キュヴェ タカ/cuvee taka 椿庵酔哲「湘南隠居日誌」

-湘南散歩に読書、映画はTVで、夜は酒、ワイン、ハードリカー、そして時々釣り-

鮨、蕎麦、燗酒

2011-11-30 | Weblog
今週月曜日は予定通り二週間ぶりのちらし寿司を食べ、今年の秋はワインの売り上げが良くないですねと信濃屋で景気について市場分析をしつつ、つまみなどを買い、やっぱり芳林堂へ向かいました。

文庫新書で買うものはなく、芸能コーナーを眺めたら、商人は抜け目が無いもので立川談志の本が平積にされて並んでいました。その横に新刊で「新作落語傑作読本(1)」落語ファン倶楽部新書があり、落語は常に今を反映させなけりゃ死に絶えてゆく芸能であることを考えると、こういったものはとても大切で、新作を書いた人を支えるためにも買っておかなきゃいけません。

夜も何時も通り関内駅方面へ向かい、焼き鳥か蕎麦かで迷いましたが、先週中国で、鶏の鶏冠のついたのや鱗のついた足を何度もいただき、蕎麦のほうは行きのあまり美味いとはいえない機内食だけでしたので蕎麦にいたしました。赤豆、蕎麦掻、エシャレット、イナゴ(真室川産)、カツ丼、もり、辛口菊正宗燗4本をいただき、大人しく根岸線で帰ってきました。

お蔭様で昨日今日といたって好調、名古屋で仕事に励んでおります。人間飲みすぎちゃあいけませんな、ほどのよさが肝心です。よくいうわオッサン。




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購入書籍目録とノンオークシャルドネ

2011-11-29 | Weblog
昨日は月曜の慌しい朝に購入した本をさらっと11冊と書いただけですが、購入リストとして不備なので、書かせていただきます。興味がないかたはとばしてください。

「日本文学史 近代・現代篇3」 ドナルド・キーン 中公文庫
最近はテレヴィへの露出も多く、お元気なお顔を良く拝見いたしますが、著書の出版も相次いでいて、その全てを読み切れるものではありません。しかし堅実に研究をなされて、長生きをなさって随分遠くまで歩いてこられたので、こちらも長生きをしてゆっくりと読むことにしています。このシリーズも大分揃ってきました。

「古典落語 7」 ハルキ文庫
前にも書きましたが今を去ること40年、当時も角川文庫から古典落語10巻が発売され、それを何冊か買い求めてあったのです。この7巻は持っていないので今回買い求めております。本棚に古びた文庫と新しいのが互い違いに並んで、後二巻で40年ぶりに全巻揃うことになり、感慨が深いです。

「蕎麦通・天麩羅通」 村瀬忠太郎 廣済堂文庫
坪内祐三が監修しているので気になりました。同時に出ているはずの「銀座通・・・・通」も買いたいのですが、見当たりませんでした。

「女の小説」 丸谷才一・和田誠 光文社 1998
和田誠の絵が大判の本に映えてそれをみているだけで買い求めた甲斐があります。

「乳のごとき故郷」 藤沢周平 文芸春秋 2010
名作「蝉しぐれ」を読んでしまうと他の小説がどうも読む気がせず、この随筆は藤沢周平二冊目になります。

「マリアの空想旅行」 森茉莉 ちくま文庫 2006
森茉莉のこの本は持っていなかったと思いますが、記憶は実に曖昧、あるいは二冊目かもしれません。本の整理が必要です。

「蕩尽王、パリをゆく」薩摩治郎八伝 鹿島茂
確か先日、戸板康二さんの「ぜいたく列伝」に出て来て読んだような気がしますが、数十億をパリで蕩尽するなんて事は貧乏人には出来ません。素晴らしい才能ですし、金持ちの家に生まれないと出来ないことです。

「横浜をつくった男」高木彬光 光文社文庫
これは二年前に出たときに何度も買おうとしたのですが、そのたびに思いとどまった本です。横浜本ですから一度は読んでおかないと、浜っこ名折れです。

「地名の謎」今尾恵介 ちくま文庫
今年の7月に出たのがもう古本です。世の中はめまぐるしく回っています。地名とか名前の由来というのは興味がありますね。

「散華抄」岡本かの子 中公文庫
これも今年の5月に出たものです。「地名の謎」同様、まったく読んだ形跡が無く新品同様ですから、OBが良く批判される”青少年の本の万引きの動機となっている”はあながち見当外れではないかもしれません。発売されて数ヶ月以内に新古書として出ているのがあまりにも多い。困ったもんです。

最後にワインに関する記事を少し、ラウンドヒルのノンオークシャルドネは世評が高いワインですが、ようやく試飲をする機会に恵まれました。果実の甘みがあり、豊かで、爽やかな酸がワインを引き締めています。想定上代1,500円ならまあまあじゃないかな。


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寒い朝

2011-11-28 | Weblog
急に冷えてまいりました。11月も末とあっては当たり前なのかもしれませんが、ついこの間まではぽかぽか陽気で、特に先週は広州へ行っておりましたから、あちらも例年になく暖かなというより暑い日が続いていて、梅一輪咲いているところをみましたが、秋冬を飛ばして春がやってきていたのかと見間違うほどの陽気、いずこも冬から見放されたようでしたが、今朝は急に冬がやってきました。

迂闊にも薄手のセーターを着ただけで家を飛び出しましたが、周りを見ると皆さん厚手の上着やコートをお召しになっている、一人季節違いのおじさんが歩いているような感じを受けました。しかしながら、ここのところのカロリー摂取過多で寒くなればなるほど体内で原料が燃えるので、周りが思うほど寒くはなく、締まった陽気が心持良いと感じる程度、清々しい初冬の秋を感じておりました。

昨日は小春日和に誘われて表へ出て暗くなるまで散策買い物に熱中し、書斎の整理が先なのに、新たに古書と新刊あわせて11冊を買い求め、混乱を更に深める事となりました。

夜、娘から吉田修一の「東京湾景」を借りたいとの申し入れがあるものの、表紙の紫を基調とした色合いははっきり記憶にあるものの、一体何処に置いたか見当もつかない状況に、来週は小春日和になろうが霙が降ろうが書籍の整理整頓を必ずやろうと強く心に誓いました。



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2011-11-27 | Weblog
湘南は小春日和が続いていて散策にはもってこいですが、日の暮れが早いのは冬の習い、早めの町歩きが望ましいようです。

昨日は二週間ぶりに湘南の散策となり、辻堂から藤沢まで歩き古書店巡りをいたしました。有隣堂藤沢店の5Fにある古書店のコーナーでは、先回尾崎一雄の「あの日この日」を買って悦に入っておりましたが、買い残した尾崎一雄がそっくりそのまま5冊ありました。今時こんな本を読むなんて酔狂はいやしないのですな、お蔭様でその中から2冊「蜜蜂が降る」昭和51年新潮社、「ペンの散歩」昭和53年中央公論社をいただいておきました。箱入り美装本なのでかなり嵩張り重いので、あとはまた次の機会に譲りました。どうせ直ぐには引き取り手は現れないでしょう。

文庫本のコーナーには吉川潮がかなり揃って出ていて、ちくま文庫の「完本・とっぴな芸人伝」をいただいておきました。ランダムハウスの小説集全4巻が心残りでしたが、こちらも次回残っていたら買うことにいたしましょう。

広州から帰ってきて、朝晩がめっきり冷え込んで寒くなっているのに気付き、とりわけベッドで横になっての読書は腕から先が冷たくなっていけません。いよいよ壊れた椅子を買い替え、空調機も新しくして、机に向かっての読書体制を整えなきゃいけないなあと感じています。箱入り美装本の大冊はベッドで読むのが不可能ですし、「あの日この日」はまさにこれに当たり、長年の願いが適って手に入れたはいいけどこのままじゃあ積読本の仲間入りとなってしまいます。

一年の埃や塵を一掃する時期にも当たるので、今日は根本的な書斎の整理整頓を行うことにいたしましょうか、それにしては週末の小春日和をそんなことに費やすのはあまりにも惜しいですな。







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中華三昧

2011-11-26 | Weblog
今回の出張は時差が無かったのが幸いでしたが、土曜日に出て本来の休日三日間を働き休みが無かったのでやっぱりかなり疲れました。食物も食在広州でしかも馴染みのある味わいだったため嫌になることも無く過ごせましたが、やはり香辛料の匂いが帰るころには鼻につき始めました。

料理についての感想ですか、海老が思ったほど美味くなく、大分あたりの海で獲れる物のほうが味があってよいなあと感じました。焼き餃子をマリオットホテルの食堂で喰いましたが、皮がふんわりと弾力があり、俺は今中国で中華を食っているんだなと感じさせる美味さがありました。広州名物の鴨のローストは、ガスコーニュで喰うマグレドカナールよりはるかに美味いもんだと都合三回いただき、いずれも完食しました。

お茶も良かったですね。喫茶用の電気仕掛けの用具がそろっていて、簡便に各種のお茶が賞味できますが、中国南方航空の待合室でシナ美人に淹れてもらった碧螺春が格別美味かったですね。

先月はフランス出張で太りましたが、フランス料理に比べて一品当たりのカロリーが低く、しかも魚介類と野菜を多く摂ったにもかかわらずウエイトオーバーとなっています。美味いものはダイエットの敵であること、中国にデブがいないのはお茶の所為だといわれていますが、あれだけ喫んだ中国茶が思いのほか効いていないことを感じています。









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談志死す

2011-11-25 | Weblog
広州から昨夕帰ってきましたが、日本も随分と暖かですね。向こうで談志死すの訃報を聞いてがっかりしておりましたが、昨日の新聞に大きく取り上げられており、この不出生の落語家の死は大きな出来事であったことを世間も承知しているんだと感じましたね。

後年は癌の影響か声がかすれていけませんでしたが、壮年期の噺は素晴らしく良かったです。晩年の話を絶賛する人がいますが、名声に乗った論調で書かれているものがほとんどではないでしょうか、落語家は話芸ですから声が大きな要因を占める芸です。そいつがいかれちゃあまっとうな話にゃあならないでしょう。本人もそれに自覚的だったからこそ声帯摘出手術を拒んだのです。天才的な噺家が喉頭癌になるなんてのは、じつにどうも人生の皮肉ですな。

落語は明治時代が勃興期で今が全盛期です。古典芸能といえども歴史は浅く、内容は日々変化しなければ時代に置き去りにされます。落語も他の芸能同様そんな環境におかれているのですが、今に合わせて変化させることを推し進めた談志の出現が、落語を古びさせず全盛を謳歌させている大きな力になったことは確かです。

人は誤解することが多いのですが、伝統を踏襲している人を大いに褒め、新しい試みには冷淡です。林家三平の小話がマンネリなら、桂文楽の噺は大マンネリです。いかに完成された芸でもそこに留まったら価値がなくなるのです。


















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熱帯果樹

2011-11-24 | Weblog
一昨日は中国の今を見て、高度成長からバブルのころを思い出しておりましたが、昨日は果樹園を見学して、昔を思い出しました。

この温泉の近所は熱帯果樹が多く栽培されていて、バナナ、パパイヤ、竜眼、ドラゴンフルーツ、ライチなどがあります。温泉熱を利用して温室栽培をしているのではなく、広州は熱帯性気候なのです。日本人は満州の冬の厳しさが語り継がれているためか、中国南部が熱帯性気候であることを忘れがちです。大学時代の夏季短期講習でお世話になった、台北大学で熱帯果樹を研究されておられた田中教授が、台湾を失ったことで熱帯果樹の研究が途切れてしまったことが残念でならないと話されていましたが、広州は台湾とほぼ同緯度です。二十代後半にはハワイに駐在して、パイナップル、パパイヤを商い、ライチとマンゴーは近所の庭から失敬しており、人生のところどころで熱帯果樹と親しむ運命にあるようです。

温泉からの帰りがけに、最も古い温泉の一角をたずねましたが、多くの中国の政治指導者がやってきていて、それを記念して壁に多くの写真が引き伸ばされて張ってあり、その時の逸話が書かれているのでしょうが、生憎中国語は分からず、知っている顔では周恩来、江沢民がありました。アメリカのニクソン大統領の顔もあり、彼が泊まった旅館を外から見ましたが、豪華な感じはせず、閑静な佇まいでした。共産党時代の接待であったため質素を旨としたのでしょうが、中は贅が尽くされているのかもしれません。蘇東婆記念館もありましたので、古くは墨客文人の溜り場だったようです。

今日は10:10の成田行きのフライトで帰国の途に着きます。考えさせられることが多かった広州へのたびでした。

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ラドン温泉

2011-11-23 | Weblog
広州から北東へ約一時間走ったとろろに、日本には無い漢字を使った都市でコングァというところがあり、そこで今新たに開発している商品の工場を訪れました。中国というところは国土が広いので、何でも大きく場所を確保できる利点があります。広州市のマリオットホテルに迎えにきてくれたときには担当者かと思った人物が、実はここの創業者で46歳、奥さんと二人で始めた会社で11年目にして80人を使う企業となって、随分大きな工場を持っているものだと感心しました。広大な土地が確保できるから、何でも大雑把になる欠点はあるものの、せせこましくない利点もあります。

彼の動きを見ていると、大陸的でない素早さがあり、真面目で時間にも正確で、これらの要素が中国で成功している秘訣の一部だろうと想像したりしています。目先の利いた人は企業をして10年余りでここまで事業を拡大できる時代にあるわけで、戦後の混乱期から高度成長時代を倍の速さで突っ走っていることがうかがわれ、彼にしても11年前までは学校の先生をしていて、二番目の娘が産まれて一念発起してあっという間の11年だったようです。

今日は社長夫妻とともにラドン温泉で有名な温泉へ来ていますが、コングァからさらに北東へ小一時間走ったところにあります。月に二回この温泉で骨休めをするようで、彼が温泉プールで長い時間泳いでいたのが印象的でした。ラドン温泉はスイスとここにしかないそうで、金日成などもたびたび訪れていたようで、日ごろ多忙で責任のある地位の人にとって、格好の休息の場所になっているようです。

現在宿泊しているのはホリデイインですが、観光バスを連ねて多くの中国人がやってきています。高度成長期からバブル時代の日本を髣髴とさせますが、絶頂期にこの先いつかは停滞期のことを思うのはなかなか困難ですが、その先のことを思っている指導者がいるとすれば、この国はどこまで大きくなってゆくのか知れません。

よその国のことをとやかく言うつもりはありませんが、一つだけ残念だと思うのは、既にこのあたりでも昔ながらの家が残り少なくなっていて、アスファルトの道路と、コンクリートの建物に変わっています。コストだけを考えた開発はボツボツ再考するべきと思われ、“古いものは美しい”と思う人の声も施政者に届いてもいい頃合だと思います。風景に懐かしさを感じなくなったら生きていて詰まらんじゃないですか。





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広州ワインフェアー

2011-11-22 | Weblog
二日目を迎えて、朝からBtoBのミーティングで昼までには完全に憔悴してしまいましたが、面白い発見も多々あり、有意義な時間でした。昼をいただき、と言っても毎日中華というのもいささか飽きてきて、鮨が喰いたいとか、蕎麦が喰いたいと思いますが、昼のブッフェには日本食ブームを反映して確かにその両方があるのですが、かなりレべルが高い筈の、ここ中国大酒店(マリオネットホテル)でも、それは似て非なるもので食指が動きません。それでもヨーロッパからのサプライヤーは、二度三度と鮨を乗せたプレートをテーブルに運び嬉々として食べています。私の功績でもないのに、日本の文化が世界に広まるのを見ているのは実に気分がいいものです。アニメと漫画に続いて鮨が世界を席巻して、さてお次は何かと考えますと、ウォシュレットのような気がしますね。

今回は中国南方航空でこちらへやってきましたが、機体が新しくシートが大きく足元が十分広くて、おまけにCAが粒ぞろいで親切で、最新の機材に美人を積んで、高いレベルのサービスをしたら、それは皆さん好んで乗ることになるでしょう。そのソフトの部分は日本人CAが教育しているとの噂を耳にしましたが、日本女性の少しウエットな心遣いは世界が認めているところですから、このあたりのソフトを仕事とすることも大いに可能性があるでしょう。

いずれにしろ、日本の何が優れているのか、きちんと掌握して、それをビジネスとしてやっていく以外に、雇用を確保し、生活レべルを維持してゆくことが困難になる時代が既にやって来ていているのです。感度のいい政治家がこの時代をきちんと乗り切ってゆくことが求められているのに、粒が揃わないのは日本の悲劇ですが、本質とかかわりの無いことに目くじらを立てて、才能ある人材を抹殺してしまう日本の国民性にその基があるとすれば、自業自得ですから甘んじて滅びてゆくだけですが、その自覚が果たしてあるのでしょうか。

広州にきたらとたんに気が大きくなって天下国家を論じていますが、昭和初期の大陸浪人もこんな気持ちで祖国を思っていたのでしょうか。

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広州にて

2011-11-21 | Weblog
広州まで思ったより時間がかかりました。去年香港に来たときもこんなに時間がかかったのかなあと思いますが、すぐ近所なのでやっぱり五時間は掛かったのでしょう。過去のことは安易に過ぎたように記憶する傾向が人間にはありますが、まさにこれもそういったことのようです。時差が1時間なので軽い気持ちでやって来ましたが、昼前に家を出て、ホテルにチェックインしたのがこちらの時間の22:00でしたから、やっぱり疲れました。

旦那を紹介したいからと、予定より一時間は遅くなりましたが、ホテルの中華でモニクと遅い晩飯を喰いながらミーティングをしました。過去二人の男性はボーイフレンドでしたが、今回は正式に結婚したので気に入った人と結ばれたのか穏やかに見えました。結婚祝いにプレゼントした真珠のネックレスを思いのほか喜んでくれたのも嬉しかったですね。

今日は朝からプーリアのセミナーに出て、午後はBtoBのミーティングでしたが、30分ずつ6メーカーを廻ったので疲れました。試飲は集中が必要なので思いのほか疲れるものなんです。

今回来てから分かったのですが、日本からの参加者は我々だけで、中国から60数社、ベトナムから十数社、韓国から9社で、ワイン業界でも日本は立ち遅れてきたなあと、スペインのフェナヴァンのとき同様に感じました。東洋は今後世界経済の中心になりますが、中国と東南アジアに分散している華橋が中心となって牽引してゆくことになります。アメリカ一辺倒の考え方を大きく変換する時期に来ているのに、その具体的な対応が遅れてますね。小学校低学年から英語を授業に取り入れるなんて馬鹿な話が実現しそうですが、どうせ馬鹿をやるなら、今後重要性が高まる中国語を選択させればいいと思います。教育というのは50年先の日本を見据えて行うもので、戦後の教育は目先だけの利便性を目指して失敗し、その反省が反映されてもいいと思います。

少なくとも今回のコンベンションでは、イタリアとフランスは中国に対して多くの予算を使ったわけですから、たとえば来年のヴィネスポ香港には日本は国からの補助金で50社くらいの地酒メーカーを出しても良いんじゃないでしょうか。鮨がこれだけブームになって、それに最も合う清酒とその原料になる酒造好適米の海外市場への売り込みは、詰まらん補助金を直接農家にだして競争力を弱体化させるより、農業の将来にとってもずっと有効であると思います。









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