながらポンと横腹を蹴った。
呆気に取られて見ていた確認者達が慌てて自分の的の確認をし、向かい側に立つ的の確認に走った。
皆の元に帰ったタイリンが馬から降りると、ジャンムたちが寄ってきてまずはタイリンの身体を心配したが、すぐに一人で馬に乗っていたことに羨む声が上がっていた。
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- 映ゆ - ~Shinoha~ 第69回
村人たちの声が止まった。 ファブアが手に持つ旗を上げたのだ。
タイリンは石を投げ終えたが、的近くのその場を離れない。 また何か仕掛けるのではないかと自分なりに見張っているつもりであった。
シノハとドンダダが先程とは逆に並んだ。 ファブアがシノハを睨み据える。
(コイツに勝たせたくない・・・) 旗を持つ手が震える。
(くそつ! タイリンのヤツ要らないことをしやがって!) 歯を噛みしめて目先を落とした。
(何かいい方法はないのか!)
そのファブアの様子を見ていたガガンリの口元が緩む。
(何の計画もなく、行き当たりばったり・・・簡単に潰せる奴だ)
ガガンリがファブアを見ているように、その不遜な態度を口元以外からも看破している者がいるとは知らず、緩む口元を隠すようにか、なお一層口元が緩んできたのを抑えようとしてなのか斜め下に顔を俯けた。 バランガがその陋劣(ろうれつ)な態度に冷嘲を送る。
いつまで経っても旗が下がらない様子に村人が互いを見合った。
ファブアの一番近くに立っていた確認者が「ファブア! 何をしてる!」 大声を出した。 その声に気付き、クルリと身体を反対に向けると旗を持つ手を下した。
旗を持つ者が後ろを向くということは、一旦切るということである。
(さっきのアイツの馬駆け・・・次は絶対にドンダダは抜かれる) 顔を下げ、旗の柄を折れるほどにキリキリと握る。
(アイツがドンダダに何を言うのか・・・)
遠目にファブアを見ていたタイリンが5の的の確認者に目を送りながら、シノハの的の後ろを駆けだした。 それを見たシノハの眉が動いた。
「タイリン?」 ずっとタイリンを目で追っていると1の的と2の的の間に立ち、5の的の確認者を睨みつけている。
「ふ、タイリンはお前たちより、機転がきくようだな」 今度の嫌味は充分にサラニンに通じた。
「申し訳ありません」 サラニンが目を落とした。
シノハの走る馬筋、シノハへ反感を覚えているファブアの行動、これらを目に入れなければいけなかった。 だがトンデンの村人の前でゴンドュー村の二人が動くことは憚られる。 したがって誰が見ても不自然でないタイリンを動かすのが、サラニン達でなければいけなかった。 馬筋への妨害、そして今のタイリンの動きを本来ならサラニン達が指示しなければいけなかったのだ。
「タイリン、なにやってんだ。 ここは危ないからあっちに帰れ」 近くに居た2の的の確認者が言う。
「シノハさんなら大丈夫だよ」 タイリンの返事を聞くや、肩をすくめた。
「確かにさっきは見事だったが、万が一があっても知らんぞ」
「うん」
待っていたドンダダの馬が焦れてきたのか、足を動かしだした。
さっき大声を出した確認者がもう一度ファブアに声をかけた。
「ファブア!」
言われ僅かに顔を上げると、ゆっくりと振り返った。
(ドンダダの後ろ盾がなくなったら俺は・・・) 顔を上げドンダダを見ると悔しさに鼻の奥がツンとした。
(他の奴らにエラソーになんて言われたくない・・・) 旗を持つ手をゆっくりと上げる。
女たちは両の手の指を胸のあたりで組み、男たちは腕を組む者、手のひらの汗を衣で拭く者いろいろだが、皆が一様に固唾をのんでファブアの持つ旗を見ている。
ドンダダから目を外すと今度はシノハを見た。
(コイツは・・・) 上げられたファブアの腕が怒りに震える。
(コイツが・・・ドンダダに勝つことなんて許さない!) 思うと、旗が一気に下ろされた。
2頭の馬が同時に駆け出た。 が、すぐにシノハが僅かな遅れをとった。
2頭の馬がファブアを挟んで左右に走り抜けると、ファブアが振り返り馬上のシノハの後姿を睨み据えた。
(お前になど勝たせない)
僅かに先を走るドンダダが1矢目を射た。 遅れてシノハも射るとすぐに2矢目の矢を腰から取る。
その様子を見送るとファブアがシノハの的に向かって足早に歩き出した。
(やっぱりこっちに来た・・・) タイリンがファブアを見るともなしにシノハの馬を目で追っていたが、耳はファブアの足音に集中していた。
ファブアはシノハが最後に射る2の的、その2の的と3の的の間に立った。 僅かに2の的近くに。 2の的の確認者は2の的と1の的の間に立ってシノハとドンダダの走りを見ていた。
一瞬の隙をついてタイリンがファブアの視野から外れると、ゆっくりファブアの後ろに向かって歩き出した。
5の的にはシノハが先に射た。 前回と違って小さく左に回すと馬の腹を蹴り直線を走りだした。
遅れをとったドンダダが右に回し、直線を走らせると先に走るシノハが目に入った。
「っく!」
シノハが先に4の的を射る。 遅れてドンダダも4の的を射る。 シノハの乗る馬の足が段々と速くなる。
4の的と矢を射るシノハの姿をじっと見ているファブア。 タイリンが足音を忍ばせながら、あと少しでファブアのすぐ後ろまでという所まで近づいた。
確認者も村人たちもドンダダとシノハしか見ておらず、ゴンデューの3人以外は誰もタイリンの動きに気付いていない。
4の的を射たシノハが2の的に馬を走らせる。 それを見たファブアの手が僅かに動いた。 と、次の瞬間ファブアがその手を大きく後ろに振りかぶらせた。 目を見開いたタイリンがファブアの身体に飛びかかった。 バランスを崩したファブアの手から放たれた旗は、シノハの走らす馬に当たることなく、手前に落ちてしまった。
2の的を射たシノハは手綱を取るとそのまま馬を走らせ最初に立っていた位置を走り抜けた。
その時、ドンダダは2の矢を射ていた。 そして走り抜けた。
村人たちにどよめきが走った。 シノハの放った矢が的を外れたようには見えなかったし、明らかに馬駆けではシノハの方が早かったのだから。
「離せ! お前のせいで! お前のせいで!」
タイリンに飛びかかられて二人でともに倒れこんでいた。 タイリンも離れたいが、手がファブアの身体の下に挟まれて離れることが出来ない。
走り抜けたシノハが馬を回し、気になっていたタイリンに目をやるとファブアに拳固を食らっているのが目に入った。
慌てて馬を走らせる。 確認者と村人たちが何事かとシノハを目で追っている。
走らせていた馬から飛び降りたシノハがタイリンにまた拳固を落とそうとしていたファブアの手を掴みそのまま腕を引っ張ると、タイリンの腕からファブアの身体を離した。 勢いよく腕を引っ張られたファブアは、後ろに大きく尻もちをつき、その勢いのまま背中まで倒れ込んでしまった。
シノハが倒れているタイリンの上半身を引き起こす。
「大丈夫か?」 片膝をついて愁眉を寄せるシノハを見ると「はい」 と答えながらも幾らか頭に拳固を落とされたのだろう、しきりに頭をさすっている。 そのタイリンの目にファブアの姿が映る。
立ち上がったファブアがシノハの後ろから後頭部めがけて拳を振りおろそうとした。 タイリンの目が見開いた。
タイリンの目と後ろの気配でシノハが低い姿勢のまま身体を回すと、左腕でファブアの握られた拳の腕をはね、己の右拳をファブアの腹にみまった。
ファブアが両の腕で腹を抱えシノハの横に膝をついて倒れこんだ。
「あ・・・」 目を見開いたままのタイリンから声が漏れた。
「大丈夫だ、力は抜いている」 タイリンがファブアを気遣ったのだろうと思いそう言ったが、タイリンからは思ったことと違う言葉が返ってきた。
「は・・・初めてシノハさんの拳を見た・・・それもこんな近くで」
目を丸くしているタイリンの言葉に両の眉を上げたシノハが、馬の手綱を取り方向を変えさせた。
「タイリン」 言うと両の腕を合わせて見せた。
「え?」
「ほら、馬に乗れよ」
「え・・・でも」
「いいから。 誰が見てるなんて気にすることはない。 ほら、足を乗せてみろよ」 己の腕を目で指す。
横腹も肩も腕も殴られていた。 歩くには、少々痛みが走るかもしれない。 コクリと頷くと遠慮がちにシノハの腕に膝を置いた。 馬にまたがったタイリン。 シノハがタイリンに合うようすぐに鐙を短くした。
「足を入れて」 言われ、ソロっと鐙に足を入れた。
「そんなに深く入れちゃだめだ。 もっと浅く」
「あ、そうだった」 バランガに言われていた。
「手綱も取れるな?」
「でも・・・」
「バランガに教えてもらったんだろ?」
「あ・・・でも、あの時はバランガさんの馬だったから」
「大丈夫だ。 この馬はサラニンが躾けてくれた。 それに俺が横を歩くから。 ほら、手綱を取って、行
くぞ」
皆に見られていると思うと面映ゆいが、シノハが先に歩き出すのを見て手綱を取り、はにかみながらポンと横腹を蹴った。
呆気に取られて見ていた確認者達が慌てて自分の的の確認をし、向かい側に立つ的の確認に走った。
皆の元に帰ったタイリンが馬から降りると、ジャンムたちが寄ってきてまずはタイリンの身体を心配したが、すぐに一人で馬に乗っていたことに羨む声が上がっていた。