気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

ナラティブ 梶原さい子 砂子屋書房

2020-05-11 23:33:21 | つれづれ
ホームには春のコートが立ち並ぶ肩に落ちたるだんだらのひかり

ゆり根ひとひらゆり根ふたひら歳月はときに思はぬかがやきを見す

コピー機のボタンを押してぞくぞくと文字を生ましむ光のなかに

もう二度と死ななくてよい安らぎに見つめてゐたり祖母の寝顔を

眠るたびに別の水辺に行きながら薄らいでゆけ細(さざら)なる傷

ランドセルの仕立ての丈夫かがりたる糸のあはひに泥入り込める

誰も知らずけれど誰もを知るやうな思ひに立てり墓地のくさはら

生まれくるまへからわたしを知るひとの多くして浦に白き泡たつ

☆ みづうみをめくりつつゆく漕ぐたびに水のなかより水あらはれて

波がここまで来たんですかといふ問ひが百万遍あり百万遍答ふ

(梶原さい子 ナラティブ 砂子屋書房)

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第六歌集。<ナラティブ>とは語り。百歳になる祖母を見送り、祖父の抑留されたシベリアを訪ねる。東日本大震災の傷跡は深く残ったまま、津波の被害の問いに百万遍も答える。「生まれくるまへからわたしを知るひと」の中で生き続ける人生。地に足のしっかりとついた歌のかずかず。みづうみを漕ぎゆく歌の丁寧さに最も惹かれた。