キュヴェ タカ/cuvee taka 「椿庵酔哲湘南日記」

気儘な湘南暮し ー散歩に読書、映画、酒、そして時々釣り-

私小説家

2013年07月31日 | Weblog
暑いが昔のような暑さの夏の一日で、割りと過ごしやすかった。
昼に井桁寿司でちらしを喰ってから馬車道を港の方へ歩き、誠文堂で木山捷平「井伏鱒二弥次郎兵衛ななかまど」講談社文芸文庫1995年を買った。
同じ本が二冊あり、値は何れも500円であったがきれいなほうを買った。

そのまま地下鉄の馬車道まで行き都内へ出た。
仕事とはいえ真夏に都内へ出るのは無謀だ。
ヒートアイランドの都内は人間が生活するところではない。
自分がいる空間を囲って冷房で小気象を管理するやり方は内と外を分離する至って矮小な考え方だ。

エネルギー不変の法則を知らない訳じゃないのだから、囲いの中で得た快感と同じ不快が外に排出されているのが分かっているのだろう。
もう少し大きく考えて、この部屋をから、東京が、日本が、アジアが、世界が、宇宙がへと囲いを大きくしていったらどんなに良いだろう。

木山捷平は私小説でありながら大きな宇宙を描いた。
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現代英米文学

2013年07月30日 | Weblog
佐藤良明と柴田元幸の「佐藤君と柴田君の逆襲!!」を読んでいるが、現代英米文学については全くの無知なので書かれている作家や英米文学の状況については宇宙の出来事のようだ。
しかしながら救いはこのお二人とも私より僅かに上ながら同世代なので、過去のことが書かれている文章については酷く良く分かる。
そういったわけで、この本は全く分からない所と深く共感するところがモザイク模様になっていて、そこが刺激的で面白い。

現代英米文学をリードする優れた作家のことが詳しく書かれていて、こういった作家名を記憶しておいて、実際に読んでみれば脳が揺さぶられていいんだろうなと思う。
しかし、好みの作家のもの(多くは日本人作家で古い人たち)でさへ読みきれていないのに、そこまで手が回らない。
このお二人の50年位前をゆっくりと歩んで行けばいいかなと思う。
まあ追いつく必要も無いし、そもそもその能力も無いからね。

この本が期待通りの面白さだったので、この間出たばかりで買おうかと思って止めた、柴田元幸「代表質問」朝日文庫を買った。
思い立ったら吉日、どうせ直ぐに読めるわけではないが、昼休みに駒でチラシを食って、何時もの床屋の親父に20分で散髪をして貰ってから芳林堂へかけつけた。
読むべき本は幾らでもあるのでそんなに急がなくてもいいのだが、コレクターというものは読むことに価値があるのではなく、持っていることに意義があるのである。
昨夜は本に頬擦りをしながらゆっくりと眠れたわけだから、決して無駄ではなかったと思いたい。

























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蝉時雨

2013年07月29日 | Weblog
今日のタイトルは藤沢周平みたいですが、恋物語とは内容は全く違うので、そのような期待は無用に願いたい。

昨日は朝から日が出たが雲も多く割りと過ごしやすかった。
午前中は月京の東海大学大磯病院へ親父を見舞い、その先のスーパーマーケットでかき氷を買ってアオバズクの公園の桜の木陰のベンチで食べた。

アオバズクは土曜日と同じ楠の大木の上部に止まっていたが、初めて親子五尾全てを観ることが出来嬉しかった。
何時もアオバズクが飛来しているときは、何人かのカメラマンが望遠レンズを三脚に固定してシャッターチャンスを狙っているので、カメラの方向を捜せば素人の私にも簡単に発見できる。

大磯病院の正門前の高い木が十数本ある家の熊蝉の合唱も大迫力であったが、裏門の欅林の蝉時雨も耳がつんざけるほどの大音声ですごかった。
蝉がこれだけ真剣に鳴くようだと今年の夏はきっと短い。

大磯二宮辺りでは、大木を無闇に切って分譲地に替えることが多いが、鳥や蝉がこれだけ人間を楽しませてくれるのを思うと実に馬鹿な振る舞いだ。
樹木が大きくなるには数百年を要しているが、それを一瞬で無にしてしまう振る舞いを野蛮といわずに何というのか。

午後古本を漁りに平塚へ行きBOを覗く、小沢信男「犯罪専科」河出文庫昭和60年、島田雅彦「食いものの恨み」講談社文庫2007年の二冊を買った。
小沢信男を昨晩ちょっと読んだがやっぱり面白い、今年86歳のはずだがご健在だろうか。


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花火

2013年07月28日 | Weblog
昨夜、雷がなって雨が降った。
冷たい北風が吹いたから、上空では南からの暖かい水分を含んだ南風とぶつかり合っていたことだろう。
トマトが水不足で悲鳴をあげていたから良いお湿りとなったに違いない。

朝から暑い一日で、午前中は週末の飲みすぎが響いてベッドに横になってうつらうつらして過ごした。
昼にレトルトカレーとサラダを食べて、父が入院している月京の病院まで行き、その先のスーパーマーケットで枝豆とかき氷を買い、またその先の公園で子供が生まれたアオバズクの親子を眺めながらかき氷を食べた。
大磯駅まで歩いたが、祭りで人が多かったのでうろうろするのをやめ、下り電車に乗り素直に二宮に帰った。

割と早く散歩を切り上げたので、家に帰って枝豆を茹でて悠々とアルマニャックソーダを呑んだ。
隅田川の花火大会は中止になったが、腹に響く花火の音が大磯海岸の方から聞こえた。



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アベノミクスを生き抜くために

2013年07月27日 | Weblog
先週、大磯駅近くのお寺の脇道で下水溝に入って行く蛇を見た。
蛇を見るのは縁起のいい事らしいが、どうも気味が悪くて嫌だ。
意識下にこの気持ちが隠れているせいか、蛇が数千匹うじゃうじゃしている所を歩く夢を見る、夢とはいえ数日間不快だ。
蛇を見ると金持ちになるといわれているが、現実に見ても夢に出てきても一向に金持ちにならないのは如何したことか。

年金生活で悠々自適が出来たのは、デフレスパイラルで物価上昇が少なかった過去20年のことで、今後年金額が低減してゆく我々はアベノミクスによって物価が上昇することになり酷く苦労する。
冗談じゃねえやいといっても、このアベノミクスを歓迎している人が多いのでどうにもならん。
皆さん良く考えてくださいよ、ムードに流されちゃいけませんぜ。

先夜テレヴィで農民作家が農業というものは基本的に右上がりを志向しない、昨年と同じであれば良いわけで、大規模農業に拠って生産性を上げるなんてことは全く本質を無視しており、単一作物栽培になったら値段が下がってどうにもならなくなったことをみかん栽培奨励で分かっているはずなのに、またもや繰り返そうとしている。
複合栽培をして、日本農業の大きな特徴である生産地と消費地が近接している利点を突き詰めてゆけば、農業は成り立つということを話していた。

近隣で出来た野菜と果物だけを喰っていれば大した不足はない。
マンゴもパパイヤも喰いたいが、無けりゃ無いでいい。
根菜類以外のものは鮮度が命だろう、生産者が持ち寄った販売所で買った野菜と果物を食べてからは、スーパーマーケットで野菜や果物を買おうという気持ちは無くなった。
これは魚だって同じことだろう。
近海で取れる多様な魚を持ち寄って、農協と漁協が協力してこの二品を同じ場所で消費者に提供してくれたらありがたい。

歩いて買いに行けるところで新鮮な野菜と魚が廉価で手に入ったら、後は米と調味料があれば事足りる。
嫌いな蛇なんか見なくたって暮らしていけそうだ。





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アメリカに魅せられた人たち

2013年07月26日 | Weblog
井桁寿司でちらしを喰ってたら、親方からゲソの茹でたのをいただいた。
胴体の方はちらしのたねになっていて美味しくいただいたのだが、この捌いた直後のげそをさっと茹でて生姜で食べるのがたまらなく美味い。
焼いたのをいただく時もあるが、何より肝心なのは火を通しすぎないことだ。
中は生でいいのだ、刺身で食えるのだから。

芳林堂で「佐藤くんと柴田くんの逆襲!!」河出書房新社を買う。
佐藤くんは元東大教授、柴田くんは今も東大教授だ。
二人のポップな知的漫才の本、実に愉快で楽しくて役に立たないなら最高だ。
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戻り梅雨

2013年07月25日 | Weblog
今日の湘南は霧雨が降っていた。梅雨の戻りのような天気で湿っぽかったが、仙台も梅雨明けは8月に入るとのことで、東北地方は豪雨が続いている。

仙台BOで新幹線の待ち時間10分を利用して、半村良「うわさ帖」集英社文庫 昭和61年を買い求めた。持って行った庄野英二の本が存外に面白く旅半ばで読了してしまったので、その後はこれを読んでいた。
慌てて買っておいて良かった。

半村良は若い頃よく読んだ。「雨やどり」で直木賞を受賞して広く世に知られるようになったが、SFファンの中で注目されていた作家であった。角川文庫で出ていた「石の血脈」「およね平吉時穴道行」「産霊山秘録」など面白かった。
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八戸にて

2013年07月24日 | Weblog

震災前の八月初旬この地で死ぬほど雲丹を喰った。地元の日とに聞くと三社大祭の頃紫雲丹が旬になり、しかも一番安くなる。昨夜も少しいただいたが、明礬の入っていない雲丹の味は格別だった。

桃川の生貯蔵をいただいたが、こういった酒を冷やで呑むとキリがない。地元の食材を地酒で呑む楽しみは日本に生まれた者に与えられた幸運だから、享受しないてはない。ホヤ、煮蛸、もずく、烏賊刺しが美味かった。

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随筆を買う

2013年07月23日 | Weblog
札幌の鮨屋へ販促に行き随分鮨を食べたので、久し振りの横浜の昼に鮨を喰う気になれなかった。
となると穴子重ということになり、”宵山むらさき”へ出かけた。
職人さんに八戸出身がおり、明日八戸泊まりとなることを告げたが、近頃は余り帰らないらしい。飲み食い処をいわれても知らないので困るらしい。

穴子重は半分そのまま食べて、残り半分を出汁をかけて喰うのだが、この日の出汁の味わいが濃度と温度がぴったりと合い実にけっこうであった。

関内駅ビルの芳林堂で、庄野英二「ロッテルダムの灯」講談社学術文庫、「鏡花随筆集」岩波文庫を購入した。

庄野英二は庄野潤三の兄だ、私家版で出版したらしく以前に講談社文庫で出ているが、入手が困難で古本価格が高かった。
こういうものこそこの文庫で出して欲しいものだが、価が高いのは仕方がない。

泉鏡花は人気作家だが、過剰なほど清潔好みのこの作家を嫌う人も多い。
さて私はといえば、書棚に驚くほど多くの本をもっているが驚くほど読んでいない。
文体にぞっこん惚れ込んでいる人がいるが、その文体に慣れるのに時間が掛かり、物語の世界に入る前に眠くなってしまう。
随筆であれば読み勧めることが出来るであろうか。




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参院選挙の日

2013年07月22日 | Weblog
二宮駅前の投票所で投票を済ませて東海道本線で茅ヶ崎まで行った。
BOで、庄野潤三「プールサイド小景・静物」新潮文庫平成22年37刷、山本健吉「ことばの四季」文藝春秋昭和62年、丸谷才一「笹まくら」新潮文庫平成24年18刷を買う。

庄野潤三の「プールサイド小景・静物」は高校生の頃から新潮文庫のあったような気がするが、このひとに興味を持つようになったのは大人になってからのことだ。
大人というのは50歳近くなってようやく地味なものの良さが分かって味わえるようになってきてからだが、以前にも一度書いたことがあるように小学生高学年の頃「ザボンの花」を愛読していたこともある。

山本健吉の本は歳時記か松尾芭蕉をもっていると思うが、矢張り大人になるまで全く興味が無かった。

丸谷才一の「笹まくら」は多分持っているが読んだことが無い、追悼の意味を込めて読んでみようと思う。

食事を済ませて選挙結果を観てみるが、大勢は投票締め切り直後の予想でほぼ間違いなく分かってしまい面白くない。
実際各局では投票前からおおよその皺勢は分かっているのだろう。
今や一夜にしてのどんでん返しなどあり得ない。

さて自民党政権の世はどうなってゆくのでしょうか。
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