キュヴェ タカ/cuvee taka 「酔哲湘南日記」

新鮮な山海の恵みを肴に酒を吞み、読書、映画・音楽鑑賞、散歩と湘南スローライフを愉しんでいる。 

半世紀前の熱川

2024年07月24日 | Weblog
サゴシの刺身があり、夕方のサイクリングの帰りに取って来たミントでモヒートを作った。
刺身に合うわけじゃないけど爽やかだからね。
南瓜とズッキーニとモヤシのタジン鍋があり、ひじきとさつま揚げと人参煮、枝豆があったので、モヒートをもう一杯飲んで、その頃娘が猫と伊豆の土産を持ってやってきた。
猫はネズミ退治のためで、娘のところに二番目に来た子で、鷹揚な性格の雌だったが、もう妻が居間で抱えて離さなかった。
昨日娘は熱川に泊まっていたので、今朝ネズミの親子が捕獲されたの知らなかった。
台所で昼にキンショウメロンを喰っていたら、右側を黒い影が横切ったので多分鼠だと思うから、居間で抱きかかえてないで家じゅう徘徊させなきゃいけなかったんだけど、久し振りに猫を抱けたんで喜んだろう。

娘の土産は若芽、バジル、饅頭などだった。
熱川に泊まって下田まで遠出したようだが、最近の伊豆はどうなんだろうね、バブル期はもう大変な混雑で大変だったけど。
先日、熱川の廃墟をYouTubeで観たが、酷いもんだった。
卒業研究を千葉大学熱川暖地農場でやっていた1979年頃は、まだ長閑で、港のバーは土間で、小上りには炬燵があって、そこで島出身のオネエチャンと足を絡めてクサヤを肴に酒を呑んだ。
オネエチャンは美人じゃなかったけど素朴で人が好く、ママも学生からはたいしてカネを取らなかった。
農場へ遊びに来てくれて、100人は入れる温泉で一緒に風呂に入ったけど、美人じゃないが若くてオッパイがあって、息子が直立してそれを隠すのに大いに苦労した。
波浮港から来た踊り子が、湯ヶ島の共同浴場で、素っ裸で手を振っていたのが分かるんだよなあ。
あの頃の南伊豆と伊豆七島のほとんどの人は、今では考えられないくらい大らかで、与えられた運命に逆らわず一所懸命生きていた。



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ジンリッキー

2024年07月24日 | Weblog
四時過ぎに自転車で平学の野球練習場まで行き、5時前に帰ってきた。
風呂に入って、知人の庭からいただいたカボスでジンリッキーを作り、相撲の後半戦の頭の取り組みを観た。
正代負けちゃったよ。
一昨日は負けて、大村崑に突っ込んで面白かったが、もう少し勝たないとね、未だ老けちゃいけないよ。
部屋は涼しいしジンリッキーは美味いし、湘南の海が勝った。
10年前に高田川部屋の打ち上げであった時は少年だったが、いいオジサンになっちゃたな、もう少し気迫を剥き出しな相撲取れないのかなあ。
あれだけの身体持ってるんだから、鬼気迫ったら相手はビビるぜ。

御嶽海は飛猿に両廻し取られて、どうにもならん相撲だったが、もう一花咲かせるのを観たい。
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2年前に読んでりゃよかった

2024年07月24日 | Weblog
酷い暑さが続いているが、事務職ならいいが外回りなんかやってたら堪らないね。
若い頃、と云っても40代だったと思うが、部下の女性を連れて、あるいは連れられて都内へ出た。
帰りに大久保駅かなあ、当時は横浜より都内のほうが暑かったが、そこのホームで酷い暑さに二人で風呂に入ったように逆上せて、命に係わるよなあって話した。
あれが今までで一番暑くて参った経験だ。
別の女性とスペインへ行き、バレンシアの取引先で、生まれて初めて40℃を超える気温を経験したが、多分湿度が低かったせいなのか思いの外暑く感じなかった。

昼はルーローハンだった。
トマトッと卵スープ、胡瓜の糠漬け、キンショウメロン、水羊羹を食べた。
暑いけど食欲は一向に減退しない。
このケースは、冷房に部屋でじっとしてないで、表に出て汗を流さなきゃいけないんだろうな。

食後は坂本冬美「Songs」を聴いて涼んでいたが、1時間ほど期せずして昼寝となり、その後、及川幸久を読んだが、この人メルリリンチにいたせいで、金融商品や金融政策にすごく詳しくて、プーチンのウクライナ侵攻後のアメリカの経済制裁が如何に効いていないかということを、具体的に細かく説明してくれて、概要は分かっていたが細部にわたるまで分かり気分がすっきりした。

ディープステイトについても、人物名や団体や会社を名前を挙げて詳しく解説してくれるんで、実に分かりやすく、その部分でも気分がすっきりした。
回り道しないで、2年前にこの本を読んでいればよかったのにと思い、同時にその後を期待するのが人情だが、この後まとまった本を出していない。
DSの遣り口を書き切っちゃったから、後は今起きている事象をこの解釈で、皆さん独自に考えてよってことなんだろうな。

ウクライナの推移も予想出来たし、中東で戦争が起きることも予想出来、トランプの暗殺も予想出来たが、次はもう一度パンデミックかな。
余りにも分かりやすくて、もう少し手の込んだ仕掛けを考えたらいいんじゃないかと思うが、結局、力で黒を白にしちゃうから、人の目を欺くような面倒なことしないんだな。




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バブルって否定的な評価なの?

2024年07月24日 | Weblog
6時に起きて風呂に入り、朝飯を作った。
水茄子と茄子のオイル焼、シメジと茄子と豆腐と茗荷の味噌汁、マイワシの丸干し、サゴシの刺身、胡瓜の糠漬けを食べた。
水茄子は糠漬けにするのが一般的だが、オイル焼にしてみたが、白茄子に似ていた。
八丁味噌と味醂のたれで食べた。

今8時前だが、8畳の温度計は29.5℃で、今日も確実に暑くなるだろうね。
13時に35℃を超える予想が出ているが、そこまで気温が上がると外で何かをする訳には行かないから、どうしたって冷房の効いた部屋で過ごすことになり、ヤッパリ夏の読書は悪くない提案だね。

昔の音楽を聴いて過ごすのも悪くない、80年代には日本の音楽はある完成に達したから、懐かしさと共にその頃の音楽がいいねえ。
バブル期って何事にもおカネかけられたから、頂点を極めることが出来たんだろうな。
今の時代ってセコイから、このくらいでいいやって自己規制が働いて、挑戦的なことが出来ないから、過去に達したところより上に出ることは無い。
女性の服装や化粧についてもあの頃のスタイルに魅力を感じるね。
音楽や女性についてだけじゃなく、家電についてもヒット商品が生まれたのは、基本的にバブル時代の設備投資とふんだんな研究費によるよね。

失われた30年って云われるけど、アメリカがソ連無きあと脅威に感じたのが日本とドイツの経済力と技術力だったわけで、それを抑える政策を取り、見事にそれが功を奏したわけだ。
日本とドイツはもはやアメリカの脅威とは思えないけど、安易に考えていた支那、ロシア、インドなどの力が無視出来ないところまで来ている。
しかし、地政学的に考えて、これってユーラシアの中心部を構成している国家で、どう考えても世界最大の大陸で人口も多い。
ここが世界の中心だとすれば、アメリカは西あるいは東の島に過ぎず、ヨーロッパはユーラシアの西の辺境でしかないわけだ。


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ネズミが捕れちゃった

2024年07月24日 | Weblog
昨夜台所で飲んでいたら、ネズミがやって来て、ちょっとこっちを見て野菜籠の下の方へ入っていった。
最近は妻も長男も婿もネズミを見ており、割と警戒せずに台所へ出てきて活動していた。
そして真夜中になると天井裏で大運動会を始めていた。
家の柱などをがりがり齧って居住困難になるのは嫌だけど、結構可愛いもので、生き物が家に住み着くというのは悪いサインじゃない。

1週間ほど前から、それらしいところに3枚ほどを仕掛けていたが、巧くすり抜けるんで、ネズミのほうがジジイより知恵があるもんだと感心していた。
昨夜はネズミホイホイを野菜籠の出口に2枚仕掛けて寝た。

今朝5時に台所の窓を開けて風を入れようと行ったら、ネズミホイホイがぐちゃぐちゃになっていて、親子のネズミが掛かっていた。
最近は大騒ぎしているのでずいぶん増えているんじゃないの、どうにかしなきゃね、だけど掴まったらどうやって処分するのと、妻が昨夜心配していた。
親のほうは絶命していたが、子供はまだ生きていた。
町の動物の死体処理方法は、生ごみの日に町の指定の袋に入れて出すことになっているが、衛生上は焼却処分が安全なんだろう。

今回、片親と子供1匹ということは、まだ少なくとももう片方の親がいることは確実で、一般的には複数の子を産むから、子ネズミがまだいる可能性が高い。
ともあれ、当面の問題は子ネズミを如何するかだ。

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