キュヴェ タカ/cuvee taka 「椿庵酔哲湘南隠居日誌」

湘南気儘な隠居暮し ー散歩に読書、映画、酒、そして時々釣り-

どら焼き

2012年11月30日 | Weblog
朝夕、随分寒くなってきたが、先日茅ヶ崎で巴焼きを買って家にもって帰ったら取り合いになって一瞬で無くなった。食い物には食べごろの季節があるようだ。大川縁のおがわへ久し振りにオヤジの顔を見に行ったら、鉄板の温度を見ているところで、練りこんだ小麦粉と玉子のどろっとしたやつを、鉄板に振りかけては焼け具合を見ていた。どら焼10ヶを買って経木に包んでもらっている間に、鉄板の上の飛沫が焦げた。まずい時間に来たねえ、ちょうど好い温度になってきたところだったんだよ。

オヤジさん、いくつぐらいなんだろうか。随分ゆっくりとした動きだから85歳は過ぎているのではないか、それにしては毎日毎日どら焼を作って達者なもんだ。跡取りがいないから、親爺が止めたらそれでお終い、今は達者にやっているが年が年だから、このあとどれくらいやっていけるんだろうかと心配だ。他のあらゆるところで食したどら焼より美味いので、こっちが糖尿病かなんかで喰えなくなるまで喰っていたい。美味さの秘密は親方から教わった作り方を変えずに、今日までやって来た年季によるのだろうか。人間やっているうちに楽をするようになって必要な工程を省いたり、短縮したりする、儲けようなんてさもしい気持ちになって原料の質を落としたりもする。良いものを作るのに秘密なんて無い、楽をせず、材料を惜しまず、教わったとおりに愚直に同じことを繰り返しているだけで良い。

さて昨晩は大阪のリーガロイヤルに泊まったが、今日はこれから奈良の客先に出かけて和食とワインを合わせて飲むことになっている。奈良は日本酒発祥の地でもあるわけだから、わざわざワインなど飲むことないのだが、これを生業としている間は飲まないわけには行かない。退職してから奈良へ来るとなれば、そりゃあ酒をのむだろう。でも奈良に住んでいる人は、毎日和食で酒ということには行かない。横浜で南京町でシナ料理を毎日食うわけにはいかないのと同じで、時に洋食を喰ったり、タイ料理、蕎麦、イタリアンなど喰って飽きが来ないような工夫をするはずで、その時にワインが合う料理を選択する事だってあるはず、その時にはぜひともうちのワインを飲んでいただきたい。それが人情というものであり、商いというものである。

仕事のことよりどら焼だった。一体何処が発祥なのだろう、こいったものは大概関西が発祥であるから、京都辺りだろうと思って調べてみたら、東寺の弘法市で笹屋伊織が売ったのが始まりらしい。となると帰りは京都に出てそのどら焼を探してみるか。





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スクリューとコルク

2012年11月29日 | Weblog
お客様からアナケナのシングルヴィンヤード・ソーヴィニョン・ブラン2011がへたっているとの報告を受け、そんな筈は無いがなと半信半疑で営業を客先に行かせて現地で試飲をさせたら、やっぱりフルーティさが無く生き生きとした酸も無くへたっているとの事だった。社内で営業の面々が試飲した結果も同様とのことで、月曜の夕方、社内にある同じヴィンテージのソーヴィニョンブランのスクリューキャップのものとコルクのものを比較試飲した。結果、異常は全く無く、品種由来のミントやハーブのような風味と土壌由来のミネラルが綺麗に出た素晴らしいワインであった。

営業員は煙草を吸うものが多く、基本的には繊細な味わいの判断が出来ない。私も5年前までは煙草を吸っていたので細かな味わいが感じられず、全体としてドーンとした味が感じられるだけであった。ボルドーの若いワインや、南仏の濃縮されたワインを飲むのにはいいが、今主流となっている繊細なワインの味わいを分析的に賞味するのは無理だ。45歳の時に禁煙をして、それまで優れていると思っていた或ボルドーが、味わいの要素を一つずつ分析的に判断するとバランスが取れていないことが分かり、この商売を続けるには禁煙をしなければいけないと痛切に感じていたが、その時はまた喫煙の誘惑に負けてしまった。

通常年を取ると味覚が落ちてくるものだが、5年間の禁煙のお陰で若い頃より味覚が鋭敏になった。若い頃から煙草を吸わなければ、もうちょっとましな味覚を身に付けることが出来たかもしれないと多少後悔しているものの、これで後数年この商売を続けられるなとほくそえんでもいる。

ところで最初の話だが、ワインは置かれた環境で品質が変ることもありうる、客先にあるワインを返品してもらって飲んでみる必要があるのは云うまでもない。基本的にスクリューキャップ好みなのは、ブッショネが無いこと、個体差が生まれないことが大きな理由であるが、コルクに比べてワインの質そのものが劣るとなると話が異なる。なるべく早い時期に確認してみたい。


今日はこれから大阪へ出かける、昨日も東京でオリビエに会ったが、これから出かける大阪リーガロイヤルホテルの試飲会場にも来ているはずだ。以前、北新地のクラブでママの背中に氷を入れて大騒ぎをしたことがあるが、この頃はお互い年を取って夫々それっぽい地位につき、回りの観る目もあるので大人しくしている。しかし、今夜は大阪のジャーナリストと共に北新地クルージングをする予定なので、久し振りに暇だったらオリビエを誘ってやるか。年相応の新しいお遊びを考えとかなきゃいけないな。



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洲崎

2012年11月28日 | Weblog
永井荷風の「夢の女」を読んだ。作者23歳の作とのことで、解説に拠ればゾラの影響を色濃く受けている。前半部に理屈っぽいところが多く、談志を称して小林信彦が「落語は理屈じゃない」と避けたことを思い出し、「小説は理屈じゃない」と思ったね。主人公の浪が、かつて身を沈めていた苦界洲崎へ、お客と共に船で行く所あたりの描写は、晩年に示した手練をこの作者が若い頃から持っていたことを現している。理論に縛られると小説に自由さが無くなって詰まらなくなる。晩年の大江健三郎の詰まらなさはこれに由来する。

山本夏彦を読んでいると、色街に対して肯定的だが、小説に病気のことを書けないのは、戦後になるまで梅毒は不治の病であり、このことを書くと情緒や色っぽさが失われるからだと。実際多くの娼婦が若い身空で死んでいるらしい。ペニシリンによりその恐怖から開放されたのもつかの間、エイズによって不特定多数との性交にブレーキが掛かった。残念なことではある。

洲崎は、芝木好子が「洲崎パラダイス」を書いているが、海辺大川下流という水辺の場は、女性をも動かす情緒があったのだろか。無くなってしまったものにたいしての憧れは強くなるものだが、洲崎で一度遊んでみたかったと思う。川崎長太郎の抹香町、吉行淳之介の鳩の街、永井荷風の玉ノ井と憧れの地は他にもあるが、今はもう街の面影を偲ぶ事も難しい。


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美味法楽

2012年11月27日 | Weblog
魚谷常吉明治27年生まれのお料理研究家、本に載っている写真を見ると筋肉質でがっしりとしている。いかにも胃腸が丈夫で何でも食べて研鑽をしてきた感じが伺える。この方が食通を以下のように4分類した。ご本人は金持ちで茶人でもあったが、安い食材にも挑戦して創意工夫をしたことが体つきから伺える。

金持ちの食通 金に糸目をつけずに本当に美味いものを喰うので、良く味を解するが知識が無い。ひとたび興味を持つと本物の食通になる。茶人に多く、相伴に預かっている芸者も年増になる頃には食通となっている。
銀座のホステスがビフォーとアウターで助平ジジイに鮨、天麩羅、しゃぶしゃぶ等の高級店に連れて行かれているうちに味を解するようになる、それですな。味覚がそれほど優れていなくても、良いものを食しているうちに一定のレヴェル以上の食通になってゆくのですね、金の力恐るべし。

普通の食通 これが最も始末が悪く、何でも知っており、研究し、時には暇人であり、食べる事に憂身をやつしているのだから、なかなかよく本味を知り、食物に対する造詣が深い人がある。
私、このカテゴリーに入りそうです。他人から見たら始末が悪いんでしょうな、気を付けなきゃ。

貧乏人の食通 安価なものに食味を求める連中で、時には自ら包丁をとる厄介な者さえある。ところがこの連中が立派な美味、慈味を発見する場合が多い。現今高等料理に使われるものは、ほとんど全部これらの人々の発見、工夫したものであると言ってよい。
私、あるいは、このカテゴリーかもしれません。平目などの高級魚は買うことが出来ないので、家の前の海で釣ってたからね。

似非食通 これは現代に最も多い食通で、新聞、雑誌、書物の上の研究と、人の口から伝わったものを食いもしないで盛んに吹聴する、料理道の破壊者である。
このタイプに分類される若いやつを見かけるが、誠に不愉快で五月蝿い。先日もあるところで、このタイプの似非食通が一人とうとうと論じていたが、誠に聞くに堪えない話で嫌味なものであった。こういうやつは、細切れにして、片栗粉でつないでフライパンで焼いても喰えない。もちろん煮ても喰えない。


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白菜漬け及びチーズ

2012年11月26日 | Weblog
昨日は見事な快晴だった。今が初冬とすれば小春日和って云うやつだね。午前中は強い日差しの中をわくわく広場まで野菜を買いに行き、白菜、青梗菜、ほうれん草、蕪を買った。土曜に漬物用のプラスチックの容器を買ったので、白菜二玉を夫々六等分して、昆布、鷹の爪、柚子を適当に散らしながら、塩を振って漬け、仕舞いに押し蓋と3.5キロの重石を載せて出来上がりだ。昆布は先日北海道で調達してきた日高昆布、鷹の爪は晩夏にわくわくで買って廊下で干しておいた、柚子は土曜の散歩で大磯辺りでいただいたものだ。

店で売っている白菜漬けはどうも好みに合うのが少ないので、面倒だが毎年漬け込んでいる。今年は急に寒くなったので、例年より早く漬けだしたが、二三日すれば喰えるだろう。最初のほうの浅く漬かったやつを、おかか醤油をつけて飯に巻いて食べるのが美味い。勿論、良く漬かったのは燗酒の肴として絶品だ。

午後、茅ヶ崎まで出かけてBOで本を物色したが残念ながら何も収穫がなかった。駅の北側にある公園の欅が見事に紅葉して美しかった。ああいった深みのある色ってのはなかなか見られるもんじゃない。

夜、2月にイタリアから持って帰ってきた山岳チーズと、10月にボージョレの朝市でおばさんから買った山羊のチーズを試してみた。イタリアのはカビも生えておらず酸が強くて新鮮な味わい、ボージョレのはカビだらけであったがマイルドで濃厚、感動的な味わいだった。時間が経つと個性がはっきりとしてきて面白い。息子にワインはどうしたんだと云われたが、先週の飲みすぎが祟って開ける気になれなかった。ゴメン。

















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おでんにしときゃよかった

2012年11月25日 | Weblog
水曜日の昼、中屋でもりとたぬきを食べてから、芳林堂へ向かった。このルートは八重桜の並木道を通るので中々気分が良い散歩になる。途中、かつてオリジナルジョーや横浜次郎があったところを通り、昔は良かったなと老人らしい言葉を吐く。

芳林堂では、石井淳蔵 「営業をマネジメントする」 岩波現代文庫、深沢七郎 「生まれることは屁と同じ」 河出書房新社 の二冊を買った。新生アグリで、3年で売上げ倍増をしてみようと密かに計画を立てたので、どうあっても営業力を伸ばさないといけない。このような題名の書物を見ると、つい手に取って内容をざっと見て、良さそうだと思えたら購入してしまう。焦りは判断ミスを誘うのでじっくりと構えなきゃいけないが、年を取ると短気になるものだ。

深沢七郎さんの本は対談集で、お相手に秋吉久美子、大藪春彦など変った人が入っている。この人の本は見かけると買うようにしているが、ストリップの合間にギターを弾いて、農業を始めて、鯛焼き屋で冬場の生活を養い、行動が実に多彩で変化に富んでいる。同様に小説もお話も常道を逸したところがあり面白いのだ。

今日夕方、元ワインジャーナリストの知人が会社に来て、食前酒にシャンパーニュを飲んでから鮨屋に出かけた。寒いときにはおでんが一番だが、世間一般では鮨屋のほうが高級なためか喜ばれるので鮨屋に出かけた。野毛おでんだったらもっと安かったろう。大いに飲んで、大いに喰ったが、最後の雲丹のお代わりと海老の踊りが効いた。まあ、飲むときに、価のことを気にしてるくらいなら、飲まないほうがましだ、とはよく言われることだが、それはたまに飲む人であって、こうしょっちゅう飲んでいると気にせずにはいられない。

二軒目に以前試飲会か何かの折に紹介された「ほおずき」に顔を出す。神奈川の地酒を揃えていて、冷でも燗でも700円、肴は女将の手製らしくサッパリとして美味かった。

三軒目にカラオケをとの要望で、元「里美」に行き焼酎サワーを飲む、四軒目野毛まで歩いて36スパイシーズで、ほうれん草とコッテージチーズのカレーをナンで喰いながら、ウイスキーソーダを飲む。これでは金がいくらあっても足りないが、それより先に胃腸肝臓が丈夫でないと務まらない。

木曜日、二日酔いかと思いきや、比較的調子が良くホッケを焼いて朝飯を喰う。昼には清香楼で三鮮豆腐と豚肉と玉葱生木耳炒めで飯を喰い、野毛小路を抜け宮川橋を渡り福富町へ、伊勢佐木町まで出てBOを覗く、萩原葉子 「万華鏡」 中央公論社 昭和57年、デフォー 「ロンドン・ペストの恐怖」 小学館 1994年、高島俊男 「本が好き、悪口言うのはもっと好き」 大和書房 1995年の3冊を購入した。萩原葉子さんのものは、昔「蕁麻の家」の評判が高く、買った覚えがある。文豪の娘はどうしてこう文才があるのだろう。何方かこれを分析してその理由を書いておられたが、その内容を忘れた。デフォーのこのシリーズ「地球人ライブラリー」はちょっと変った本のシリーズだった。「ミイラ医師シヌへ」を持っていたような気がする。高島俊男さんの本は読んだことが無いと思う。丸谷才一さんの推薦文が帯にあったので追悼の気持ちで買ったが、ちょっと目を通しただけだが随分面白い。

金曜日、平塚BOで山本夏彦「百年分を一時間で」文春新書平成12年、林家彦六 「噺家の手帖 一声社1982年初版1990年5刷、さくら書店で「日本近代短編小説選 大正篇」 岩波文庫、塩見鮮一郎 「中世の貧民説経師と廻国芸人」 文春新書を買った。

そして昨日、再びさくらで重版された、淡島寒月「梵雲庵雑話」岩波文庫、永井荷風「夢の女」岩波文庫の2冊を買った。日本に生まれたお陰で、金のかからない暇つぶしができる事をつくづく幸せに思う。


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湯豆腐と熟成した吟醸酒

2012年11月24日 | Weblog
先日、茅ヶ崎の渚亭に行きこのシーズン初の湯豆腐を食べた。大豆の味わいが甘く、コクもあって見事だった。湯豆腐が美味くなるところまで気温が下がるのを待ったのも良かった。芹のお浸し、茹で黒豆、鮪赤身、シラスを肴に、あさ開き純米吟醸ひやおろしの二年物をひやで呑んだ。うすい黄金色で見るからに熟成した旨味をたたえていて、実際吟醸香は消え、まったりと厚みと奥行きのある美酒であった。ひやで冷たいものを肴にした後に、湯豆腐の温かさとひやの対比が鮮やかだった。

純米吟醸を吟醸香がなくなるまで熟成させて飲むなら、最初から磨きの強い米を生酛造りにして安くなるなら、そのようなタイプの酒を飲んでみたい。その方向で酒造りをする蔵が出てこないだろうか。吟醸香ってそんなに重要なのだろうか、食中酒としては、この香りが邪魔になるし、ひやか冷やして飲むのが前提になるので飲み方の幅が狭くなる。

鮨に合うワインを色々研究したが、あるとき札幌の「たなべ」で94年のムルソーをのんだら、若い頃にあった柑橘系の香りと酸が弱くなっていて、違和感が無かった。要は白ワインが若い頃持っている柑橘系の香りと酸が消えれば合うということが分かった。だとすれば最初から香りがたたず、酸が弱いワインを造れば良いわけだ。国分が「鮨」というワインを出していて、スペインで日本人が作っているそうだが、勘所を心得ていて心憎い。売れているそうだ。

16日の夕刻、札幌の「数馬」で”鮨とシャンパーニュのマリアージュ”の会をエリック・ド・ブリシスと共に行ったが、バロン・フエンテのグラン・レゼルヴは3年寝かしてあり、短期間で急に落ちるといわれているピノ・ムニエが主体のシャンパーニュゆえ、香りも酸も弱い。よって鮨にはうってつけという論理が成り立つ。事実、ご報告したとおり、生のえび以外の種には良くあったか、違和感がなかった。牡蠣の軍艦、これは彼の地フランスでも生牡蠣にシャンパーニュを合わす人もいるくらいだから違和感は無く、たち(鱈の精巣)の軍艦にもよく合った。2004は蜂蜜の風味が出ているボトルもあるが、シャルドネとピノ・ノワールの比率が高く、鮨には強すぎた。
























































































































































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エノグランマ

2012年11月23日 | Weblog
先日イタリア大使館で行われた講演を聴きにいった。講師はシエナ外国人大学学長のマッシモ・ヴェドヴェッリ教授の「ワイン・言語・文化・地域:イタリアの一つのアイデンティティー」が面白かった。エノグラマという聴きなれない言葉の説明をしたが、要はワインのラベルに書かれているテキストのことで、これは情報伝達だけでなく、相手を魅惑し、アイデンティティーの確率をする。2003年に発表した論文の中で最初に使った言葉ということだ。

ラベルに書かれていること、あるいは描かれているデザインの要素は、ワインの特徴、ヴィンテージ、ブドウ品種、テロワール、テイスティングコメント、適温、食事との相性、生産された地域の歴史、風景、遺跡、文学、音楽、絵画等々多岐にわたる。これらの要素をデータベース化して分析をしている。

イタリアのように歴史を持つワイン生産地域では、ワインで利潤を上げ豊かになると、メーカーはその地域の歴史風土、輩出した芸術家などのお国自慢に走る傾向があったとしても、それは人間の本性に根ざした行動パターンだ。

アグリが取り扱っているアナケナにはチリの固有文化の中で残された図柄が各ワインに描かれていた。お国自慢をするのはいいが、これだけイメージが分散してしまうとアナケナのイメージが固定されない。再三再四、使うならコンドルに限定して、これをアナケナのイメージと結びつけることを主張したが、聞き入れられなかった。ここへ来て、今まで赤字でもオーナーから無尽蔵に金が出ていたのが改まり、シビアに販売をし利益を出して会社経営をしなければならなくなり、それが当たり前なんだが、コンサルタントが売れるための商品イメージの統一をした。結果、やっと二種類のコンドルがヴァラエタルに使われることになった。コンサルタントに数千万使うなら、意見具申をした俺に少なくとも1千万円くらいそっと包んでくるのが、礼ってもんだろう。そういう配慮が無いから、あいつら鳴かず飛ばずなんだ。

要は、売るためには色々な要素を沢山ラベルに盛り込んだほうが良いという考え方は誤りで、必要最低限の要素を盛り込み、印象的な要素一つでワインを表すことが相手を魅了することになる。これはコマーシャル的なアプローチだ。

ちなみにエノグランマは、イタリアでも一般に流通している言葉ではないとのこと。




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穴子丼

2012年11月22日 | Weblog
広島へ行くと着いて先ず食べるのが穴子丼である。その穴子丼が関内に出現した。今回で食するのは二度目だが、鮨屋がランチで始めたもので、内容を思うと実に廉い。穴子はけっこう濃い味で煮込んであり、3センチほどに切ったのが瓦のように並んでいる。広島と同じように出汁と薬味の山葵、胡麻、葱、海苔がついてくる。この出汁が実に見事なもので、しかもたっぷりくれるので最初から最後まで飯にかけて喰っている。また、ここの茶碗蒸しが実に美味い、出汁が良いので中の具が引き立つ。好みの百合根も実に良い。結構なことばかりだが、江戸前の穴子を薄味で出してくれたら言うことない。ここの穴子は広島から来るらしいから、調理してあるのかも知れない。1,000円だから文句は言えないが、あと200円手間賃を出すからせめて直前に炙ってくれないものか。

この鮨屋、バー・クラブが入った雑居ビルの5階にあるので、昼はビル全体が深閑としており、知らない人は入りにくい。そのため二週間前から始めたランチを食べにくるにはよっぽどの勇気がいる。それでも二度目に行ったときには男女の先客がいた。大したやつらだ。

場所柄、夜は高い料金でやっていて、この不景気で客が減って、夜の人寄せのために昼の穴子丼をよっぽど安くやっているのかとおもったら、そうではなく、夜も廉いとエレベーターまで見送りに出た若い衆がいっていた。酒の銘柄は良いものが揃っているので、一度、夜呑みに行ってみようかと思う。近頃新たな飲み屋を探していないので、居心地が良くて廉ければ通っても良い、飲み屋もなにと同じでいくら好みでも何時も同じじゃ飽きる。なにって何だって、れこのことですよ。





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ジャン・フィリップの古酒

2012年11月21日 | Weblog
先日のボージョレ・ヌーボーのパーティー会場で、ジャン・フィリップと共に彼のアロース・コルトン2002とシャンボル・ミジュニー2004のグラス販売を行った。当然その時に味わってみたのだが、数年前にやはりこの会場でグラス販売したときに比べて格段に良くなっているのに驚いた。ジャン・フィリップのピノ・ノワールは永遠に開かないのではないかと危ぶんでいたが、華麗に熟成することが分かった。今回、彼を完全に見直した。

数年前にディジョンのレストランで会食した折に、サン・ジュゼフを取って、このワインがすきなんだといったときには、繊細なブルゴーニュを期待することは無理だなあと諦めていた。10年ほど前に彼の最初のヴィンテージ1987年のモレ・サンドニを飲んだとき恐ろしく堅くドライであったので、それが彼のスタイルであると認識していた。

10月にジュブレ・シャンベルタンの彼のセラーを訪ね、2006年に、それまでデステムのあとタンクへの移動につかっていたホースをやめ、大きなプラスティックボックスで移動をさせたところ、タンク内のブドウの状態がひじょうに良くなったという話を聞いた。ホースでの移動をやめたために、果皮や核に含まれた苦味や渋みがワインに入らず、ソフトタンニンと果実味が表に出たワインになったとのことだった。

数年前から彼の処で毎年数十種類のワインを試飲してきたが、若いうちはアペラシオンの個性がはっきり現われないもの、若いワインの強さを感じるもののドライな感じがしなくなったと感じていたが、このことがその原因らしかった。まだ、2006年のワインは充分熟成しておらず、どのように変ったのかはっきりした成果を見ていない。

最初の話の戻るが、アロース・コルトン2002は、コート・ド・ボーヌの特徴の大柄なワインが熟成したときに生じる魅力的な大らかさが現われ、充分にやわらかくエレガントに変っていた。ここまでになるのに10年の期間が必要であった。シャンボル・ミジュニー2004のほうは、明らかにコート・ド・ニュイの華麗さを秘めたワインで、アロース・コルトンに比べれば果実味が強く、まだ目が詰まった風味を備えていた。

今回の出張では幾つかの好ましい将来が期待できるワインを仕入れることにした。あと5年が経過したときに、彼のワインがどのような発展を遂げるのか大いに楽しみだ。






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