一之輔の落語は、ホールでの三人会や独演会で聴いていて、その毒舌や落語のリズムが醸し出す、斜に構えたり、緩かったり、締めるところは締めるメリハリといった独特の雰囲気にいつも取り込まれる。著者が一之輔や周辺の人々へのインタビューを通じて、一之輔の人や考えを炙りだそうとする一冊。
冒頭の「はじめに」で、サブタイトルで「長い言い訳」とした通り、今回の企画がいかに難しいものだったかが長々と記載されている。「はじめに」以降も筆者の苦労がにじみ出ている。捉えどころがなく、変化球の多い一之輔への取材をどうまとめて、読者に何を伝えるかが、相当もがいたのだろうと思わせる。
確かに、読んでいて、焦点がぼけているというか、核心に触れられないもどかしさは読んでいて感じるところではあった。ただ、段々とこの万華鏡的な、個々の要素はバラバラで、多様に変化はするのだが、総体としてバランス取れてまとまっている。これが、一之輔の生きざまであり落語道であり美学なんだという自分なりの納得感を得た。古典も大胆に改変する、寄席を大切にする、人情噺も泣かせないといったポリシーも彼なりの拘りなのだ。
落語初心者の私には、筆者の合間合間での解説や一之輔との会話を通じて、一之輔以外の落語界の知識も増えありがたかった。師匠と弟子の関係、寄席の「ビジネスモデル」(入場料の半分を寄席が取って、残りを出演者に比重分配)、鈴本演芸場と落語協会の関係、落語協会と芸術協会のカルチャーの違い、落語家から見た客席/客層、立川流などなど、「そうなんだ~」「なるほど~」のところも多々あった。
一之輔ファンであってもなくても、楽しめる一冊だ。
【目次】
はじめに ~長い言い訳~
一、ふてぶてしい人
前座時代の一之輔が放った衝撃のひと言/不機嫌そうに出てきて、不機嫌そうにしゃべる/「自分の言葉に飽きたらダメなんです」/挫折がなさ過ぎる
一、壊す人
YouTube著作権侵害事件/西の枝雀、東の一之輔/保守的な落語協会と、リベラルな落語芸術協会/「跡形もないな、おまえ」/師匠を「どうしちゃったの?」と驚かせた『初天神』/食わせてもらったネタ/たった一席の二十周年記念/逸脱が逸脱を生む「フリー落語」/一之輔の稽古は「うーん」しか言わない/同志、柳家喜多八
一、寄席の人
談志の弟子にならなかった理由/寄席への偏愛/寄席は落語家の最後の生息地/「捨て耳」という修行/劇っぽくなってきた落語
一、泣かせない人
人情噺に逃げるな/泣かせる側に落っこちてしまうことが怖い/泣く一メートル手前までいく人情噺/一朝は一之輔に嫉妬しないのか
おわりに ~頼むぞ、一之輔~