キュヴェ タカ/cuvee taka 「椿庵酔哲湘南日記」

気儘な湘南暮し ー散歩に読書、映画、酒、そして時々釣り-

湘南は一部春になっている

2014年12月30日 | Weblog
午前中神棚の掃除、昨年は父が逝き神棚は半紙で覆い一切手をつけなかったので2年ぶりの掃除だった。

昼、牡蠣フライとシャブリ、パエリヤとチャコリの写真撮影を行い、牡蠣フライとパエリヤで昼飯にする。
ひじょうに美味かった。

夜、娘が作ったきんぴら牛蒡、菜花のお浸し、鶏大根、鮭の塩焼きで燗酒を呑み、蕎麦がきを作り食べる。
前夜も作って食べたが、酒の肴に良く、腹がくちくなるので一石二鳥の食い物だ。

BSで野球の番組を長いこと観る。
野村は本当に野球が好きで、命を懸けて取り組んでやって来たので話が面白い。
勝負事には性格がはっきり出る。組織はリーダーの力量以上にはならない。

小学生の頃からテレビっ子で、大学で独り暮らしで初めてテレビの無い生活をした。
最初の会社の寮生活まで五年間テレビがなかったお陰でテレビ中毒を逃れたが、近頃またその病がぶり返している。

ベッドに入って中断していた西村賢太の「一私小説書きの日乗」を読むが、数ページも進まず眠る。
今朝、起きてベッドの中で続きを読み読了する。
文章にリズムが軽快で心地よい。
これで小説にまで手を伸ばすと収拾がつかなくなる。
仕事を辞めて死ぬまでのどれだけ本が読めるだろうか、2015年は300冊の読破をしてみるか。

今朝の湘南は昨日と打って変わって快晴だ。
朝から強い日差しが出ている。
夕方の日の入りが伸びた。
吾妻山の菜の花は満開だし、葛川土手の水仙も満開、これで梅が咲けば春だ。
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九連休最初の二日

2014年12月29日 | Weblog
土曜の朝の湘南は目の覚めるような好天で、日差しは既に春の眩しさだった。
小田原まで行き、歯医者にかかったが、もう30年近く通っている。
医師は小田原高校の先輩だが、62になったとのこと。俺も年取るはずだ。

守屋で餡パン、クリームパン、丸パンを買う。
昼はクリームパンと551の豚まんと紅茶にした。

庭木の剪定をして、四時前に茅ヶ崎に出た。
魚を見たが良いのがなかった。暮れは何時も良い魚がない。
正月に美味い魚を食べるには、釣るしかない。

BOで、矢野誠一「二枚目の疵」文藝春秋社 2004年、養老孟司「真っ赤なウソ」大正大学出版会 2004年、福田和也「悪の読書術」講談社現代新書 2003年、都筑道夫「退職刑事」徳間文庫 1980年初版 1990年18刷を買う。

矢野誠一は、本を見かけると、取り敢えず押さえておく。
大分高齢になられているが、昔の芸人の事を有らん限り書き残して置いて欲しい。

養老孟司も見かけると良く買うが、あまり読んだことがない。
集中的に一度読んでみないといけないな。

福田和也も本を見かけると良く買うが、この本は持っているかも知れない。
良かったような気がするので、友人に献上しても良いと思い買った。

都筑道夫も見かけると買う作者だ、ちょっと読んだことがあるが面白い。
俺は勉強のための読書より、楽しむための読書が血肉になるんじゃないかと思ってるので、どうしてもこのようなセレクションになる。

イトーヨーカ堂で酒売り場をみて、ブラックぺパーホールを買う。

川上書店で、佐藤優「日本国家の神髄」扶桑社新書、西脇順三郎詩集 岩波文庫を買う。

佐藤優は何となく新刊が出ると買っているが、ものすごいハイペースで新刊が出ることに先ず感心している。
詩集は日本人としてのたしなみであり、日本語が日本人であることの証だ。


日曜の朝は、石油を買いに花水川べりのロイヤルホームセンターに車で出掛けた。
ついでに熊手大小を買った。
今は中国製なのか品質はひどく悪い、しかし安い。
こういった道具は美しいものだったが、これでは感覚が磨かれない。

わくわくへ買い物に行く、葛川べりの孟宗竹の天辺に鷺が不安定に止まっていた。
鴨、白鷺、セキレイ、かわせみを観る。
野菜はなく、小菊を買うが高い。
伸し餅、小田原産のカマスを買う。

久し振りに秦野旧街道でパンを買う。

昼に茸のパスタを食べ、ベッドで休む。
三時に東海道線で平塚に行く。
BOで、森繁久彌「人師は遭いがたし」新潮社 昭和59年発行 昭和61年13刷、「わたしの自由席」中公文庫 昭和54年初版 昭和56年4版、夏目房之助「新編學問」新潮社 1992年、南伸坊「仙人の壺」新潮文庫平成13年を買う。

先週も此処で森繁久弥を買った気がするが、せっかくだからまとめて買っておく。
夏目房之助は僧籍の孫であったような気がするが、定かではない。
南辛抱は読むわけではないが、眺めていると楽しい。

オネエサンのところで、ベーコンパン、カレーパン、クルミパンを買う。

夜、散らし寿司を肴に燗酒を呑み、テレビを観たり、買った本を眺めながらコニャックを飲む。

「わたしの自由席」をつらつらと読んでいたら、わさびという小文にぶつかり、森繁久彌が伊豆の山葵屋の大旦那から、刺身を喰うのに山葵を醤油に溶いてはいかんと指南される。
ついでに、本院の意見として刺身で酒を飲むのは外道だ。
あったかい飯の上にのせて食うものだと書いている。
その通りだと思う。
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バスク料理とワインバー

2014年12月27日 | Weblog
藤沢のバスク料理店エラルテに娘と息子を連れて行った。
新たに取り扱うチャコリ二本を持って出かけたのだが、ソムリエの奥さんはボトルを見るなりこれが一番美味しかったと、高いほうのボトルを手に取りながら話した。
ニューオータニでスペイングルメファアがあった時には5社来ていて、5社夫々の代表的なワインを試飲して、今回取り扱うメーカーのワインが一番美味いと感じたのだが、同じ意見は嬉しいですね。
バスク人の旦那さんも厨房から出てきていとおしむようにワインを眺めていた。

パンの上にソースを塗って、その上にハモンを乗せた大型のピンチョス、国産しこ鰯のマリネ、オムレット、かに味噌のペースト、魚介類のサラダ、バスク風鮪カマ焼き、豆と野菜とハモンのスープ、烏賊墨パエリャに前半二種のチャコリをあわせ、ボトルにワインを残してお店に差し上げ、取り扱いをしてくれていたダニエルのヘクラを一本空けた。
だんなさんの料理長が出てきて、このワイン、東京でスペイン料理店をやっている友達が欲しいといっているのでアグリを教えてあげたと話してくれた。
前回はカスターニョのダニエルと鎌倉見物の後に寄ったのだが、その後奥さんがANAクラウンホテルの試飲会に来てくれて、カスターニョとプンクトンを採用してくれていたのだ。
料理長のだんなさんもソムリエの奥さんも一生懸命うちのワインを勧めてくれているのでありがたいなと思う。
また来ようって気になるよね。

東海道に乗って隣駅の辻堂で下車して「ピチーチ」浅井さんのところで、グラッパを飲む、彼のセレクトしたグラッパは一番のお気に入りで、フルーティーな味わいの襞が層を成していて本当に楽しめる。何時ものように二杯飲む。息子はオーストラリアのエールとオルホ、娘はシェリーのソーダ割とシェリーを蒸留したブランデーを飲む、当然全部味見をした。

藤沢のジュンク堂で、鈴木則文「東映ゲリラ戦記」筑摩書房、駅ビルの本屋で。高山正之「アジアの解放、本当は日本のお陰だった」WAC BUNCOを買う。
「東映ゲリラ戦記」は直ぐに読みたかったので、家に帰ってからベッドで読み出したのだが、数分で眠りに落ち、朝身体の下から折れ曲がった姿で出てきた。
本を大切にしないといけません。
 
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仕事納め

2014年12月26日 | Weblog
南伸坊「オレって老人?」みやび出版 2013年、小沢昭一「話にさく花」文芸春秋 1995年、出久根達郎「セピア色の言葉辞典」文春文庫 2007年、藤本義一「人生は、いつも始発駅」朝日新聞社 2001年を買う。
「オレって老人?」は去年出たばかりなのに、もう108円になってしまっている。
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焼き鳥と鯖

2014年12月26日 | Weblog
本を途中から読む癖があり、内容が分からないと前に返ってみるなんてことをしている。
「やきとりと日本人」も途中を拾い読みしてみたのだが、東海道線通勤で席に座って最初から読んでみた。
ひじょうに良いことが書いてある。
かつての焼き鳥屋は、おっさんばかりで黒か灰色に染まったところに煙がもうもうとしていたが、今は煙もなく拾いカウンターにはワイングラスが置かれ、間接照明とジャズが流れる空間に変わっている。

30年前近く、会社の女の子を野毛の焼鳥屋「伸喜」に連れて行ったらやけに喜んだ。お金を出すからまた連れて行ってとせがまれた。
当時はおっさんばかりで店も狭く、カウンターの後ろをやっと通りながら奥の席を確保する状況であり、女の子が一人では入りにくかった。
酒は一銘柄で、ウイスキーは国産とホワイトホースがあり、当時はウイスキーのロックを飲んだ。

野毛には今もこんな様子の焼き鳥屋がいくつかあるが、その「伸喜」でさえ息子の代になり、ジャズが流れるバーのような店に変わっている。
未だにかつてのファンが多く、おっさんもいるが、当時若手の私でさえもう還暦を迎えるわけで、当時通っていた人たちの多くは儚くなられているか酒を呑める身体でなくなっている。

もっと昔、今から35年前のことだが、町田の駆け足通りに立ち飲みの大きな焼き鳥屋があった。
鳥だけでなく豚や牛の臓物を串に刺して焼いていたのだが、昼間、戦争未亡人のような女性数人が駆使刺しをして、夜はコップ酒を出して、勘定は喰い終わった串の数でやっていた。
同期入社だが高卒のやつを連れてよく呑みに行った。
あそこのかしらだったと思うが美味かったなあ。
若かったので20本以上は喰ったと思う。
酒も3,4杯は飲んで1,500円位のものだった。
思い出してみるとそこにも女はいなかった。

1981年横浜で働くようになって、上司に連れてこられたのが「鳥伊勢」であり、ここのことは色々と機会あるごとに書いているし、「やきとりと日本人」を買ったその夜も出かけた。
高級店で、芸能人もたまに見るし、同伴できているオジサンたちも多い、この夜のカウンターにも同伴らしきペアが3組いた。
横浜でもそれなりの人たちが食べに来るところで、煙もうもうで肩寄せあって食べる焼き鳥屋ではなかった。
ただし酒の銘柄は「大関の樽」と決まっていて、ワインは置いてない。

近頃出来た「鳥炎」はどうか、こここそ正に土田美登世が前書きに書いている店であり、ワインも幾つかメニューにあり、酒の銘柄も揃っている。
女性客も多く、一品料理もかなりある。
ジャズが流れていたかどうかは記憶にない。
しかし、横浜の居酒屋、割烹、中華料理屋の多くはジャズを流している。

焼き鳥屋の話が長くなったが、今朝上の息子が早川で鯖を釣ってきた。
近頃はロッド、ライン、ルアーの性能がよくなり、フローティングミノーでも70メートル近く飛ぶようで、その甲斐あってか60メートルの沖合いに居た鯖の群れを狙い撃ちできた。
45cm程度のサイズを14本上げたので、刺身、酢〆、塩焼き、味噌煮で変化をつけて食べたら良い。
トウゴロウ鰯を餌にしていたようで、この時期の相模湾には、この鯔に似た小魚が多い。
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居酒屋考現学

2014年12月25日 | Weblog
今日はクリスマスイヴだが、こういう日は居酒屋や割烹が空いている。
というわけで福家へ行くつもりだが、昼は駒でチラシを食って芳林堂で本を眺めた。
先週新潮文庫の新刊はさくら書店で買い求めてしまったので、新書に何か新しいものは無いかと探したが、あるんですね。

土田美登世「やきとりと日本人」光文社新書、焼き鳥について色々な角度から書かれているらしい。
評判の悪いグルメライターの中でこの方はまっとうな人だと評価している人がいるのだが、広島大学から御茶ノ水大学で料理についての研究をしたというから見識がありそうな予感がする。
読み応えがある本であればうれしいが、そもそも食に関する仕事をしていてこのような本を見過ごすようでは、売れるとか売れないとかいう前の段階で失格だ。
しかしそういう輩が多いので話にもならない。

ともあれ、今夜は野毛クルージングに出かけるとしよう。
書物だけではなくフィールドワークも大切だ。
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クリスマスのシュトレン

2014年12月24日 | Weblog
午前中わくわくまで散歩をして野菜を買う。
葛川で目白、鵐、翡翠、鴨、鶺鴒、百舌鳥を観る。
翡翠を見かけると得をしたような気分になる。

午後庭木の剪定をして、四時前に平塚へ行く。
BOで、早坂茂三「オヤジとわたし。」集英社 1987年、山田風太郎「戦中派動乱日記」小学館 2004年、桜木紫乃「ホテルローヤル」集英社 2013年、杉山邦博・小林照幸「土俵の真実」文藝春秋 2008年を買う。

大下英治の田中角栄の本を読んだので、自然と早坂茂三に手が伸びた。
田中角栄を肯定的に捕らえている小室直樹が、帯と前文に推薦を書いている。

山田風太郎の日記は一体何時のものを持っているのか定かではない、この時期、昭和24年から25年は持っているような気がしなくもなかったが、友人にファンがいるのでダブったら献上するまでだ。

桜木紫乃は川本三郎が押していて詠むようになったが、この本で直木賞をとってから一躍時の人になったので離れていた。
一年が経ち読んでみようという気になった。

杉山邦博は、今でもテレヴィで相撲を観るたびに姿を観る。
一生を相撲に捧げ、NHKを辞めても体の続く限り相撲を観続ける決意に、土俵上より凄さを感じている。
相撲は嫌いでは無いが、子供の頃の柏鵬時代の印象が強くそれが基準になっているので、今の相撲に物足りなさを感じる。
しかし体力技術ともに今の相撲のほうが優れているのも確かだ。
私が生まれる前から相撲を観続けている杉山さんの見解を読んでみたい。

オネエサンのところへシュトレンを買いに行くが売りきれ、残念。
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街の本屋

2014年12月23日 | Weblog
帰りに平塚で途中下車して、さくら書店を覗く、一日一回は書店を覗かないと時代に取り残された気がしていけない。

川本三郎「成瀬巳喜男映画の面影」新潮選書、永田宏和「歌に私は泣くだろう」新潮文庫、「あのひと」新潮文庫、池内紀、川本三郎、松田哲夫「日本文学100年の名作第五巻」新潮文庫、を買う。
随分と新潮社に貢献したもんだ。

恥ずかしながら成瀬巳喜男の映画を意識してみたことがない。
映画に興味を持ったのは随分年をとってからだ、若いころはもっぱら大蔵やミリオンフィルムのピンク映画を見ていた。

永田和宏は河野裕子の闘病期に読んだ歌と随筆の書であり、河野裕子の鮮やかな歌に魅入られている。

「あのひと」とは大切な人のことで新潮社が編んだアンソロジーである。
最初のほうは父親についての文章が並んでいる、母親を書いたものは多いが父親を書いたものは少ない。と思う。
何だか恥ずかしい感じがするからであろうか。

「日本文学100年の名作」は10巻まで続くらしい。
毎月買い集める楽しさは、どうも幼い頃母が買ってくれた、科学図鑑、日本少年少女全集、世界少年少女全集、平凡社大百科事典などを、平塚の近代書房のオジサンが毎月バイクで届けてくれるのを心待にしたのに由来する。
前にも書いたが、近代書房へ初めて母に連れられて行き、買い与えられたのが伊藤左千夫の「野菊の墓」と下村湖人の「次郎物語」五巻で共に新潮文庫であった。
数年前、懐かしく思い、何処にあったのだろうと訪ねてみたが、店舗は残っていたが既に廃業していた。

さくら書店も、紅屋町にあった本店は今はない。
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娘の帰国

2014年12月22日 | Weblog
京都から新幹線に乗ると、関ヶ原は一面の雪、この冬初めての雪景色を観た。
雪は名古屋まで続いていたが、浜松は綺麗に晴れていた。
浜松で廃線トンネルでワインセラーをやってるかたと逢い、2015年の新たな取り組みについて話をして、帰ってきた。

上の息子が平鱸を三尾釣ったので、薄造りを柚子と醤油で食べたが美味かった。
酒は宮の雪純米を倉敷で買い求めた備前の酒器で燗をして飲んだ。
窯元の竹の子やの親父が宣うように酒が美味くなっているのかも知れない。

夜中に娘がチェンマイから帰ってくるので、ハイボールを飲みながらテレビを観て待った。
零時過ぎに帰って来たが、顔を観て少し話をして寝た。
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大磯

2014年12月22日 | Weblog
午前中下の息子と娘と国府まで散歩に出た。
息子は大食で太っているが、娘はチェンマイで独り暮らしなので食べる量が少なく痩せている。
三人で散歩をするのは久し振りだ。
まだ子供たちが学校へ上がる前には、良く裏山に連れていったもので、その頃は皆従順について来たが、その後に散歩した記憶がないから20年振りの散歩かもしれない。

娘がタイ風の鶏の腿照り焼きを作るとのことで材料を買い、晩酌用に菊姫本醸造を買った。

コンビニの中にある文教堂で、娘が漫画を買うというので、棚を眺めていたら、平台に「大磯学」が積んであったので買い求めた。
家に帰って早速、魚屋について書かれた章を拾い読みしたが、戦後直ぐ別荘が200軒以上あった頃は、50軒の魚屋に棒振り50人がいて流行ったそうだ。
今では相続の時にお屋敷が更地にされ分譲されて、かつての風情が失われている。
当然魚屋も激減し数えるほどしか無くなった。
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