キュヴェ タカ/cuvee taka 「高橋哲夫 湘南日誌」

湘南気儘な隠居暮し ー散歩に読書、映画、酒、そして時々釣り-

ヴァルファルモサ滞在記1月27日Ⅱリオハ篇

2007年02月28日 | Weblog
昨夜から生暖かい空気が横浜湘南を覆って春らしい宵を楽しみましたが、今朝も引き続きぽかぽか陽気の気配です。しかし、北にある寒冷な高気圧が日本を覆うためこの陽気もかりそめ、次第に寒くなるとの予報です。春の典型的な天気ですね。
今日は予告通りリオハで昼食を終え、いよいよヴァルファルモサ・リオハのボデガ訪問、リオハのサタデーナイトの街の様子をお伝えいたします。

ヴァルファルモサ滞在記1月27日Ⅱ
長い昼飯が終わると次は試飲だった。ボデガは2001年に建てられており、その後倒産。2005年3月にヴァルファルモサが購入いたしました。小さな建物です。ワインの醸造はまだ行なっておらず、コーペラティヴ、農家からワインを購入樽熟成を行なっています。リオハの多くのボデガがこの方式でワインを購入して樽熟成をした後ボトリングして市場に出しているようです。将来はヴィニフィケーションをボデガ内で行なう予定で、その用地が既に準備されておりました。販売したワインの収益からボデガを拡大してゆく心積りだそうです。オリオールがここの責任者で、モンセというワイン技術者の可愛いお嬢さんがワインの購入、熟成等の仕事をしております。昨年は年間2,000ケースをボトリングし、カヴァの既存の輸出先に販売して完売したそうです。この方式でリベラ・デル・デュエロとルエダにボデガをもち、カヴァの客先にサンドイッチ方式で販売してゆこうとの企みのようです。オリオールがマドリッド、ディジョン、カルフォルニア・デーヴィス校などでワインを学んだ技術者で、色々なワインを造りたいとの彼の欲望も、この計画の大きな推進力になっているようです。親父さんから“ワインを造るのはいいけど、売ることを忘れるな”と言われた事からも、何となくうなずける気が致します。今年の製造予定は2,500ケースの予定との事です。カヴァの輸出先で取り扱いが無いのがうちだけらしいので、200ケース程度の取り扱いを熱望しています。でもねえ、うちはディナスティア・ヴィヴァンコ、カルロスセレスという立派なリオハを既に取り扱っているんでねえ、うーん。

クリアンザ、レゼルヴァの試飲を幾つかのヴィンテージで行ないました。要は新しいボデガなのでヴィンテージが新しくなるほど品質が向上しています。スタイルは果実味が強く、フレンチオークの風味を利かせた新しいタイプです。それにしてもダイニングルームの寒かった事、朝からモンセが気を聞かして暖房をつけていてくれたにも拘らずです。この冷涼な気候がこの赤ワインに酸をもたらし、エレガントな風合いに貢献しているのでしょうか。

試飲が終わると既に夜の帳がボデガを覆っており、外へ出ると信じられない寒さが肌を刺します。車に乗って一分の村のバールへ入ると、若い村長さん以下十名の老若男女がビールを飲んで談笑しております。オリオールもモンセもその全員と知り合いでいちいち挨拶を交わし冗談をひとしきり言い合い20分ほどで街へと車で向かいました。街の名前忘れましたが、オリオールもモンセもこの町に住んでおります。その街の一つの通りにバールが密集しており、とにかく道は人で溢れ、熱気で寒さも感じないほどです。バールは夫々どうも名物料理があり、一品を食べては次に行くという面白いパターンでみんなが移動しています。ちなみに我々の最初のバールではヴァルファルモサのマリアという微発泡性のワインを片手に羊の腸の団子をスライスして焼いたものを摘み。次のバールでは小さな烏賊を串に幾つか刺してソテーしたものやムール貝を焼いたやつをヴァルファルモサのリオハでかぶりつき。魚介類には白じゃないのかって、この店にはヴァルファルモサはリオハの赤しか置いてないからそんなことを言っている余地は無いわけで。次の店ではサンドイッチの中に鰯の塩漬けが入っていて、その次のバールはハムが名物らしくパンに挟んで出されたのを名前も分からぬ白ワインで流し込み。その後ディスコのようなバーでジンリッキーを頭から被りながら胃の腑に落とし込み。少々喫茶店でコーヒーを飲んで休み。怪しげなクラブでウイスキーを飲んで、この喧騒な暴飲暴食酒池肉林(残念ながら肉林は無かったのですがつい筆の勢いで)のサタデーナイトにも終わりがやって来たことを知り安堵したという次第です。


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ヴァルサルモサ滞在記1月27日

2007年02月27日 | Weblog
寒くてお天気の良い日が続きます。酒匂川から眺めた今日の富士は霞がかかっておりました。陽気は締まっていても春霞に富士がかすみだしているのを観ると春も盛りに近づきつつあるようです。今日はヴァルファルモサの本拠地ヴィラフランカからリオハに場所を移してお話は進みます。


1月27日(土)ヴィラフランカからリオハに車で移動
ヴィラフランカからリオハまでは車で4時間半。数日前に降った雪がかなり融けたとの事だが一面の雪景色であった。地中海のカタランとはうってかわった内陸性の厳しい気候、その寒さといったら凍えるようであった。朝の9時にはヴィラフランカのホテルを出発したが、リオハに着いたらお昼時、移動と食事を繰り返す悪いパターンである。

昼食はボデガ近くの村にある新しい料理のスタイルのレストラン、Venta Moncalvilloでオリオールと二人で取った。レセプションで燃え盛っている暖炉の火がやけに懐かしくありがたい。炎を見つめながら好物のカンパリソーダをゆったりといただいた。オリオールのボデガから車で5分のお隣さんのようなもの、オーナーシェフとソムリエの兄弟とはなじみも深く、食事の前に地下のワインセラーも案内してくれ、ご自慢のリオハのセレクションを見せてくれた。リオハのまんまん中、セラーの棚がリオハだらけなのはいたって当たり前だが。

さて食事のメインはヒレ肉のステーキであったが、前菜にかなり多くの皿が出されどれも美味であった。何が出されたのかは残念ながら忘れたが、細かいものがアソートされた皿が幾つか来て、メインが要らなかったくらいである。各お皿が繊細に作られたとても良いレストランである。スペインは現在世界で一番予約が取り難いといわれているエルブジがあり、ヨーロッパの料理をリードしている状況のためか、他にも多くの優れた料理人が輩出しており、独自のスタイルの料理が進化しているように感じる。その方向は少量多品目でかるみを感じさせる。ワインは相変わらずブリュットナチュレ、オリオールが気に入ったレストランには営業をかけて売り込んでいるのと、本人がヴァルファルモサで造っているワインの中で最も好きなワインがこのブリュットナチュレのため、どこへ入ってもこれを取ります。ご相伴を重ねているうちに元々私も最も好きなワインのためか、最初から最後までこれ一本で通すのが当たり前になりつつありました。

一日分を総て書くと昼飯と晩飯の場面だけになり、それでなくても食い物の話ばかりじゃないかと言われているこのブログが飯だらけになりますので、ボデガの様子とバールを梯子してタパスをつまんだお話はまた明日。
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ヴァルファルモサ滞在記1月26日

2007年02月26日 | Weblog
今日も寒い日ですね。寒の戻りも長く続くとあの暖かだった冬が記憶から遠ざかりますね、終わり良ければ総て良し、あるいはフレンチ・レストランで一番大切なことはデザートというのが真理だというのが肯けます。さて月曜なのでブログもワインモード、先週の続きです。話はスペインへ戻ります。

1月26日(金)ヴァルファルモサ本社でセラー見学と試飲をいたしました。
会社は可也大きく総従業員160名予想したより大きいなとの印象です。バルクをフランスへ可也販売しているとの事で、実際フランス人が運転するタンクローリーがセラーに横付けされておりました。スティルワインの販売がこの会社あるいはぺネデスの大きな問題であるようです。カヴァのDOはぺネデスのDOより広いのですが、ヴァルファルモサでも50%以上がスティルワインを製造しています。

ヴァルファルモサは家族経営の会社ですが、現在長男のオリオールは二年前の三月に購入したヴァルファルモサ・リオハの責任者になっており、本社は姉のケタがジェネラルマネージャー、弟がバルク販売を担当しています。ご存知のようにカヴァは日本でもフレシネとコドニューが二大メーカーですが、スペイン国内でも同様でこの二つのブランドは組織小売に出回っており、価格面と品質の高さからヴァルファルモサはレストランを中心に販売しているとの事です。

私も認識不足でしたが、カヴァの歴史はそれほど古くなく、この名前はシャンペインからその使用を止められて考えられた名前との事で、どう考えてみてもここ10年から15年に使われだした名前のようです。ヴァルファルモサの歴史は古く、じゃあ何時からだといわれると忘れてしまいましたが、代々の当主の肖像画がセラーの入り口に飾られているのですが、5代くらい前のご先祖はカタラン人の象徴である黒い切れを頭に被っており、次の当主は鳥打帽になっておりました。一世代30年と考えても少なくとも150年以上前からここでワイン造りをしていたんだと推理します。

セラーで一番凄いなと思ったのは、二次醗酵と澱をビン口に集めるシステムで今までに見たことも無い方法でした。ビンを固定する穴をあけた木の板でパレットの上で一パレット分のワインを固定して自在に回転させる事が可能になっております。泡物は弱い私ですがこのシステムは、私が訪れたシャンペイン、リムー、クレマンを造っているアルザス、ブルゴーニュ、ガスコーニュでは少なくとも見たことが無く、カタラン人は凄いなあと感心いたしました。アントニオ・ガウディーの独創性はカタランの血なのかもしれません。


昼食はボデガでオリオールとラファエルとともに取りました。カタラン風サラダ レタスにオリーブ、アンチョビー、マグロのオリーブ漬けが乗ったもの。メインは地鶏のグリル、濃厚な味がついていた。付け合せにアンティチョークの丸焼き、これが一番美味であった。

午後試飲をいたしました。うちはカヴァしかやっておりませんが、スティルワインがいっぱい出てきました。もちろん全部試飲いたしましたが、カベルネソーヴィニヨンで造られたクロ・マセットが秀逸でした。ワイン業者としてぺネデスに対して偏見を持っているのがまず問題ではあるのですが、もやっとした赤ワインを想像しておりましたが、(確かに安物のワインはそんな感じでした)このワインは果実味に鮮烈さがあり、良いワインの特性を備えておりました。オリオールはスティルワインをうちに売りたくてしょうがないんです。

夜、オリオールとアナ夫妻とバロセロナ近くの港町のPeixerotへ行き食事をいたしました。ここは素晴らしい魚介類のレストランです。新鮮さはフランスの比で無いです。海老の塩焼き、烏賊の切り身を焼いたもの、コロッケ、小さな巻貝を茹でたものをタパスとしていただき、メインはイカ墨のリゾットみたいなのにオマールエビのグリルが乗ったものをいただきました。オリオールは細いパスタを魚介類のブイヨンであえたようなものをたのみましたが、それが好物らしく美味そうに食べておりました。少し掠めて食べてみましたが歯ごたえがあって魚介類のブイヨンが効いた味わいで美味でした。食後はカクテルのようなチリの食前酒のピスコサワー似たものをオリオールの是非とのお勧めでいただきましたが、消化を進めるような気配があるものでした。ヨーロッパで毎日食べたいと思うレストランはまず無いですが、ここなら一週間続けてもいいですね。すこぶる美味なレストランであった。食事中ブルットナチュレを飲み続けた。ここでもオオリオールのやつは、いつの間にか2本を空にしていた。仕事とはいえ凄い奴だ。

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馬酔木と芸者

2007年02月25日 | Weblog
今朝も湘南は晴れ渡っておりますが、北風が冷たく寒い日になりそうです。昨日庭の馬酔木が開花しているのを見て驚きましたが、近所を散策すると何処のお宅の馬酔木も開花しておりました。今年は全ての春の花が早くなっているので、花を愛でる機会を失しないように気をつけないといけませんね。万葉の花としても名高いこの馬酔木を大和路で愛でたいと思っておりましたが、四月になったら早々に出かけける必要がありそうです。

今朝テレヴィを観ていましたら、飯坂温泉をやっていました。もう20年近く前に仕事のついでに一泊して、生まれて始めて鯉の甘露煮を食べた記憶が鮮烈です。私の生まれ育った湘南では海の魚が豊富だったので川魚を食べる習慣がありませんでした。その当時は団体客もかなり来ていてそれなりに賑わっていた記憶があったのですが、熱海同様閑古鳥が鳴いて廃業に追い込まれる旅館が多いようです。この番組は”飯坂小唄”をモチーフに、芸者、三味線屋、旅館の若旦那と展開してゆくのですが、最盛期には200人居た芸者が現在7人、お年もお見受けしたところ皆さん60は優に越えていらっしゃるご様子でした。作詞西條八十、作曲中山晋平の名曲も芸者と共に廃れてしまうのかと心配しておりましたら、飯坂とこの飯坂小唄に愛着と誇りを持った若い人達が三味線を習い、飯坂を訪ねる旅の人に披露しているようです。

残り火のように燃えている最後の7人のお座敷を楽しむのにそう時間は残っていないようです。さて、万葉の花もうかうかしていると見逃すことになりそうですし、飯坂生え抜きの芸者が歌う名曲”飯坂小唄”を見逃すわけにも行かないし、今年の春は心騒がしい春です。

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ワインで政治が分かる

2007年02月24日 | Weblog
今朝の湘南は天気は良いのですが寒いです。これからどんどん暖かくなり、ぽかぽか陽気になってくれるといいのですがね。この陽の強さから見ると午前中の内からかなり気温上昇が期待できそうです。

週の後半名古屋へ出かけておりましたが、名古屋駅には、もう五年前になるんでしょうか、高島屋の大きな店舗が駅ビルにあります。そのビルの最上階に三省堂が入っていて、時間があると店内を眺めております。高島屋のほうへは一度も行ったことがありません。川上弘美さんが居酒屋の巨匠太田さんの本の後書きか何かで、今までの人生で一番通ったところは、”居酒屋””スパーマーケット””本屋”と書いてましたが、やけに共感いたしました。また川上さんを引き合いに出して回りくどい説明をいたしましたが、私の場合ビンボーのため百貨店には縁が無いだけで御座います。まっ、そこの三省堂で”ワインと外交”という題名が目に付き手にとってみると著者は西川恵さんでした。

今を去ること5年前になるでしょうか、縁があり南アフリカへご一緒したことがあります。彼は毎日新聞にお勤めでジャーナリストとして、私は輸入会社として南ア・ワインの展示会へ参加し、現地のいくつかのワイナリーを視察いたしました。日本へ帰ってきてから一緒に南アへ行ったお仲間と、横浜中華街と六本木で二度ほど飲み且つ食らったことが御座います。ご本人からもエリゼ宮の料理について考察した本をだされていると伺っていましたが、読んでおりませんでした。”ワインと外交”新潮新書なので財布も傷まず躊躇する事無く購入いたしました。そして名古屋のホテルで一気に読了いたしました。

国際政治を饗宴外交の料理とワインを検証しながら話が展開されております。ワインの本て美味いとか不味いとか最近では何点とかといったものが多く、近視眼的で広がりが無いですから、知的で外の世界に開いているこういう本は刺激的ですね。いくつかの饗宴が書かれていますが、その中で天皇がオランダへ国賓として招かれた折の話がもっとも読み応えがあります。

もう少し詳しく書きたいのですが、本を名古屋観光ホテルへ忘れてきてしまいました。なにせ本を忘れるくらいですから、書いてあった内容を忘れることくらい簡単なもんで、ええ。この拙文を読まれている方、お安いです700円、ぜひお買い求めください。いえ、西川さんから頼まれたわけでもないんですが、日本の置かれている状況を理解するのにワインが指標になるなんて、少しはワインをかじった甲斐があるじゃないですか。

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ヴァルファルモサ滞在記1月25日Ⅱ

2007年02月23日 | Weblog
今日の名古屋は生憎の雨、明日からのお休みは好天を期待したいものです。昨日尻切れトンボに終わっているヴァルファルモサ滞在記1月25日分の後半です。さて、この日はお昼を食べてからオリオールといよいよペネデスを走り回ります。


ヴァルファルモサ滞在記1月25日Ⅱ

マス・カベレ 上ぺネデス
ヴァルファルモサの本社近くの畑、標高250~300m、97haの丘陵地。石灰質粘土土壌 丘の高い所にはシャルドネとパレリャダ 低い乾燥した暖かい所にはマカベオとチャレロラピエドラ、エルグリルとよばれるプロットに3.2haの古いシャルドネがあり、マス・カベレ リネア・セレクションが造られる。収穫量は35hl/ha、フランス産オーク新樽醗酵後6ヶ月熟成。

これが最初に行った本社から近い畑です。カヴァの原料になる葡萄品種が植えられており、ペネデスの中心地のような気がいたしました。交通量が多い道路が脇に走っていましたし、人影を見る事ができました。注:この後の畑では人っ子一人見る事が出来ない場合のほうが多かった。


マスグラネル 中ぺネデス
赤ワインに適した土地で、テンプラニージョ、メルロ、モナストレル、カベルネソービニヨンが植えられている。この地で唯一のマルベックも植えられており、公的機関の管理を受けている。

ここはこのマルベックをやけに自慢してました。オリオールは社長の息子ですが、ワイン造りを勉強し実際造っているので、とにかく詳しいし葡萄に愛着を持っています。この地区で初めての試みなので、どうなってゆくのか本当に楽しみにしておりました。またこの畑で感じたのですが、ヴァルファルモサという看板と共にいつも大きな甕が畑の角に飾ってあります。これは、昔、実際にワインを醸造していた甕で、現在はヴァルファルモサのシンボルとして置いてあるとの事です。このあたりの車の中で、以前「おいしいね、フレシネ」に対抗して作ったキャッチフレーズ「大したもんさヴァルファルモサ」を教えてやったらやけに喜んで繰り返し口ずさんでいました。

マッシアフレイ 下ぺネデス
ここでは庭のオレンジがたわわに実り美味そうなオレンジ色を要綱の中に輝かせており、当然デカイやつを一個いただいておきました。翌日の朝ホテルでいただいたらみずみずしくて甘くて美味いのなんのって、オレンジの輸出をしたほうが手っ取り早く現金になって良いような気が致しました。
ここには立派な屋敷が建っております。このお屋敷がここでは由緒があって1462年にはワイン造りをしていたという記録があるようです。ここは地中海に近いためか暑い乾燥した地中海性気候で、黒ブドウ品種に適しておりカベルネソーヴィニョン、フラン、メルロ、グルナッシュ、シラが良いようです。標高は240~290mで62ha、砂と粘土と小石のテラス状の畑です。ヴァルファルモサではメルロ・マッシア・フレイという特別なワインを、4.5haの古い畑から造っています。45hl/haという単位生産量でフランス産の新樽で熟成しており、果実風味が濃縮された、アルコール度の高い、タンニンが強くスムースで少しスパイシー、それでいてアフターテイストがエレガントなワインです。15年以上熟成発展の可能性があります。

ヴァルフォート 下ぺネデス
なだらかな丘陵に17世紀の要塞として建てられたようです。アラブ風の異国情緒漂う城です。乾燥した穏やかな夏。最高のバランスを示すこの地でウル・デ・リュブレ(野兎の目)とよばれるテンプラニージョを主にガルナチャ、カリニェーナが植えられています。

マス・バルタ 上ぺネデス
山間の中の谷にある大きな山小屋風の屋敷の周りにブドウ園があります。冷涼で雨の多い気候で私が訪ねた時は霙が降っておりました。冬にはこの小さな谷間が雪で覆われるそうです。山小屋からの見晴らしは見事で、夏にバーべキューができる部屋もあり訪ねた中で一番魅力的でした。ここは風景も良いですし白ワインの良いのが出来そうな感じがいかにもしましたね。
パレリャダ、シャルドネ、ソーヴィニョン・ブラン、リースリングが栽培されており、高い酸のレベルのワインが造られ、繊細でエレガントなワインになります。ちょうど一年前に訪ねたチリ・アナケナの新しい白ワイン産地レイダを思わせるようなところでしたが、ここのほうが相当寒そうです。


ホテルに一度帰り、夜、オリオールとともに日本人の奥さんがいるという和食のレストランに行く。私は海外の和食はどうも苦手なのでカタラン風サラダとスパゲティーを食べましたが。オリオールは前菜に天麩羅を食べてご機嫌でした。鮨などもあり街の人が慣れた手つきで食べていました。オーナーの奥さんの日本人妻とお話しをしましたが、やはりワインの街、副業として日本向けにワインの輸出をしているとの事でした。気がついたらオリオールの奴、既にブリュットナチュレを二本も飲んでいました。
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ヴァルファルモサ滞在記 1月25日

2007年02月22日 | Weblog
今朝は湘南良いお天気です。これから今日は月一度の役員会が名古屋で開かれるため出かけます。朝飯を食べたばかりで昼には何を食おうかと考えている自分が浅ましく思いますが、食の業界に居る以上原始の欲望食欲を持ち続ける事は最低限必要な事だなあと思います。何を食おうか、何を飲もうかと思わなくなったらこの仕事終わりにしなければいけません。さて、随分遅れてしまいましたが予告しておいたヴァルファルモサ滞在記です。3月のフーデックスにもまたやって来ますのでここで少し知識を得て、ぜひともブースへお立ち寄りください。

1月25日(木)バルセロナからヴィラフランカへ車で移動
ヴァルファルモサの根拠地は、バルセロナから車で小一時間のヴィラフランカ、
ここに本社を置く。小さな町で皆さんフレンドリー、ワインが主要産業のためかワイン関連業に従事している人が多いような気がした。ヴァルファルモサは近郊9箇所に畑を持つ。

先ずは市内のレストラン、Cal Tonで昼食を社長の息子オリオールと取る。人気のレストランらしく町の人が多く来ていた。後で伺ったことだが会社の人もここがこの街で一番といっていた。リゾットのような米料理がメインで絶品であったが、総ての料理が美味であった。なししろくどくない。ヴァルファルモサのガラをあわせたが、現地の料理とは当たり前のことに良く合う。帰りがけ、Restaurant L’Hereuで近所で製造されているブランデーを飲む。この情報を送ってくれることになっているがまだこない。

さて飯を食ったところで、これからオリオールとぺネデスに分布するヴァルファルモサの所有畑を散策に出かけるのですが、その前にぺネデスについての基礎知識を少し。ぺネデスは全体で26,000ha、そして大まかに上中下と3地区に分けられています。

下ぺネデス 標高200m~240m位 地中海性気候の影響で温暖で乾いた夏。伝統的な白品種チャレロとマカベオが栽培されています。赤はテンプラニージョ、ガルナチャ、カリニェーナ、モナストレル

中ぺネデス 下と上の間 気温が低くカヴァ用品種のチェレロとマカベオが栽培されています。輸入品種としてカベルネ・ソーヴィニョンとシャルドネも広く植えられています。また、マスカット、ソーヴィニヨン、メルロも栽培されています。

上ぺネデス 標高800mからそれ以上の内陸部にあたります。パレリャダが伝統的な主要品種として植えられ、輸入品種としてマスカット・オヴ・アレクサンドリア、ソーヴィニヨンブラン、リースリングが植えられています。

おっとすみません、もうボツボツ出かけないと新幹線に乗り遅れちゃいます。小田原に止まるひかりは一日にほんの僅かで、これに乗り遅れると午後の会議に間に合いません。それでなくても業績が悪いのに、遅れたりしたら大変です。日本の会議は出ていることに価値があるわけですから、内容は空疎でもとにかく参加しなくちゃ。続きはまた明日。

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ワイン市場の成熟

2007年02月21日 | Weblog
数日振りに横浜は良い天気になっております。本来であれば今の時期、三寒四温が妥当なのですが、こう良い天気が続くと三寒がやけに厳しい天気に感じます。

先日我々の事務所にボルドーの古くからお付き合いがあるネゴシアンがお見えになりました。過去四年間組織小売向けの商品開発を主にやってきたため、彼からの買いはどんどん少なくなってきました。古典的なボルドーのネゴシアンで現代の早い商品の変化と流れについていけないため、過去10年間ほど厳しい状況であったと思いますが、彼もモスクワに救われた一人です。ここの所当社のサプライヤーは皆さんモスクワ詣でを行い減少傾向の売上を一気呵成に挽回しております。モスクワは多分新興メーケットのため古典的な商売の方法が成り立つ市場なのではないのかと思います。ワインマーケットの成熟とともにサプライするワインも変わってゆきますが、サプライヤーの質も変化してゆくわけですね。

昨日の試飲会で一番印象に残ったのは、随分沢山輸入元があることでした。私などは業界音痴なので知らない会社ばかりでした。知人の業界通の方に伺ったところ、新しい会社だけど、やっている人はワイン業界にいた人で、皆さん独立してやっているとの事です。現在の日本の輸入業者は、ビールをお持ちの大手4社が組織小売、組織業務店を押さえて、小さな独立系の輸入業者が独立系のレストラン等に比較的高級ワインを納品している状況です。もちろん例外はあるのであしからず。

しかし基本的にはワインの仕事は原価率が高く中々利益が出難いため、この仕事に従事している方は安い給与で八面六臂の活躍をしているケースが多いと思います。それを支えているのは、ワインが好きだという一点に帰する場合が多いと思います。そのため、会場で出展なさってる方をいとおしい気持ちで眺める事になり、ぜひ頑張ってこの仕事を続け、良いワインを皆さんに供給して欲しいなあと思います。そう思って眺めている私もその一人なのですが・・・。もちろん例外はあるので当てはまらない方はあしからず。
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鯛焼きに合わせるワインは

2007年02月20日 | Weblog
本日は朝小田原へ行き、昼に横浜へ戻って一仕事した後、高輪プリンスで開かれたアルザス・コート・デュ・ローヌ・シェリー試飲会に出かけてきました。アルザスはなかなか売れないワインですが、先日札幌のワインショップできいたところ、トリンバッハとヒューゲルは売れるようになったとの事、この二大ブランドが牽引になって他の多くのメーカーを引っ張って行ってくれると誠にありがたいです。

今回は、理由は聞きませんでしたが、コートデュローヌとシェリーがくっついた試飲会でした。随分来場者があった様で盛会でした。横浜ワインコレクションでは、アルザスからジャン・ベケー、ローヌからカント・ペルドリ、ケランヌ、セラー・ド・マレノンを出品しました。

隣のテーブルが高瀬物産でマルセル・ダイスを出品なさっており、もう十年にもなるでしょうか、マダムがお一人でこの評判の良い高価なワインの売り込みに来日した時にお会いして、お話を伺ったことを懐かしく思い出しました。確か別れ際グラン・クリュかノーブル・ワインを御礼にいただいた筈、あのワインどうしたんだろう、飲み頃になっている筈なんだがなどと思いをめぐらしておりました。

また、今回一番嬉しかったのは、何方かが人形町柳屋の鯛焼きをお土産にブースへ届けておいてくれたことです。「気の利いた洒落た人が世の中にはいるもんだな、まだこの世の中捨てたもんじゃない」という気持ちにしてくれる粋な計らいじゃないですか。会場を廻って顔馴染みとご挨拶しておりましたが、ワイン・ジャーナリストの細井さんにお会いし、この方がこの粋人と判明いたしました。私のブログを何時も読んでいただいており、先日人形町のことを書いたおり、柳屋の鯛焼きは人が並んでいるのを観るばかりで、買えたためしがなく、食いたいなーと欲望むき出しだったのを気になさっていてくれたんです。今日のような雨の日には流石の柳屋でも客足が途絶えがち、すなわち買い頃の日和との事。流石に通人は違いますね。細井さんありがとうございました。

品川から東海道に乗って一時間、我がホームタウンの二宮まで大事に鯛焼きを抱え、つぶれてあんこがはみ出さないように随分気を遣いました。早速網で焼いて暖め魚体を眺めれば、色白、肉は薄め。かぶりつけば餡は粒餡で甘みは弱く、皮は薄めで可也クリスピー。ばりばりっとした皮の食感にむぎゅーとした餡の食感が混じりあい、皮の無味と餡の抑え目の甘さ、豆そのものの味わいが渾然と口中で混じりあい。噛むほどに固体からゲル状に変化してゆく食感の楽しみと、分離した味わいがゲルの一味に統一され、水分量が多くなりだらだらとしたゲルに変わる頃には自然に胃袋へ嚥下されて行きます。鯛一匹三分の悦楽と化しました。細井さん重ねてありがとうございました。

さて、鯛焼きにあわせるワインは何でしょう?既に私ニ三日前のこの欄でご説明させて頂いております。はい、焼いた魚には、リースリングです。お解りいただけたでしょうか。
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文化の継承の困難さにつぃて

2007年02月19日 | Weblog
今朝は朝から東海道線が乱れましたが、何故か何時もより早く会社に到着いたしました。早朝は湘南に雨が残りましたが、ここ横浜はどんよりとした天気です。暖冬のせいでスギ花粉が早く飛び始めて、花粉症の人は既にその影響をこうむっているようです。

今週はいよいよ先週ご紹介したアルザスワインの試飲会が三都市で開かれます。参加予定の方は是非ジャンベケーをお忘れないように試飲下さい。今週から少し事務所で落ち着ける時間が取れそうなので、バルセロナへの旅日記でもまとめようと思います。もちろんこのブログでご紹介させていただきます。

今日は昨夕購入して今朝東海道線の中で読了した小林信彦著“名人 志ん生、そして志ん朝”がやけに面白かったので少し書かせていただきます。小林さんは日本橋生まれの東京人で、最後の江戸言葉の噺家志ん朝が63歳の若さで亡くなった事に絶望しております。こんな嫌な世の中にせめてもの救いが志ん朝で、老後の楽しみに志ん朝を聞いて死んで行こうとの企みが消えてしまったやり場の無い気持ちが、この本を編ませたんだと思います。元々笑いについて現在の状況を嘆いておられる文章に感心し、目に付くと著書を読ませていただいておりました。

この本の中に何故日本はこれほど文化程度が低くなってしまったのかについて明快な解答が書かれています。ラジオやテレヴィが文化を大衆に広めた事により、質の低下を起こしてしまった。文化は特権階級が握っているうちは水で薄められる事無く濃いまま伝承される傾向になるのは、ワインを例にとってもうなずけます。横浜ワインコレクションでもこの3年組織小売を中心とした商品開発を行って来て、取り扱いワインの質は落ちました。食文化で考えると量販店のチェーン化及び飲料店のチェーン化が質を落としているのは確かな事です。しかしここに考えるべき点もあります。ワインの大衆化は、私のような貧民にもワインを飲む機会を増やしたという大きなメリットもあるわけです。

現在横浜ワインコレクションが直面している問題点もまさにここにあります。広く皆さんに飲んでいただいて尚且つ質の向上を目指す事は可能か、可能とすればその方法は。ワインについての啓蒙を重ねる事で名の知れない質の高いワインをご紹介も可能なのですが、資本主義の世の中で利益の確保が前提条件になります。ノーブル・オブリゲーションがワインについても強く働く事が必要なのかもしれません。しかしこの業界のノーブルは存在するのでしょうか?
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