OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

ミミ萩原こそは女子レスラーの鏡

2024-03-17 17:22:14 | 歌謡曲

Stand up / ミミ萩原 (Orange House / 徳間音工)

一時は低迷していた女子プロレスも最近は新たなスタアも登場し、なかなかの活況を呈しているのはサイケおやじにとっても嬉しいムーブメントなんですが、思い起こせば幾度かの大きな浮き沈みがあった中でも殊更ミミ萩原がエースだった時代こそ、今日に繋がらる女子プロレスならではの本質的な魅力が前面に打ち出されていたんじゃ~ないでしょうか。

それは当然ながら、女子プロレスというショウスポーツに徹したエンタメ興行にあっては、野郎どもの熱い視線が注がれる事こそが第一義であり、その欲求を満たしていくれる女子レスラーがベビーフェイスのエースを演じきれなければ過言では無く、何も見せられないわけで…… (^^;

ですから、キュートなアイドルから転身した女子レスラー!?!

―― なぁ~んいう、格好の商品(?)が提供されるのであれば、集客&テレビ視聴率は急上昇し、しかもデビュー直後からのミミ萩原は華奢な肢体に白水着で負け続け、そのやられっぷりの良さと苦悶の表情が女子プロレス最高の見せ場を作り出していたのですから、それをオンタイムで楽しめたサイケおやじを含む当時のファンには、大切な幸せのメモリーでありましょう (^^♪

しかし、それだけじゃ~、やっぱり満足出来ないのが女子プロレスファンの欲望の深さと申しましょうか、やっぱりミミ萩原にもベルトをっ!

―― という願いが成就したのが女子プロレス転向から約3年後の昭和56(1981)年2月、オールパシフィック王座=白いベルトの奪取 (^^♪

確か……、敗れたヒールの池下ユミは引退させられた(?)と記憶しているんですが、それはそれとして、この頃のミミ萩原は苛烈なトレーニングで肉体改造というか、グッと体重も増やし、華のある身のこなしとパワーアップしたプロレス的ムーブを存分に見せつけましたから、観客やファンはヒートアップし過ぎるほどの盛り上がりとなり、そこで満を持したかの如く、女子プロレス転向後、初めての本格的歌手活動として同年7月に出してくれのが本日掲載のシングル盤でありました (^^♪

もちろん、女子プロレス興行では定番イベントである試合前の歌唱披露を前提にしていたわけですから、A面収録の「Stand up」は作詞:岡田富美子&作曲:長戸大幸、そして編曲:中島正雄が企図提供したのはメタル系ハードロックサウンドで作られたアップテンポのファイティング歌謡であり、ミミ萩原もリング上ではアクションを交えてクールに熱唱するという、このあたりは流石、アイドルシンガーとしての経験が活かされていたわけですよ (^^♪

ちなみに当時の全日本プロレス所属の女子レスラーのコスチュームは、テレビ収録試合では、それなりに大人しい(?)スタイルでしたが、それ以外の興行試合では、ハイレグ系のキワドイ衣装で、アンダー無しの着用が基本だったという伝説があるもんですから、胸のポッチや大切な部分のワレメ浮き出し、おまけに試合の流れの中では時として所謂半マン出しもあった事を付記しておきます (^^)

まあ……、そのあたりこそが女子プロレスの醍醐味であり、殊更野郎どものファンが求めるところではありますが、出場女子レスラーにしても、「見られる」事が自分達の商品価値だとわかっていたとはいえ、試合会場通路でのファンからの「お触り」に関しては、例えばジャガー横田なんかは、鬼の形相でありましたですねぇ~ (^^;

現代の女子レスラーの中には、そんなこんなを否定するが如き発言も散見されますが、「見られる」事の大切さはプロの証という真実を分かっていただきたいものです。

閑話休題。

ということで、最近はマイペースな活動に勤しんでいるミミ萩原ではありますが、冒頭に述べたとおりの女子プロレスブームが再燃している今こそ、セクシーパンサーとして大活躍していた女子レスラー時代の映像を公式発売して欲しいと願っているのは、独りサイケおやじだけでは無いっ!

それを確信しつつ、本日のブログを綴っているのでした (^^)

コメント
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