「それと明日にでも見ると判っけども、階段側の墓のいちばん隅っこに猫の額ほどの空き地があるんです。もともと墓地として使うつもりで空けてあるんだけっども新しい檀家が出来ねえ限り畑として好きなように使っていいからない。これはもうの人らの了解済みになってっから。うん」
自分で言って自分で首を縦に振り納得してみせた。 「まだ仏様は入っていねえから安心して耕せっから」
もう一人の若いほうが悪戯っぽい目をして笑うと、赤ら顔の男とキクもつられて笑った。
キクは、この若い男の一言に緊張の糸が一気に解れたよう気がした。
隣に座っている和起の側にも女連中が交互に寄ってきては何か聞いたり冗談を言っては笑っていた。
どのくらい時間が経過したのであろうか、区長が頃合を見計らって興の中に言葉を差し入れた。
「それでは時間も大分経っていることだしキクさんも疲れていると思いますので、この辺でお開きにしたいと思いますがどうですかね」 盛り上がっている座から空かさず反論の声が上がった。 「なんだっぺ、まだ酒は残っているんだけっとも」
早くも出来上がった男が茶々を入れたものだから哄笑の渦に包まれた。
拍手が起こったが、それは区長の閉めの挨拶に対しての応えだったから皆が立ち上がり片付けに取り掛かった。
男女が手分けして行われ、座卓の積み重ねや戸締りは男で、座布団を部屋の隅に運んだり食器類をキクの住まいとなる部屋の台所まで持って行き洗うのは女の仕事になっている。
に何かある度に行われる暗黙の作業手順のようで手際が良かった。
寺から一人去り二人去りして結局、最後に残ったのはキクと和起だけだった。
集会の賑やかさから一転して、その反動が今までに経験したことのないような静寂さだけを残された。
キクと和起が居住する場所は本堂裏側の一角にある八畳一間で、本堂とは壁で遮られているので出入り口の階段は別になっていた。
部屋の横に台所と押入れがあって八畳間の中央に畳半分ほどの囲炉裏が据えられている。
笠のない電球のコードが無造作に釘止めされて天井からぶら下がり、部屋に僅かな温もりを与えてくれているような錯覚を起こすが、二人の身体を陰影にして畳に擦り付けたりもした。
「和起、大変だったな。今日からこのお寺が我が家だぞ。それにしても住む部屋は小さくても、でっかい家を持ったもんだな」
キクは虚勢とも自棄っぱちとも思われる言葉を放つと、言っている自分が可笑しくなって高笑いをした。
「婆ちゃん、ここで二人っきりになると何だかおっ怖ないような気がすんなあ」 和起が臆病風を吹かせた。 「なにが怖いもんか男のくせして。世の中に怖いものなんか何にもねえ」
キクは即座に否定して和起の顔を見ながら思い付いたように
「あるとすれば、こわめし(赤飯)かな。あれはこわい(固い)もんな。それと生きている人間も恐いな、悪いことを平気でするし他人様を泣かせたりすっからな。あとは世の中で恐いものなんか何にもねえ」
キクは、お化けや幽霊の類と比べたら人間の方が現実的でもっと恐いのだと言いたかったのだが、そこまで口にすることはしなかった。和起に得体の知れないものを想像させて更に恐怖感を与えてしまうと思ったからだ。 《続く》
自分で言って自分で首を縦に振り納得してみせた。 「まだ仏様は入っていねえから安心して耕せっから」
もう一人の若いほうが悪戯っぽい目をして笑うと、赤ら顔の男とキクもつられて笑った。
キクは、この若い男の一言に緊張の糸が一気に解れたよう気がした。
隣に座っている和起の側にも女連中が交互に寄ってきては何か聞いたり冗談を言っては笑っていた。
どのくらい時間が経過したのであろうか、区長が頃合を見計らって興の中に言葉を差し入れた。
「それでは時間も大分経っていることだしキクさんも疲れていると思いますので、この辺でお開きにしたいと思いますがどうですかね」 盛り上がっている座から空かさず反論の声が上がった。 「なんだっぺ、まだ酒は残っているんだけっとも」
早くも出来上がった男が茶々を入れたものだから哄笑の渦に包まれた。
拍手が起こったが、それは区長の閉めの挨拶に対しての応えだったから皆が立ち上がり片付けに取り掛かった。
男女が手分けして行われ、座卓の積み重ねや戸締りは男で、座布団を部屋の隅に運んだり食器類をキクの住まいとなる部屋の台所まで持って行き洗うのは女の仕事になっている。
に何かある度に行われる暗黙の作業手順のようで手際が良かった。
寺から一人去り二人去りして結局、最後に残ったのはキクと和起だけだった。
集会の賑やかさから一転して、その反動が今までに経験したことのないような静寂さだけを残された。
キクと和起が居住する場所は本堂裏側の一角にある八畳一間で、本堂とは壁で遮られているので出入り口の階段は別になっていた。
部屋の横に台所と押入れがあって八畳間の中央に畳半分ほどの囲炉裏が据えられている。
笠のない電球のコードが無造作に釘止めされて天井からぶら下がり、部屋に僅かな温もりを与えてくれているような錯覚を起こすが、二人の身体を陰影にして畳に擦り付けたりもした。
「和起、大変だったな。今日からこのお寺が我が家だぞ。それにしても住む部屋は小さくても、でっかい家を持ったもんだな」
キクは虚勢とも自棄っぱちとも思われる言葉を放つと、言っている自分が可笑しくなって高笑いをした。
「婆ちゃん、ここで二人っきりになると何だかおっ怖ないような気がすんなあ」 和起が臆病風を吹かせた。 「なにが怖いもんか男のくせして。世の中に怖いものなんか何にもねえ」
キクは即座に否定して和起の顔を見ながら思い付いたように
「あるとすれば、こわめし(赤飯)かな。あれはこわい(固い)もんな。それと生きている人間も恐いな、悪いことを平気でするし他人様を泣かせたりすっからな。あとは世の中で恐いものなんか何にもねえ」
キクは、お化けや幽霊の類と比べたら人間の方が現実的でもっと恐いのだと言いたかったのだが、そこまで口にすることはしなかった。和起に得体の知れないものを想像させて更に恐怖感を与えてしまうと思ったからだ。 《続く》
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