Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めてII

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印集めが趣味です。

高成寺(2015年7月12日参拝)

2015年08月17日 | 若狭観音霊場


ちょっと海を見に。





うみ~。

やっぱええわ~。(^^

癒されます。


海を堪能した後は小浜公園近くにある高成寺へ。



所在地:福井県小浜市青井1-11-1
宗派:臨済宗南禅寺派
御本尊:千手観音菩薩
創建:暦応2年(1339)
開基:大年和尚
札所:若狭観音霊場、北陸三十三ヵ所観音霊場


【縁起】
もとは足利尊氏が全国に建立した安国寺のひとつで若狭国安国寺とされます。

康永3年(1344)に火災により焼失すると、
若狭国守護職の大高重成が大年法延和尚を招き再興、
大高重成の名前から寺号を高成寺に改称しています。

当時の高成寺は寺運が隆盛し塔頭40余院を擁する大寺で大きな影響力がありましたが、
室町時代に入ると度重なる兵火により多くの堂宇が焼失し衰微し、
瑞厳寺の雲居禅師が看護しています。

江戸時代に入ると小浜藩主京極家から庇護され、
京極家が移封になると酒井家の家老や家臣達の菩提寺として庇護されます。


【総門】


なかなかお洒落な雰囲気を感じます。

総門横に無料駐車場がありました。


【山門】




お~、立派な山門じゃないですか。

先に進むのが楽しみになった。


【中川淳庵先生之碑】





【千賀玉斎先生の碑】





【鐘楼堂】



【庫裏】


禅宗らしい庫裏ですね。
大本山クラスの立派なものでした。


【松の根地蔵】





【本堂】



【内陣】


本堂内には入れました。

白い御前立の十一面観音の後ろに御本尊がいらっしゃいますが、
残念ながら御尊顔を拝することは出来ませんでした。

写真では見れましたけどね。(^^;


【境内】


広い境内で向こうに見えるのが山門です。


【観音像】



【方丈】



【地蔵尊】





【瑞雲院】


塔頭でしょうか。


【稲荷社】



【山門】


見仏的には少し物足りなかったですが、
立派な伽藍を見て満足しながら最後の寺社へ向かう。


【御朱印】

圓照寺(2015年7月12日参拝)

2015年08月16日 | 若狭観音霊場
小浜市内中心部から少し離れて圓照寺というお寺へ。

こちらで大日如来を拝仏させていただきます。



所在地:福井県小浜市尾崎22-5
宗派:臨済宗南禅寺派
御本尊:大日如来
創建年:文安元年(1444)
札所:若狭観音霊場


【縁起】
創建は天智天皇の御代と伝えられ、遠松寺と称し真言宗に属した。

慶長17年(1612)越前杣山城主瓜生氏の娘、
了岳慶智尼の発願によって今の場所に臨済宗として再興され圓照寺と改めた。

近世臨済宗中興の祖白隠禅師が、29歳で当山三世鉄堂和尚に参じている。
寺の由来は昔、春日明神の神託によって刻まれた大日如来像を、
奈良三笠山より若狭堂谷の地に遷して一宇を建立し、
ここに奉安して遠松寺と号したのに始まります。

のち南川の大洪水による災害から、
文安元年(1444)対岸の現在地に移して円照寺と名を改め、
真言宗より臨済宗に改宗しています。


【参道】


近くに無料駐車場があります。


【山門】



【鐘楼堂】



【大日堂】




このお堂は通称大日堂と呼んでいるが、
実は坐禅堂で寛政7年(1795)に第七世大提方演禅師が再建している。

拝観料400円を支払い奥様の説明付きで拝見させていただく。


【内陣】


撮影不可でしたので画像はネットで拾ったものです。


藤原時代の作の2メートル50センチもの大きさの大日如来(重文)、
左右に不動明王(重文)、観世音菩薩が祀られていました。

大日如来は平等院鳳凰堂の御本尊を模したと云われています。


三体とも地味な印象がありますが、
なかなか見応えがある仏様達でした。

さすが若狭国ですね。(^^


【本堂】


本堂の拝観は出来ませんでした。
どうせなら本堂も拝観させてくれれば良いのに。


【池泉庭園】


江戸初期に作庭されたもの。

この池にモリアオガエルが現れるそうです。


【モリアオガエル】


泡状の中に産卵するんですね。




オタマジャクシなんて久しぶりに見たわ。

お寺がちゃんと世話をされてるんですね。(^^


【鎮守社】



【境内】





【御朱印】



奥様に良い対応していただき感謝です。


ただ、近くの妙楽寺に参拝し忘れという失態はしたけど。(^^;

正法寺~栖雲寺(2015年7月12日参拝)

2015年08月14日 | 若狭観音霊場
小浜市の寺町界隈にあるお寺を幾つか巡ります。

まずは小さな如意輪観音がいらっしゃる正法寺へ。

若狭観音霊場の一つです。
無料駐車場がありました。


<正法寺>
所在地:福井県小浜市小浜大原37‐1
宗派:真言宗泉涌寺派
御本尊:如意輪観音菩薩
創建:元暦元年(1184)
開山:不明
札所:若狭観音霊場



【縁起】
正法寺の御本尊如意輪観音は平安末期の縁起物語に登場する。

時は元暦元年(1184)、佐渡島巡検使船に忽然と現れて、
その使命を果させた老翁が帰還着岸の間ぎわ、
小浜港坂尻浦にて我を信ずること篤く久しかったことを謝して入水した。

ところがその後、夜々海中に金色の光がさすので、
その時の浦の長、大橋五郎左衛門なるものが海中に入り、
光り耀く仏像を脇に挾んで拾い上げ、堂を上山に建てて奉安した。
そして浦の名を仏谷と改め、長の名を脇左衛門と称したと伝える。


【正門】



【本堂】


とても小さなお寺です。


【茶筅塚】



お寺の方が御不在で拝観出来ず、
御朱印いただけずでした。

さて常高寺へ向かうか。




ナビを頼りに行くもここで行き止まり。
常高寺には専用の大型駐車場があるのに何でやねん。

ここから山門へは行けないし困っていたところ、
目の前にお寺があった。

栖雲寺という若狭観音霊場のお寺で、
事前に調べる限りここは拝観出来そうになかったので、
スルーの予定だったんですけど、
ダメ元で寄ってみました。


<栖雲寺>
所在地:福井県小浜市小浜大原2
宗派:臨済宗妙心寺派
御本尊:阿弥陀如来
創建:文明15年(1482)*諸説あり
開山:潤甫周玉
札所:若狭観音霊場


【縁起】
若狭国守護職武田国信の嫡男信親が創建し、
建仁寺の僧潤甫周玉を招聘して開山したとされている。

その後、衰退した栖雲寺を武田信親が再興。

潤甫周玉が没した天文17年(1548)以後は無住となったが、
その後、小浜領主浅野長政や京極高次からも寄進を 受けるなど保護された。

もともと現在の常高寺の場所にあったが、
寛永7年(1630)常高寺が創建された為一時断絶し、寛文2年(1662)現在地に再建された。

武田信親の法号栖雲寺殿から寺号とした菩提寺である。


【山門】


駐車場は無いけど山門横に停めさせていただいた。
ここは絶対警察も取り締まらないので安心です。


【本堂】



【鎮守社】



【本堂内陣】


御朱印をお願いすると本堂に上げていただいた。

有難い。(^^






真ん中の薬師三尊像をはじめ阿弥陀如来坐像等が祀られていた。
いいですね~。

本堂の外見からは想像出来ない煌びやかな内陣でした。(^^




こちらは聖観音ですかね。


【御朱印】



本堂内に入れて本当に良かったと思えるお寺でした。

多田寺(2015年7月12日参拝)

2015年08月08日 | 若狭観音霊場
まさに神の存在を感じられるような若狭姫神社であった。

名残り惜しいがいつまでもいるわけにもいかない。

次は仏様を感じようと多田寺へ。
こちらは霊験あらたかな薬師如来がいらっしゃいます。

楽しみや。



所在地:福井県小浜市多田27-15-1
宗派:高野山真言宗
御本尊:薬師如来
創建:(伝)天平勝宝元年(749)
開基:(伝)勝行上人
勅願:孝謙天皇
札所:若狭三十三ヶ所観音霊場、北陸白寿観音霊場



【縁起】
「多田のお薬師さん」の通称で親しまれている多田寺。

勝行上人が多田ヶ岳に籠って100日間の修行を行い、
霊威を感じて薬師如来立像を安置し、
堂宇を建立したことが始まりとされています。

薬師如来は苦行や病から多くの人々を救い、
その霊験は時の女帝・孝謙天皇にまで伝わりました。

孝謙天皇は重い眼病を患い、懸命な治療を行っても治らなかったのだそう。
そこで多田寺を訪れ眼病平癒を願ったところ、
たちまちにして快癒したといわれています。

薬師如来の功徳に喜んだ孝謙天皇は山林と田畑を寄進しました。
石照山の山号と医王閣の勅額を賜り、多田寺は孝謙天皇の勅願寺となりました。

また開祖である勝行上人は孝謙天皇の眼病快癒や地域社会への功績により、
地方の無名僧侶から仏教都奈良・東大寺の僧に抜擢され、
出世を果たしたことから、多田寺は「出世薬師」としても
信仰を集めるようになったといわれています。

「奈良の薬師寺」・「出雲の一畑薬師」・「若狭の多田薬師」と、
日本三大薬師と広く知られるようになりました。


【山門】



【仁王像】




阿形は大型ナイフというか小刀を持っているようですね。

これはちょっと怖い。(^^;


【貼り紙】


拝観料を支払おうと思ったら、この貼り紙がありました。(泣)

マジかーーーー?

何でやねん。

_| ̄|

両手両足ついて、こんな感じで崩れ落ちたわ。(号泣)


今まで御朱印をいただけなくて残念だったことは結構あったけど、
そんなこととは比較できないほど凹んだわ。

拝観出来ると思って出来ないツラさは筆舌に尽くし難い。


【本堂】




開いてないかなぁと思いつつ行ってみたけど、
やっぱり閉まってました。(泣)


【薬師三尊像】


画像はネットで拾ったものです。

見たかったな~。


【多聞天】


こんな凶暴そうな顔の多聞天は見たこと無い。

実物は見てないけど。(泣)


【十三重塔】



【観音像】




何やら観音さんにすがるお爺さんお婆さんの姿が。




こ、これは。。。

可愛いっちゃ可愛いが。(^^;


【地蔵尊】







【御堂】



【八十八ヶ所霊場入口】




めっちゃ荒れてる。
ここ数か月以上、人が歩いた気配なし。

蜘蛛の巣も鬱陶しいし、これ以上登るのは止めた。

こんな荒れてたらお大師さんもお嘆きだろう。


【大師堂】



【狛犬】


これはポチですよね?(苦笑)

これぞ正真正銘の狛犬です。


【地蔵尊】




お地蔵さんの前にあるブロックが残念ですね。


【花】


花の美しさも慰めにならず。


【御朱印】




書置きが置いてありましたので三種類ともいただきました。

他にも三方五湖にある札所の御朱印もありましたが、
今日は参拝するつもりがないので、いただきませんでした。


【感想】
とにかく拝観が出来なかったのがショック。

12月から3月は休みと聞いていたが、
まさか今日がダメとは思わなかったよ。

拝観する際は事前に予約か確認しておきましょう。

萬徳寺(2015年7月12日参拝)

2015年08月06日 | 若狭観音霊場
若狭彦神社から近い場所にあるのが萬徳寺というお寺。

こちらには私好みの建物があるので寄るしかないでしょ。(^^
とても長閑なところにあります。

大型バス用と乗用車用の二カ所の無料駐車場がありました。



所在地:福井県小浜市金屋74-23
宗派:高野山真言宗
御本尊:阿弥陀如来
創建:不明
開山:覚応法印
札所:若狭観音霊場



【縁起】
応安年中(1368~1374)安芸円明寺の覚応法印が各地を廻り、
この地にあった天台宗極楽寺を正照寺と改め真言宗を広めました。

戦国時代若狭国を領した守護大名武田氏が、
当寺を祈願所とし天文13年(1544)罪人は入寺すれば助かるという、
若狭唯一の「駆け込み寺」となりました。

元亀年間兵火により焼失したが後再建し、
慶長7年(1602)城主京極高次の寄進をうけ、
空性法親王の直筆の萬徳寺の額面を賜り寺号を萬徳寺と改めた。

江戸時代、寛永11年(1634)酒井忠勝が小浜藩主となった以後も、
真言本寺としての庇護をうけ、代々の祈願所として崇敬が深い。


【山門】


山門というより通用門という感じでした。

庫裏の受付で拝観料を支払い境内へ。




こちらも山門なのかも知れないが、
勅使門といった感じ。

普段は閉まっていて、貴人が訪れた時のみ開くのでしょう。


【玄関】


まずは書院に通される。


【書院】





【萬徳寺庭園】


蓬莱式枯山水庭園が見事。

これは拝観料を取れる庭園です。

この庭園を見ながら御住職の説明を聞いてから自由行動。(笑)


【上壇の間】


江戸時代の藩主の休憩する間だったとか。




藩主は天皇家とは関係ないしなぁと思っていたら、
皇太子殿下もここで休憩されたそうです。


さすがに恐れおおくて中に入れませんでした。


【位牌堂】




隣の蔵とくっついているようです。




位牌がずらり。


【萬徳寺庭園】




延宝5年(1677年)に小浜藩主酒井氏の命により築造された枯山水庭園。

真ん中の大きな主護石は大日如来を表わし、
両脇の4つの石は阿閦如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来で、
斜面にある多数の小石組みは諸仏が座る小さな蓮台を表現しているそうです。


【鐘楼堂】



【鎮守社】



【書院】


茅葺屋根の刈込みがたまらない。

ここからは靴を履いて上の本堂へ行きます。

勝手に見てちょうだいというスタイルで、
扉だけきっちり締めてください、と御住職から一言だけ言われました。


【蓮池】



【石段】



【書院】




いいですね~。
この素朴な感じがたまりません。(^^


【萬徳寺庭園】





【本堂】




一つ目の石段を登ったところ。

趣のある本堂です。

早速内陣に入らせていただいた。

荘厳な飾りもなく実に質素な内陣です。
でもそれはそれでいい。

少し高い位置に御本尊の薬師如来が祀られていた。




撮影不可でしたので、画像は若狭おばま観光協会より拝借。

とても優しい表情とお姿をされていました。
さすが重文です。


【書院】


何処から見ても良いですな~。(^^

これで見納めです。


【御朱印】



とても落ち着く良いお寺でした。
お勧めします。

若狭神宮寺(2015年7月12日参拝)

2015年08月04日 | 若狭観音霊場
大満足の明通寺の次は奈良東大寺と繋がりのある神宮寺へ。

有名な古刹だけあって、
こちらにも観光バスが来ていた。



所在地:福井県小浜市神宮寺30-4
宗派:天台宗
御本尊:薬師如来
創建:(伝)和銅7年(714)
開基:沙門滑元
勅願:元正天皇
札所:若狭観音霊場



【縁起】
元正天皇の勅命により和銅7年(714)に泰澄大師の弟子沙門滑元の創建したと伝わる。

鎌倉初期、若狭彦神社別当寺神宮寺と改名。

七堂伽藍二十五坊を誇りましたが豊臣時代に寺領を没収され、
さらに明治初期の廃仏毀釈によって衰微しました。

室町時代に朝倉義景の寄進により再建された本堂(重要文化財)は現存。

奈良東大寺二月堂で行われる「お水取り」に先がけて、
毎年3月2日に行われる小浜市神宮寺の「お水送り」の行事があることで有名です。



【表門】


無料駐車場に車を停めていざ参拝。

京都の嵯峨野にあるお寺のような雰囲気です。


【本堂】


団体さんが本堂内にいるらしく、
本堂前にバスのドライバーさんや添乗員がいて、
撮影がなかなか出来ず。(^^;


【仰龍洞】




これはゴマラー好みの建物じゃないですか~。(^^




茶室のようですね。

中に入りたかったけど、
私達のような一般ピープルは入れません。(泣)


【本堂】




まずは外陣に入る。

内陣は事前に予約しないと入れないのですが、
団体さんがいるので内陣に入っていいと、
受付けの方に聞いたので入った。(^^

団体さんのお陰で得することはある。

だって外陣から覗くのと内陣に入って御本尊を見るのとは、
雲泥の差ですからね。(^^


【内陣】


写真撮影不可ですので、画像はネットで拾ったものです。

厳かな雰囲気の中、薬師三尊像、十二神将、不動明王、
十一面千手観音、多聞天の諸仏がずらり。

素晴らしい。

その素晴らしさに言葉が出ない。

陳腐な表現だけど感動しました。

しかし、内陣は暑かった。
扇子を持っていたから良かったものの、
無かったらつらかったと思う。

御住職さんのお話も長いので、
暑い時期は扇子かウチワが必須です。


【仰龍洞】



【奥の院】


重文の木造男神・女神坐像が祀られているそうです。


【開山堂】





【稲荷社】



【石仏】



【スダジイ】







【閼伽井戸】






お水送りの儀式はここの水を汲み、
遠敷川白石の鵜の瀬に注ぐことから始まります。


【お水送り】


東大寺二月堂のお水取りの「お香水」汲みは有名な春を告げる行事ですが、
そのお香水は若狭鵜の瀬から10日間かけて、
奈良東大寺二月堂「若狭井」に届くといわれています。


【仁王門】


御朱印をいただいて次の所に向けて車で走っていると、
偶然見つけた。

お寺から数百メートル離れてるもんだから、
危うく見逃すところであった。(^^;

鎌倉時代末期に再建されたもので重要文化財。

よく見ると注連縄がありますね。

これは非常に珍しい。
私も記憶に無いですね~。

これは恐らく神仏習合の意味合いがあるのでしょう。


【仁王像】


至徳2年(1385)造立されたもの。


【参道】


昔はこの一帯がお寺の土地だったんでしょうね。


【御朱印】

天徳寺(2015年7月12日参拝)

2015年08月02日 | 若狭観音霊場
今日は明通寺、若狭姫神社、羽賀寺等、
素晴らしい寺社が多い若狭・小浜を堪能する、がテーマです。

ガキの頃は若狭の海水浴場によく連れていってもらったけど、
大人になってからは全然行って無かったので、
久々の若狭となります。

楽しみや。(^^


まずは瓜割の滝近くにある天徳寺へ。

名水公園の無料駐車場に車を停め、
名水を飲ませてもらった。

めちゃめちゃ美味い。

今まで寺社で名水や霊水をいろいろ飲んできましたが、
これが一番美味かったです。(^^



所在地:福井県若狭町天寺38‐3
宗派:真言宗
御本尊:馬頭観世音菩薩
創建:養老7年(723)
開山:泰澄大師
札所:若狭三十三観音霊場、北陸三十三観音霊場



【縁起】
泰澄大師四十二歳の時にこの地を選んで、
馬頭観世音菩薩像を刻み宝篋山の巌洞に安置されたのが創まりと伝えられ、
天徳元年には村上天皇の勅願寺として斉田二十町が寄進された。

また正治元年には源頼朝の菩薩を弔う為、
二位尼により法華堂が寄進建立されました。

南北朝の兵乱をはじめ雪崩や火災により堂宇の多くを失い、
現在の観音堂は明治三十二年に再建されました。
 
当寺の四国八十八ヵ所石仏の由来は文化年間、
住職の夢枕に立たれた弘法大師のお告げで、
小浜の善左衛門が佐渡ガ島へ石仏注文に出かけると、
浜辺にすでに荷造りされた石仏が天徳寺行の大幟と共に用意されていたということです。

境内の「水の森」に湧出する清水は水量豊富で瓜が割れるほど冷たい為、
「瓜割の霊水」と呼ばれ全国名水百選にも選ばれています。

この他天徳寺庭園も江戸初期の庭として著名であります。


【馬頭観世音道】



【山門】



【客殿】




最初はここが本堂だと思ってた。

まぁ、どう見ても客殿や方丈の造りしてますが。(^^;


【天徳寺庭園】






庫裏で御朱印をお願いすると、
奥様に本堂はあっちですよ、と言われて初めて間違いに気付く。(^^;


【境内】



【鐘楼堂】


ファイト一発!


【観音堂】


めっちゃ良い雰囲気です。




こちらが本堂にあたり、御本尊が祀られています。


【内陣】


ピンボケ失礼。(^^;

17年毎に中開帳されるそうです。


【梵鐘】


何故かこんな所に置いていた。


【鎮守社】



【修行大師像】



【石仏】



【石造八十八ヶ所霊場】




うーむ、膝に悪いから今回は泣く泣く華麗にスルー。

またの機会にお邪魔します。(^^;


【鳥居】


鎮守社で岩上神社というらしい。


【本殿】



【狛犬】



【稲荷社】



【御堂】


こちらも階段がキツイのでパス。

なんか納骨堂のような気がするけど。


【御朱印】


三種類の内二種類をいただきました。

弘法大師の御朱印は次回に大師堂を参拝してからいただきます。