元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「エルミタージュ幻想」

2006-10-26 06:47:19 | 映画の感想(あ行)
 (原題:Russian Ark)「太陽」の監督アレクサンドル・ソクーロフが2002年に撮った作品で、エルミタージュ美術館を舞台にした時間と空間を超越した“映像詩”とでも言うべきもの。NHKの技術協力によるハイビジョン・キャメラの使用により、映画史上前代未聞の“90分ワンカット撮影”を実現している点も要チェック。

 映画は、ソクーロフの視点とも言える“カメラ”と、元外交官のキュースチンという名の男を狂言回し的役として展開する。最初に19世紀風の衣装を身にまとった将校や貴族たちが馬車でやってくる。ではストーリーはその時代をベースにしているかというと、さにあらず。宮殿の別室では、18世紀初めに在位していたピョートル大帝の姿も見える。さらには、絵画を見る人々は現代の装いだ。

 ならばこれはロシアの近代史のページェントなのか・・・・それも違う。ロシア革命以降は完全にネグレクトされ、映画の意匠はソ連崩壊後の現代に飛んでいる。つまり作者が選び抜いたロシア史の真髄に対するオマージュを切々と綴っているのだ。人工国家に過ぎないソ連など、ソクーロフの眼中にはない。

 ラスト近くのダンスパーティで演奏するのはワレリー・ゲルギエフが指揮する“現代の”楽団だ。“ブラボー!”の声があがった後、映画はまた19世紀に移行する。そして会場を後にする多くの男女のその先には、“エミルタージュの外部”が映し出される。この超現実的な“外部”の描写は、文字通りの“時代の荒波”に流されてゆくロシアの姿をヴィヴィッドに象徴していて衝撃的だ。

 舞台が美術館だということもあり、映像は絢爛豪華の粋を極めている。そして数々の名画。レンブラントの「ダナエ」やエル・グレコの「使徒聖ペトロと聖パウロ」などを前に、歴史の真実を語る作者の姿は感動的。含蓄に満ちた秀作であり、技術面から見ても必見の映画だと言える。
コメント
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