キクと和起が境内に顔を見せたのと同時に、本堂正面にいた何人かの内の一人が叫んだ。
「中村さんが来たぞー」
周りにいた人達が二人を見ると、一斉に小忙しい動きをして座卓の前に正座する様子が真正面から見えた。
最初に二人を見つけた散切り頭で削ぎれた頬に無精髭を生やした男が、高床を飛び降りるようにして草履を引っ掛けると足早に寄ってきた。
以前、キクが下見に訊ねた時に会っている区長の田中だった。
「皆が首を長くして待っていましたよ。遠いところを本当にご苦労様でした。ささ、どうぞ上がって下っせ」
田中は腰を低くして、ヤクザが仁義を切るような格好で片手を本堂の方へ向けて言った。
「この子が和起君けえ、頭の良さそうな子だない」
キクに月並みの世辞を言うと、和起には
「こんな辺鄙なとこさ来てたまげたっぺ。早くこの村に慣れて婆ちゃん孝行してやんだぞ」と言ってイガグリ頭を撫でた。
本堂の中仕切り襖を外して、長い座卓をコの字形に並べ男女二十数人が興味あり気に座っていた。
キクたちが縁側から本堂の畳に足を踏み入れると、皆の視線が集中して同時に歓迎の拍手が湧き起こった。
キクと和起は案内された場所に座るとキクが村人たちを前にして深々と頭を下げた。和起は周囲の状況に圧倒されてキクの脇で、鼻を付けるとカビの臭気が漂いそうな畳の目を黙って見ていた。
区長の散切り頭が立ち上がり徐に横を向いて咳払いを一つすると、それが合図のように一瞬にして雑談がとまり本堂が静まり返った。
「えー、それでは只今から、この総福寺の留守番と墓守をお願いすることになった中村さんを紹介します。既にご存知の通り、中村さんはお孫さんと二人の生活となります。慣れない所で苦労されるとは思いますが、そこは皆さんの力強よい後押しをお願いするところです」
区長の後に続いてキクが挨拶を迫られた。
「磯原の重内から来た中村キクと孫の和起です。ご縁があってこうしてお世話になるようになりましたが、生活や環境が変れば自分では良かれと思ってしたことが結果的に皆さんに迷惑を掛けてしまうような時があるかも知れません。そんな時にはどうぞ注意やご指導をお願いします。どうぞ、これから宜しくお願いします」
キクは挨拶を述べている間に無意識に何度も頭を下げていた。
再び拍手が湧く中で歓迎会は進行していった。
長机には酒やジュース、それに各自が持ち寄った手作りの漬物と煮物類が並べられた。
キクと和起は上座に座らせられて歓待を受けたが、このように皆に喜んで貰えることに重責を感じたがキクも嬉しかった。
キクは座を立ち、一人一人にに丁寧に挨拶をして回り男たちには酒を注ぎながら一通り席を回った。
気が付けば、もう外はすっかり暗くなって本堂内の裸電球だけがいやに明るく感じた。
寺世話人だという男が二人、膝を引きずるようにしてキクの側に寄ってきた。
「キクさん、私らは順回りで今年度いっぱいは寺世話人という事になっています。お寺の行事や、それに関する諸々の仕事をする訳だけっどもキクさんがここに住んでみて不平不満が生じたら、何でも構わなねえから先ず俺らに言ってくんちぇない。出来る限りの要望には答えるようにすっから」
二人のうちでは年上らしい赤ら顔の男が言った。素顔なのか酒にやけた赭顔なのかキクには判断しかねた。
更に、赤ら顔の男が続ける。 《続く》
「中村さんが来たぞー」
周りにいた人達が二人を見ると、一斉に小忙しい動きをして座卓の前に正座する様子が真正面から見えた。
最初に二人を見つけた散切り頭で削ぎれた頬に無精髭を生やした男が、高床を飛び降りるようにして草履を引っ掛けると足早に寄ってきた。
以前、キクが下見に訊ねた時に会っている区長の田中だった。
「皆が首を長くして待っていましたよ。遠いところを本当にご苦労様でした。ささ、どうぞ上がって下っせ」
田中は腰を低くして、ヤクザが仁義を切るような格好で片手を本堂の方へ向けて言った。
「この子が和起君けえ、頭の良さそうな子だない」
キクに月並みの世辞を言うと、和起には
「こんな辺鄙なとこさ来てたまげたっぺ。早くこの村に慣れて婆ちゃん孝行してやんだぞ」と言ってイガグリ頭を撫でた。
本堂の中仕切り襖を外して、長い座卓をコの字形に並べ男女二十数人が興味あり気に座っていた。
キクたちが縁側から本堂の畳に足を踏み入れると、皆の視線が集中して同時に歓迎の拍手が湧き起こった。
キクと和起は案内された場所に座るとキクが村人たちを前にして深々と頭を下げた。和起は周囲の状況に圧倒されてキクの脇で、鼻を付けるとカビの臭気が漂いそうな畳の目を黙って見ていた。
区長の散切り頭が立ち上がり徐に横を向いて咳払いを一つすると、それが合図のように一瞬にして雑談がとまり本堂が静まり返った。
「えー、それでは只今から、この総福寺の留守番と墓守をお願いすることになった中村さんを紹介します。既にご存知の通り、中村さんはお孫さんと二人の生活となります。慣れない所で苦労されるとは思いますが、そこは皆さんの力強よい後押しをお願いするところです」
区長の後に続いてキクが挨拶を迫られた。
「磯原の重内から来た中村キクと孫の和起です。ご縁があってこうしてお世話になるようになりましたが、生活や環境が変れば自分では良かれと思ってしたことが結果的に皆さんに迷惑を掛けてしまうような時があるかも知れません。そんな時にはどうぞ注意やご指導をお願いします。どうぞ、これから宜しくお願いします」
キクは挨拶を述べている間に無意識に何度も頭を下げていた。
再び拍手が湧く中で歓迎会は進行していった。
長机には酒やジュース、それに各自が持ち寄った手作りの漬物と煮物類が並べられた。
キクと和起は上座に座らせられて歓待を受けたが、このように皆に喜んで貰えることに重責を感じたがキクも嬉しかった。
キクは座を立ち、一人一人にに丁寧に挨拶をして回り男たちには酒を注ぎながら一通り席を回った。
気が付けば、もう外はすっかり暗くなって本堂内の裸電球だけがいやに明るく感じた。
寺世話人だという男が二人、膝を引きずるようにしてキクの側に寄ってきた。
「キクさん、私らは順回りで今年度いっぱいは寺世話人という事になっています。お寺の行事や、それに関する諸々の仕事をする訳だけっどもキクさんがここに住んでみて不平不満が生じたら、何でも構わなねえから先ず俺らに言ってくんちぇない。出来る限りの要望には答えるようにすっから」
二人のうちでは年上らしい赤ら顔の男が言った。素顔なのか酒にやけた赭顔なのかキクには判断しかねた。
更に、赤ら顔の男が続ける。 《続く》
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