その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

北川智子 『ハーバード白熱日本史教室』 (新潮新書、2012年)

2016-07-20 20:37:10 | 


 ハーバード大学で日本史を教える日本人女性研究者の奮闘記。タイトルからマイケル・サンデル先生の『これからの「正義」の話をしよう』のような講義の書物版を予想していたのだが、ちょっと違った。実況中継的な章もあるものの、むしろ筆者のアメリカの大学界におけるサバイバル記録と言った方が良い。

 もともと数学と生命科学を専攻していたのに、日本史専攻に変更し博士課程を修了。さらに職を得たハーバード大学で、創意工夫を凝らして「思い出に残る教授」賞まで獲得する。その筆者のバイタリティ、エネルギー、行動力には感心するばかりだ。競争社会のアメリカで生きていくためには、このぐらいでなければとてもやっていけないのだろう。

 一方で、本書を通じて痛切に感じるのは、そうした努力・がんばり・成果をしっかり評価し、認めていくハーバード大学であり、アメリカ社会である。もちろん、筆者も仄めかしているように、女性やマイノリティに対する差別はまだ残っているのだろう。それでも、本書を通じて伝わってくるのは、ユニークなこと、成果をあげることをしっかりポジティブに評価し、そしてまた次のチャンスを与えるアメリカの価値観と社会システムである。

 翻って、もし筆者は日本のアカデミアで同様なことができるだろうか?あくまでも仮定・想像の話であるが、「邪道だ」(確かに筆者の授業は学術日本史としてはかなり危うい感が満載)、「過去の研究成果を踏まえていない」、と言う批判が先に立ち、際立ったところを伸ばすとはならないのではと思う。もう昔の話になってしまうが、私が米国大学院在籍時代におつきあいした、学者を目指す日本人研究者たちの多くが、日本の大学の閉鎖性を嘆いていたこともあるし。

アマゾンの読者レビューにおいても、本書を筆者の自慢話にすぎないものとして批判する記事が複数あった。研究上の過ちを正すのは理解できるが、筆者の取り組みを否定するようなコメントは、チャレンジを讃えるよりも足を引っ張る日本社会の縮図のようで悲しい。

 一面的な米国賛美をするつもりは毛頭ないが、米国の強さ・エネルギーの根源を見る一方で、新たなイノベーションを生み出せず苦しむ日本の課題を感じさせる一冊となった。


【目次】
第1章 ハーバードの先生になるまで(大学の専攻は理系だった、ハーバード大学に行こう! ほか)
第2章 ハーバード大学の日本史講義1―LADY SAMURAI(サムライというノスタルジア、時代遅れの日本史 ほか)
第3章 先生の通知表(キューと呼ばれる通知表、学生のコメントは役に立つ ほか)
第4章 ハーバード大学の日本史講義2―KYOTO(アクティブ・ラーニング、地図を書こう! ほか)
第5章 3年目の春(歴史は時代にあわせて書き換えられる、印象派歴史学 ほか)
コメント
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