![A_c_clarke_sf60 A_c_clarke_sf60](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/38/ea53cdd8ab6342ddf2dc51709ad04fc1.jpg)
サイエンス・フィクションでゆうに70年におよぶキャリアのアーサーは、つとにスタンリー・キューブリックと作り上げた『2001年宇宙の旅』で有名だが(アーサーは原作・脚本を担当した)、日本SFの黎明期がボク自身の青少年期だったということもあって、ボクには懐かしくそして鮮烈な印象を残した作家だった(1960年に早川書房から「SFマガジン」が創刊された)。
ボクは、レイ・ブラッドベリィの大ファンであることはこれまでも公言してきた。だが、それに負けぬ程、A・C・クラークの初期作品が好きである。そして、それらの作品を60年代のテクノロジーをパラダイムにした時代に読めて幸せだったと考えるものだ。
SFと銘打たれてもブラッドベリィの場合は、ほとんどファンタジィか、幻想小説と呼んでも構わないものだが、A・C・クラークの作品は違う。時代の科学の見識や、パラダイムに一定規定されるような作品を書いている。そして、そうでありながらアーサーは時代時代のパラダイムを打ち破るような想像力とヴィジョンを大胆に打ち出して読者をうならせてきたものだ。
ボクは、そのような作品をハヤカワ・ポケット・ブックスのシリーズで読めたことを歓びとしてずっと記憶にとどめるだろう。
それまでは「貸本」だった。どうにか、本を小遣いで買えるようになるとボクは、ハヤカワSFシリーズの今で言えば新書サイズの本を買っては、まず新刊書のインクの匂いをクンクンと嗅ぐのだった。
ハヤカワ・ポケット・ブックスの小口は赤く着色してあった。ミステリーは黄色。SFは赤。それに、新書サイズの本なのに、ハヤカワのそのシリーズには、なんと函がついてくるのだ。函入りの新書判だったのだ。
だから、当然のようにA・C・クラークの偏愛の作品は、このシリーズのものになるし、現実にそれらはアーサー・C・クラークの代表作と言っていいものではないだろうか?
そして、とりわけ何と言えばいいのか人類のアドレッサンスをアナロジーさせてくれる哀しみに彩られたような『幼年期の終り』、『都市と星』をボクはとりわけ愛読したのだった。
ボク自身のアドレッサンス期をその作品で豊かに彩ってくれたA・C・クラーク! ありがとう!
あなたの好きだったスリランカの青い海に抱かれて、永久の眠りが安らかでありますように!
(ここだけの話ですが、ボクはコロンボへ行った時、あなたの住まいを探し出そうとしたことがありました。どこか、自分の十代の時に好きだったものは、ボクをミーハーにさせてしまうのです。)
(写真)ハヤカワSFシリーズより。左から『海底牧場』、『火星の砂』、『幼年期の終り』『都市と星』。