キュヴェ タカ/cuvee taka 「酔哲湘南日記」

新鮮な山海の恵みを肴に酒を吞み、読書、映画・音楽鑑賞、散歩と湘南スローライフを愉しんでいる。 

日本シリーズ

2013年10月31日 | Weblog
火曜日、中目黒で時間待ちをしたので駅前のBOに寄って目に付いた神吉拓郎「男性諸君」1985年 文春文庫をさっと買って出た。
変色してやけに浅黒い本であったが、とりあえず読むのに不便はない。
単行本は1976年に出ているので随分昔のエッセイだが、この頃から神吉拓郎は都会的な感覚の洒落た文章を書いていた。

水曜日は穴子重を食べてから、スカーフ屋により林檎柄のハンカチーフを買って、信濃屋でスコッチのシングルモルトを仕入れた。
店長がようやくサン・クリスピーノの価格を上げたといっていたが、その価格が638円だから、ワイン好きは走ったほうがいい。

尾上町の交差点で昔の部下に会った。
この交差点では良く知人に会う。
この日が遅い夏休みの最終日とのことで昼飯を喰いに関内へ出てきたとのこと、いい身分だ。

その後芳林堂へ行き渡辺京二「近代の呪い」平凡社新書を買う。
この人の本はかなり買ったが、未だ読み終わったものが無い。
最も高名な「逝きし世の面影」は持っていない。

夜、日本シリーズを鳥伊勢のテレビ前のカウンターでウイスキーを呑みながら観戦する。
此処で働いている方たちも野球に詳しく、かつまたこの代は人が少なく、あれこれ言いながら楽しく過ごした。
そして何よりジャイアンツが勝ったことがうれしかった。
家に帰ってコニャックで勝利をかみ締めた。
勝っても負けてもも飲みすぎだな。
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鍋焼き饂飩の季節

2013年10月30日 | Weblog
砂場でかしわなんばんを食べた。
細麺が好みだ。
鴨なんばんよりあっさりしていてなかなか美味い。

一日中雨が降った。
秋雨は冷たくて寂しい。
隣で鍋焼うどんをいかにも美味そうに食べているオヤジさんがいたが、そういう季節なのだ。

夜、久し振りに辻庵へ行き鍋を肴にウヰスキーを飲みながら日本シリーズを観戦した。
以前は日本シリーズはデイゲームだったが、何時の頃からナイトゲームになったのだろう。
秋の日長に長閑に観戦した記憶がある。
ナイトゲームは酒を飲みながら観戦出来るのでコクがあり、野球がより面白く感じるが、長丁場になって飲みすぎるところがいけない。

生憎試合はひいきの巨人が負けたが、打線の不調が大いに気になる。
果たして一晩で修正できるレベルなのか。
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牛鍋屋

2013年10月29日 | Weblog
朝から千客万来忙しい一日だった。
最後にスペインのヴァルフォルモサからジョナサンとその上司がやってきた。

荒井屋で牛鍋を食べた。
コースの前菜はヴァルフォルモサのブリュットナチュレに合う皿が出たので、皆さん気持ちよく飲んでいた。
私は会社でも飲んでいたのでいささか飽きて角ハイボールをいただいた。
刺身が出たので酒を燗にしてもらい飲んだが、やっぱり肌寒くなった今、一番酒が美味い。
ブルドンのマコンヴィラージュ、ベッペのアルネイズ、アナケナ・オナの赤、ガダーニュを飲んだ。
牛鍋に合わせるワインだが、単独ではオナがバランスが良くて美味かったが、牛鍋に合わせるとガダーニュが好かった。

近基本的に酒と飯を止めているので、肴にウヰスキーに合うものを食べるようになり、刺身を食べる頻度が減った。
魚を食べる時は、焼いたもの、煮たもの、揚げたものになる。
また今まで余り食べなかった肉類を食べるようになった。

荒井屋は明治18年創業だが、残念ながら横浜空襲で焼けて、建物は戦後のものだ。
それでも70年近くたっているので昭和の雰囲気を色濃く感じる。
高村光太郎の詩「米久」に出てくるアマゾネスは、ここでは個室のせいか大人しかったが、ひとたび入れ込みの大部屋に客が押しかけたら、その真価を発揮するのかもしれない。
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盛りは短い、だから輝く

2013年10月28日 | Weblog
昨日は久し振りにわくわくへ野菜を買いに行ったが、嵐のせいで露地の茄子は全滅したのか見当たらなかった。
胡瓜は温室もので沢山あったが、糠床をダメにしたので買わなかった。
何故か唐辛子の良いものが沢山あり、それを買った。
他に柿、ブロッコリーを買う。

西友で日本シリーズテレビ観戦用に、アーモンド&クラッカー、柿の種、鯣烏賊、ソーダを買い込む。

帰りがけ農家で柿と蜜柑を買う。

午後に茅ヶ崎まで出掛けた。BOで庄野潤三「ワシントンのうた」文藝春秋社 2007年を買う。

佃煮屋で日本シリーズテレビ観戦用に、昆布、鯊、キャラ蕗を追加する。
酒の肴は万全だ。

夜、1998のヴィンテージカバを開けたが、野球にはハードリカーのソーダ割をチビりチビりやるのが合う。
肴は幾らでもあるし、腰を落ち着けじっくり観戦した。
田中は凄かった。
全盛期のピッチャーは中々打ち崩せない、神々しく輝いてた。
もう一度今週末に観てみたい。
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ビール酒ワインアルマニャック

2013年10月27日 | Weblog
金曜日、瑞江に行き蕎麦屋で飲んだ。
かつては良く行った処であったが、仕事が途絶えると無沙汰していた。
金の切れ目が縁の切れ目という嫌な言葉があるが、それを否定すると濃い時間を楽しむことができる。
せっかく生まれて来たんだからこくのある人生を生きたいじゃないか。
昔とかわらぬ、しっかりした肴と酒、蕎麦を味わいながら縁の深いかたと良い時間を過ごした。

夜、和食でシャトーヌッフ・ド・パプの白を飲んだ。
南の赤は難しいが、白は合わせやすい。

土曜日、台風の余波で午後二時過ぎまで雨、お陰でゆっくりと休んだ。
こんなに寝たのは久しぶりだ。
うつらうつらしながら鹿島茂を読んだ。
横浜の映画館で観たという三原葉子、川路民夫、芹明香の話が面白かった。

午後平塚まで東海道線で出掛けた。
先ずはBOで、阿久悠「瀬戸内少年野球団」岩波現代文庫2013年7月、石川淳訳「癇癖談」ちくま文庫 1995年を買う。
瀬戸内少年野球団は、多分エールフランスだったと思うが、映画で観た。
夏目雅子の鮮やかな美しさと岩下志麻のエロっぽさが印象に残っている。

パン屋のオネエサンから、粒と濃し餡パン、メロンパン、カレーパン、三色パンを買った。
その後北へ向かって歩いたら、総合公園に行き当たり、初めて中を歩いたがいい所だった。
何年も平塚を歩き回りどうして此処へ来なかったのだろう。

帰りに二宮の果物屋で梨と次郎柿を買って帰った。

夜、テレビで日本シリーズを観ながらアルマニャクソーダを飲み、今井美樹がユーミンを歌っている頃はフィーヌ・ド・ブルゴーニュを飲んでいた。
飲み過ぎだな。
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CUVEE TAKA PROJECT IN ITALY

2013年10月26日 | Weblog
イタリアへ出張して佐和さんが帰ってきた。
今回の一番の任務は、チェビコのスパークリングワイン用の新しいボトリングラインを視察することであったが、そんなことよりモンテチーノで盛り上がったらしい。
ここはエノロジストのジャンカルロが積極的な人で、イタリアで初めて貴腐ブドウから辛口ワインを造り、ガンベロロッソでトレビエッキエーリを取ったのだが、貴腐の風味と奥深い味わいが甘味無しで楽しめる男っぽい渋いワインで、この成功を羨んだ他のメーカーが類似品を造ろうとして無為に終わっている。

昨年「CUVEE TAKA PROJECT」にルッチアーノとジョアンニの兄弟が賛同してくれて、日本人にあった酒質のワインをサンジョベーゼで造ることに取り掛かった。
スペインではボデガス・エンゲラがこのプロジェクトに賛同してくれて、モンテチーノと連動して私が要望している酒質のワインをサンプル提示してくれたりした。
その中に、エンゲラのディエゴが取り組んでいるサルファーフリーのワインがあり、私の知らないうちに彼らもサルファーフリーのキュヴェを造っていたのだ。
今年の春、ヴィニタリーの会場でそのサンプルを飲んだが、あくまで試験的なもので、まさか商品化しているとは思わなかった。
すでにラベルまで作成していて商品として発売するという。

佐和さんに拠れば、硫黄の不快な臭いがなく、果実が鮮やかに直接的に感じられ、素晴らしいものだったとのことだ。
タカに会って色々な提案をしてもらい、思いがけず彼らが考えなかったようなとことにまでチャレンジできたことに大いに満足していたらしい。
「CUVEE TAKA」でトレヴィッキエーリが取れたらいいというところまで話が盛り上がったようだ。

そうなんだよ、ワイン造りは長い歴史と伝統に沿って造られているようだが、実は50年も経つと、ワイン造りの機材もその方法も、薬品類もかなり変っていて、しかも消費者の要望も変っている。
日本のことを考えてみれば直ぐ分かる、50年前に食べていたものと今食べているものは大きく変っているはずだ。
時代に合わせてワインは刻々と変っていかなければ生き残れないのだ。

モンテチーノはこちらの要望どおりのワインを造ってくれた。
そこには思いがけない困難もあったろう、それを乗り越えて造ってくれたのだ。
さて今度はそれを売らなきゃいけない、売るのが我々の役割だ。


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おでんの季節

2013年10月25日 | Weblog
水曜日の夜、父が亡くなってから初めて野毛に出掛けて福家で飲んだ。
一人で出掛けたのは9年振りで、大女将も驚いていた。
男は時に一人で呑むものである。
スーパーニッカのソーダ割に隠元胡麻和え、鯵なめろう、落ち鮎煮浸し、丸柳川、奈良漬けを肴にした。

じつに気分良く呑んで二宮に帰って来たが、こんな気分の良い夜に寝るなんてバカだ、ということでまた呑む事になり、コニャックのソーダ割りをおでんを肴にして気分が悪くなるまで呑んで沈没。
酒呑みはこれだから駄目だ、気分良く終わることがない。
翌朝も頭がずっきんずきんして、しかも財布は空に浮き上がるほど軽い。

しかし、セブンイレブンのおでんは、なまじのおでん屋のより美味い。
このグループの商品開発力は凄い、見習わないといけないなあ。


木曜日の昼、霧雨の降る中ビニール傘を差して一人井桁鮨へ向かい、ちらしを食べた。
親方が函館の烏賊刺しを作って、ここのは柔らかくて美味いから生姜でどうぞと出してくれた。

先回は宮崎の沢庵が美味いといって出してくれたが、鹿児島の帰りに思わず土産に沢庵を買っていた。
南九州の沢庵は甘いが、それが何ともいえない余韻となって後を引く。
親方は日本国中から沢庵を取り寄せて吟味し、店で使うのを柿の葉で漬けたその沢庵に決めたらしい。

芳林堂へ向かい、鹿島茂「昭和怪優伝」中公文庫、先日みておいた西条八十訳「白孔雀」岩波文庫、新刊単行本の丸谷才一「別れの挨拶」集英社の三冊を買う。
古本を廉価で買ったときも嬉しいが、真新しい新刊を手にしたときはもっと嬉しい。

「昭和怪優伝」を本屋でめくっていたら川路民夫に多くを割いていた。
知人が川路民夫と親密にしているので、うちのシャンパーニュを送ったり、電話で声を聞くこともあり、身近に感じているが日活のかつてのバイプレーヤーだとは知っている。
しかし多くを知らず、この程度の分量ならコンパクトに纏まって人となりを知るのに丁度いいだろうと思った。
文庫にしては分厚く400ページ超の大冊、鹿島さんは長編に向いた文体で、400ページ超が苦にならず一気に読み終わるかも。

西条八十は歌謡曲の作詞で馴染んだひとで、評伝も何冊か読んだ。
早稲田の人気教授で同僚に妬まれ止めてしまった。
奥さんか愛人に新橋辺りで天麩羅屋をやらしている。
ラバウル小唄の何番かで、”椰子の葉陰に十字星”の詩を現地の兵隊が作ったが巧いと書いていた。
素人のものでもいいとなると取るところに感心した。
とにかくこの人のトッポイ感じが好きだ。

折込のリーフレットに「アリストテレス全集」全20巻+別館の予約出版の宣伝があり、よっぽど買おうかと心惹かれたが、墓場に行く前に読むことないだろうと踏みとどまった。

丸谷才一さんの「別れの挨拶」は挨拶シリーズの最後を飾るものだろうと思ったが、「挨拶はたいへんだ」「挨拶はむづかしい」は朝日新聞社から出ていたので、これは単に題名に挨拶という言葉が含まれているだけなのかもしれない。
集英社は「星のあいびき」だなと思って眺めていたら最後のほうに、これは「星のあいびき」の読編だとあった。
ということはかなり期待が出来る。


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背中がチクチクする

2013年10月24日 | Weblog
丸谷才一と内田樹をモザイクのようにこんがりながら読んでいる。
丸谷才一は「挨拶はたいへんだ」を読了後、書評を読んでいるが、その書籍は3,4冊にまたがっていてその本の題名は良く認識していない。

内田樹は二冊を交互に読んでいる感じだが、外へ出たときとベッド(机に向かって読むことにしたが未だ机周りが整理されて居ない)で読む物を分けているが、雑文集のようなものなのでストーリーがあるわけではなく、論旨が一定しているので不自由を余り感じない。
ただし、どの本でも前から順に読まないので、二度読んでしまう箇所がある。
そういった箇所でも文章が好くて面白ければ、途中で止めることもなく最後まで読んでいる。

丸谷才一は大野晋のタミル語日本語起源説について多くを割いている。
1970年代後半から80年代にかけてこの新説は随分叩かれたが、丸谷才一は一貫して擁護した。果たしてタミル語が日本語の起源になっているのかは今も判断できないが、南インドに日本語の起源があるとしたら思いもよらぬことで愉快だなと、当時思った。

昼に穴子重を喰って床屋へ出かけた、会社の近くの床屋が髪切りと裾剃りを20分程度でやってくれる。
時間がたっぷりとあり疲れたときには、うつらうつらしながら髪を当たってくれて、サッパリと洗髪、ゆっくりと肩を揉んでくれる床屋がありがたいが、お昼休みの間にサッパリとしたいときはここだ。

近頃頭の天辺がやけに薄くなってきているので、床屋泣かせなのだが、丸めようかと思っているんだがと話すと、まだまだ大丈夫ですよという。
弟は大分前に電気バリカンを買って頭を自分で当たっているが、そうなるとバリカン屋には恩恵があるが床屋には無くなる。
床屋は客に対する世辞で、まだまだ大丈夫ですと云っているわけではなく、生活防衛のためなんだ。

しかしこの問題点は半日チクチクすることで、きちんと切った髪を払ってくれればいいのだが、中々そこまで仕事を突き詰めてやる職人は居ない。





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いい一日

2013年10月23日 | Weblog
仙台で海鮮丼をいただいた。
鮪赤身、鯛、鮃、イクラ、鮭、玉子焼きなどが乗っていたが、何れも新鮮で美味かった。
いったいにみちのくの酒が綺麗なのも、魚の味わいのおかげだ。

お土産に団子をいただいた。
小豆、ずんだ、黒胡麻までは分かったが乳色の餡が何者か分からなかった、胡桃のようでもあり、豆腐のようでもあり。
こうやって何種類かの味が並んでしまうと一番強い味の黒胡麻の餡が、一番美味く感じる。
ワインもそういうことのなるんだよね。

海の幸と山の幸をいただき幸せな日であった。

おまけに、帰りの新幹線で柿の種、イカクン、ハイボール、高清水を買い求め車窓の夜景を眺めながら1,000円の悦楽を味わった。

実にいい一日だった。
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鮪の赤身

2013年10月22日 | Weblog
久し振りで横浜で仕事をした。
と言っても先週後半鹿児島に行っていただけだから、そう間が開いているわけではない。
しかし10月に横浜に居るのは今日で四日だから久し振りに感ずるのだろう。

昼に駒へ行ってちらしを喰ったが、秋が深まっているのを鮪に感じた。
秋の深まりと共に脂が乗って良くなる。
赤身が好きだが秋から冬にかけての赤身が美味い。
この日のちらしの種は、烏賊、蛸、鯖、平目、赤身であった。
三週間振りの駒のちらしは、美味いなあとは思うが懐かくてほっとした。

伊勢佐木町まで歩き、美濃屋で和菓子を買い、有隣堂で本を眺める。
二三欲しいのがあったが、この日は荷物があるので買うのを控えた。

今日はこれから仙台へ出かける。
良い具合に台風が来る前に行って帰って来れる。
今年は連続的に台風がやってくるが、こんな年は珍しい。
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