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OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

春には春の洋楽

2016-03-31 17:10:46 | Singer Song Writer

Daniel c/w Skyline Pigeon / Elton John (DJM / 東芝)

洋楽にも確かに「季節物」があったのが「昭和」の良き伝統(?)で、もちろん制作側にそんな意図があったか否かは別にして、とにかくサウンドのイメージがそうであれば、我が国の発売元レコード会社はプッシュの材料にしていたわけです。

例えばエルトン・ジョンが1973年春に出した本日掲載のシングル盤A面曲「Daniel」は、スリープに記載の売り文句も「春の陽ざしに、エルトンの歌とピアノが」云々というほど、とにかくイントロからのホンワカムードがたまらないサウンド作りとハートウォームなメロディラインが如何にもの仕上がりでありました♪♪~♪

実際、その絶品の心地良さは世界中で大ウケで、エルトン・ジョンが傑作LP「ピアニストを撃つな / Don't Stop Me  I'm Only The Piano Player」のA面ド頭に据えたのも納得の名曲になっている事は言わずもがな、おそらくはメロトロンで作り出したと思われるサウンドの彩、特にイントロからのメロディ展開の素晴らしさは特筆すべきものと思います。

ちなみに曲作りの相棒であるバーニー・トーピンの書いた歌詞の内容は兄弟愛、あるいは男の友情というところから、同性愛を歌った告白ソング?

なぁ~んていう虚実入り乱れた解説&報道が洋楽マスコミから流れていたんですが、確かにエルトン・ジョンの以降のあれやこれやを鑑みれば、それも頷けない事はありません。

しかし、今となっては、戦争で傷ついた親友がスペインに旅立つという情景描写と心のざわめきを、もっと素直に受け入れてもOKじゃ~ないでしょうかねぇ~~。

なによりも、ストレートにポップス心を浮かれさせてくれる曲調の良さは絶品ですから♪♪~♪

サイケおやじにとっては、これを聴くと、思わず「春」というイメージを想起させられる、そんな「パフロフの犬」的な洋楽ヒットになっています。

最後になりましたが、このシングル盤のもうひとつの価値はB面収録の「Skyline Pigeon」で、楽曲そのものは既に1969年のデビュー時に出されていたのものですが、ここでは通称「ピアノバージョン」と呼ばれる別テイクになっているあたりは、侮れません。

うむ、それもシングル盤蒐集の楽しみのひとつでしたねぇ~~、当時は♪♪~♪

ということで、本日は年度末ということで、仕事もバタバタしていますが、昨年から今の立場となっての1年間、様々にあったとはいえ、どうにか無事にやりとおせたのは幸いでした。

そこには周囲の理解と協力、幸運というよりも悪運の強さがあった事は間違いなく、ストレスの発散という目的が少なからず表面化している拙ブログを読んで下さる皆様のご厚情にも深く感謝を申し上げる次第です。

当分は仕事から逃れられそうもありませんが、よろしくお付き合い願えれば、幸いでございます。

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ファンがあってのプロ野球でしょう

2016-03-15 14:11:06 | Singer Song Writer

行け柳田 / 矢野顕子 (フィリップス)

いゃ~、それにしても読売巨人軍の醜態は呆れるばかりで、ついには選手間で出場試合に金銭を賭けるという実態までが暴露され、当事者や球団首脳陣、関係者までもがシドロモドロの有様じゃ~、開幕を前にして、今年のプロ野球はど~なってしまうのか?

サイケおやじは特段ジャイアンツに肩入れはしていませんが、清原の覚醒剤事件から野球賭博問題、そして八百長疑惑を否定出来ないような今回の自己矛盾ギャンブルまでもがバレてしまっては、熱烈な巨人軍信者でさえも、心が冷めてしまうんじゃ~ないでしょうか。

だって、どんな言い訳を弄したって、チームが勝てば「声出し役」以外の選手がお金を取られるし、その「声出し役」は勝った事により、次の試合でも同じ立場というんじゃ~、負けた時には自分がお金を払わなければならないルールを踏まえても、これは「声出し役」≒「胴」という存在でしょう。

つまり、自分が「胴」になりたくて、意図的に負けるようなプレイをする者がいるだろう?

という推察は当たり前ですよねぇ~~~!?!

それと賭け金の額が、一桁少ないんじゃ~ないのかっ!?

等々の疑問疑惑さえ、浮かんでしまいますが、いかがなものでしょう。

また、こんなことは決して件のチームだけじゃ~なくて、他の球団にだってあるにちがいないという推察も易いわけです。

やれやれ、プロ野球の人気凋落は避けられないと思いますよ。

さて、そこで本日は我が国でプロ野球が本当に熱かった昭和52(1977)年に発売されたジャイアンツ賛歌の名曲として、矢野顕子が自作自演した「行け柳田」をご紹介です。

なにしろ歌詞の内容が当時のジャイアンツの定番オーダー、つまり「1番柴田・2番高田・3番張本・4番王・5番柳田・6番土井・7番河埜・8番吉田」と、例によって浮遊感満点の矢野顕子節で歌われるんですから、たまりません♪♪~♪

しかも実演ライブの現場では、そのオーダーが入れ替わったり、代打が出たりという面白さもあったんですねぇ~♪

ちなみに肝心の主役たる柳田とは、決してジャイアンツの生え抜きではなく、昭和43(1968)年のオフシーズンにトレードで入って来て、しばらくは代打専門職だったんですが、昭和50(1975)年頃からはレギュラーに定着し、ついには「巨人軍史上最強の5番打者」という素晴らしい称号を得るほどに活躍していたのが、それからの2~3年でしたから、この「行け柳田」が歌われてしまうのも、説得力がありましたですよ。

マムシというニックネームの強面に相応しい勝負強さを忘れていないファンも多いはずです。

そのあたりは、確か後に再びトレードで他球団へ移籍しながら、またまたジャイアンに呼び戻されたという実績からも明らかだと思います。

そりゃ~、決して柳田は記録云々で語られるような存在ではありませんでしたが、巨人ファンならずとも、プロ野球好きには強い印象を残し、柳田のような選手こそがプロ野球を本当に盛り上げるのだっ!

不肖サイケおやじは、あまりにもプロ意識が欠如した現在のジャイアンツの選手達にこそ、この歌を聴いて欲しいと願うばかりです。

あっ、矢野顕子その人については、そのうちに書かせていただきますよ。

とにかくサイケおやじは、彼女も大好きですから♪♪~♪

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高木麻早も好きなんです♪

2016-03-08 14:39:46 | Singer Song Writer

ひとりぼっちの部屋 / 高木麻早 (キャニオン)

昭和40年代後半からの歌謡フォークブームの中で、高木麻早も決して忘れられない女性シンガーソングライターです。

掲載したのは、その彼女のデビューシングルとして昭和48(1973)年に発売され、そのA面曲「ひとりぼっちの部屋」は忽ち大ヒットした洋楽カントリー&ポップス調の名曲で、もちろん自らが書いた作品ですから、その歌唱にも説得力があって当然ではありますが、特筆すべきは親しみ易いメロディーに共感性が高い歌詞を聞かせてくれる歌声から滲み出るフェロモン濃度の絶妙さ♪♪~♪

もちろん奥村チヨ夏木マリ等々に代表される所謂フェロモン歌謡の露骨なセクシーフィーリングじゃ~なくて、その程好さが、殊更野郎どもには効き目があったように思います。

実際、萩田光雄のアレンジによる演奏パートのホノボノ系カントリーロックの味わいがあればこそ、高木麻早もゆったりと自由度の高い節回しで自作の強みを活かしているんでしょうが、同時にボーカリストとしての資質が完全にサイケおやじの好みにジャストミートですよ♪♪~♪

しかも彼女には、この「ひとりぼっちの部屋」に限らず、卓越したソングライターとしての才能があって、それは以降に発売されていくシングル&アルバムの中にしっかりと記録されていますので、追々ご紹介させていただきますが、一応10年ほど活動して引退された彼女が、最近は再び歌っているという情報が入ってきましたので、本日は遅ればせながら、高木麻早をご紹介したというわけです。

そして実は早朝から、彼女のLPを引っ張り出し、針を落としているうちに、これまた当然ながら1枚も持っていないCDが欲しくなるのは、ど~しようもない欲望でしょう。

ちなみに高木麻早はヤマハ系の歌手なので、おそらくは同財団主催の各種コンテストに出た時の音源も残っているはずですし、確かラジオのDJとかも担当していましたから、例によって決定的なアンソロジーアルバムを出て欲しいと願うのは、決してサイケおやじだけではないと確信する次第です。

最後になりましたが、彼女の持ち歌の中では、スローなバラード曲が特に個人的な好みでありまして、その昔にそれもんばっかりのカセットまで作っていた前科がある事を告白させていただきます。

よし、CD買ったら、車の中でのヘビロテは既に決定!

皆様も、ぜひ、どうぞっ! 本当に和みますよ♪♪~♪

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今日は昭和の原風景

2016-02-14 16:36:03 | Singer Song Writer

池上線 / 西島三重子 (ワーナーパイオニア)

懐かしい場所を訪れて、そこが予想以上に様変わりしていた時、尚更に昔の情景や出来事を思い出すのはサイケおやじだけでしょうか。

今日はそんな街のひとつへ所用で行って来てみて、自分の二十代の頃をあれやこれやと回想してしまいました。

もちろん、そこにはリアルタイムで流行っていた歌もあって、本日掲載のシングル盤A面曲「池上線」は、そのまんまのジャストミート!

そうです、その街へは当時、池上線に乗って通い、折しも流行っていたのが西島三重子の代表曲「池上線」でありましたからねぇ~~♪

皆様ご存じのとおり、彼女が自作の歌詞には男女の別れを東急池上線を舞台(?)にしていたという、今となっては如何にも「昭和のせつなさ」みたいに情緒が感じられるわけで、そりゃ~、確かにそんなことを思っているのは当時を体験した現代の年寄りばかりかもしれませんが、実際、久々に訪れた件の街には、その頃に贔屓にしていた食堂や喫茶店も無くなったり、改装され、店名が変わっていたようですから、妙に胸キュンな気分になりましたですねぇ……。

そこもかしも諸行無常と思えば、それまでなのでしょう。

しかし、そうした気持ちもまた、人生の味わいと思いたいものです。

ということで、最後になりましたが、西島三重子の「池上線」が世に出たのは昭和51(1976)年の春でしたが、かなりのロングセラーとなり、サイケおやじが池上線を頻繁に利用していた時期は、同年末からの話です。

そういえば、その頃の池上線の車両って、不思議なレトロっぽさがあって、好きでしたねぇ~♪

うむ、あれも昭和の原風景なり!

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変わるということ

2016-02-08 17:37:53 | Singer Song Writer

Honky Cat / Elton John (DJM / 東芝)

久々に会った旧知の人物が、昔の印象と違っていた、つまりは変容していた場合、その切っ掛けは?

なぁ~んていう疑問は皆様にも抑えられなかった時があろうかと推察する次第ですが、例えば昔はネクラだった友人が、そんな事は無かったかの様に明るく、前向きになっていたりすれば、ど~しても余計なお世話をあれこれと勘繰りたくなるんじゃ~ありませんか?

もちろん、そんな事例は世の中にどっさりあって、所謂「ある日突然」の一言で片付いてしまうわけですが、そこで思い出したのがエルトン・ジョンという存在です。

何しろ皆様もご存じのとおり、1969年のデビュー時からナイーブな感性を前面に打ち出したシンガーソングライターというイメージでブレイクを果たし、「僕の歌は君の歌 / Your Song」等々のシングルヒット、そして矢継ぎ早に発売するLPに収録された秀逸な楽曲のほとんどが、確かに当時はそんな言葉はありませんでしたが、現代で云うところの「ネクラ」という魅力(?)に溢れていましたから、そ~ゆ~人が1970年代中頃にはド派手なファッションで大袈裟なステージライブを披露したり、過剰な意図に基づいて作ったとしか思えない華やかなヒットアルバムを連発した経緯には、リアルタイムの驚きがありましたですねぇ~~!?!

で、その頃にもサイケおやじはエルトン・ジョン豹変の切っ掛けをあれやこれやと考察しておりまして、そのひとつの表れが本日掲載のシングル盤A面曲「Honky Cat」だったように思いますが、いかがなものでしょう。

この楽曲が世に出たのは1972年、大傑作アルバム「ホンキー・シャトー」のA面ド頭に収録されての事だったんですが、実は同LPからの先行シングルとして既に「Rocket Man」というヒットが放たれてはいたものの、それは従来の路線を踏襲した印象が強かっただけに、いきなり中華メロディ風の飛び跳ねピアノで歌われる「Honky Cat」の浮かれた調子の良さには正直、呆気にとられて、次の瞬間には夢中にさせられました♪♪~♪

もちろんアルバム全体にも明るいトーンと華やかに雰囲気が横溢し、ですからそれまでの内省路線に沿った新曲が尚更に輝くという素晴らしい効果が見事に成功し、以降のバァ~っとした世界が開けたように思います。

確か件のアルバムは初めてアメリカでもチャートのトップに輝いたという報道もありましたですよ♪♪~♪

ということで、自らが望むのか、あるいは望まずとも、自然にそ~なったのかは知る由が無くとも、結果としての変異変容(?)が良い方向へと作用すれば、それこそ結果オーライって事なんでしょうか。

あくまでも生き様は自らが決めてこそ、それなりの意味を持つのだとしたら、流される前に流れていくのも悪くはないなぁ~、と思っています。

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春の王道歌謡フォーク

2016-02-04 17:14:31 | Singer Song Writer

ひと足遅れの春 / とんぼちゃん (キャニオン)

暦の上では今日から「春」ということで、春らしい曲の記憶を辿ってみれば、やっぱり最近は心が弱くなっているのでしょうか、ほとんど軟弱な歌謡フォークばっかりが心に浮かんでしまうサイケおやじです。

で、本日ご紹介してしまうのは、まさにそのひとつとして、昭和50(1975)年の早春に大ヒットした掲載シングル盤A面曲「ひと足遅れの春」なもんですから、我ながらせつなくなってしまいますよ……。

まあ、とにかく作詞:竜真知子&作曲:市川善光が企図したのは正直、気恥ずかしなるほどの世界であり、その解釈は全く個人の自由意志ではありますが、吉川忠英&中村弘明が担当したアレンジが実に王道の歌謡フォークとしか言えません。

それはシミジミ系のアコースティックギターと大袈裟寸前のストリングスの使用もさることながら、間奏での短いエレキギターの泣き、それなりに蠢くベースやアクセントも鮮やかななドラムスという、これが中庸を弁えた存在感♪♪~♪

ですから、とんぼちゃんと名乗る男性デュオ=市川善光&伊藤豊昇のボーカル&コーラスハーモニーもイヤミやアクがありません。

逆に言えば、ここで提出された歌詞とメロディには、これしか適応するスタイルが無いと思えるほどなんですねぇ~♪

あぁ、これはヒットして当然、ヒットしなければ歌謡フォークの神様は激怒されるにちがいありませんよ。

いゃ~、悔しいけれど、市川善光は本当に良いメロディというか、歌謡フォークのツボを押さえた曲作りは素晴らしいと素直に認めるしかありません。他にも同時期には木之内みどりの隠れ名曲「ヨーヨー」とか、ニクイなぁ~~。

ということで、最近はこうしたフォーク系男性デュオが再び人気を集めているようで、サイケおやじの勘違い、あるいは認識不足かもしれませんが、ゆずとかコブクロとか、他にも多くの人気者が出てきているのですから、例えばカラオケでこの「ひと足遅れの春」を歌ったとしても、決して恥ずかしがる必要はありません。

むしろ、そういう状況に当たり前の感謝を♪♪~♪

ということで、もちろんサイケおやじがバリバリのオンタイムだった当時は、とてもとても大っぴらにこの歌が好きだなんてこたぁ~、冗談でも口に出来ませんでした。

うむ、その意味では、今は幸せなんでしょうねぇ~~。

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そういえば新成人の頃もあったけど…

2016-01-11 15:28:28 | Singer Song Writer

20才になったら c/w  ローリング・ストーンズが鳴ってた / 古井戸 (CBSソニー)

昨日と今日、日本中が成人式なんてもので騒いでいるというよりも、成人式に集う若者が提供する(?)あれやこれや、しかもそれに事件性があれば尚更に嬉しいというマスコミ主導の年中行事には、いやはやなんともの気分に満たされるサイケおやじです。

もちろん新成人としての大人の自覚ってものは、人間社会には絶対的な必要事項だとは思いますが、それにしても激しく(?)着飾って、楽しく騒ぐという祝祭ムードには、本当に世の中の移り変わりを感じてしまうばかりです。

と書いたのも、少なくともサイケおやじの周辺では、リアルタイムの成人式なんてものは、体制側に取り込まれるお仕着せの儀式! という見方が強く、つまりはそんなところノコノコ出席するなんてのは、旧世代への迎合に他ならないという、如何にもロック的な反抗姿勢が当たり前だったんですよ。

そして当然ながら、サイケおやじは、そんな式典には出ていませんので、なにも成人式を某巨大遊園地でやったり、売れっ子タレントを登場させたりする、子供っぽい演出企画にも失笑するばかりですねぇ~~♪

さらに深読みすれば、そこに集っている新成人は選挙権を与えられるわけですから、そういう楽しみを提供した、ありがたぁ~い施主として、選挙で選ばれる首長や議員の先生方がその場に居並び、顔を売るという絶好の機会でありましょう。

そんなふうに思えば、そこで使われる税金についても、何かふっきれないものを感じますが、ただし、それで双方が納得出来れば、あえてツッコミを入れる当事者もいないわけで……。

結局、サイケおやじが嘆いてみても、なんらの問題提起にさえならずですか。

さて、そこで本日は成人式に事寄せて、加奈崎芳太郎とチャボこと仲井戸麗市が組んでいた古井戸が昭和52(1977)年に出した隠れ名曲「20才になったら」をご紹介させていただきます。

ご存じのとおり、古井戸は昭和40年代後半の歌謡フォークブームで売れたデュオで、その空前の大ブームを牽引していた吉田拓郎や泉谷しげる等々と同じく、エレックレコードに所属していた所為もありましょうが、所謂「四畳半」と呼ばれた私小説的フォークソングや軟弱な抒情派フォークの味わいにハードな本音や反抗的姿勢をミックスさせた芸風(?)がありましたから、女性ファンが多かったのは当然であり、また今日の先入観よりもずぅ~っと野郎どものファンがそれなりに存在していたという現実がありましたですね。

で、この「20才になったら」はシングル盤B面曲でありながら、有線放送で流れる事もありましたから、当時かなりの人気があったのでしょう。実際、加奈崎芳太郎が自作自演で歌う、それは恥ずかしながらサイケおやじも否定出来ない、心に滲みるフォークソングの決定版!

 そんなに急がないで
 越えていくための道は遠い

という一節が、実に琴線に触れてしまうのです。

一方、ついでと言っては失礼千万、メーカーがイチオシのはずのA面曲「ローリング・ストーンズが鳴ってた」は、仲井戸麗市が作詞作曲、そして自ら歌った当時流行りのウエストコーストロック風のラブソングなんですが、歌詞の中の迷い道的煮え切らなさとは相反するような大野雄二のアレンジが賛否両論でしょうか。

う~ん、失礼ながら、せっかくの素敵な曲タイトルが、どうにも真価を発揮しているようには思えません……。

ちなみに仲井戸麗市は、後にストーンズっぽいサウンドにシフトしたRCサクセションに合流したわけですが、その時代に「ローリング・ストーンズが鳴ってた」を歌う事はあったのかなぁ~~~。

等々、本日も不遜な事ばっかり書いてしまい、申し訳ございません。

という事で、新成人だった頃なんて、遥か大昔のサイケおやじにとって、「成人の日」が毎年不定期に変わるという現実そのものに対しても納得していません。

ど~して本日は休みなのか?

という意義が曖昧になってしまう気がしますし、無暗矢鱈に連休を作ってしまう為政者どもの魂胆が、それも選挙の票集めに繋がる思惑みたいな……。

今年に限らず毎年、成人の日は天邪鬼な気分で過ごしています。

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ユーミンはファッションも教えてくれるよ

2016-01-04 15:49:53 | Singer Song Writer

やさしさに包まれたなら c/w 魔法の鏡 / 荒井由美 (東芝)

今年の冬は本当に暖かいですねぇ~♪

ですから着るものに躊躇する皆様もいらっしゃるでしょう。

実際、今日なんかもコートなんか必要ないって所もあるはずで、このまんま春になったら後が怖いと思っているのはサイケおやじだけではないはず?

ということで、本日掲載したユーミンのシングル盤ジャケ写こそが、発売された昭和49(1974)年新春のファッションがど真ん中♪♪~♪

実際にレコードが世に出たのは確か春になっていたと思うんですが、ユーミンが撮影されたのは多分その前の冬の時期だったでしょうから、そ~ゆ~心積もりで眺めてみれば、今年の冬の装いの参考になるかもしれませんよ。

なにしろ流行は繰り返しますからねぇ~~♪

肝心の収録曲「やさしさに包まれたなら」は説明不要かとは思いますが、もちろんユーミン自作による初期の代表作のひとつで、確か当時はお菓子のCMソングだったと記憶していますが、なかなかふわふわした気持ちにさせてくれるので、サイケおやじは聴いた瞬間に好きになりましたですねぇ~♪

ところが、これまた説明不要かもしれませんが、サイケおやじが最初に私有したレコードにおける「やさしさに包まれたなら」はユーミンの傑作LP「ミスリム」だったんで、そこで聴いた印象が大きく異なっていたのには???の気分だったんですよ。

つまり、同曲はラジオ等々で流されていたCMバージョンとアルバムバージョンでは完全に別物という真相があったわけです。

まあ、このあたりはありがちな現実でしょうが、そこでもしやと思い、中古ながら掲載のシングル盤をゲットしたところ、これまた完全に別バージョンという罪作り!?

いや~、本当にマニア泣かせというか、とりあえずシングルバージョンは各種ベスト盤に収録されてはいるものの、問題のCMバージョンって、なにかパッケージ化されているんでしょうか?

もしかしたら、ファンクラブ用のアイテムとか存在していたら怖いですよ。

ちなみに、このシングル盤をゲットして、もうひとつ発見したのが、B面収録の「魔法の鏡」までもが、前述したLP「ミスリム」収録の同曲とは別バージョンという恐ろしさ!?

ただし、こちらはサイケおやじに刷り込まれた免疫が無い(?)所為か、アレンジが異なっていても、それほどの違和感はありませんが、皆様はいかがなものでしょう。

しかし、それはそれとして、思えばユーミンほどファッションに敏感な歌手が長いキャリアを有していると、残されたレコードジャケット各々にもリアルタイムの流行が反映されているのは当然ですよねぇ~~♪

今や老人から少年少女まで、共通の話題に出来るユーミンであれば、その服装センスもまた老若男女の拠り所になりうると思っています。

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年の瀬や 空にくじらが 飛ぶかぎり

2015-12-30 16:04:48 | Singer Song Writer

空飛ぶくじら / 大瀧詠一 (ベルウッド / キングレコード)

ここ最近、体調が悪く、失礼致しました。

おかげ様で回復基調というか、少しずつ上向きの気分で年末年始を過ごせそうです。

ただし昨年のように特集的なエロジャケ盤のご紹介は、流石に年賀欠礼の身としては自粛させていただきます。

さて、そこで掲載したのは折あしくも命日である大瀧詠一が昭和47(1972)年に出した自己名義のソロシングルで、もちろんここで「自己名義」としたのは、当時の大滝詠一は、はっぴいえんどのメンバーであり、楽曲そのものも後にアルバム収録された時には同バンドのべス盤に入れられたという経緯があるからです。

しかし現実的なレコーディングセッションには、はっぴいえんどの他のメンバーは参加しておらず、どうにか作詞に江戸門弾鉄を名乗った松本隆、そして作曲に多羅尾伴内=大瀧詠一のクレジットがありますから、如何にも苦肉の策かもしれません。

そして肝心の楽曲「空飛ぶクジラ」が、はっぴいえんどっぽく無いわけで、クラリネット等々を入れた、これがなかなか親しみ易いホノボノ調の仕上がりなんですねぇ~♪

このあたりを評論家の先生方や大瀧詠一本人は、「封印していたビートルズ」を解禁した云々みたない話でオチをつけようとしたみたいですが、サイケおやじとしては、あまりそれに拘っていません。

ご存じのとおり、大瀧詠一はロックミュージシャン、あるいはシンガーソングライターというよりも、既にプロデューサーとしての音楽活動をメインにしていた感があり、だからこそ如何様にも好きな歌や曲を制作出来る立場に入っていたのですから、幅広い趣味性を公にしたところで節操云々という事は批判の対象にはならないでしょう。

平たく言えば、大瀧詠一がソロ名義で制作する楽曲の多くが所謂「パクリ」でありながら、決して「盗作」の誹りを受けないのは、故人が偉大なるコラージュ作家だったゆえの事と思うんですよ。

だから残された歌や演奏には様々な洋楽の元ネタがちりばめられ、それを解明するのがコアなマニアの証とするファンも大勢存在し、そうした人達の前で大瀧詠一を軽んじたりすれば、忽ち「お前は分かっていない!」とか「洋楽ファンでは無い!」とかバカにされ、極言すれば仲間には入れてもらえないという、本当に閉鎖社会の象徴であるはずが、実際は誰にも気持ち良く楽しめる世界が大瀧詠一の音楽でしょう。

ただし残念ながら、これは好みの問題なんですが、故人のボーカルの特性が時には「なめくじ」とまで称されるほどのクセがあり、あぁ、こんな事を書いてしまっては皆様からのお叱りは覚悟せねばなりませんが、だからこそ大衆的なヒットの世界からは縁遠かったのが当時の大瀧詠一だったんじゃ~ないでしょうか。

逆に言えば、本人を筆頭に、これほどマニアックなレコードを作る日本人ミュージシャンは稀だったのが当時の実情だったような気がします。

つまり本人が自分で望むレコードを作っていたという趣味性の極みこそが、大瀧詠一の真骨頂かもしれないのです。

説明不要とは思いますが、今や誰もが知っている山下達郎や佐野元春、シャネルズ=ラッツ&スター、松田聖子や太田裕美に至るまで、大瀧詠一が関わった制作作業のあれやこれやは、見事なまでのポップス歌謡として既に「日本語のロック」だとか、「ニューミュージック」なんていう曖昧にして便利な括りを必要としないものになっていますよねぇ~♪

あくまでも個人的な思いですが、サイケおやじは「空飛ぶくじら」を聴く度に、今日の「J-POP」が確立した過程における大瀧詠一の存在を強く意識せざるをえません。

ということで、今年の個人的総括は明日にさせていただきますが、それにしも本年は私的激動の連続でありました。

そこで本日ぐらいは、ホノボノと過ごしたいと願い、「空飛ぶくじら」に針を落としたというわけです。

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寛容な憂鬱

2015-10-21 16:22:29 | Singer Song Writer

ブルー / 渡辺真知子 (CBSソニー)

その昔、亡くなった妻の遺品を整理していたら、所謂元カレとのツーショットが数葉出てきたと言って泣き出した先輩がいました。

そりゃ~、もちろん、その亡くなった奥様にも思い出は大切にしたいという気持ちがあったはずだし、そういう「人格」をも認める事が夫婦としての努力と存在意義でしょう。

ただし、泣いていた件の先輩は失礼ながら性的能力に些かの患いがあったようで、男としての本領が発揮出来ない時期があり、結局は子供にも恵まれないまま、妻に先立たれたとあっては、サイケおやじも複雑な心境で、その時はどのような言葉もありませんでした。

それでも翻ってサイケおやじがその先輩の立場であったなら、露骨な話ではありますが、妻の元カレよりも、自分の方が圧倒的な回数のセックスをやらなければっ! という強迫観念に囚われるのは必定と思うばかりです。

もちろん、セックスは回数よりも密度という常識(?)もありますし、あえて若い頃からセックスレスを実践している夫婦も、この世には少なくないはずです。

でもねぇ~、やっぱり遺品の中にそ~ゆ~ものを見つけてしまったら、自分の境遇は情けなくも惨めだという不条理に苛まれても当然という気持ちは、否定出来ません。

ということをツラツラ思い出しながら長距離の移動をしているサイケおやじの耳に蘇ったのが渡辺真知子が自作自演で昭和53(1978)年秋に大ヒットさせた本日掲載のシングル盤A面曲「ブルー」であります。

その内容については、あまり多くを書きたくはありません。普通に聴けば「女歌」でありますが、せつない男の歌としても充分に共感を覚えてしまうからこそ、ロングセラーになったんじゃ~ないでしょうか。

あぁ、なんだか今日は不条理な気分が優先しています。

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