キュヴェ タカ/cuvee taka 「椿庵酔哲湘南日記」

気儘な湘南暮し ー散歩に読書、映画、酒、そして時々釣り-

成田空港

2012年10月31日 | Weblog

久し振りの日本の風景は好いもんだ。成田から千葉まで田園風景があり、柿が橙の色合いを深め鈴なりになっている。ぼつぼつ味も乗って喰い頃だ。まあ、柿のことより日本へ帰ってきたんだから、鮨を喰わなきゃいけません。

出かけるときに成田空港で喰ったが、実に不味かった。鮨は行きつけの確かな処で喰わなきゃいけない。30年前、ハワイから帰ってきたときには、二宮駅前の末広に飛び込んで、一気に三人前くらいを平らげた。店主は腕の良い職人だったが、もうだいぶ前に亡くなった。此処の鮨屋だけじゃなく、駅の近所にあった他の三軒も今は無い。

久し振りに日本に帰ってきて、飛び込む店が無いのは淋しい。横浜あたりには熱心な若い職人もたくさんいるのだから、ぜひ二宮に店を持ってくれないものか。回転寿司や宅配寿司に負けないためには経営能力を磨くことだ。今の世の中、腕一本じゃどうにもならないのが悲しい。
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ボルドーにてⅦ

2012年10月30日 | Weblog
最終日の仕事が終わって部屋に帰ってきた。二週間の長旅は流石にこたえたが、これで終わりとなると寂しいものだ。今日はシャトー・スオウのモニクのところへ行った。シャトー・スオウの近所のシャトーが中国人に買われたので、先ずはそこを見に行った。ひとつは小型のシャトーでブドウ畑は無く、B&Bとして使っている。もう一軒は大きく、ブドウ畑と森を持っていて、ゴルフ場、レストラン、スパを作り、年間10,000人の中国人を集客する計画らしい。新聞にも載ってマスコミが取り上げることも多く、今この人口800人の村の大きな話題になっている。



シャトー・スオウに着いて、先ずはヴィンヤードを見学した。2008年から有機栽培に変えているので、一畝ごとに転地返しをして、その後で整地をして麦の種が蒔かれている。成長したらそのまま鋤きこんで肥料にする。ブーリーのヴァンサンのところと比べると整然と作業が行われていて、ボルドーは違うなあと感じた。植え替えも速いペースで行われていて、昨日のフィリップのところとは正反対に7,000本/haに密度を上げている。メドックで経済性を重視して、コートで品質を追いかける。中々面白い対比だが、さてどうなってゆくのか、結果を見るのが楽しみではある。ただし結果が出る頃にはこの仕事を離れているだろう。





久し振りにモニクのワインを真剣に試飲した。数年前にちょっとしたトラブルがあり、その後積極的な販売をしていなかった。そうなると試飲のほうもおろそかになっている。二年前の香港でもお互いにしっくりこなかったし、今年の香港でもおざなりの挨拶のみだった。今回その問題が綺麗に片付いたわけではないが、モニクも非を認めているらしく、再度アグリと取り組みたい意向で、5月に来日して販促活動を行う用意がある。



試飲は、コート・ボルドー白2011、白のキュヴェプレステージが無くなり、この爽やかな白に統一されたが、実にいい出来のワインで、軽快で味わいがある。シャトー・ムベール2009は軽くてドライ、食事に合うのではないかと昼飯に持っていったが、予想通りであった。コート・ボルドー2009はカシスのような香りと発展した香りが混じった味わい深いワイン。カディヤック2009は濃厚で果実の甘みを感じるようなスタイル、アタックにコート・ボルドーと同様の香りがあった。ラルトリー2009は木樽発酵熟成100%のオーク風味の濃厚なワインで、2005年が今飲み頃を迎えているので、更に寝かせると良いだろう。



昼に隣村の「古い郵便局」というレストランで食事をした。昨年モニクが結婚したアメリカ人の旦那トムが最も好きな店で、2mはある元オリンピックに選出されたボート選手、ジャン・ジャックが経営する気さくなレストラン。卵のボルドーワイン煮と暖炉で焼いた牛ヒレ肉、クレープを食べた。食後にはニッカのカスク・ストレングスを飲んだ。竹鶴17年も置いてあった。やっぱりジャパニーズウイスキーはトレンドなんだ。



食後、腹ごなしにヴィンヤードに隣接する森でキノコ狩りをした。この森は隣三軒の入会地になっていて、残念ながら週末に人が入ったようで、求めたセップは採られてしまっていた。名も知らぬキノコを大量に発見したが、モニクは此処の生まれではなくキノコに不案内、セップ以外は取らない方針で、ナメクジに食われたセップを一本取っただけで終わった。昨日のフィリップのように、メドックで生まれ育っていれば、キノコの良し悪しが分かり、かなりのキノコが収穫できたのではないかと思う。







帰りの車でモニクが、出張報告にはキノコ狩りをしたなんて書かないほうがいいよと心配していたが、日本ではゴルフが仕事として認められ、しかも費用も会社持ちなんだから、ただで出来、あわよくば収穫が期待できるキノコ狩りが仕事として認めらないはずは無いだろう。

ホテルの部屋で、カップ生うどんとスオウの庭で採ってきた無花果を食べて晩飯とした。やはり帰りの車で、昼をレストランで食べて、夜食べられなくなったら年をとった証拠だ、とモニクが話していたが、その通りだ。フランス最後の夜をこんなもので終わらせるなんて昔は考えもしなかった。年をとったもんだ。



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ボルドーにてⅥ

2012年10月29日 | Weblog


今、メドックから帰ってきた。フィリップが持っているメドックのシャトーに行き、一日を過ごした。ワインの取引は無いが、フィリップがジャン・フィリップと来日したときに良くしてもらったので、ぜひともメドックのシャトーに来てもらいたいと、かねてより誘われていた。先週、ジュブレ・シャンベルタンからジャン・フィリップが電話して、今日の訪問があっけなく決まった。市内のワインショップめぐりと、評判のよさそうなレストランで食事をする予定だったが、一度は人の好意は受けてみるものだ。

ホテルに娘のマルゴーを連れてやってきたが、二年前に会ったときには子供だったマルゴーが素敵な美人さんになっていたので驚いた。フィリップは新しい奥さんを迎えてやけに元気そうだった。



シャトーでは、牡蠣を白ワインでいただいた。オックの樽熟成のシャルドネ、いわゆるグラがあり、まったりとした果実味と樽の風味が厚みを感じさせる優等生のワインだ。美味かった。しかし、牡蠣に一番あったのはアントル・ド・メールの樽熟成の白で、オックのものよりサッパリとしていた。三本目に飲んだのはメドックの白で、ワインの濃さは一番好みだった。フィリップが牡蠣の殻に入った塩水を捨ててから食べるので、こちらも同様に捨ててから食べた。牡蠣を喰った後、この塩水を飲むフランス人が多いので、いつも隠れるようにして捨てていたが、実に気分よく喰えた。あんなもの牡蠣のエキスでも何でもない。

二皿目は新しい奥さんのカトリーヌが帆立貝のグリルとリゾットを作ってくれた。我々が魚と米好きなのを知っていたからだが、ありがたい。次の料理は使い終わったステーブを薪にして、60センチほどのバール(鱸)をフィリップが炭火焼にしてくれた。鱗を取らないで焼くので少し臭かったが、美味かった。次回は鱗を落とす道具を持ってきてやるか。鱗を落として水荒いして、塩を馴染ませてから焼くと風味が格段によくなる。ただしもう少しデリケートに焼かないとだめだ。

ワインは白の三種を飲み続けたが、新たに彼のメドック2003,2010,2011を飲んだ。チーズには2003が柔らかく熟成していて抜群に合った。ちょっと寝かせたメドックは思いのほかエレガントになる。2010は良い年だが、2011の軽さも中々いい。チョコレートケーキにはアルマニャックを合わせて飲んだが、前夜もアルマニャックとマール・ド・イルレギを飲んだが、〆にはハードリカーが欠かせない。



ブドウ畑と馬の放牧地をめぐり、キノコを大量に取った。三種類のキノコの名前を聞いたが忘れた。ここ数日夕方になると雨が降っていたので、雨後の筍のようにキノコも出るようだ。キノコに気を取られていただけではない。7,500本/haに密植されているメルロが古くなり、25hl/haしか取れなくなったので植え替える予定とのこと、今度は2メートル幅に植えて5,000本/haにしたい。メドックのクリュブルジョワに期待されていることは経済性でもあるとのこと、ここはフィリップのワイン造りの核心かもしれない。確かに品質は常に価格にリンクしている。



セラーを見させてもらい、グランクリュのルートを帰ってきた。23年前に初めてメドックを訪れて感動したことを思い出した。当時取り扱いの中心になっていたムーリスのシャトー・ブリエットの近くを通ったときは、懐かしさと、当時の熱い気持ちが蘇った。







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ボルドーにてⅤ

2012年10月28日 | Weblog
こちらは日曜日の朝だ。日本にいれば秋晴れの湘南を散歩して、日本シリーズを観ているだろう。休みの日にも仕事をしなきゃならんてのは因果な商売だが、これからメドックに行く。昔はメドックに良く来ていろいろとワインを買ったものだが、免許制度が変わってからというもの、メドックの販売はすっかり駄目になった。ワインが庶民の飲み物になったということであるならいいが、文化程度が下がったとも考えられる。

昨日夕方、ボルドーの町のワイン屋でタリケの黒板とワインが大々的に陳列されているのを観て中をのぞいた。ボルドー、トゥールーズではタリケは本当に強いブランドだ。日本でもこのくらい強くなればいいが、5年やってみても埒があかない、どこか戦略に欠陥があるのだろう、反省しなきゃ。店内には今年から始めたバロンフエンテも置いてあった。自分で取り扱っているワインを、よその国のワイン屋が取り扱っているのを見ても、一文の得になるわけでもないが、実に愉快な気分だ。





ハードリカーのコーナーにもタリケのアルマニャックが置いてあったが、その棚の多くを占めているのは日本のウイスキーだった。サントリーとニッカがスコッチを駆逐したと店員が話していた。日英決戦はこんなところで勝利していたのか、ざまあみろってんだ。近頃どうもニコラが日本へ来るたびに竹鶴や白州などを嬉しそうに持って帰っていたが、彼だけの嗜好ではなく、多くのフランス人がその良さを認めているということだったのか。

先日名古屋観光ホテルで竹鶴17年をボトルキープしてニコラとともに飲んだが、果実味の鮮烈さがスコッチには無い特徴で、実に好ましかった。そのとき初めて日本のウイスキーが美味いと知った。長年サントリーオールドでだまされていたから、日本のウイスキーの品質については信頼をしていなかった。昨夜、異国に地で改めてその実力を知った。




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ボルドーにてⅣ

2012年10月28日 | Weblog
今日もアントル・ド・メールを一日ぐるぐる回っていた。今、日本で受け入れられる価格帯のボルドーのほとんどはこの地域のものだ。先鋭的なシャトーが10年前ほどから工夫を重ねて、優れたワインを世に出してきたが、名声を得たそれらのワインは、既に価格が高くなりすぎている。無名だが、品質向上に向けた取り組みをしているシャトーを探すのが今回の目的のひとつだが、新しく発見したシャトーも売れるようになれば自然に価格が上がってゆく、いたちごっこだがワインを生業としている以上、常に新人発掘は欠かせない仕事のひとつだ。

 



今朝は先ず、既に取引をしているシャトー・コマンドリー・ド・ケを10年ぶりに訪れたが、当時のオーナーは昨年亡くなり、娘さんが後を継いでいた。ディジョンでワイン造りを学んだ、まだ30歳の若者シャルル・アンリが4年前からセラーマスターとなってワイン造りと畑の管理をしている。10年前に訪れたときにもグランクリュと見間違うほど清潔に保たれていたが、今回も同じ印象を得た。試飲したワインの印象もシャトーの清潔さと同様綺麗なつくりで、果実の味わいが鮮やかであった。



シャルルアンリの方針は、ワインは2年くらい経たないと完成しないので、テルモビニフィカシオンはワインが急に落ちてゆくのでトラディショナルな方法を重視している。単なるボルドーのアペラシオンといえども数年から10年ほど寝かせたワインの味わいは格別なので、この方針ついては大いに賛同する。

午後新たなシャトーを訪問したが、ここもテルモ・ビニフィカシオンを2011年から取り入れたが、10%程度に止めていて、この方法に頼るところは、どうも畑の管理がおろそかになる傾向があるとのことだ。ブドウ栽培農家は、良いブドウを得ることが一番大切であることを肝に銘じるべきだろう。試飲させていただいたワインは、白も赤も美味かった。問題は、このワインを多くの消費者が支持していて、その殆どが売り切れていることだ。
フランスの消費者は価格と品質のバランスについて、ワインが日常品であることからとても厳しい目で眺める。

 



ボルドーとパリのワインコンテストにサンプルを出し、金銀のメダルを獲得することも多いが、メダシールを添付すると価格が高くなって消費者に不利なので、基本的にボトルに添付しないで販売している。そういった心持もなかなか好ましい。日本にもセカンドラベルで輸出しているが、ファーストラベルでの輸入を検討することにした。2010の樽熟成の赤は、2013年版ギダシェットでクードクールを取っている。これで6年連続とのことだが、中々出来ることじゃない。ワインは右岸の典型的な目が詰まったフェミニンなワインで、メルロー好きにはたまらない価格と品質だ。

久し振りにボルドーへやってきて、造り手や取り扱い業者が若返っていること、かつてやっていた価格帯のワインが日本の酒類小売販売免許の影響で売れなくなったが、そこにボルドー本来の特徴を持った美味いワインがあることを認識した。価格訴求一辺倒のやり方にも限界が来ているので、美味いと思うワインを取り扱いたいが、果たして販路が見つかるだろうか。あまり考えると眠られなくなるので、明日のメドック行きに備えて寝ることにしよう。


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ボルドーにてⅢ

2012年10月27日 | Weblog
今日はアントル・ド・メールのメーカーに午前中に行き、醸造中のカベルネ、メルロ、ソーヴィニョン、セミヨンをタンクから試飲をし、テルモ・ヴィニフィカシオンの加熱機なども見させてもたった。毎年各国のコンクールで金賞を受賞する秘訣のひとつに、このテルモ・ヴィニフィケーションがあるが、その方法について詳しくきいた。このメーカーの核心なので此処に書けないが、随分工夫と研究をしている。今後も金メダルを取り続けるだろう。そしてこの戦略でワインを売り続けるだろう。



過去数年間で大きな利益を出していることは間違いなく、近所の畑を買って生産量を急激に増やしているし、最新の設備の投資も連続的に行っている。30になったばかりの若い世代の造り手が活躍するのを見るのは頼もしい。

遅い昼をリブルヌで食べてからサンテミリオンへ行き、今年グランクリュに昇格したシャトーで2010年を試飲した。ワインは目が詰まった果実味の強いもので、典型的なメルロ右岸スタイル、この手のワインは久し振りであった。娘とオーゾンヌを訪れ、オーナーに樽から試飲させてもらった2005年を思い出した。もう7年も前のことだ。日本のワイン市場もこの10年で変わってしまったが、メダルワインばかりでなく、本当に美味いというボルドーも地道にやらなきゃいけないと思う。

 

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ボルドーにてⅡ

2012年10月26日 | Weblog
昨夜ボルドーについて、この34日の出来事をかいつまんで書いたので、詳しいことはまた落ち着いてから書くとして、二年ぶりにボルドーに来て今までと変ったことについて書いてみたい、とはいっても昨夜30分ばかり街中を散歩しての印象だが。

今回はクオリティーホテルに泊まったが、今まではホテル・シェズ泊まることが多かった。町の真ん中にあり、昔のたたずまいを残したホテルで、幽霊屋敷のようなところもあったが、リーズナブルな価格も好ましかった。モニクからシェズがリニューアルして綺麗になっているからどうだとのメールをもらい、ネットで調べてみたら確かに現代的に様変わりして綺麗になっていた。しかし価格も今までとは異なり一泊200ユーロ以上であったので、評判の良いクオリティーホテルにそのまま泊まることにした。散歩の途中でそのリニューアルなったホテル・シェズを覗いてみたが、かつての風情は失われ単なる現代的なホテルになっていたのでガッカリした。

数件の例外を除き、レストランやビストロに人がいないのにも驚いた。外食の比率が減っているのだと思う。バールのようなところには人がたかっていたから、ボルドーっ子の財布の紐は固く結ばれているようだ。しかもそこで飲まれているのはワインではなくビールが圧倒的であった。きょうからそのあたりの事情を探ってみたい。



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ボルドーにて

2012年10月26日 | Weblog
ジュブレ・シャンベルタン村のマルシャンのB&Bに二泊滞在していたもので、すっかりインターネットの世界と隔絶しておりました。携帯も圏外になっていて、昔はこんな風に生活していたなあとちょっと愉快でした。

さて、22日にモルゴンのル・ヴィレを出た後は、モリエールに行きヌーボーをタンクから試飲をし、今年は酸が少なくて果実味が表に出て日本人にはうってつけのスタイルでした。現在コペンハーゲンのノマにワインを入れていますが、サン・ベラン、マコン・フュッセ、ムーランナ・ヴァンなど取り扱いワインを含めて試飲をしましたが、やはりモリエールのワインはスペシャルでした。少しだけ分けてもらうことにしたので、そのうち皆さんにも世界一のレストランが選んだワインを飲む機会があると思いますので、ぜひお楽しみください。

 

その後はブーリーに戻り、やはり有機栽培の農家のヌーボーを試飲し、北も南もスタイルが共通であることを確認しました。此処では15種類ほど試飲しましたかね。

 

その後針路を北にとりシェナのメーカーでボージョレ・ヴィラージュ・ヌーボーなど20種類のボージョレを試飲しました。移動と試飲で疲れました。



23日は針路を再び南にとり、フランスで一番美しい村といわれているオワンでボージョレヌーボーなど20種類を試飲しました。此処は名に恥じない美しい風景が続く地域で、黄金の石で作られた昔ながらの家を買い取って住んでみても良いなと思いました。売店で販売されているチーズとソーセージは手作りで、見るからに美味そうでしかも激安。棚にあるのを全部買って日本へ持ち帰り、友達を100人よんで大盤振る舞いしたかったね。



この後針路を北へとり、ヴィレ・クレッセで、マコン・ヴィラージュ・ヌーボーなど20種類を試飲、この地域は収穫量はボージョレほど深刻に少なくは内容だったが、ヌーボーの味わいは凡庸に感じた。青りんごの風味でひじょうにサッパリしていた。此処数年このワインを飲んでいないので、そういうものだったのかもしれない。

 

この後ジュブレ・シャンベルタンに入って、24日からはブルゴーニュ出の仕事をした。マルシャンのヌーボーは今朝澱を落としてボトリングしたが、奥行きがあって味わいもある良いヌーボーに仕上がっていた。このヌーボーで今年アグリが取り扱うものを全て試飲したが、それぞれ実に満足が行く出来であった。期待して待っていてください。

 


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モルゴンにて

2012年10月22日 | Weblog
昨夕、ブーリーからモルゴンにやってきた。一昨日もここの有機栽培の作り手のところを訪れ試飲をさせてもらっているが、ボージョレの最南端のブーリーと最北端のモルゴンを行ったりきたりしている。ヴァンサンのところでリヨン風の大盤振る舞いで、モルゴンの定宿ル・ヴィロンでは、何もく喰う気にならず、そこそこに寝た。ディナーとともに味わうはずであったモルゴン各種は夢と消えた。



今日は午前中コート・ド・ラ・モリエールへ行き今年のボージュレ・ヴィラージュ・ヌーボーのチェックをする。一般的にボージョレのバルク価格はほぼ二倍に上がっていて、収穫量の半減を補っているが、モリエールの価格は抑えられている。このような不作の時にはドメーヌのワインが安く感じる。ネゴシアンは市場経済を敏感に反映させるが、農家はその点ゆったりしたものだ。このゆったりした状態で、生活が成り立ってゆくということが、本来の望ましい人間の生きる道なのだと思う。



午後はばかばかしいことに三度ブーリーに向かう。既に取り扱いするワインを造ったカーヴ・ド・ブーリーには、一昨日行き試飲をさてもらっているし、訪れる先のドメーヌもヴァンサンに紹介されている。観なければいけないのはアグリ向けに用意されたボージョレ・ヌーボーの最終商品である。品質とバックラベル等の記載について確認をする。



昨年はこのホテルに泊まらなかったが、二年振りに泊まってみて、随分客が少なくなっているようで寂しい。朝飯はかつてレストランで食べたが、今朝行ってみると狭いラウンジのソファーの脇に机が二つ並べられて、そこに朝飯の用意されていた。デュブッフの衰えが、ボージョレの衰えにそのまま繋がっている。数年前から、放棄されたワイン畑の無残な姿を観ることが多くなっていたが、ワイン商が泊まる商人宿としてのル・ヴィロンも衰退している。ボージョレヌーボーで画期的な成功を収めた立役者デュブッフに続くスターの出現が待たれる。
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ブーリーにてⅢ

2012年10月21日 | Weblog
日本は日曜日の夕方だが、今日はモルゴンのホテル泊まりなので、早めにブログをアップしておく。モルゴンはボージョレのクリュで有名だが、ものすごい田舎でインターネットが繋がるかどうか分からないからね。

毎年ヴァンサンのところにご厄介になっているが、近所のおばさんで必ず一度は一緒に食事をするポーラが今回もディナーにティラミスを作って参加した。彼女も我々がやってくるのを楽しみにしていて、あんたは一年に一度この時期にやってくる渡り鳥みたいだ。そうだよ鶫だよ。秋になると必ずやってくる。



ポーラはヴァンサンのお母さんと親しく、料理が得意な一人暮らしのおばさんだ。昨年散歩の途中に寄って、庭のハーブでお茶を作ってくれたが、森に囲まれた素敵な家で悠々自適の老後を楽しんでいる。時々イスタンブールなどへ行って、行動力のあるところを見せたりしているが、とにかく話が面白い、残念ながらフランス語が分からないのでその細かなところは楽しめないが、見ているだけで愉快だ。人を惹きつけるには言葉の前に必要なものがあるってことだ。人はそのことを忘れやすい。



今年ヴァンサンの畑は8月初旬の雹で全滅したが、植物は強いもので、ほんの少しだけ果実を実らせ、友達と収穫したブドウで数百本だけワインを仕込んだ。マロラクティック発酵が終わっていないワインを夕飯の席で飲んだが、味わいはともかく色合いは立派なものであった。ほんの少しとはいえ今年もワインが出来たことを喜びたい。来年来るときまで1本取っておいてもらうようにした。



この写真の枝のところにある亀裂は雹の被害の痕跡である。雹の被害の後一ヶ月は畑を見るのも嫌で畑の手入れをしなかったらしいが、ブドウは葉が無くなっているものの枯れることは無く、来春には発芽が見込まれ、例年よりは少ないものの収穫が期待できそうだ。

  

モルゴンへ移動する前に今日のことを少し書いておく、今朝市場へ行って山羊のチーズを買った。去年もこのチーズを買ったが、近所のおばさんが自家製チーズを売っていて実に美味い。良かったら家に寄って山羊を見てくれとのことで見にいった。息子が山羊小屋を案内してくれたが、実に臭く、山羊のチーズにも確かにこの匂いがある。干草と少しのコーンと塩を食べて乳を出している。健気なものだ。檻に20頭ほどのメスが居て、1頭だけひげを生やしたオスが居てハーレムを形成している。若い頃はいいだろうが、年をとってきたら大変だろうなと同情に耐えない。生まれた赤ん坊はメスならここで育てられるが、オスなら肉になってしまう。いずれにしろ押すというのは辛いもんだ

  



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