キュヴェ タカ/cuvee taka 「椿庵酔哲湘南日記」

気儘な湘南暮し ー散歩に読書、映画、酒、そして時々釣り-

ピスコサワーの想い出

2007年08月31日 | Weblog
名古屋の常宿は名古屋観光ホテルですが、老舗のホテルで従業員の対応が親切で伝統を感じ、私の年頃にマッチした宿です。ここのメインバー・プエルトは一階の喫茶店の裏に隠れるようにあり、穴倉のような店内は圧迫感がない広さで気持ちの良い接客を受けられます。

2年ほど前チリ・アナケナの社長ホルへ夫妻が来日し、名古屋へ滞在した時もここを宿にし、試飲セミナーとディナーパーティーが終わったあとにプエルトに腰を落ち着けました。チリでは食前酒としてピスコサワーが良く飲まれておりますが、それを頼みました。このカクテルを作るのにはピスコというチリのお酒が必要です、生憎お店になく、それでもホルへがチリの誇りであるピスコサワーを我々同行者に知らしめたく、グラッパをかわりにしてレモンジュース、メレンゲにした卵白、ガムシロップを使い作り方まで細かく女性バーテンのかたに教え、結局はひじょうにピスコサワーに似た味わいのカクテルをいただくことになりました。

28日の夜も当然最後はここで同行のお取引先とプエルトのカウンターに腰を落ち着けました。早い時間は若い女性二人でバーを切り盛りしており、なにやら街場の暗い雰囲気のバーとは異なる華やかな雰囲気、同行者も座った瞬間からお気に入りいただいたような風情です。目の前でシェイカーを振っているのはうら若き女性キャプテンMさん、先回いただいた先輩バーテンダーKさんと同じレシピーでとモヒートをお願いし、繊細で洗練されたスタイルのカクテルを賞味いたしました。同行のお取引先の方が何か甘いカクテルで、甘すぎずすっきりとしたやつをと結構難しいお願いをいたしたところ、多分ラズールリッキーと思われるカクテルをシェイクして出していただき、気分と要望にドンピシャリ。このMさんバーテンになって3年との事ですが侮れない才女かも知れません。これから覚える事も多いでしょうがお客の要望をドンピシャで見抜ける才は天賦のもの、これからの精進次第では何処まで登って行くや知れません。男の職場と慢心していると可愛いおねえちゃんに抜かれちゃいますぞ、ま、人事じゃないんですけど。

そのMさんに、「もう二年ほど前にここでピスコサワーを頼んで作っていただいたのだけれど覚えておられますか」との問いに、「はい」という綺麗なご返事をいただき嬉しくなりました。そのアナケナが9月13日再びこのホテルに宿を取り“横浜ワインコレクション秋の試飲会”に参加いたします。「その時までにピスコ仕入れて置きます」とのいたって優しいお言葉におじさんの涙腺は思わず緩むばかりの夜でありました。

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名古屋の晩夏

2007年08月30日 | Weblog
8月28日名古屋へ一泊して当地に勤務しておられるお取引先のかたと一夕を共にいたしました。夕刻待ち合わせたホテルを出ると湘南の夕べに較べて蒸し暑く、酷暑の時には38℃にまでなる処は秋も遅いなあと感じましたが、お取引先の方がおっしゃるには今宵は過しやすく、昨日までは暑かったとの事。やはり天気予報で観る名古屋の驚異的な気温は伊達ではない事が窺がわれます。

和食をいただいたのですが、通常ですと店内は冷房が効いているので、出だしから燗酒を頼むのですが、さすがにえびすビールと若女将にお願いしておりました。我々のカウンターのお隣に人品卑しからぬ老紳士がお二人、親方を交え楽しそうに飲み且つ話をしておりました。この店にはもう40年、親方が独立して店を構えて以来のお馴染みとの事、今は仕事も辞めてお金が沢山あって使いきれないという羨ましいご身分。ここへ来て使おうと思っても、もう歳でそんなに飲み食い出来ず、話のほうが先になってしまい親方の懐を暖める事も出来ないと嘆いておられました。お金がそれだけあればさぞや艶聞も多かった事でしょうと申し上げると、いやいやそちらの道ももうこの歳では引退久しく、若き頃のよすがにすがっているだけではしょうがないですよとのお話。それでも若い頃の数々の艶聞を楽しそうにお話しされ、ありがたく拝聴いたしました。

良いですねえ旧友と共に古い馴染みの店を訪れ、浮世の憂さなどとっくの昔に忘れた風情で姿りりしく楽しんでおられるなんて。私もこのように年を重ねてゆきたいものですが、彼我の違いを感じるビンボーワイン業者、さてワイン業者で大金持ちになったなんて話は今世紀に入ってめっきり聞こえて来ないですねえ。

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鮪に秋の気配を感じる

2007年08月29日 | Weblog
最低週一回は会社の近所の駒寿司でお昼をいただきますが、ここの所急に鮨が美味くなったような気がしてなりません。秋風が吹き多少食欲に変化が起きていることも一因のように思いますし、夏の間何処と無く水っぽかった鮪が深みのある味わいに変わってきていることも大きく影響しているようです。この時期の鮪は北海道と大間からのものを使っているそうで、いよいよ冬に向けて津軽海峡の鮪の一番良い季節を迎えます。大間はここのところテレヴィでも度々紹介され何方でもご存知の高級鮪の水揚げ港ですが、ここ十年ほど駒で秋から冬にかけて大間の鮪をいただいて、個体差を差し引いたとしても、血のすっぱさやが脂分のくどさを消し、味わいに深みがあり美味いもんだなあと大間に対する信頼は大きくなるばかりです。

年のせいか、舌が繊細になってきたせいかは知れませんが、鮪は赤身が良いですね。血の成分のヘモグロビンがすっぱさを感じさせると認識していますが、この酸味が旨みとあいまって天上のハーモニーを奏でます。

何処の寿司屋も鮪が店の看板、金に糸目をつけずピンのピンを築地の仲買に争って頼むわけですから、採算を考えたら合うわけが無く、親方の心意気と意地で出しているねたであることは間違いありません。ただしその心意気を持った親方も年々少なくなってきているようで、今が大間の鮪を食べておく最後のチャンスかもしれません。
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マルシャンから届いたメール

2007年08月28日 | Weblog
昨日の横浜は残暑厳しくなるとの予報でしたが、陽射しは厳しいものの、浜風に秋の爽やかさを感じ、湿度も低いせいか暑いながら過しやすい日でした。夏休み明けの一日としてはうってつけの日和でした。

お仕事モードに入った私のもとに、ジュブレ・シャンベルタンのジャン・フィリップ・マルシャンから収穫情報が送られてきました。当地では12℃~15℃の冷涼な気温の日が続いているようですが、幸いブドウは腐敗もせず健康に育ち、ボージョレでは27日から収穫を開始するそうです。どの様なスタイルのヌーボーになってゆくのか出来上がるのか楽しみですね。マコンとプイイ・フュッセ、コート・ド・ボーヌでは8月28日~31日、コート・ド・ニュイでは9月3日~6日頃の収穫開始が見込まれているとの事です。予想通り今年の収穫は早いですね。

さて、国内のボージョレ・ヌーボーのお祭り度は昨年から低減しておりますが、今年も各社手を変え品を変え努力しているものの一度下火になったお祭りは中々盛り上がりません。最もこれは業界内部の話でして、一般消費者の方にはまだまだ先の話、盛り上がるも盛り上がらないも、解禁日間近になってみないと分からないというのが本当のところです。お祭り騒ぎではしゃぎ過ぎた罰が当ったと他の業界の人からは言われますが、2,000円~3,000円もするワインがほんの数日の間に飛ぶように売れるなんて事は、このボージョレ・ヌーボー以外にはありえないことで、画期的な企画をしたワイン業界が誇っても良い事柄であることは間違えありません。

物事には光と影が付き物ですが、その影の部分の対応を、ボージョレで浮かれ騒いでいる間に考えるもう一人の天才がワイン業界に居たらよかったのですが、それは適わぬ願い。とすれば我々凡人がなすべきことは、この下火になったボージョレ・ヌーボーの火を消さないように次の世代に繋げて行く事くらいなんでしょうか。

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夏休みの終わり

2007年08月27日 | Weblog
昨日は短かい夏休みの最終日、4時前には起きこの休み中最後のチャンスとなるソーダ釣り出かけました。浜に到着したのは明るくなった5時過ぎ頃でしたが、既にソーダ愛好家が浜に並んで忙しくリールを巻いておりました。さびいて海底の様子を伺いながらのキス釣りも妙味がありますが、このソーダ釣りは単純明快なうえ釣味が良いので愛好家が多く、暗いうちからの釣行と相成る次第です。

昨日は当りが何回かあり、ソフトワームの尻尾を齧り取られること三度、二度ほどは数秒のファイトまで持ち込むことが出来ました。追われたひこ鰯が足元に打ち上げられ、よれも出てムードは最高なのですが、なかなかヒットまでにはいたりませんでした。其れでも7時30分ついに波裏でヒット、引きもそう強くありませんでしたが、凄く慎重にファイトし波に乗せて引き上げました。波が引いた後に砂の上に残る魚体が何時もツバメに似ているなと思うのですが、30cmの可愛いソーダでした。今年初めてのソーダに嬉しいやらほっとするやら、野球選手がシーズン初めに一本ヒットが出るまでは落ち着かないという気分と似ているのかもしれません。これで精神的に随分と余裕が出てきました。二尾目は沖合いでヒット、引きが強くファイトを十分に楽しんで、引き上げてみると35cmの良型でした。

早起きをすると一日が長いですね。釣りから帰りソーダを二枚に下ろし塩にして漬け込み、朝風呂を浴び、横になって前日から読みかけの団鬼六「真剣師小池重明の光と影」を横になって読んでいたら寝てしまい、気がついて時計を見たらまだ11時、小池重明とは面白い人物だなあと関心しながら一気に読了して、昼飯を食い、また横になって午睡が出来る贅沢さ。日が翳った頃散歩に出かけビールを飲み、東に赤い大きな月を眺めながらの帰宅。ソーダが釣れたのは上り潮の中潮だからかと、十三夜の月を観ながら納得をいたしました。夜になると庭の虫の声を聞きながら、南天に冴えた光を放つ月を観ながら、月の光も秋だなあ、いよいよ栗松茸秋刀魚鮭が美味くなる季節と、夏の忘れ形見のスイカに齧りつきながら行く夏を惜しみ、秋の物悲しい気配に浸っておりました。

こうして私の2007年の短い夏休みは終わり、今日からは秋のワインシーズンに向けてのお仕事が始ります。
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ソーダに振られる

2007年08月26日 | Weblog
昨日早朝満を持して二宮海岸へ出向き心を込めて竿を振ったのが功を奏して、ソーダ鰹が掛かりました。水面を水しぶきを上げて走るジェット天秤の後ろ1.8メートルにソフトワームがちょろちょろと動きながらソーダを誘っているのですが、水しぶきを上げ背びれを出して愛すべき彼女はそいつを追っています。喰え喰えと心の中で叫んでいると、ガツンと強い衝撃が竿に伝わってきました。ヒットです。リョービの10フィートの竿が気持ちよく満月に弧を描いています。リールのドラグが弱すぎてラインがどんどん出て行きます。ドラグを適当に締めこんで、力強い特有の引きを楽しみながら一直線に波裏まで巻き上げて来ると、波の中で彼女は右のほうへ突っ込みます。何時もここでしくじるのです。今朝もそうでした。ドラグを締めこみすぎたのが原因で、引っ張り合いになり、あえなくバラシ。機械を過信してはいけません、いえドラグのせいではありません、きちんと調節しなかった私が悪いんです。

何と昨日はこれが唯一のチャンスだったのです。7時過ぎには魚っ気が無くなり納竿、悔やんでも悔やみきれないバラシでした。”逃がした魚は大きい”1メートルもある大物だったなんていいません。多分35cmから40cmの間だったと思います。三日連続でソーダに振られると、一日中、目の前にソーダを釣り上げている光景が浮かんできます。こんなとき気分を晴らしてくれる飲み物がコニャックのソーダ割です。日差しにかざしながら飲んでいると、明日もやるぞと明るい気分になってくるものです。

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晴釣雨読

2007年08月25日 | Weblog
一昨日武田百合子さんの「富士日記」下巻を読了、昨日は団鬼六「最後の愛人」読了、高見順「敗戦日記」購入。読書三昧の夏休みを過ごしております。特に富士日記に再三でてきた“ぶどう酒”については後でまとめてみたいと思います。昭和40年代の“ぶどう酒”について懐かしさとともに見えてくるものがあるような気が致します。今は読後の余韻に浸っているところで、少しお時間をください。

ソーダ鰹釣りにも23日16:00と24日07:00に二度ほど出かけましたが、一昨日は朝方かなり雨が降り、午後から海に川の水が入り濁ってしまい状況が悪くボーズ、この日は知人が一尾私の左で釣り上げただけでした。昨日朝は出かけたのが少し遅かったようで、既に皆さんソーダ鰹をクーラーの中に何尾ずつかお持ちでした。それでも8時に近くなってナブラがたち、左にいた知人が続けて二尾上げました。元気なソーダ鰹とのやり取り楽しそうでした。生憎私のルアーには反応が無く、まったく悔しい思いをいたしました。

それでも時合いが過ぎ、皆さんが引き上げてからも未練たらしく竿を振っていたら、“顎無し”( 正式名ツバメコノシロ)とこの辺で呼んでいる小さな魚がかかり、ボーズを免れることが出来ました。魚体が良い状態でリリースできなかったので持ち帰り、すぐさま塩焼きにして朝食にいただきましたが新しい魚は抜群に美味いですね。潮とそこに生息していた魚の香りがダイレクトに大脳を揺さぶるようで、魚の本来の味わいを久しぶりに思い出しました。雑魚でもこの有様です。これにガツンとやられると毎朝早く起きることも苦で無くなってしまうのです。

このような夏休みを過ごしていると、体力があるうちに早く仕事はやめて「晴釣雨読」の生活をしたいなあと思いますね。そういいつつもなかなか思うようにならないのが現実なんですがね。
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夏休み東京徘徊記 都の西北編

2007年08月24日 | Weblog
昨日の下町編に続き本日は格調高く都の西北編をお届けいたします。早稲田大学で開かれている吉村教授の早大エジプト発掘40年展へ向けて、亀有を後に千代田線で西日暮里まで出て、山手線で高田馬場へと思っておりましたが、急に都電に乗りたくなって大塚で下車、路面電車の荒川線に揺られて面影橋から終点早稲田へ。会場ではやはり前評判からして高かったセヌウのミイラマスクと木棺が目を引きました。ミイラマスクの印象的なブルーは空=あの世を現しており、死者に多用する色だそうです。木棺は黄色に彩色されブルーの文字が描かれており、我が横浜ワインコレクションの金メダルワイン用ネックポップの配色と同様なことに、一人大きな感銘を受けておりました。

早稲田のキャンパスを眺めると気分は学生時代に戻ったようになります。多くの友人がここで青春時代を迎えたことを思うと、我が齢を振り返り感慨が大きいものです。午前中に、柴又から江戸川を越えてかすかに見える我が学び舎を久しぶりに眺めたことも、大いに影響しているのかも知れません。近所の商店街で甘味処に入り、息子とともにかき氷をいただきました。学生街だけあってボリュームがあって安い、学生が夏休みで二人のおばさんは暇をもてあましている感じでしたが、学生を相手にしてくれているように、すこぶる我々にも親切でした。暑い盛りにかき氷を飲む、なんとも日本の夏がいとおしいですね。

新宿の街を見たいという息子の要望で下車して徘徊いたしましたが、雑居ビルと人がたくさん居るだけで見るべきものはないぞという私の言葉に納得したらしく、10分も歩いたらもういいやということになり即撤収、東京へ出て懐かしの東海道線で帰って参りました。

下町の老舗の鰻屋でうな重をいただくのを楽しみにしておりますが、“串打ち三年、割き8年、焼きは一生”と言われます。こち亀の両サンが30年。吉村さんがひたすら掘り続けて40年。物を極めるには一筋縄では行かないことを、我が愚息は多少なりともこの東京徘徊で感じ取ってくれたでしょうかねえ。
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夏休み東京徘徊記 下町編

2007年08月23日 | Weblog
昨日は夏休みをとり末息子とともに東京を徘徊いたしました。春には浅草見物をし前川で鰻をいただき、その足で東京ミッドタウンを見学、銀座を徘徊いたしました。今回は、日暮里から京成電車でまずは柴又まで行き帝釈天を拝み、伊藤左千夫ゆかりの江戸川べりを歩き、日差しが厳しかったですが風が強く川べりなんか日陰に入ると気持ちが良かったですね。門前街の川千屋でまずは鯉の洗いでビールをいただき、うなぎが焼けるのを待つ段取り。暑い中を川千屋へ入り冷えた麒麟麦酒をぐびぐびいただく快感は格別のものでした。休みの日の昼にはビールですね。フランス人のヴァカンスの酒がロゼワインとすると、日本人のヴァカンスの酒はビールといわざるを得ません。鯉の洗いのこりこりする歯ごたえと酢味噌の風味がなんとも川沿いの下町を感じさせ、鰻は魚の感じを残した焼きで、飯はやわらかく辛口の味付けでした。

金町に出て、常磐線亀有で途中下車こち亀の両さんの銅像をなでてまいりました。三十年を越える寿命の長いキャラクターはどこかに強靭な力を持っているわけで、既に実在する大いなる存在を示しておりました。この常磐線は松戸にある学部まで大学時代毎日通った線ですが、当時は上野松戸間の往復だけで途中の駅に下車したことがありませんでした。片道2時間半という遠距離通学がその余裕を生まなかったとはいえ、30年前の下町を知らないということは大きな損失だったなあと今悔やまれてなりません。

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古希の若大将

2007年08月22日 | Weblog
加山雄三さんは古希になられたとの事で、それを記念して新譜のアルバムを出されたとか、いや凄いですね。年をとると今まで集積した知識とか経験とかは増えてくるものですから、それを利用した表現活動は有利になるのですが、作曲のような創作活動は年をとるに従い感受性が衰えてきて厳しくなってくるものです。それを成し遂げた所が凄いです。

この影響なのかも知れませんが、ここのところ加山さんのテレヴィ出演の機会が多く、私は好んでエレキギターを弾いている姿を観ております。随分長い間忘れておりましたが、私が小学生のころ一番聞いていたのは彼の曲だった事を思い出しました。現在の音楽の好みの基本的なものは全てこれだったんだと、当時の懐かしい気分がテレヴィを観ていて蘇ってきました。

私の高校時代は西日本のフォークソングが流行しましたが、どうもビンボー臭い感じが漂いました。大学に入るころに荒井由実が忽然と現われ、湘南サウンドのムードが復活して、同時に中産階級が日本の主流を占めるようになってきたんですね。その後彼女はゴージャスな方向に向かい湘南の感じから離れてゆく事になるのですが。

若大将シリーズの中に出てくるアルコール飲料は何だったのか考えてみる事があるんですが、なかなか思いうかびません。この時代の湘南の夏の海ではコーラとかクリームソーダを飲んでいたような気がしますし、似合っています。どうもアルコールに親近性が無いことが、加山さんが古希になっても若大将のイメージを支えている一因なのかも知れません。アルコールは生理的にも感覚的にも人を老いさせる物質ですからね。
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