■Phil Spector Presents The Philles Album Collection
(EMI / Sony Leagcy =7CD set)
もうじきに日本盤も出るという、まさに本年度復刻大賞の有力候補にもなっていたCDボックスセットではありますが、結果は賛否両論……。
個人的にも初秋には輸入盤をゲットしていたんですが、外箱に貼られていた「back to MONO」のステッカーが虚しくなるほど、リマスターに満足しませんでしたねぇ。
と最初っから絶望的な結論を述べてしまいましたが、全てはそれだけ期待が大きかった事への裏返しであって、何故ならばフィル・スペクターが一番勢いのあった1960年代前半に作られていた名曲名唱、そして名演がリアルタイムで出されていたLP単位で、初めてきっちりモノラル仕様の復刻が成されるという、実に嬉しい企画だったからに他なりません。
もちろん説明不要とは思いますが、フィル・スペクターはアメリカンポップスのひとつの完成形を提示した偉大なるプロデューサーであって、その影響力はビーチボーイズを筆頭に、以降のあらゆるロックミュージャンへ及んでいますし、ビートルズにしても例の「レット・イット・ビー騒動」の終着点からジョンやジョージのアルバム&シングル制作に大きく関わり、当然ながら世界中に夥しい信奉者が存在しているのですから、本人が重罪で服役している今であっても、こうした復刻が実現するのは歴史の流れというところでしょうか。
で、そうした功績の中で一番に評価されているのが、所謂「音の壁= Wall Of Sound」と称されるサウンド作りであることは常識とされていますが、しかしリアルタイムで発売されていた45回転のシングル盤に収められていたモノラルミックスの迫力あるサウンドを他の媒体で再現することの難しさは、これまで後追いで聴く者を混迷させる要因でもありました。
つまりフィル・スペクターが想起実現していたそれらのレコーディングには、同一楽器奏者の複数起用、平たく言えば打楽器やギター、キーボード等々を担当するプレイヤーを多人数集め、基本的にスタジオでの一発録りで作られたカラオケパートには豪勢なストリングスやホーンを分厚く配したオーケストラサウンドが構築されていながら、芯のしっかりしたリードボーカルやコーラスは幾分薄くミックスするという手法が使われていますから、選び抜かれたキャッチーな楽曲のメロディや歌詞が意外なほどリスナーに迫って来るという相反的効果は絶大!
もちろん当時最先端の情報メディアであったモノラル放送のラジオやジュークボックスを意識していたのは言わずもがな、それらは基本的に少年少女向けの流行歌ですから、高価な大出力のオーディオ装置ではなく、所謂電蓄プレイヤーで再生しても強烈な音圧を楽しめるように意図されたのが前述「音の壁」であろう、とサイケおやじは解釈しています。
ですから、必然的に33回転のLPでは音圧的に届かない部分がありますし、ましてや1970年代の再発見的なブームの中で復刻された音源集にしても、ほとんどがステレオ用のカートリッジで再生される事を前提としたカッティングプレスの所為もあり、所謂スペクターサウンドを特徴づけると定義されていた大仰なエコーばかりが強調される結果は、後々に禍根を残したというわけです。
ただし、そうした誤解は欧米でも日本でも、特にフィル・スペクターをリアルタイムで体験していなかった世代、つまり「レット・イット・ビー騒動」によってフィル・スペクターに邂逅したサイケおやじを含むリスナーには、これがそうなのか……!? という正当的解釈として罷り通っていたのも、これまた事実でした。
まあ、今となっては再発で出されていた音源のほとんどが疑似ステレオっぽいLP復刻でしか聴けなかった原因があるにせよ、そのあたりの真相はもちろんの事、フィル・スペクター本人についても堂々と教えてくれる情報なんてのは皆無だったという言い訳もあったのです。
こうして時が流れました。
そして1980年代になると、それまでは単なる懐古でしかなかったオールディズ趣味が、がっちりと大衆音楽の中でリサイクルされるという環境が整い、殊更我国ではフィル・スペクターを分かっていなければ恥ずかしいという風潮さえ、マニアックな領域を飛び越えて、広く音楽好きの間では信仰されるようになったのですから、ある意味では困った現象だと思います。
しかし虚心坦懐というか、素直に聴いて嬉しくなるのがフィル・スペクター関連の楽曲であることは隠し様も無く、ちょうどCDが普及した1991年頃だったと記憶していますが、アメリカで初めて本格的な復刻4枚組セットが登場し、続けてクリスタルズ、ダーレン・ラブ、ロネッツのベスト盤がCDで発売されるという快挙には拍手喝采♪♪~♪
ただし本物のオリジナルシングルの音を体験していた幸福なリスナーにとっては、そんなものはあくまでも偽物でしかなかった実相も否めません。なにしろCD化された諸作の音圧レベルの低さ、そして音の組成の薄っぺらな感じは、リアルタイムを知らないサイケおやじにしても正直な気持……。
ですから、1970年代から復刻されていたLPや1990年代の再発CDに満足出来ないとすれば、必然的にアメリカプレスのオリジナルシングルをゲットするしか道は無いという事なんですが、それはあらゆる事象において相当な困難を極めながら、それだけの努力は必ず報われる世界になっていたのです。
さて、そんなこんなが積み重なって今日に至れば、ついに最新リマスターをウリにした再発が気にならないはずもなく、しかも既に述べたとおり、当時出されていたオリジナルアルバム単位での企画を素通りするわけにはいきません。
とにかくそれには以下のLPを紙ジャケット仕様でCD復刻した6枚に加え、貴重なシングル盤B面収録曲を集めたボーナス盤が付くのですから、嬉しくないと言えばウソになりますよ。
★Twist Uptown / The Crystals (4000)
フィル・スペクターが実質的に主導権を握った1962年のフィレスレコードから発売された記念すべき最初のLPアルバムで、主役のクリスタルズもまたフィレス最初の大ヒットを放ったスタアグループです。
収録曲の詳細は省かせていただきますが、もちろんその「There's No Other」、もうひとつの「Uptown」というヒット曲をアナログ盤ではAB面のトップに据え、各々のシングル盤B面曲にオマケ的な歌と演奏を収めた全11曲の構成は、如何にも当時の標準的なものと思います。
しかも特徴的なスペクターサウンドが未だ確立していなかった事情の証拠物件というか、後に知ったところでは、ほとんどがニューヨーク録音だったそうですから、そのあたりの興味は深々!?
ただし一説によると、1962年秋頃の発売に合わせて各収録トラックはハリウッドで手直しされた部分もあるらしく、特に優れたスタジオセッションプレイヤーの手癖(?)が堪能出来るパートにはハッとさせられるほどです。
また私有のアナログLPは疑似ステレオ仕様の再発盤でしたから、このリマスターCDで聴けるモノラルミックスはオリジナルとは比較出来ないものの、それなりの迫力と音の分離の良さが時と場合によっては賛否両論の気持です。
★He's A Rebel / The Crystals (4001)
クリスタルズにとってはフィレスにおける2枚目のアルバムなんですが、何故か前作アルバムと収録曲にダブリがあるのは減点としか言えません。
ただし発売された1963年当時の最新ヒット曲「He's A Rebel」と「He's Sure The Boy I Love You」が入っているのは当然ながらも嬉しく、書き遅れましたが、フィレスと関係を築いた頃のクリスタルズのレコーディングで実際に歌っていたのはダーレン・ラヴであったという真相も、特にこの2曲を聴けば納得されるでしょう。
またアレンジを担当したのが、今もハリウッド芸能界の縁の下の力持ちとして有名なジャック・ニッチェであり、以降に出されるフィレス音源の大部分を担っていく仕事は要注意でしょう。もちろんセッションプレイヤーとしてハル・ブレイン(ds)、フランク・キャップ(ds,per)、トミー・テデスコ(g)、ステーヴ・ダグラス(ts) 等々の名手が固定化していった事も含め、どうやらこのあたりで所謂スペクターサウンドが一定の形を表わしているように思います。
★Zip-A-Dee-Doo-Dah / Bob B. Soxx The Blue Jeans (4002)
ボブ・B・ソックスとブルージンズは所謂「実態の無いグループ」だったようで、今ではダーレン・ラヴとボビー・シーンがメインで歌って真相も明かされていますが、当時の宣材写真や日本盤のレコードジャケットを見ると、おそらくはファニタ・ジェイムズであろうメンバーを加えた三人組になっています。
しかし、それでも主役は絶対にダーレン・ラヴ!
ヒットシングルのアルバムタイトル曲「Zip-A-Dee-Doo-Dah」のディズニーカパーらしくない粘っこいR&Bフィーリングと間奏で聴かれる摩訶不思議なサイケデリック風味のギターの音色は特筆物でしょう。
このあたりは、全くのサイケおやじの妄想ではありますが、フィル・スペクターがフィレスの専属録音エンジニアだったラリー・レヴィンと目論んだ新しい音作りの表れかもしれません。また、となれば、このグループの実態の無さも納得されて当然なんでしょうか?
正直、ヒット曲は少ないし、アルバムそのもののポップさも地味な感じですが、こうしてあらためて聴いてみると、なかなか面白みがあるように思います。
そして注目しておきたいのが、今回の再現されたオリジナル盤LPジャケットの裏面クレジットで、そこにはプロデューサーのフィル・スペクターはもちろんの事、アレンジャーのジャック・ニッチェ、録音担当のラリー・レヴィン、さらには参加したセッションミュージャンの名前までもが確実性をもって記載されており、録音スタジオがロスのゴールドスタアスタジオであったという重要機密(?)までもが明かされている現実には、当時の業界人やファンがどのくらい衝撃を受けたのか!?
そのあたりの興味も深いと思われます。
★The Crystals Sing The Greatest Hit Vol.1 (4003)
なにかアルバムタイトルだけだとクリスタルズのベスト盤と思われがちですが、確かに彼女達のヒット曲「There's No Other」「Uptown」「He's A Rebel」「He's Sure The Boy I Love You」、そして会心の「ハイ、ロン・ロン / Da Doo Ron Ron」の輝きは別格ながら、残りは他人のヒット曲の安易なカパーが中心という構成は???
しかし時代性を考慮すれば、これはこれで素敵なアルバムだと思います。
特にカパー曲の中では、以前のアルバムにも収録されていた「On Broadway」がサイケデリック期のビートルズが十八番にしていたストリングの響き、そして間奏で聴かれるミョウチキンリンなサックスの音色とフレーズ共々、今も不思議な魅力を放っているんじゃないでしょうか?
そして冷静に考察してみれば、この曲はアメリカのR&Bコーラスグループとしてはトップだったドリフターズが1963年にヒットさせているんですが、録音事情からすれば、このクリスタルズのバージョンの先見性は凄すぎるかもしれませんねぇ~♪
★Philles Records Presents Today's Hits (4004)
これはタイトルに偽り無し、フィレスレコード最初の本格的なベスト盤!
内容はクリスタルズ、ボブ・B・ソックスとブルージンズ、ダーレン・ラヴ、ロネッツ、アレイキャッツという顔ぶれのヒット曲を収めていますが、バランスを考慮したのでしょうか、中にはシングル盤のB面だったと思われる曲も入っています。
個人的には最初に手に入れたフィレスのオリジナルアルバムとして、なかなか愛聴した思い出の1枚ということで、今回の復刻では「音」を比べる作業には重点的に用いた事もあり、かなりの思い入れの強さを自覚させられました。
う~ん、それにしてもロネッツの「Be My Baby」とダーレン・ラヴの「Wait Til' My Bobby Gets Home」は、何時聴いても良いですねぇ~~♪ 素直に好きと言えます。
★Presenting The Fabulous Ronetts (4004)
さて、これが今に至るもガールポップグループのお手本的な名盤アルバム!
ご存じ、ロネッツというよりも、後にフィル・スペクターの後妻に納まるヴェロニカ・ベネットを大フィーチャーしたドリーミーな作風は永遠に不滅であり、その代名詞がスペクターサウンドの決定版となった「Be My Baby」は言わずもがな、収録された全12曲全てが最高ですよ♪♪~♪
しかもそこにはシングル盤には無い、アルバム特有の制作意図が随所にあって、効果音やミックスの魔術はモノラルバージョンでも、というよりもモノラルだからこその魅力を感じるほどです。
ちなみにこのアルバムはリアルタイムからステレオミックスも堂々と発売されていたらしく、それは如何にも1964年の業界事情だったと思われますが、フィル・スペクターとしてはモノラル優先主義だったのかもしれません。
なんとっ、後年に再発された時には、オリジナルのステレオミックをモノラルに落した「ニセモノ」も売られていて、サイケおやじが私有のLPは残念ながら、それです。また、そうした経緯もあり、今となっては「ステレオ」「疑似ステレオ」「オリジナルモノラル」「ニセモノ」等々の混在がアナログ時代からの悪しき慣習として継続されているのは十人十色の問題意識を喚起することでしょう。
ですから今回、一応は統一性のあるモノラルミックスで再発された現実は、なかなか侮れないんでしょうねぇ……。
という上記6枚のアルバムの他に、実は目玉なのが既に述べたようなボーナス盤の存在です。
ここにはリアルタイムで世に出ていたシングル盤のB面に収められていたトラックが、なんと17曲も大集成!
結論から言うと、それは主にバックのカラオケパート制作に関わっていたセッションミュージシャンによるインスト曲がメインで、中にはR&RやR&Bとは一線を画す4ビートジャズも演奏されているのですから、たまりません。
なにしろ彼等の基本は白人系モダンジャズであり、参加メンバーにはバーニー・ケッセル(g)、フランク・キャップ(ds)、ジェイ・ミグリオリ(sax)、ドン・ランディ(p)、ジミー・ボンド(b) 等々、その世界では特に有名な面々が集っていたのですから、ガチガチのジャズファンにとっても気になる再発じゃないでしょうか?
告白すれば、サイケおやじは、これが一番に聴きたかった音源なんですよっ!
ちなみにフィル・スペクターが、何故にこんな録音を残し、世に出していたかについては諸説があって、一番有力なのは優れた楽曲の不足と安いギャラで録音に参加してくれる超一流メンバーに印税を稼がせるためだったとか!?
まあ、そのあたりの真相は定かではありませんが、車の中で聴き流すとかの利用法も今では許されるかもしれませんよ。
以上、決して入門向けとは言い難いボックスセットではありますが、フィル・スペクターを聴いてみようという決意をされた皆様には、避けて通れないブツだろうと思います。
気になる音質も冒頭に否定的な事を書きましたが、再生芸術のひとつとして楽しめば、これはこれで充分に価値があるわけですし、なによりも素敵な楽曲群の魅力は絶大! あっ、このリフやキメはっ!? という瞬間やアレンジの緻密さとリサイクルされた現在までの利用履歴の面白さは、聴く度にニンマリさせられるんじゃないでしょうか。
そして登場するグループや歌手のベスト盤に進む道もありますし、何れは絶対に欲しくなるオリジナルのアナログ盤シングルへのアブナイ旅立ちも、一概に罪作りとは言えないはずです。
それだけの魅力がフィル・スペクターの作り出した諸作にはある!
そう、本日は断言させていただきとうございますが、加えて、この種の音源の復刻の難しさも痛感させられている次第です。