いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

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時折、プライベートも少々。

鹿島の人物 鈴木大蔵

2009-03-04 07:42:29 | Weblog
鈴木大蔵(政治戦略に富んだ人)
            慶応3年11月14日~昭和25年3月 ?日  享年84歳

 磐城国磐前郡(いわきのくにいわさきこおり)久保村(現・鹿島町久保)に生まれた。

 まさに日本の激動の真っ只中で、大蔵が生まれた翌日の15日には勤皇の志士、坂本龍馬(33)と中岡慎太郎(30)が暗殺されている。
 また、前年12月25日には孝明天皇(36)が没し、慶応4年は9月をもって閉じ、9月8日から明治と改元し一世一元を制定した。

 こういう世相の中で育った大蔵は、明治11年3月、久保村外、六ケ村組合小学校を卒業し直ちに同校の教師に採用されたが、2年余りで辞職し平窪村(平)の培根塾で漢学を修業。

 農事にも懸命に取り組み明治26年11月、26歳の時に菊田・磐前・磐城の三郡米作品評会において1等賞を受賞し、日ごろの研究振りを発揮した。

 明治27年に鹿島村区長に当選した大蔵は、その後再選を重ねて34年6月に村会議員に当選し、助役や収入役の職にも就き明治40年には石城郡会議員にも当選し、二期目は副議長。そして大正8年11月には鹿島村長にに選任された。

 村長になった大蔵は、それまで体得した数々の役職での経験を生かし、思考は常に何年か先を見通して定め、大胆にも且つ慎重に村政を進めた。その政治手腕に戦略的柔軟両様を見せたのも大蔵が時の村長として、鹿島村が他町村に遅れをとらぬための腐心であった。

 公職を去った後も、地域社会の世話活動や地元寺社の建立に努め生涯、大蔵と社会活動は縁が切れなかった。




 

 
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