Mr.コンティのRising JAPAN

マスコミの書かない&書きそうもない!スポーツ界の雑学・裏話を、サッカーを中心にコメントを掲載していきます。

東アジア選手権 日本対中国 中国での報道は....

2010-02-20 | Football Asia
黄健翔 :日本のワールドカップ Semi Finalist は厳しい

著名な中国のサッカー解説者、黄健翔氏は日本戦のあとにまず岡田監督の目指す“ワールドカップベスト4”につていて上記の通りに言及するとこの 0-0 で終わったこの試合、楊昊のPK失敗を何度も悔んだそうだ。
“岡田監督は一般的な日本食の様な煮魚状態だろう。” 
中国チームに就いては試合前大地震(ビッグサプライズ)を演じる事が出来る、今はまだ試験期間だ“ファンもメディアもこの試合にはあまり期待していない。”と語った。 日本代表のスタイルの変化に就いて、黄健翔はそれが Barcelona に代表される、 modern football への移行であると評価している。 パスに就いては大きく分けて3種類に分けられる。 一つは安全の為(対峙する相手にボールを取られない為)、二つ目は繋ぐ為のもの、そして3つ目は決定的なスルーパス。 Barcelona やスペインで用いられるパスはフィジカルやパワーを用いる相手に対抗する為のパスは相手に取られない為や繋ぐ為ものが多い。戦術的規律を持っても個人の能力で対抗できない時は三つ目の決定的なスルーパスを用いる。卓翔、郜林に就いて言えば、“この二人は戦術を理解しておらずたびたびボールを失った。また他の選手達はスルーパスを狙いすぎていた。”と不満を露わにした。黄健翔はまた杜威の進化も評価、高洪波新監督によって自身新たな発見をしたと思うと高評価をした。曲波がトラップをしそこねて長友の腕に当たりPKが宣告された時に誰が蹴るのだろう?曲波?姜寧?杜威?それとも楊昊?まさか楊昊とは思わなかった。 

この日の中国のフォーメーションに就いては “孫祥を左サイドの2列目に置く 4-2-3-1 であったがこれは技術の比較的高くない彼にと手は少し難しい役目だった。孫祥はオーストリアの Austria Wien でプレーしたがここでは体格、フィジカルが重視され技術的が重視されるわけでなく中国代表では技術の要求されるこのポジションは難しいだろう。もし栄昊の様なテクニックのある選手の後ろに配置されたのなら孫祥の能力は発揮されただろう。そして卓翔とコンビを組めるだろう。

  
 
そして日本代表に就いては“トルシエ時代ほど中盤でボールがスムースに回っていなかった。”と論じた。 日本代表に就いては前半の45分は完璧であったと評価。そして後半はハイボールが殆ど中国DF陣にヘッドでクリアーされたと。 ”トルシエ時代の日本は簡単にボールを蹴らずにパスを繋いでビルドアップしいていた。だがこの試合はロングキックを多用しボールを失う事になっていた。それでもオールコートで当たってこられると個々の技術が高い日本が有利だった。“ そして試合前にはベネズエラ戦で引き分けた日本代表にファンもマスコミも不満をあらわにし、黄健翔は“今や日本チームはブラジル、アルゼンチン以外の南米代表国にも完勝する必要がある。”とコメントを残した。そしてこの日の日本の “新しい”右サイドのコンビネーションの出来は今一で中盤では何度か体格差のある中国MFに抑えられるシーンが目に着いた。そしてそのフィジカルコンタクトを嫌いボールを後ろに戻すシーンも目に付いた。 体格差も試合結果を左右したと示唆。
“ゴール前で173cmの玉田と189cm 杜威が並ぶとシーンは中学生と高校生の様。”と表現した。
この日の日本は安全の為のパスと繋ぎのパスが良くなかった。中国代表は日本に対して恐れることなく立ち向かう事が出来た。

    
 

そしてワールドカップベスト4を目指す岡田監督に “ならば范志毅と赫海東のを貸し出そう。彼らならまだプレーできるしフィジカルの強さ、スピード、それら日本選手に持っていないものを備えている。今、日本がワールドカップに向けて必要なものは今持っていない何かを見に着ける事だ。” と述べた。 
趙旭日がイエローカードを受けた事に就いては“今や日本選手のファールの受け方はブラジル人なみ。”と批評。
後半投入された平山に就いては“平山相太は190cm、郜林も190cmで体重は平山よりも10kg思いが動きは速い。”そして大久保のシュートは威力が無かったが栄昊にはシュート力を感じた。 と述べていた。

    
 
黄健翔氏は中国で著名なサッカー解説者らしいがサッカー経験は無い様だ。 彼の今回の日中戦の試合後の解説は平山と郜林の体格の比較以外は的を得ている気がする。 ( 公式発表では平山は 190cm 85kg 郜林は 186cm 80kg ) そして足元にボールが来た時は平山の方がはるかにテクニックが優れている事が証明されるだろう。 ただ日本FWはスピード系ばかり召集し、もうそれが限界にきている。ただ欧州選手に対抗できる高さの持つ選手はなかなかいないので上背のないFWばかりになるのか….しかしそれが限界だと言う事はワールドカップ予選のオーストラリア戦で証明されたのではないか? アジアでも中国の高さの前に得点が奪えない事実から、これから3ヶ月間でどんな方策を練るのろう?ただ今年に入ってベネズエラ戦しかこなしていない今の日本代表を額面通りには中国も受け止めていないだろう。

対日本戦12年間勝星なし。 楊昊のPK失敗と云うよりも楢崎のPKストップにより中国は勝星を逃しこの結果1998年3月8日のダイナスティカップで日本を 2-0で破って以来12年間で7戦3分4敗となった。

 8.Mar.  1998  Dynasty Cup  東京  日本 0-2 中国 黎兵2
16.Mar. 1998  親善試合    神戸   日本 0-0 中国
27.Mar.  2000 Asian Cup      レバノン 日本 3-2 中国 范志毅 : 自殺点 祁宏 楊晨 西澤、明神
 4.Dec.  2003  東アジア選手権  東京  日本 2-0 中国 久保 2
 7.AUG. 2004  Asian Cup      北京  中国 1-3 日本 李明、福西、中田浩、玉田
 3.AUG. 2005  東アジア選手権 大田  日本 2-2 中国 李金羽、張永海、茂庭、田中達也 20.FEB .2008  東アジア選手権 重慶  中国 0-1 日本

中国選手にのしかかるPKのプレッシャー 中国代表のPK失敗は今回に始まった事ではない。1998年ダイナスティカップで日本は中国に 0-2 で敗れたが韓国、香港を破り大会3連覇を飾った。しかしこの中国戦 0-2 とリードされ尚もPKを献上してしまったがこのPKを范志毅が失敗したがこのPKを決められていたら得失点差で中国が優勝するところであった。 
かつては Premiershipでもプレーした范志毅は上記の通りに2000年の Asian Cup では自殺点を献上する等日本戦の相性は悪い。他にも中国代表や五輪代表はPKのプレッシャーを打ち破れていない。
その他に近いところでは昨年11月24日 Asian Cup 予選のレバノン戦で 2-0 のリード後に得たPKを鄭智がミスしている。
1997年ワールドカップフランス大会予選のアウェーのサウジアラビア戦で范志毅はPKを失敗し勝ち試合を引分け、予選突破を逃す原因に。 
1992年に行われたバルセロナ五輪予選では赫海東がカタール戦で失敗しこれが遠因で五輪出場権を逃した。 
2004年11月17日、ワールドカップドイツ大会アジア地区3次予選でクウェートと激しく最終予選出場を争っていた中国は最終戦の香港戦で8点差の勝利が必要だった。そして 7-0 までこぎつけ、最後にPKを得たが鄭智 がこれを失敗し最終予選進出はならなかった。
2006年カタールでのアジア大会準々決勝イラン戦はPK戦にまでもつれ込んだが鄭智が失敗し準決勝進出はならなかった。 
2008年3月26日昆明で行われたワールドカップ南アフリカ大会予選、0-0 で試合は進み終了間際に PKを得た。しかし邵佳一 が蹴った弾道は GK Schwarzer がストップ。 これが原因でまたもワールドカップアジア地区最終予選にさえ進出出来なかった。 
2004年6月9日、天津で行われたアテネ五輪予選のマレーシア戦では 4-0 で勝利を収めたが鄭智がPKを失敗。そして同年地元開催の Asian Cup 準決勝ではイランに勝利を収め決勝に進出したが またも鄭智がPKをミス。 
2006年2月22日広州で行われた Asian Cup 予選のパレスチナ戦で 肇俊哲がPKを失敗。(試合は中国が 2-0 で勝利 )
2008年3月15日昆明でタイとの親善試合では李瑋峰 がミスをして 3-3 の引分け。  2008年6月22日アウェーでのワールドカップ予選オーストラリア戦では 1-0 で勝利するもまたも鄭智が失敗。

鄭智 だけで6回もPKを決められていない。 何故彼ばかりに蹴らせるのだろう???? たら、ればは禁物だけど、これらのPKが決まっていれば中国サッカー史は大きく変わっていただろう。 しかし、この東アジア選手権をきっかけに彼らの歴史が変わるかもしれない。 

 
   

東アジア選手権 台風の目中国隊 初戦日本とドロー

2010-02-20 | Football Asia
ようやく掴んだこの機会。日本代表がアジアの列強と真剣勝負を繰り広げる公式大会を観戦出来る機会にようやくありつけた。 
1980年代前半までアジアサッカー界の勢力図は中東、西アジア勢が優勢であった。東アジア勢は韓国でさえアジアの壁を破りワールドカップに出場したのが1986年のメキシコ大会。(その前に1954年のスイス大会に出場した実績があるが。) しかしその時はアジア地区のワールドカップ予選が東西地区に分けられそれぞれの地区から1カ国ずつ出場枠をあてがわれた。 五輪予選ではアジアを地域別に分けずにオープンにしたロス五輪予選では最終予選が東南アジアのシンガポールで開催されたにも関わらずサウジアラビア、イラク、クウェートの中東諸国に独占されてしまった。 サウジアラビア( 1994, 1998, 2002, 2006 ) イラク ( 1986 ) クウェート ( 1982 ) UAE ( 1990 ) そしてイラン ( 1978, 1998, 2006 ) がワールドカップ出場実績があると言う事はこのペルシャ湾、中東地域にはそれだけアジアの強豪がひしめいているという事。 そこにバーレーン、カタール、オマーンが加わり、更には北アフリカのエジプト、アルジェリア、チュニジア、モロッコと云ったワールドカップ出場経験国も含めたアラブ諸国の大会が代表レベルそしてクラブレベルでも存在している。
1990年に東アジア地区の強化を目的として始まったダイナスティカップがその後東アジア連盟の設立と共に現在の東アジア選手権の前身であった事を知る人も多いだろう。 だからこの大会は非常に重要だと思うのだけど…..
近年は東アジア地域の2大勢力である日本と韓国が欧州でプレーする選手が増えて来た事から東アジア選手権にベストメンバーを派遣出来なくなって来た。 こうして考えると今年のワールドカップは東アジア勢とオーストラリアが出場権を勝ち取ったが今に立場が再逆転してしまうかもしれない。 その上オーストラリアが入って来ているのに…

今年最初の公式戦となる東アジア選手権大会。心配なのはJリーグ開幕前の選手達のコンディション。しかしFIFA ランク40位の日本は87位の中国にはメンバーがどうであれホームゲームであるから勝利を収めて当たり前の相手であるはずだった。開幕戦の中国は今大会登録メンバー23人全員が30歳未満。 
北京五輪メンバーは2人だけ。ワールドカップ予選経験者がわずかに5人。 ワールドカップ予選以降に刷新されたメンバーが中心となっている。
注目は2002年ワールドカップメンバーの曲波の復帰。2001年FIFA U-20 メンバーだった曲波は中国サッカー界を背負い選手だと思われていたが何故か外国人監督達とそりがあわず招集されない期間が長かった。
それでなくても中国サッカー界はここ数年八百長問題でゆれており、代表候補選手そして協会幹部達が多く係わっていたらしい。そしてその大元締となっていたのが中国蹴球協会の前の会長だったらしい。
八百長に関わった選手達は金を受け取るだけれなく自分のチームの試合にも賭けていた。
中国の友人に “代表クラスだったら結構給料いいんとちゃうの?それに幹部達も。” と尋ねたら “中国人は金を貰えばもらうほどもっと欲しくなるんです。” との答え。
でもそれは日本人でもおなじだけどなぁ…となんだか納得してしまった。

しかしセルビア人のペトロヴィッチ氏監督解任を受けて43歳の高洪波氏が代表監督に就任し久々の“中国人監督”に選手達のモチベーションは上がり雰囲気は好転しているらしい。高洪波氏は2004年の Asian Cup 前にオランダ人アリー・ハーン(当時)代表監督と意見対立し代表コーチ職を辞任した。現役時代はFW選手として活躍1992年のダイナスティカップ、 Asian Cup の日本戦でもプレーした。 
その中国代表のスタメンは GK は北京国安の楊智。DF は右サイドが FW登録の張琳芃 左サイドに永栄昊、CBはかつて Celtic で中村とプレーをした(1試合のみ)杜威と趙鵬。 ボランチには大連実徳の趙旭日と北京国安の楊昊MFは右から北京五輪メンバーの姜寧、真ん中が卓翔そして左にワールドカップメンバーの孫祥。オーストラリア戦ではゴールを決めた。 ワントップは北京五輪メンバーでワールドカップ予選にも出場した郜林 2005年FIFA U-20 にも出場した。 やはり今年1月に行われた Asian Cup 予選メンバーが中心。

迎え撃つホームの日本代表だが国内組ベストメンバー。
怪我と体調不良が心配された玉田、内田はスタメンに。 復帰した小笠原はベンチ
スタート。もう少し“新しい戦力”を起用するかと思ったけど。少なくともGKは川島だと思った。だがそれが結果的に良かった事は後で解る事に。
 


 FC東京のホームなので長友が紹介された時は大歓声があがった。そして更なる歓声が上がったのは控え選手の平山相太がスクリーンに映し出された時だった。
この試合いつ投入されるのかも試合の見所だった。 


 
試合は開始から地力に勝る日本が主導権を握る。開始1分56秒には内田のスルーパスを受けた大久保が杜威と競りながらシュートを放つがこれはGK楊智の正面に。8分には壁パスから抜け出した玉田が左サイドからクロスを上げるがここは中国 DF がクリアー。12分には内田が突破しクロスを入れると岡崎が落として大久保がシュートに持ち込むがゴール枠を捕えられなかった。13分には内田が左サイドを突破しアーリークロスを入れると中央で岡崎と趙鵬が競りこぼれたころを大久保がダイレクトでシュートを放つがここはクロスバーを越えた。立ち上がりから右サイドを内田、岡崎の突破が顕著で相対する孫祥そして栄昊が後手に回るシーンが目立った。序盤から闘莉王も積極的に上がっていた。そして闘莉王が上がると遠藤がきっちり最後尾をケアーしていた。
ただ中国の CB 趙鵬 184cm 杜威 189 cm と長身。クロスを入れてもすぐに跳ね返される。サイドバックでさえ左の栄昊 183cm 右サイド張琳芃 182cm と高い壁になっている。 日本もFWに一人長身がいればなぁ…平山をスタメンからテストしてほしかったなぁ…と思うのは私だけではなく周囲の人も同じだった。それでも19分にはスローインから憲剛、岡崎と渡りそのままダイレクトでクロスが入ると走り込んだ玉田がシュートを撃つがゴールを外れる。 その直後にも長友が左サイドを抉りグラウンダーのクロスを入れ、岡崎が狙うがクロスバーを越えた。28分、今度は玉田が左サイドをドリブルで上がりいれたクロスに長友がシュートを放つがポストの右に外れていった。ゴールには至らないがシュートにまで持ち込めるようになって来た。

しかし30分を過ぎたあたりから今度は中国が日本ゴール前に迫るシーンが見られる様になった。32分郜林に縦パスが入り中澤を背負いながらも振り向きざまにシュートを撃とうとするがここは中澤が撃たせない。33分には卓翔のクロスを中澤がヘッドでクリアーしたこぼれ球を拾った栄昊が強烈なミドルを放つがポストの左に外れてくれた。35分には右から左にサイドチェンジのボールが渡り前線の郜林へそして左サイドから走り込んで来た栄昊に戻しクロスを入れられるがここは楢崎がキャッチ。栄昊のオーバーラップがにわかに顕著になって来た。しかし顕著になったのは栄昊だけではなく中国の選手の動きが全体的に積極的に前に出てくるようになった。これは前の日に中国の地元紙に高洪波監督が話していた“最初の30分は様子を見させる。”と言ったコメント通り。 
中国と言えばブラジルの様な完全に格上相手以外であれば開始早々からフルスロットルで総攻撃をかけてくるという印象がある。1987年広州でのソウル五輪予選、1992年北京のダイナスティカップ。20002年ワールドカップ初戦のコスタリカ戦。そして2007年 Asian Cup のイラン戦。 だが大概はシュートミスの連発で得点に至らず、カウンターやつまらぬミスから先制ゴールを喫しそのまま自滅する試合内容。
Asian Cup のイラン戦の様に立ち上がり33分で2得点しても更に我も我もと攻撃に酔いしれ連続失点でようやく引き分けたという実績が私の頭の中に残っているのでこの日の静かな立ち上がりは意外でもあった。だが終盤の攻撃を日本は凌いで逆にまた攻勢に出る時間が続きそのままスコアレスで前半を終わった。後半に入ると中国は孫祥を下げて曲波投入し2列目右に入れて卓翔を左に回した。
曲波と言えば2001年FIFA U-20 アルゼンチン大会ではアメリカ戦と決勝トーナメント1回戦のアルゼンチン戦でゴールを決め2002年ワールドカップには当時の Bora Milutinovic 監督に見出され予選から起用され本大会でも途中交代出場ながら3試合出場した。将来はどんな選手になるだろう?と思ったがTotteenham の入団が決まりかけたが労働ビザ問題で御破算になり、以降将来を嘱望されながら実績はいまいち。怪我などもあり2004、2007年の Asian Cup にはメンバー入りできず2006年ワールドカップ予選には1試合も招集されなかった。2008年に入りワールドカップ3次予選では5試合に出場するなどまた代表でのポジションを確保しつつある。今年の Asian Cup 予選にも出場している。

だが後半開始からは再び日本が中国陣内に攻め込む時間が続く。
開始早々には憲剛からスルーを受けた長友が送ったクロスをファーサイドの大久保がフリーでヘッドを撃つがGK正面。48分には右サイドから大久保が入れたクロスに岡崎、玉田が絡むがシュートに持ち込めない。49分に得たFKを遠藤が入れる。闘莉王が飛び込むがここもDFにクリアーされた。54分には稲本からのロングフィードを受けた内田がそのまま抜け出してドリブルシュートを放つがポストを叩く。 
あぁ惜しい、と私も点を仰ぐが逆にその直後、曲波が入れたグラウンダーのセンタリングを中澤がうまくクリアーできずあわやオウンゴールとなるところを闘莉王が必死で掻きだしてくれた。後半に入って中国は縦へのミドルパスが増えてきた。
そして62分大歓声に包まれ“地元”東京FC所属の平山相太が玉田に替って投入され1トップに入り、2列目が左から大久保、憲剛、岡崎が並ぶ。 内田、長友のサイドバックも良いので彼に良いクロスが入れば、と願う。平山対策か?その2分後中国ベンチはボランチの趙旭日を下げて冯潇霆を入れた。この二人の身長差は 2cm しかないんだけど (趙 184cm冯 186cm )  折角平山が投入されたのだが今度はなかなかボールが入らない。平山もチームの方針だから仕方がないのだけど右に左に移る。 真中でがんと張っていれば相手はそこにマークに行かねばならないのでその分他の選手にスペースが出来ると思うんだけど…. 69分辺りからようやくクロスが上がる様になるが平山にうまく当たらない。こういう戦術を代表が取らなくなって何年経つんだろう….
中国は70分過ぎから郜林が左サイド寄りに位置し姜宇、曲波が前線に顔を見せる様になって来た。 そして深い位置からでもロングボールばかりではなく中盤を経由して前線に繋ごうとする様になった。
80分この試合最大の見せ場が訪れる。左から姜宇がゴール前に上がって来た曲波めがけてボールを出す曲波がトラップを浮かしてしまい弾んだボールが右からマークに入った長友の上腕に当たりそれがハンドと取られPKを与えてしまった。ただトラップが決まればそのままフリーでシュートが決まっていた可能性も高かった。オーストラリア人のデロフスキー主審がアドヴァンテージを見ておりすぐにPKを宣告しなかったので少し誤解を招いたようだった。
残り時間とこれまでの日本の攻撃を思い出し、ここで決められればかなり痛いなぁ….と思っていながら楊昊がボールをセットするのを眺めているとGK楢崎がドンピシャのタイミングで右に飛んでそのPKを阻止した。絶体絶命のピンチをよく救ってくれた。このシーンがこの日1番観客が湧いたシーンだった。



83分中国ベンチは郜林を下げて楊旭を入れて 前線を楊旭と卓翔の2トップにする。内田からのアーリークロスを左に平山が流れてヘッドで落とすと趙鵬にあたりすこし方向が変わったが落ち際を大久保がバレーを放つが冯潇霆の膝に当たってゴールラインを割ってしまったが本当に惜しいシーンだった。そしてこれが唯一平山の高さが生かされたシーンだった。
日本ベンチは84分に憲剛と玉田を下げて金崎と佐藤を入れ、佐藤と平山の2トップにし2列目左に金崎、右に大久保を置いた。 そして時折闘莉王も上がってくる。しかし両社得点は生まれずスコアレスドローの男子開幕戦となった。 終了のホイッスルと同時に寒さが限界に達しそうだったのですぐに飛田給駅に向かった。それにしてもここはなんて観戦しにくい競技場なのだろう?東京FCのサポーターには悪いが入場料金の半額は返して貰いたくなった。 そしていつまでも日本サポーターのブーイングと中国サポーターの歓声が鳴り響いていいた。

ほんまに寒い夜やった......