元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ウォ・アイ・ニー」

2006-10-08 07:51:26 | 映画の感想(あ行)

 これは中国版「ある結婚の風景」だろうか。ただし、ベルイマンのあの作品が夫婦生活の欺瞞を直截的に糾弾するセリフの応酬で観る者を圧倒したのに対し、本作の主人公達は同様に罵り合い傷つけ合うものの、その不満のベクトルは相手に向けられてはいない。それは妻のかつての婚約者が事故死したという、痛切な事実が存在するからだ。

 二人の共通の友人であった夫がその後偶然に彼女と出会い、親しくなって結婚するのだが、そもそも妻の婚約者の死がなければこの夫婦は結ばれず、その負い目が重くのしかかる。

 序盤の婚約者の事故シーンの後は一度もこの事件に触れないが、それは彼らが無理矢理過去を忘れようとしているからだろう。しかし、そんなことは不可能なのだ。かつての婚約者(夫にとっては友人)の無惨な最期を目の当たりにして、誰が平気でいられるものか。

 常軌を逸した二人のバトルは、それが「ある結婚の風景」のように問題が彼ら自身にあるわけではなく、辛い過去の“亡霊”を相手にしての無駄な足掻きであるだけに、和解は不可能に近く、いっそう痛々しい。

 優柔不断な夫を演じるトン・ダウェイもなかなかの妙演だが、妻役のシュー・ジンレイの捨て身の熱演は本年度屈指のパフォーマンスである。所謂“中国四大女優”の中では日本での知名度はイマイチながら、演技力に関してはチャン・ツィイーよりも完全に上だ。今後の彼女の主演作をチェックしたくなってくる。

 製作・監督・脚本は「ただいま」等のチャン・ユアンだが、それまでの諸作より求心力は遙かに高い。事故の悲惨さをサウンドと現場に残った血痕だけで最大限印象づけているのをはじめ、中盤以降のほとんどのシーンを二人が住む狭いアパートに限定させ、登場人物に逃げ場を与えない密度の高い演出を見せる。

 程度の差はあれ、重大な“過去”に向き合わないまま生きてきた多くの人間にとっては、正視できないほどの衝撃を受けるシビアな作品である。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする