キュヴェ タカ/cuvee taka 「酔哲湘南日記」

気儘な湘南暮し ー散歩に読書、映画、酒、そして時々釣り-

野球と釣り

2007年03月31日 | Weblog
昨夜は横浜スタジアムでセリーグ公式戦が開幕し、横浜―巨人が桜が咲き誇るなか強風と共に華々しく開催されました。小学校に上がる前から野球になじみ、入学と同時にバットとグローブを買い与えられ、当時街のどこにでもあった広場で暗くなるまで仲間と遊び続けたものです。ここのところ不入りの野球はあの頃の少年達がおじさんになったり、おじいさんになったりして球場まで足を運ぶ事が出来なくなったのが原因です。子供たちに野球に馴染んでもらおうと思っても、学校帰りに遊ぶ広場が無いのが大問題、根本的な街の設計から考えないとこんなこと一つも解決できません。野球が廃れたのも、いじめが問題化したのもむやみな街の開発が一因になったことは否定できない事実と思われます。

ルアーフィッシングに狂って40代前半を過し、“アングラーズワイン・シーバス”なるワインまで作り入れ込んだのですが、先日書店で村越正海さんが「職業釣り師の悠々釣記」を文庫から出されているのを見かけ、思わず購入いたしました。もう50に手が届く年齢ですが相変わらず情熱的に世界中を巡り魚を追いかけているようです。彼は小田原高校の後輩にあたり、小学校時代から小田原の海岸でルアーに興じ、高校時代は水泳部で自ら魚となり泳ぎまくり、東海大学水産学部時代には狩野川シーバスを追いつづけ、そして人に使われること無くフィッシングライターになられたつわものです。“アングラーズワイン・シーバス”をお送りした時には、見事な平鱸が横たわったオリジナルの絵葉書に「少し甘いですね」との感想を述べられた丁重なお礼状をいただきました。そんなことを懐かしく思い出しながら美しい魚体の多く写っている本を眺め且つ拝読いたしました。

あの頃はブラックバサーの少年がそれこそ魚体数よりも多いくらいその辺の野池に群がっておりましたが、ここのところまったく見かけません。釣具メーカーや釣具店がブラックバス関連用品のルアーロッド、リール、ルアーを売らんがために密放流を繰り返したといわれております。その結果日本の野池や湖や川の生態系を壊し、在来種絶滅の危機にまでなってしまった事を暗く思いおこします。”キャッチ・アンド・リリース”といういかにも生態系に優しそうな謳い文句が、密放流して繁殖したブラックバスの魚体数を減らさない金儲けの方便に利用された事もこの事件をより暗くしております。

全体的で長期的な展望をもてる大人が少ないのも、子供たちの短期的な快楽を求める傾向も昨日今日始まったことではなく繰り返し再生産されている我が国の特徴のようです。鶯が鳴き満開の桜なのに浮かれた気分になれないのは、今朝の花曇りの天気のせいかも知れません。
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目には桜庭に鶯肴鯛

2007年03月30日 | Weblog
今朝は湘南方面は雨でした。今は止みましたが昨日の生ぬるい陽気とは打って変わって締まっています。空気が雨で洗われたせいか盛んに啼いている鶯の声がひときわ冴え渡っています。桜で目を鶯で耳を楽しませてくれるこの季節、口を楽しませてくれる第一のものといったら何でしょうか、私にとっては「腐っても鯛」とまで言われるこの魚が旬を迎えた今、無敵の美味さを誇っているように思えます。


集英社文庫で最近に出た本に池内紀さんの「作家の生きかた」というのがあります。その中に吉田健一のことを書いた「飲み助」と題した小文があり、酒飲みでもありワイン業者でもある私としては惹きつけられる題です。引用が多いのですがほんの二三行でも吉田健一の文章と分かるところが吉田節の面目躍如たるところです。孫引きになりますが「教養が大概は文学的な教養を指すとすれば、それは先ず言葉だけで出来ている世界に自由に出入りし、そこに現実以上にはっきりした感覚を働かしている事でなければならない」(「仲間」)「酒を飲むと言っても、酒を飲むだけで酒を飲んだことになる訳ではない」(「飲む話」)こんな事が書かれています。“酔った世界に自由に出入りして、素面の世界に居る時以上にはっきりとした感覚を働かせている事”が酒を飲むということなんですねえ。池内さんの解説では、「この飲み助は類まれな美徳を備えていた。酒と酒の間を満たしていたものが、とびきりいきいきとした知的関心であった」と結んであります。という事は今までの私は酒を飲んだことにはならなくて、今後初めて酒を飲む態度が出来、いよいよ酒飲みになる可能性が出てきたということで、どんな悦楽が待ち受けているのか新しい世界に踏み込む不安と期待感でいっぱいです。まあ冗談ですが。

オールド・パーというスコッチは日本とブラジルだけで飲まれているブランドで、英国本国で発見する事が難しいスコッチといわれております。そのオールドパーが日本で流行った理由は健一の父茂が好んだためだと喧伝されておりますが、親子揃って飲み助だったのでしょうか、一度吉田茂の酒癖についても調べて見たいと思います。女癖のほうは調査済みで、末期の水を大磯の富士の見える部屋で愛人に看取られております。羨ましいですねえ。

私もこれからの余生を健一に習い酒に生きるか、茂に習い女性に生きるかボツボツ決めなければいけない年になってきております。但し後者を選択した場合は相手があることで、結果として孤独な老後を生きることになる危険が高い事を充分覚悟する必要がありそうです。してみると豊かな老後などは夢のまた夢で、少ない選択肢の中からせこい選択しかできないといういたって惨めなことになりそうです。

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春爛漫

2007年03月29日 | Weblog
横浜の桜も七分咲き、気温もぐんぐん上がり上着が要らない陽気になっております。風が強いのがチョット不満ですが、この週末は絶好の花見日和になることは間違いありません。我が社の近所にも大岡川の河岸の桜、野毛山の桜と見所は幾らでもあります。東京の桜は横浜より早く、昨日来社した知人に拠れば目黒の桜は既に見頃を迎えているとか、楽しみは秋の秋刀魚だけではないようです。

最近志水辰夫さんに凝っていて目に付く著書を脈絡も無く購入して読んでおりますが、「情事」という本の中にワインに関する記載を発見して喜んでおります。欲望のままに読んでいるのではなく、ワイン業者としての興味から読んでいるんだという理由付けがあるととっても清々しい気分に浸れます。この「情事」という小説は帯に情痴小説と書かれてあった通り、全編女性器を主人公の各器官で刺激している場面で彩られているのですが、その部分を除いて読んでみると著者の本領である叙情に溢れた物語になっております。毎回スタイルを変えて書くといわれている著者が少し無理をしてこの情痴場面を挿入したのではないかと思われる節があります。

ワインが登場する場面は2箇所ありますが、最初は主人公が奥さんと横浜の港が見えるレストランで食事をする場面、ホワイトバーガンディーを飲みます。次にワインが登場するのは、奥さんと娘と3人で家でシャブリを飲む場面です。志水さんがどの程度ワインにお詳しいのか分かりませんので、あくまで四冊ばかり脈絡無く著書を読ませていただいた後の推察をいたしますと、このホワイトバーガンディーの意味がブルゴーニュ・ブランを指しているとすればワインにかなりお詳しい。また、ブルゴーニュの白の中の特定の銘柄を意味しているとすれば、ある程度お詳しい方と思われます。またお好みは辛口の白、品種はシャルドネ、地域はブルゴーニュと断定するにはデータが少なすぎますね。

今後志水節に対する欲望が継続して彼の著作のほとんどを読みつくす事が出来れば、今回の仮説が検証される日が来るでしょうが、果たしてどのような結論が生まれるのか楽しみです。清水さんは現在札幌にお住まいのようですが、彼の地は魚が美味く、野菜も味わいが深く絶品が入手可能です。札幌のフレンチはレベルが高く、ソースを極力使わないスタイルなので素材の美味さが引き立ちます。例えばオリヴィエトリコンのシャブリ・プルミエ、エアラインセレクション・ブルゴーニュ白あるいはヴァルファルモサ・ブリュット・ナチュレで通しても素敵な時間が約束される土地柄です。やはり仮説の正当性は立証される可能性が高いような気が致します。

ちなみに桜見物にはロゼがあいます。グラスに注がれたピンクの液体に桜色の花びらが浮かぶ様子は”良くぞ日本に生まれけり”としか言いようの無い妖艶で幻想的な世界です。未経験のかたはぜひお試しあれ。
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春宴

2007年03月28日 | Weblog
サミュエルが昨日もぶらっと会社に現れ、釣り道具屋に連れて行ってくれとのことで、中華街近くの上州屋へお連れいたしました。カヤックを買ったとかで昨年夏に大西洋で糸の先にルアーをつけてトローリングをやったらバー(鱸)が釣れたとの事、日本の優秀なルアーを買って今年の夏はバカスカ釣ろうって算段です。価格と性能からマリアオフィスのミノーを推薦し、サミュエルは熟考の結果シンキングとフローティングを購入いたしました。波の中に鱸の姿が見えるとの事なので、この重心移動システム搭載のミノーであれば、サーフキャスティングが最善のスタイルだと思いますが、この夏の釣果をメールしてくるとの事です。フランス大西洋の鱸は口先が丸く、サイズも40~50cmと小ぶりの奴が多いのですが数がいます。幸運を祈りたいものです。

夜、8名ばかりで野毛のRで久し振りにワインを飲みました。シャトー・ラ・ルヴィエール白99は熟成が過ぎていると思われましたが、サミュエルは厚みと複雑さがあり美味いとの見解でした。2004は先回飲んだときより酸が弱まり、ナッティーでクリーミーな風味が果実と酸のにバランスしてチャーミングでした。赤は89を飲みましたが、この年はボルドーの人たちも早く飲み始めたヴィンテージで酸が比較的少なくタンニンが丸い年でした。充分に熟成して丸く、柔らかく、香りが立ち楽しめるワインでした。
ドメーヌ・デ・コート・ド・ラ・モリエールのボージョレ・ヴィラージュは、先日販売会のおり久し振りに飲んでその味わいの深さに驚き再度試してみたくなり食事にあわせて飲んで見ましたが、フルーティーなだけじゃないガメイが持つ味わいを引き出している優れたワインであることを再確認しました。ここRはバーなのですが料理がすこぶる美味で、昨夜もビーフシチュー、マカロニグラタン、オムライス、ラビオリ、スペアリブの煮込み、トリップのトマトソース煮、鮑ソテー、海老グリルなどどれも美味しくいただきました。この中の料理の幾つかは絶品です。

食後はカクテルやサミュエルのアルマニャックをいただき随分酒量が伸びましたが、最後にバーテンダーの塚ちゃんに締めに相応しいカクテルをとお願いし、淡いピンクの液体に桜の蕾を浮かべた、甘く、ピーチのような香りがするベース不明のオリジナルカクテルをいただきました。みんなで回し飲みしてあれやこれや議論百出でしたが結局は原料構成不明で塚ちゃんに聞いたところ、なんと清酒がベース、その名も「春宴」昨夜の宴の最後を飾るに相応しい妖にして艶なる見事なカクテルでした。桜もこの一週間が盛り、ぜひ春の盛りの内にRにお出かけになり「春宴」をお楽しみ下さい。
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世界で唯一のボトルをあなたに

2007年03月27日 | Weblog
今日の横浜は花曇、大岡川河畔の桜も開花しましたので文字通り花曇です。梅は三分咲きが良いですが、桜の咲き始めは遠景すると枯れ枝にティッシュペーパーがへばりついているようで、美的感覚を揺すぶりません。満開快晴で青空を背景にした構図が良いですね。

昨日サミュエル・アヴィヨンが来社しました。前に会ったときは割りと短めの髪型でしたが、今回は70年代に流行ったスタイルの長髪で、いよいよ彼も昔が懐かしい年になったのかと思い、年を聞いたら今年48になるとの事、月日が経つのは早いものです。彼はアルマニャックのメーカーで、かつて当社はコニャックやアルマニャックなどハードリカーが専門の輸入会社でしたので、ワインのメーカーより付き合いは古く、もう20年以上になります。逆算してみると最初に会った時サミュエルは20台半ば、私が20代後半だったわけで、お互い昔を懐かしむには充分な時間を共有したわけです。

アルマニャックが売れなくなった90年代後半から3年間ほど当社の契約社員になっていただき、南西地区のワインの紹介と開発をお願いしておりました。日本に初めてマルシヤックを紹介しましたし、スペイン国境のピレネー山中のアペラシオンのイルレギや当時ほとんど知られていなかったビュゼも取り扱いしました。ガイヤックやフロントン、カオール、マディランなどへも一緒に行きこれらの地区の品種の多様性について深い興味を持ったことを思い出します。当時この地区に実際に足を踏み入れメーカーを回ってワインの開発をしていた日本企業はほとんど無かったと思います。

昨日は久し振りにアルマニャックの商談をいたしました。フランス同様日本でも飲酒運転が厳しくなり、レストランでの食後酒としてのアルマニャックの需要は皆無に等しくなっておりますが、馥郁で芳醇、時にピュアーな果実味が鮮烈に感じられるアルマニャックの魅力は捨てがたいものです。ご家庭でゆるりと楽しんでいただく愛好家のために、ヴィンテージ・アルマニャックを取り扱おうと企図しております。愛好家の数も少ないので一般市場での可能性は無く、個人向けに特化した販売であれば可能性があるのではと思います。20世紀初めから殆どのヴィンテージを揃えているので、お好みのヴィンテージをビン詰めし、手書きの個人用ラベルを添付して日本に送ってもらおうと思います。もちろん一本から受注できなければ意味がありません。「世界で唯一のボトルをあなたに」です。

社内でラベル描いてみてくれと紙とペンを用意したところ、俺はこの仕事の担当じゃなく専門家が社内にいるとの事でしたが、どうして中々味わい深い字体で見事なラベルを完成させました。以前お世話になった方が定年のおり60年前のヴィンテージ・コニャックをお礼にと思い、メーカーの親しかったカトリーヌに頼んで蔵のボンボンから瓶詰めしてもらい、ラベルも描いてもらったのですが、目の前で簡単に見事なラベルを短時間で描いたのに驚いたことを思い出しました。アルマニャックやコニャックの跡継ぎはどうも手書きのラベルを描く能力が備わっているのかもしれません。
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月曜の朝

2007年03月26日 | Weblog
休み明けは横浜に出てくるのがかったるい上に、事故で横浜から関内の根岸線が止まっており振り替え輸送でした。やる気をそがれます。月曜の朝はサラリーマンのためにも通常運転を心掛けて欲しいものです。折角の好天気が事故のために台無しです。

先日白魚の躍りのお話の折に登場ねがったジャン・フィリップ・マルシャンからメールが来ており、2005年のブルゴーニュが大変評判が良くどこのメーカーも売り切れで、2006年の値段が高騰しているとの事、早い所残っている2005年の予約をしたほうが良いよとのことです。シャブリも状況は同じで昨年から今年の価格は高く推移するから早めに手を打って置いた方が良いよとの助言を頂いております。しかしながら日本の大きな問題は強いユーロのため仮に同一価格でメーカーからいただいたワインでも為替の影響で昨年よりコスト高になり、旧値で販売すると利益が無く、値上げして販売すると動きが悪いという悪循環になっていることです。ヨーロッパのワインメーカーも対日輸出では頭を抱えている問題だと思います。

既に製造業は為替リスクの分散のため日本工場と輸出先の現地生産工場を持ち為替がどっちに転んでも遣り繰りできる環境にありますが、輸入ワインの販売を生業としている我が横浜ワインコレクションではこの手の対応が遅れております。近年アメリカやフランスで好調の清酒の伸びを背景に輸出を考慮でもする策もありますが、現時点では現実的ではありません。しかしながら次の時代を見据えた場合何らかの手を打つ必要がありますね。

ボルドーでは2005年のグランクリュの価格が高騰しており、やはり安いワインの入手においてもその影響が出ていてその前のヴィンテージの価格から比較すると高くなっておりやり難い状況になっています。今年からVDPアトランティックが出荷され始め、ボルドー地区の低品質ワインがこのカテゴリーに移行するとなると価格だけを追う戦略は巧手とはいえなくなってきています。まあ最初から巧手と言うべき手でもないのでしょうが、フランスの組織小売向け量販ワインと日本国内での量販ワインはその限界価格において差が有ります。フランスからの輸送費、酒関税、国内流通コストで割高になること、生活習慣からワインの購入頻度とデイリーワインの価格と好まれる品質に大きな差があるのが要因です。フランスの家庭で飲まれるデイリーワインが日本ではミドルクラスのワインに位置付けされざるを得ないのです。

以上のように月曜朝から電車が動かないと否定的な気分で仕事に取り掛かる人が多くなるのです。
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湘南は雨

2007年03月25日 | Weblog
今日の湘南は朝から雨です。空気が生ぬるく、窓から庭を眺めても暖かい感じがする雨です。私の書斎は二回の南側にありいつも眺めている庭は前庭ですが、トイレが北側にあり裏庭が眺められます。毎日の所定の時間、そこから柿の木を眺めるのが楽しみです。起き抜けの霞んだ目で眺めるとなにやら枝の先にあるようで、再度目を凝らしてみると、私が昨年暮れに短く剪定した全ての枝から黄緑の小さな芽が一斉に出ています。枝が雨にぬれて焦げ茶になり、より一層黄緑の芽がはっきりと綺麗に眺められます。ここ数日の暖かさと、昨夜からの暖かな雨のせいで芽吹いたようです。トイレに行くたび窓から眺めるこの柿の生長は楽しみの一つですが、植物の一年のサイクルを毎日観察するとなると骨が折れますが、無為な時間を有意な時間に換えるとても良い機会になっています。これからは毎日目に見えて葉が成長し、花が咲き小さな実を結び、その実が大きく成長するのを眺め、日に日に色が変わり見事な橙に変わる頃には葉の色も変わり、季節も秋の盛りを迎えています。この柿の発芽を見ると今までに訪ねたフランス、スペイン、イタリア、ドイツなどの北半球の葡萄園でも発芽が始まるなあと思いが巡ります。

昨日は午後までお天気が持ち書を捨て街に出たのですが、晴遊雨読を実行し夜は柳澤健さんの「1976年のアントニオ猪木」を読みました。オランダでの取材で、ウイリアム・ルスカのアントンヘーシンクとの確執が詳しく調べられており、二人の人となりが初めて了解できました。モハメド・アリとの世紀の凡戦の真相もほぼ間違いないだろうと思われるところまで書かれておりましたし、未だに理解不能の韓国でのパク・ソンナン戦は凄惨なだけで、ほぼ全容が分かったパキスタンのアクラム・ペールワン戦については積年の疑問が晴れました。76年のこの四回の戦いのうち、ルスカ戦以外がリアルファイトいわゆる筋書きの無い戦いだったわけで、台本があり、リハーサルをおこない、筋書き通りに進められるプロレスリングが、今流行の格闘技戦に飛躍する嚆矢の年となったのです。

私の息子たちも格闘技のファンで、試合があると毎回熱心にテレヴィに釘付けになっておりますがすが、アントニオ猪木には見向きもしません。当然この本にも興味を示さず、果たして1960年生まれの著者の柳澤さんは誰をターゲットにこの本を書いたのだろうか。矢張り団塊の世代が引っかかっている疑問の回答を出したのか、それにしては過去に見せられた夢をみもふたも無いものにしてしまったら彼らの存在そのものも脅かされる事になるわけで、60年生まれからの彼らに対する恨み節と考えるのが良いのでしょうか。

今日は一日雨のようです。積読の解消にはうってつけの日です。
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積読の効用はあるのか

2007年03月24日 | Weblog
湘南はここ数日暖かな天気が続いておりますが、今夕から雨になるそうです。気温は下がらず春雨といったところでしょうか。書斎からの眺めでは、金木犀の赤っぽい新芽が出始めているのと、月桂樹の黄色い花が美しく見えます。姫紗羅は芽吹きだしたところです。このツバキ課ナツツバキ属の夏に咲く白い花は特に好みなのでこれからの生長が楽しみです。母が椿が好きで相当多くの品種が庭にありますが、考えてみれば夏椿は私が偏愛しており、遺伝が働いているのかもしれません。最近この椿に由来して号を「遁椿館」と記しております。

さて今週も書に痴れている私はまたもや積読用の書籍をだいぶ購入してしまいました。男というものはコレクターで物を集めることによってストレスを発散させているという説がありますが、私の場合は本を集めることによってストレスを蓄積しているような気がしてなりません。ちなみに最近志水辰夫さんに凝っているので、「男坂」と「明日蜉蝣の旅」を、四月には大和路を徘徊したい希望を持っておりますので、矢張り仏像の観方を心得ておくべきと瓜生中さんの「知っておきたい仏像の見方」、吉田健一の「新編 酒に呑まれた頭」、磯部勝さんの「描かれた食卓 名画を食べるように読む」この二冊は食に携わる者として書店で見てしまった以上買わずに素通りは出来ません。芝木好子「隅田川暮色」を探しているのですがなかなか入手できないので同じ著者の「女の肖像」、そして最後は新聞の広告欄で見て、こいつは何が何でも買わなきゃいけないと思い探し回った末、スポーツコナーに堆く積み上げられておりました、柳沢健著「1976年のアントニオ猪木」、この本はきっと村松友視さんもすぐさま購入して読んでいると思います。それほどプロレス者にとって1976年は意味深い年であったのです。ウイリアム・ルスカ、モハメド・アリ、パク・ソンナン、アクラム・ペールワンとの戦い後全てこの年に行われたのです。プロレスという演劇空間の意味をすっかり変えてしまった出来事でした。もうあれから30年以上経ってしまったのですね。昨年羽田空港で見かけた猪木さんの背中がやけに小さく貧相に見えたのもむべなるかなです。

さてこの積み上げられた本が、好天気な春に誘われて野山あるいは海、あるいは街への徘徊の誘惑をおし止める重しになってくれれば、少なくともその物理的存在としての価値が発揮されるわけですが、この天気夕方には雨と聞いた以上”老人よ書を捨てて街へ出よう”というフレーズが脳の中をりフレインしております。
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春、白魚躍り

2007年03月23日 | Weblog
名古屋から横浜へ帰ってまいりました。穏やかな春の日で快適な旅でしたが、春霞で富士を見ることが出来ませんでした。浜名湖は春の日差しを浴びてきらきらと輝いて美しい水面を見せてくれました。皆さん春の訪れと共に旅立たれる機会が多くなっているようで、新幹線はビジネスマンに混じって家族連れやお年寄りのグループが多く見受けられました。皆さんの楽しそうなお顔を拝見していると、世の中景気が回復しているのを実感いたします。

昨夜は名古屋のお取引先の方に設定していただいた和食のお店で魚をいただきました。もう長く名古屋へ通っているのですが、名古屋の街中で中々良い店に巡りあう事が出来ず、美味い魚にありつくことが出来なかったのですが、昨夜は満足いたしました。今の時期しかいただけない白魚躍りを今年初めていただきました。グラスの中で活発に踊っている奴を箸で摘み上げ、全身をゆすりながらの最後の抵抗を受けながらも口に含み、噛み切ると、えもいわれぬ歯応えとかそけき味わいが直接脳を刺激します。白魚の踊りはまさに脳で楽しむ味覚です。

もう10年も前になるでしょうか、パーカーに”若きブルゴーニュの星”と讃えられたジャン・フィリップ・マルシャンと横浜で白魚の踊りをいただいた事があります。彼にいい加減な白魚喰いの作法を伝授いたし、「この料理は胃の中で泳ぐところを楽しむことに醍醐味があり、決して口内で魚を傷つけてはならない。この水と一緒に一気に10匹ばかり飲み込み、食道での暴れを楽しみ、胃の腑で魚が暗い洞窟に押し込められて騒ぐところを再度楽しむのが作法である」と。

それから数年後、彼の村ジュブレ・シャンベルタンを訪れたおり「こいつが俺に活きた魚を食わした張本人で、俺が言った事が本当の事だと聞いてみてくれ」と村人に会うたびにふれて回っておりました。よっぽどショッキングな料理だったらしく当分の間村中で会う人毎に踊り食いの様子を吹聴していたようです。ちなみにジャン・フィリップの親友であるシャブリのオリヴィエ・トリコンはこの話を聞きつけ、来日した折白魚の踊りを喰わせろと会う度に言っておりましたが、季節が合わず中々実現しませんでした。5年ほど前の春、博多でその機会が訪れ嬉しそうに食べておりました。

その後私がシャブリ村を訪れた時にジュブレ・シャンベルタン村で起こった事が再現されたのはご想像の通りです。
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熱海から博多まで

2007年03月22日 | Weblog
昨日は久し振りに寒さが感じられない春らしい陽気で、穏やかなとてもいい春分でした。、昨日私塾について書いたので墓参のついでに寺にある私塾の記念碑を読んでみましたが、三枝堂という名前でした。親族の研究家によれば、神奈川県内から多くの門弟がやってきていたようで、農閑期を利用して米持参で長期滞在する農家の人もあったようです。江戸時代は学問に対して熱心な方が多く、武士以外の方が特に学問をする機会を熱望していたようです。現代は学ぶ機会に恵まれているので学問に対する欲望が減退してしまうのが問題ですが、贅沢な時代です。墓参の途中25メートルはあると思われる白木蓮が多分千以上の満開の花を誇っている姿に見惚れました。信心が深ければ山に聳える壮麗な観音に見えたかもしれません。

夏樹静子さんの「蒸発」を読んでおりますが、解説で森村誠一さんが、“書物は読んだこと無くてもテレヴィでドラマ化されたものは殆どの方が観ている筈だ”と書かれておりましたが、私も初めて著書を読ませていただいておりまして、テレヴィでこの方の名前を拝見したことがたびたびあるような気が致します。この「蒸発」は1972年の初版ですから、ちょうどテレビが黄金時代を迎えている頃だったのかも知れません。また1972年は私が17歳、高校二年生としてその時代を生きていたので、このミステリーのストーリの展開の面白さとともに時代背景とその描写に大いに懐かしさを感じ、重層的に楽しめるのが幸せです。今後夏樹さんの著書を読み込んでみないと何ともいえませんが、現在のところではお酒に関する詳細な記載は無く、余りご興味が無いのかも知れません。

夏樹さんのお生まれは東京ですが、そのあとすぐに熱海で過ごされたようでとても親近感を感じます。今日はこれから名古屋で役員会があるため小田原まで出て新幹線に乗りますが、この小説の続きを読みながら熱海を通過して行くのも一興です。ちなみにこの小説の舞台は博多ですが、熱中してそこまで乗り過ごさないように気をつけたいと思います。

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