元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「時の輝き」

2007-12-30 06:47:02 | 映画の感想(た行)
 「恋空」を観て思い出したのがこの映画だ。95年作品。監督は後に「釣りバカ日誌」シリーズなどを手掛けて松竹の代表的な職人監督になる朝原雄三で、これがデビュー作になる。とにかく「恋空」と同じくティーンエージャーの男女同士の恋愛編で、難病ネタも共通していながら、作り手の技量によってこれほどまでにクォリティに差がつくものかと大いに感じ入った次第である。

 看護学校に通う由花(高橋由美子)は、実習中の病院でかつての片思いの相手・峻一(山本耕史)と再会する。実は彼も由花のことを思っていたことがわかり、楽しい日々を過ごす二人。だが、峻一は不治の病に冒されていて・・・・という話で、折原みとの同名小説の映画化である。

 いくらでもウェットになりそうな題材ながら、安易なお涙頂戴路線には絶対に走らないところが良い。由花は死期が近い峻一と出来るだけ一緒にいたいと考える。それは同情や憐れみではなく、充実した時間を過ごしたいという、つまりは自分のためだ(それはまた自分が愛する彼のためでもある)。病気そのものをネタにせず、徹底的にヒロインの視線で描かれているところ、つまり彼女の前向きなキャラクターが素材の下世話な部分を完全に乗り越えてしまっている。演じる高橋は予想外の(?)好演で“あたし神崎由花、元気が取り柄のピーカン娘”という赤面もののナレーションも違和感がなく、マジメでひたむきな好ましいヒロイン像を体現化している。

 朝原雄三の演出は非常に丁寧かつ正攻法だ。二人が愛を告白し合う場面のいじらしいほどの純な感覚。雨に降られた海水浴でのデート。心が弾む遊園地でのデート。胸が締め付けられるような冬の花火のシーンetc.本当に主人公たちを愛していることが観る者に伝わってきて好感が持てる。橋爪功や樹木希林など、大人たちの扱いも節度を保っている。脚本には山田洋次が参加。

 正直言って、自分が主人公たちの年齢だったころには、こういう重大な体験をしたことがない。好きな相手に思い詰めたこともない。無味乾燥な十代を送った私である。でも、彼らを見ていると、誰にでもこういう“時が輝く”ような体験ができる気がしてきて、思わず心の中で微笑んでしまう。本当にそうありたいものだ。

 技術的には、何よりもカメラワークの素晴らしさに圧倒される。撮影は「魚影の群れ」や「光る女」などの長沼六男。美術的に最も安定した構図である“三角形図法”がどのショットどのカットにおいても貫かれているのに感心するとともに、作品自体の堅牢さをアピールすることに成功している。主人公二人と脇のキャラクターとの間に必ず適度なスペースを設け、観客の視線が二人に収斂するように仕向けたり、茶系のフィルターをかけて画面に温かい雰囲気を与えるなど、細心の配慮が施されている。適切なライティングと焦点の切り替えの見事さも相まって、透き通るような、実に気持ちの良い映像に仕上がった。

 西村由紀江の音楽が美しい。東野純直による主題歌も素敵だ。心が洗われるような(クサい表現だが、事実だからしょうがない)青春映画の佳篇。どんなにベタな題材でも、送り手が真剣に作ればこのようなレベルの高い映画に仕上がるのだ。観客を嘗めきったような「恋空」のスタッフは猛省すべきだろう。
コメント
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