【90,91】1953年 川合貞吉、秋田雨雀
【90】『或る革命家の回想』(川合貞吉著 1953年発行) 141P~ 金沢市立玉川図書館
さらば上海よ
娑婆へ出てみると街は五・一五事件の噂で持ち切りだった。私は当分尾行を警戒しなければならない。敵はおそらく私を泳がしておいて、私が組織と連絡するのを見届け、確証を握って再び検挙するつもりであろう。これが彼らの定法だとすると、私は当分 . . . 本文を読む
【146】2010年12月「尹奉吉義士処刑地の調査報告書」尹奉吉義士処刑地調査チーム(金秉権)
『1932年上海爆弾事件後の尹奉吉』(石川県立図書館蔵)
(一)調査の経過
一九四六年三月に尹奉吉義士の遺体が発掘されて以降、処刑場所についてそれほど関心が持たれてこなかった。「ユンボンギルと天長節事件始末記」「はらから通信」では、三小牛作業場内の医王山を遠望する「東南高台」が処刑場とされてき . . . 本文を読む
【161】荊軻「風蕭蕭兮易水寒 壮士一去兮不復還」(『史記』「刺客列伝第二十六」416頁~)
<漢文>
荊軻者、衛人也。(…略…)
於是太子予求天下之利匕首、得趙人徐夫人匕首、取之百金。使工以薬焠之、以試人血濡縷、人無不立死者。乃装為遣荊卿。燕国有勇士秦舞陽。年十三殺人、人不敢忤視。乃令秦舞陽為副。
荊軻有所待。欲与俱。其人居遠未来、而為治行。頃之未発。太子遅之、疑其改悔、乃復請曰、 . . . 本文を読む
【159】2018年 「金沢大学の衛戍監獄(動物実験室)について」(小牧純爾さんインタビュー)
Sー 『鬼才鶴彬』掲載の写真は動物実験室(衛成監獄)ですか?
小牧 この写真は間違いなく動物実験室で、塀(囲障)の入口を写した写真です。塀は当時も蔦に覆われていて、高さは五~六メートルあり、入口の幅は二メートルほどで、背をかがめずに入ることが出来ました。
塀(囲障)の入口は実験室の北側にあり、入口に . . . 本文を読む
【143,150】2008年、2011年の韓国マスコミ報道
【143】2008年6月30日「尹義士はこうして殺された」(韓国SBSスペシャル)
「日本軍の凄絶な復讐~尹奉吉義士はこうして銃殺された」
処刑地はこれまでのところ一回も公式に確認したり、検証もしてみなかった。いままで日本では尹奉吉の死刑と関連した記録は極秘に属する文書であった。防衛省(資料閲覧室)で尹奉吉義士に関する文書を直接確認し . . . 本文を読む
【117】1992年12月19日 朱鼎均さん、朴東祚さんの証言 『キョレイ通信』九号
朱鼎均さんの証言
一九四六年三月二日、居留民団(注:金沢では朝鮮連盟)で遺骨収骨作業をおこなうために、学生だった私も勇敢に飛び出して参加したのです。その当時、この場所に階段があったが、階段がなくなりましたね。
その時、この位置が確定したのは一緒に尹奉吉(ユン・ボンギル)義士暗葬の時に、念仏をした山本僧侶 . . . 本文を読む
【107】澤地久枝著「二・二六事件 在天の男たちへ」(1988年4月『別冊文藝春秋』) 石川県立図書館
三、尹奉吉の死
一九八七年十二月五日発行の『青丘文化』に辛基秀氏の「ゴミすて場にあった尹奉吉の遺体」という文章がのっています。この記事は、戦争がおわった一九四五年の十二月、東京から来た三人の朝鮮人を中心に、尹奉吉の埋葬地が掘りあてられ、白骨化した遺体が発見された経緯とのこされた記録写真を紹介し . . . 本文を読む
【106】1988年『日本大戦争 満州建国と上海事変』(原康史著)金沢市立玉川図書館
重光葵公使ら死傷の血の天長節
昭和七年(一九三二年)四月二十九日午前十一時から上海市の上海新公園で天長節(現在でいう天皇誕生日)の祝賀式が行われていた。
紅白の幕が張りめぐらされた祝賀の式壇の上には重光葵駐中国日本公使、村井倉松駐上海総領事、上海派遣軍司令官・白川義則大将、第九師団長・植田謙吉中将、第三艦隊司 . . . 本文を読む
【103,104,105】1946年、尹奉吉遺体発掘から
【103】1987年11月13日『統一日報』「遺体発掘時の写真発見」尹奉吉全集
上海爆弾義挙の尹義士
遺体発掘時(45年)の写真見つかる ゴミ捨て場で白骨化
作業従事の同胞が所蔵 火葬説くつがえる
【大阪】日帝時代、上海臨時政府のもと、抗日闘争として最も知られる三二年の「上海爆弾事件」で旧日本陸軍司令官、白川義則大将をはじめ、多くの日本 . . . 本文を読む
【98】1974年『わが抗日独立運動史』(李康勲著) 愛知県立図書館
日帝が「9・18事変」をひき起こし、短期間に、朝日が昇る勢いで満州大陸を席巻し、満足していた時期もそう長くは続かなかった。李奉昌義士の義挙によって「上海事変」がひき起こされ、十九路軍の抗戦に無敵を誇っていた侵略日本軍としては、九鼎の軽重を問う(人の権威、実力を疑うこと)はめに陥り、凶暴な侵略軍の衰退する兆しもこの時から . . . 本文を読む