■Push Push / Herbie Mann (Embryo)
常に流行に敏感なゆえに、イノセントなジャズファンからは軽視されるハービー・マンも、しかし実際には充実したアルバムを幾つも出しています。
そしてこれは中でも、私が愛聴して止まない1971年に発売されたLPなんですが、実は告白すると、早世した天才ギタリストのデュアン・オールマンが全面的に参加しているのが、大きな魅力♪♪~♪
ご存じのように、デュアン・オールマンはオールマン・ブラザーズ・バンドでブレイクする以前の下積み時代にスタジオミュージシャンとしての実績があり、その腕前は業界でもトップクラスでしたから、例えハービー・マンがジャズに傾いた演奏をやってしまおうが、なんの問題もありません。
しかも同じセッションに参加したのが、コーネル・デュプリー(g)、デイヴッド・スピノザ(g)、リチャード・ティー(key)、チャック・レイニー(b)、ジェリー・ジェモット(b)、ドナルド・ダック・ダン(b)、バーナード・パーディー(ds)、アル・ジャクソン(ds)、ラルフ・マクドナルド(per) 等々の錚々たる面々!
ですから、これは当時流行のソウルジャズ~クロスオーバーの路線を狙ったことはミエミエなんですが、そこに尚且つスワンプロックの注目スタアだったデュアン・オールマン(g) をメインゲストに迎えるという目論見は、商魂を超えた嬉しいプレゼントでした。
尤も、私がこのアルバムの存在を知り、実際に聴いたのは1974年初頭のことで、それは楽器や集う諸先輩方からの情報によるものでしたが、リアルタイムでプロのミュージシャンを目指していた先輩達は、既にチャック・レイニーやバーナード・パーディーあたりの作り出すカッコ良いグルーヴに以前から注目していたらしく、デュアン・オールマンよりも、そっちを聴くことが第一義のようでした。
まあ、それはそれとして、やっぱり私はデュアン・オールマンですよっ!
しかも演目が、これまた素晴らしく魅力的なんですねぇ~♪
ちなみにアナログ盤は通常と異なり、片面毎に「Side One」と「Side A」に表記するという些か力の入った稚気が憎めないところで、それだけこのアルバムセッションに思い入れが強かったのかもしれません。、
One-1 Push Push
ハービー・マンが作ったアルバムタイトル曲は、もうグッと重心の低いソウルジャズの典型で、全篇を貫くソリッドなキメのリフを弾くリチャード・ティーのピアノに導かれ、祭り囃子のようなフルートが流れてくれば、リスナーは浮かれてしまうこと、必定です。
もちろんチャック・レイニー&バーナード・パーディ-、さらにラルフ・マクドナルドが加わったリズム隊のブリブリのビートは絶好調ですし、コーネル・デュプリーのチャラチャラしたリズムギターも最高!
そして気になるデュアン・オールマンは全くのマイペースで臆することなく、切れ味鋭いアドリブを存分に聞かせてくれますよ♪♪~♪
これはサイケおやじの完全なる妄想ですが、こういう演奏を聴いていると、もしもデュアン・オールマンが生きていたら、オールマンズはこの方向へと進んだような気がしています。
One-2 What's Goin' On
ご存じ、マーヴィン・ゲイのウルトラメガヒットにして、当時流行のニューソウルでは代名詞ともなった名曲なんですが、なんとハービー・マンはハープまで導入した甘々のアレンジでメロウに演じるという、実に禁断の裏ワザを使っています。
もちろんそれは原曲とオリジナルバージョンに秘められた魅力ではありますが、ハープの響きが格調というよりは、些か陳腐な感じがしないでもありません。
しかしスローテンポながら、エグ味の強いソウルグルーヴでバックアップする名手達の存在感はやはり抜群で、特にリチャード・ティーのチープなオルガンが良い感じ♪♪~♪
そこに救われてと言っては失礼かもしれませんが、結果的に侮れない魅力が横溢しています。
One-3 Spirit In The Dark
これまたアレサ・フランクリンのニューソウル期を代表する名曲で、そのゴスペル&ソウルフルなオリジナルバージョンの魅力を大切にしたここでの演奏は感度良好♪♪~♪
まずは最初のパートで展開されるハービー・マンのフルート、デュアン・オールマンのギター、リチャード・ティーのエレピによる、厳かにして神聖なムードさえ滲む会話的なアドリブイントロが素晴らしいです!
そしていよいよ本題に入るというか、じっくり構えたリズム隊が提供する粘っこいグルーヴの中、ツボを押さえたハービー・マンのフルートがシンプルに歌えば、そこはまさにソウルジャズのゴールデンタイム♪♪~♪
当然ながら演奏は徐々に白熱し、如何にもバーナード・バーディーなドラミングがビシバシと存分に楽しめますし、ここで参加しているジェリー・ジェモットのペースが暗く蠢けば、リチャード・ティーのエレピがメロウな黒っぽさを見事に表出していきます。
ちなみに左チャンネルで鋭い合の手を入れるサイドギターはデイヴィッド・スピノザだと思われますが、すると右チャンネルから控えめなアドリブソロに入るのがデュアン・オールマンだとしても、このふたりのスタイルには微妙な共通点も浮かび上がるあたりが興味深いところだと思います。
A-1 Man's Hope
で、そのデイヴィッド・スピノザの大活躍を堪能出来るのが、このヘヴィなゴスペルソウルのジャジーな演奏で、なかなかシンプルな間合いを活かしたリズム隊のグルーヴもモダンジャズ的ではありますが、醸し出されるビートは間違いなくニューソウルのフィーリングが濃厚です。
そしてデイヴィッド・スピノザのギターワークにはオクターブ奏法やテンションコードの多用によるジャズっぽいフレーズが散見されるものの、それもまた当時の流行のひとつだったと思われます。
実際、同時期のグラント・グリーンあたりの諸作と聴き比べるのも楽しいでしょう。
肝心のハービー・マンは可も無し不可も無し……。デュアン・オールマンは休憩中のようです。
A-2 If
これまたご存じ、ソフトロックの人気グループとして今日でも根強い人気があるブレッドの代表的な美メロパラードを演じてしまうハービー・マンには、全くニクイほど隙がありません。そのメロディフェイクの上手さは絶品♪♪~♪
またこういう曲調になると威力を発揮するのが、リチャード・ティーのメロウなエレピなんですねぇ~♪ デュアン・オールマンの神妙なアドリブと後半で暴れるハービー・マンのフルートがエグイだけに、尚更に味わい深く思えます。
A-3 Never Can Say Goodbye
今やスタンダード化したメロウなソウルパラードですから、ここでのスローで懐の深い演奏にしても、決して甘いだけではありません。
再び魅力的なリチャード・ティーのエレピ、ほとんど鈴木茂なデイヴィッド・スピノザのサイドギターが殊更に素晴らしく、ですからハービー・マンも実は聴き逃されている歌心優先主義を全開♪♪~♪ 演奏時間の短さが勿体無いですねぇ。
A-4 What'd I Say
そしてオーラスは、これまた誰もが知っているレイ・チャールズの楽しいゴスペルソウルなヒット曲♪♪~♪ もうここでのグイノリ&ブリブリの演奏の歓喜悶絶具合は筆舌に尽くし難いですよっ!
なにしろデュアン・オールマンがアタックの強いピッキングで十八番のフレーズを弾きまくれば、ジェリー・ジェモットのペースが饒舌に蠢き、ハービー・マンは祭囃子がど真ん中状態というテンションの高さなんですねぇ~♪
そしてクライマックスには、ちゃ~んと、例の掛け合いがフルートとギターで演じられるという、実に楽しい「お約束」が用意されていますから、本当に身も心もウキウキさせられますよ♪♪~♪ 終盤でついつい自己主張してしまうデイヴィッド・スピノザが憎めません。
ということで、サイケおやじには、何度聴いても飽きない、大好きなアルバムです。
ただし今日的な聴き方では、例のフリーソウルなんていう意味不明のブームや所謂DJ達の崇拝が面映ゆい感じじゃないでしょうか。
つまり必要以上の期待を持って聴いてしまうと、物足りなさがあるんように思います。
と言うのも、これはリアルタイムのジャズ喫茶では、ほとんど無視状態のアルバムでしたし、フュージョンブームの時でさえ、白眼視されていた事実が確かにあります、
それはロックスタアのデュアン・オールマンの参加以上に、そういうところに色目を使ってしまうハービー・マン特有のシャリコマ体質が、ジャズ者には堪えられない存在の軽さ!? だったんですねぇ、局地的かもしれませんが。
ですから虚心坦懐に1970年代初頭のソウル&ロックジャズに接する姿勢が自然に無いと、些か辛い部分があるように思うのです。
しかし、まあ、それも「時代の音」ということで、好きな人に絶対のアルバム!