五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

源氏物語からギリシャ神話に

2008年11月10日 | 第3章 無意識の世界
夏から源氏物語に没頭していたので、今週末からの勉強会にかなりの支障が出ていることに気づきました。
週末の勉強会のテーマは「ギリシャ神話」
頭の切り替え、早急にしなくてはなりません

ギリシャ神話に登場する神々は、情動の留まるところを知りません。
耐えに耐え、忍び泣きながら打ちひす御身を・・・というようなことは、あり得ないギリシャの神様達。
溜まった感情を放出し、思いを行動に起こしながら天空を舞い個性の美を壮大に表現していく神々。

心理学には欠くことのできないギリシャ神話。一人一人の神様の個性は、人の個性の傾向を測る対象としてヨーロッパの人々のアイデンティティに深い影響を及ぼしてきました。
「置き換え」「投影」「昇華」「逃避」「感情転移」「抑制」「抑圧」「退行」「合理化」「知性化」「同一化」「摂取」「反動形成」「補償」(14の防衛機制・生き甲斐の心理学P129参照)
自分の傾向と重ね合わせながら、しばし切り替えです



クリック応援お願いします
人気blogランキング ☆ありがとうございます☆
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

丹田に気持ちを籠める

2008年11月09日 | 第2章 五感と体感
最近毎週楽しみにしている韓国ドラマがあります。
宮廷に仕えるキーセンという舞と楽の女性達のお話。御存じの通り純愛ものです。

このキーセンの生活と舞と楽に対しての考え方、修行の仕方が興味深いのです。
差別社会の悲しい話を交えながら、恋の話は展開していきます。

チニ(主人公)が恋を忘れるために師から言われる言葉。
「想いは丹田に納めなさい。愛しているという感情は納める必要はありません
。感情は芸に表しなさい。でも、決してその感情を顔に出してはなりません。」

思っちゃいるけど、止められない・・・
そんな気持ちをどのように納めていくのか。。。
キーセンという立場の哀しいお話のような気もしますが、芸というのは、そういうものかもしれません。
芸に籠められた普遍的な美しさは、観る人の自身の内なる感情が湧き立ち、投影することによって、新たな歓びに変わっていくのです。

奈良を想わせる韓国の美しい風景と建築も見逃せません。
私自身のアイデンティティが刺激されつつ、チニとウノの恋の行方とこれからゴテゴテになってく展開を愉しもうと思います。

クリック応援お願いします
人気blogランキング ☆ありがとうございます☆
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

源氏物語・いずれ解るよ・・・

2008年11月07日 | 悔いのない人生とは?
千年経っても親の想いは同じです。
息子の夕霧に官位を下げ、学問を学ばせた光源氏。
親の言うことにそむくこともできず、口惜しい思いをしながらも粛々と学問に打ち込む夕霧。

「今に私のしたことが解るはず…」と成長する息子の姿を温かく見守ります。

・・・いずれ解る・・・

そういえば、最近そんな言葉を私も使いました。
表装教室でのことです。
掛け軸を作る作業は、一日二日ではできません。一副仕立てるのに、最低でも一、二か月が必要です。教室に通う皆さんは、「今日の作業行程」が未知の状態でやってこられます。もちろん、私も同じ経験をしていますし、現在も過程の中で生きています。

作業と理屈がくっついてくる。

中途半端でやめてしまえば、それなりの深み。
でも、分からなくても粛々と続けていけば、見えてくるものに自分の修行が重なって、「体得」していくものだと思うのです。

生きていくということは、そんなことだらけ。

今、与えられていることの意味は、今、理解できなくても焦ることはないのです。

ゆっくりのんびり行こうじゃありませんか
そのうち解るよ。


クリック応援お願いします
人気blogランキング ☆ありがとうございます☆
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

源氏物語・女の精神的自立

2008年11月04日 | 第1章 意識と知覚
源氏物語に登場する人物は、430人だそうです。
紫式部は、一人一人の人生をすべて見ているかのように「個性化」して表現しています。だから、読んでいると本当に実在した人物のように思えてくるのです。

1千年前も現代も人の心の動きにあまり違いを感じません。
女性の権利という視点で見れば、理不尽なことばかりですが・・・

儚げに描かれる女性達

でもいつしかその儚げな自分に気づき、何らかのカタチで自己実現を図ろうと意識し出すのです。「気づいた」女性たちは、なんとも美しい。
生命力に充ち溢れ、イキイキとなります。

光源氏への想いを経ち、次々と出家していく彼女たちを見ていると、尼になりそこから見えてくるもののほうに希望を感じるのです。

逆に、自分の決意(出家)を最後まで認めてもらえなかった光源氏最愛の紫の上ほど悲しい最期はない、と私は思います。

「自分は、何のために生きているのか?」
この自問自答をすることに「気づくこと」が精神的自立の一歩になるのかもしれません。二歩目は、「行動すること」。。。ということでしょうか。
そこから先は自分次第・・・




クリック応援お願いします
人気blogランキング ☆ありがとうございます☆
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

源氏物語・出生の秘密

2008年11月04日 | 悔いのない人生とは?
「墓場まで持っていくお話?」それとも「秘密をしゃべっちゃう?」

源氏物語の中でも、いくつかそのような話があります。

光源氏は桐壺帝の寵愛する藤壺をと慕い、ついには子供が生まれてしまいます。
それを知るのは、僧侶のみ。
しかし、藤壺の臨終によって、その秘密を僧侶が「帝」となった子供に話してしまいます。

因果応報・・・

その後、光源氏の正妻である女三宮に光源氏が可愛がる柏木が密通してしまい、子供が生まれてしまいます。
その子「薫」は、ヘンな空気を感じ取りながら、遠慮がちで生真面目で優柔不断な青年へと成長していきます。

意識して感情・思考・行動を抑えること「抑制」といいます。
「抑圧」は、「抑制」を無意識にしていることをいいます。
自分の感情を抑え続けていると、抑圧が深くなっていきます。

聞きたくても聞けない話。
ヘんだと思っても聞くに聞けない状況は、ほんとうに辛いものです。

源氏物語・宇治十帖は、「心の狭い男の解釈」で締めくくられます。
彼が、どんな人生を送ったのか、ちょっと知りたいけれど・・・
現代人にも多く居そうなタイプです。
光源氏が「雲隠れ」なら、薫は「霧の中」ってところでしょうか・・・

クリック応援お願いします
人気blogランキング ☆ありがとうございます☆
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

源氏物語・花散里の役割

2008年11月02日 | 第2章 五感と体感
容姿の美しくない花散里や末摘花を一部の海外では、大切に翻訳していないものもあるそうです。

私は「フゥ~ン!!」と思うのです。

女の生き残りを賭けた密やかな、いやいやあからさまな戦いとは無縁の彼女たちは、源氏物語の中で繰り広げられる愛憎劇に、束の間の安らぎを与えてくれます。

ハラハラドキドキの展開ばかりでは読む側に現実味が無くなり、物語としての非現実性ばかりが突出してしまいます。
そこで、性格の優しい大らかな母性的な花散里の存在は物語の緊張感に緩みを入れる存在を感じるのです。
それに、
彼女の助けなくては、光源氏は男としての責任は果たせません。

読み手に不安を与えないための大きな存在である花散里をもう少し読み解いてみたいと思う読書の秋です。

クリック応援お願いします
人気blogランキング ☆ありがとうございます☆
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする