![Henry_june_anais Henry_june_anais](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/9b/0a8204ebf8c49ded4d091f21e7905bf4.jpg)
アナイスが日本でも知られるようになったのは、前の記事でも書いた『アナイス・ニンの日記/ヘンリー・ミラーとパリで』(以下『日記』。翻訳1974年11月河出書房新社原真佐子訳。現在ちくま文庫で読める。翻訳者は原麗衣となっているが、これは同じ翻訳者が改名したためで、同じ内容である。1991年4月刊)からである。しかし、この『日記』は生存者への配慮からアナイス自身の手で、大幅に削除改編されたものだと言う。
アナイスは『日記』の作者として現在は高名だが、60年代半ばから『愛の家のスパイ』(河出書房)、『近親相姦の家』(太陽社)などが、翻訳されはじめる。が、当時はほとんど一般に知られることはなかった。アナイス自身は『愛の家のスパイ』が翻訳された1966年には来日しており、『文藝』誌上で日本の作家と対談し、浴衣姿で旅館でくつろぐ写真も残されている。
最近、1990年に映画化された際の原作となった『ヘンリー&ジューン』を手に入れて読んだら、ビックリしてしまった。それは、まるでひとりの女が、内面もセックスへのあからさまな希求においても成熟してゆく姿を赤裸々に描いた官能文学そのものだったからである。
『ヘンリー&ジューン』は、先の『日記』と時期的には重なる。『日記』は1931~34年をカヴァーするものだが、『ヘンリー&ジューン』は1931年10月~翌32年10月までの1年間を無削除版としてまとめられたものだという。アナイスの日記は、日付けもないまるで内面の物語のように綴られているが、それにしてもこれはまるで別物、別のストーリーじゃないかと思える。
アナイスは(それを導き出したのは愛人でもあったヘンリー・ミラーの功績かも知れないが)実は官能文学の書き手としては相当な才能をもっていたと思う。と言うより、女性がみずからのセックスをあからさまにその欲望も含めて表現したのは、アナイス・ニン以前にはいなかったとさえ断言できるほどである。
そして、アナイスの官能文学の片鱗は、最近では『小鳥たち』(新潮文庫2003年3月矢川澄子訳)に収められた13編のエロチックな短編の中で感じることができるだろう。
アナイスは他に『ヴィーナスの戯れ』『ヴィーナスのためいき』(富士見ロマン文庫)のエロチカ二部作や『デルタ・オブ・ヴィーナス』(二見書房)などを残しているが、いずれも発表時には名前を伏せ、晩年自分の作品であることを認めたものである。
(つづく)