Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めてII

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印集めが趣味です。

知覧特攻平和会館 三角兵舎(2017年9月25日見学)

2017年10月24日 | 旅行、その他
知覧町護国神社本殿の真後ろに三角兵舎の案内板がある。

どんなものなのでしょうか。

とりあえず行ってみましょう。


【縁起】
三角兵舎は特攻隊員の宿舎でありました。
敵の目を欺くた為、松林の中に半地下壕をつくり、
屋根には杉の幼木をかぶせ擬装してありました。

各地から集まった隊員はニ~三日後には雲の彼方、
沖縄の空に散華されました。

出撃の前夜はこの三角兵舎で壮行会が催され、
酒を汲みかわしながら隊歌を唄い、薄暗い裸電球の下で遺書を書き、
また別れの手紙等をしたためて、出撃して征ったのです。

ここに三角兵舎を復元して当時を偲ぶよすがとするものであります。


【三角兵舎】



【庄覧平和観音】


知覧ではなく庄覧となっていました。

庄覧というのがよく分かりませんね。


【兵舎内部】


山小屋よりはスペースがあって快適そうだ。

ちょっと不謹慎かな。(^^;




垂直尾翼。

本物かは分かりません。






彼等の笑顔が逆に悲しみを誘う。

馬鹿な軍部上層部と政治家によって彼等は特攻で散ってしまった。

生まれてくる時代が悪かったとしか言いようがない。


敗北は決定的なのが分かっていたのに、
日本民族が滅ぶまで戦争を続けようとした愚かな軍部と政府。

軍部上層部や政府によって、
どれだけの罪も無い老若男女が死んでいったことか。

さっさと7月26日にポツダム宣言を受諾していれば、
原爆による20数万人の死者が出ることも無かったし、
ソ連による北方領土を奪われることも無かったかも知れない。

当時のアメリカは原爆実験をしたくて仕方なかっただろうし、
ソ連は北海道まで侵略したかったから、
ポツダム宣言を日本が受諾したとしても、
歴史は変わらないのかも知れない。


だけど、無能で残忍な軍部上層部や政治家達によって、
多くの国民が死んだことに変わりは無い。

国民の命を虫けらのようにしか思っていなかった軍人や政治家達は、
靖国神社に神として祀るのは有り得ないと思っている。

純粋にお国の為に死んでいった戦士達は別ですけどね。


あ、言っておきますが私は左翼ではありませんよ。(^^;

真ん中よりちょっとだけ右曲りのダンディーです。(笑)


なんにせよ戦争は二度とやってはいけない。

そして尊い命を犠牲にした戦士達がいたことを、
我々は決して忘れてはならない。




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