Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

エンキ・ビラル「バンカー・パレス・ホテル」

2005-06-30 13:35:54 | cinema
バンカー・パレス・ホテル【字幕版】

ビデオメーカー

1989フランス
監督・脚本:エンキ・ビラル
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、キャロル・ブーケ他


近未来らしい設定
どうやら政府が革命により転覆状態。
地下にある「バンカーパレスホテル」に招集される高官たち。
そこにもぐりこむ羽目になった女性革命家
いつまでたっても現れない大統領
そして死や破滅の気配が忍び寄る。

SFかというとそうでもない。
グランドホテルものみたいな設定だけど、それほどの人間ドラマはない。
サスペンスかというとそうでもないし。
ハードな設定を借りたファンタジーなんだろう。

白濁した酸性雨の豪快な降りっぷりにはもうほれぼれ。
くすんだ独特の映像タッチと、建物や機械類のちょっとリンチの
イレイザーヘッドあたりを思わせるセンスもツボ。
ロボットまがいの音楽家やらメイドやらが出てきて、しょっちゅう故障してるのも変。
またそれをすぐ直しちゃうおじさん高官もなんだか笑える。
(と思ったら、そいつも・・・)

革命を象徴する「禁じられた言語」の使い方も渋い。
最後に大統領自身がその言語を使うというところもなにやら象徴的。

あとエレベータ。
エレベータの仕様に妙にこだわりがあって、内部に椅子があるやつとか、
部屋が幾つもつらなってドアがないやつとかがでてきて面白い。
エレベータにこだわる映画って好きだな。
(ってリンチくらいしかすぐには思い出せないけど)

あと出演者が妙に有名どころなのが不思議。

エンキ・ビラルさん
ユーゴスラビア生まれ。フレンチコミックの第一人者。
この作品のほか、「ティコ・ムーン」1997「ゴッド・ディーバ」2004あり。
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ブラザーズ・クエイ「ベンヤメンタ学院」

2005-06-30 11:06:53 | cinema

「ベンヤメンタ学院」
1995イギリス・ドイツ・日本
監督・脚本:スティーヴ・クエイ、ティム・クエイ
脚本:アラン・パス
原作:ローベルト・ヴァルザー

ブラザーズ・クエイの作品で唯一近所のTSU●AYAで発見したもの。
初の長編にして実写版ということらしい。

服従を唯一の学習内容とする「ベンヤメンタ学院」
そこに入学するヤーコブ。繰り広げられる謎めいたレッスン。
モノクロの霞がかかったような幻想的な画面に、死の匂い立ちこめる頽廃的荘厳差をもつ学園の手触り。
セリフも英語やドイツ語がいろんな訛りで言葉数少なくつぶやかれる。

う~ん古巣にまた戻ってしまった・・・・

ストーリーは途中から画面の雰囲気にとけ込むようにこれまた幻想の世界へ・・・
はっきりいって大好きな世界です。
といいたい所ですが、不覚にもすこし寝てしまったので詳しいことがますますわからないのです(^^;)

でも私、好きな世界を描かれると寝ちゃう体質なので、やっぱりいいんじゃないでしょうか。

資本に日本のイメージフォーラムが入っている。

他のクエイ作品も見たいな~どうもビデオもDVDも日本語版なさそう。
(amazonヒットせず)
きっと全集が出るんじゃないかと何となく予感。

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デヴィッド・リンチ「デューン/砂の惑星」

2005-06-29 11:30:50 | cinema
デューン/砂の惑星 劇場公開版<ニュープリント・スクイーズ>

ジェネオン エンタテインメント

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笑って楽しんでしまった。
ストーリーは普通の?スペースオペラな内容なのに、
必要以上にディテールがリンチっぽいガジェットで溢れている。

なんだか知らないけど巨大な水槽に入っている偉そうな巨大ぬめぬめ化け物とか。
そのおつきの人は妙な翻訳機通してしゃべっているし。
そもそもこんな異星の超未来に、デューンの原住民でさえ英語ぺらぺらなのに
なんでこいつは英語話さない?
(まあ英語が辺境語なのか)

男爵の顔の崩れ具合は一瞬フランシス・ベーコンの絵みたいなアングルがあったし。

砂漠の虫もいかにもリンチらしい出で立ち。
怖いというより気色悪いし格好悪い。

しかもその虫を「乗りこなす」って、虫が巨大なあまり、
どうみてもただ虫の表面にへばりついてるだけじゃない?

スティングはなんで出てきたの?

なんていっているうちに終わってしまった^^;

カイルはもちろんのこと、
おおあれはエヴェレット・マックギルじゃないかとか
出た出たジャック・ナンス
というピーカー的楽しみもありました。
マイナーなところではミゲル・ファーラーのお父さんが出ているとか・・・

ドゥーリフさんも出ていましたね。

どーでもいい感想になってしまった。
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東京は暑いっす

2005-06-28 19:00:37 | diary
先週末、Aちゃんがバスケの試合に行き、右足を捻挫して帰ってきた(^^;)
電話連絡を受けた私、保険証をもって病院で合流することに。

病院に着き、保険証を差し出したら、よく見たら
Aちゃんの扶養が入ってるやつじゃないほうの保険証だった(^^;)

なすすべもなくもう一度家に取りに帰った・・・・
いい歳してなにやってるんだか・・・・

**

今日は、新聞の折り込み広告に、某薬局で某ダイエットフードが大安売り!!

妻「お金あげるから買ってきて」
私「はっ」(敬礼)

薬局までは調べたら徒歩30分くらい?
よぉし散歩だ・・・・

と歩き始めたが・・・暑い・・・・

意外と早く目指す薬局に。
目を皿にして(って最近言わない気がしない?)店内を見回す・・・
・・ないぞぉ・・・

お店の人に聞く
「×××ありますか?広告に載ってたやつ」
「ああ×××ね・・・・えっと・・・あれ~?・・・う~んと・・
・・・・・売れちゃったみたいですねー(にっこり)

にっこりって、そ・そんなぁ~ぁぁぁぁ・・・・

無性に頭に血が上ってきたので、近くのショッピングセンターをしらみつぶし。
どこでも「メーカーで品切れなのでいつはいるかわかりません」だと。

暑いし精根尽き果てて、散歩はやめ。
お散歩ルックのまま電車で涼しく帰り、運気回復をかけてスタバでアイスラテを飲む。

う・うまいっ
夏はアイスラテだねっ(;;)なんだか泣けた・・・
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クリストファー・ノーラン「メメント」

2005-06-28 13:55:26 | cinema
メメント

アミューズソフトエンタテインメント

2000アメリカ
監督・脚本:クリストファー・ノーラン
原案:ジョナサン・ノーラン
出演:ガイ・ピアース他
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なかなか手の込んだ秀作でした。

過去の記憶はあるが、ある時点から短期記憶がすぐに失われてしまう障害を持った男が主人公。
ついさっき起きたことや、いつも会っている人のことなどをすぐに忘れてしまう。
彼はどうやら、妻を殺害した犯人を探し復讐しようとしているらしい。
しかし記憶の障害のため、重要な事柄はメモや体に刻むタトゥーやポラロイドカメラで残す。
彼はとうとう犯人を発見し、復讐を遂げたかに見えたが、
本当にそうなのか?記憶(メモ)は裏の裏に裏返り、本当のところはいったい・・?

視点を主人公からの視点に据え、時間軸を巧みに組み替えてある。
なので、観る者の想像と裏切りを巧みに誘導する。
とってもスリリングだ。(すりりんごと打ってしまったよ)

記憶を失うという設定が、単にアイデアレベルでなく、
時間軸と各プロットの作りに深く関わっている。
その上、ちゃんと記憶が失われることによって起こる事柄をしっかり検証して
セリフが書かれている。
ほんとうによくできた脚本だ。

というか、よくできすぎている(笑)
リンチの「ロスト・ハイウェイ」や「マルホランド・ドライブ」の持つ
危うい時間感覚に通じるものがあるけれど、
リンチのもつ、他の部分でのノワール感やサイコな雰囲気は薄い。
よくできすぎているが故に、すべてが光の元で展開してしまう。

エンタテインメントとしてはいいですね。最後までどきどきする。
でもなんだかリンチが大手を振って歩きだしちゃった~みたいな感じで、
ちょっと気恥ずかしかった。
私的にはもうちょっとサイコな暗さが欲しいな・・・

<追記>
エンディングにデヴィッド・ボウイを使っているところもリンチっぽい!
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ミュージックバトン参戦

2005-06-27 16:48:25 | music
なんだかな~と思いながらも結構喜んで参戦(笑)

●コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量
(Total volume of music files on my computer)

 4.67GBでした

●今聞いている曲
(Song playing right now)
joy
YUKI


 YUKIのjoyは名作ですねえ。元気があってイイです。

●最後に買ったCD
(The last CD I bought)
スーベニア
スピッツ, 草野正宗, 亀田誠治
ユニバーサルミュージック

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 これだったと思います。最近金欠で全くCD買えません。

●よく聞く、または特別な思い入れのある5曲
(Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me)

 こいつあムズカシイや~ということで適当に・・・

 1.「サンフラワーの歌」猫沢エミ
  泣けます。エンディングのストリングスが最高にいいかも。

 2.「Strawberry Fields Forever」THE BEATLES
  これぞ私のビートルズ原点なので。

 3.「マタイ受難曲」J・S・Bach
  レオンハルト指揮、ラ・プティット・バンド演奏のです。
  奇跡のボーイソプラノが聴けます。

 4.「サンシャイン」スピッツ
  「冬」をサウンドにしてしまった秀作

 5.「Like A Rolling Stone」Bob Dylan
  未だにスリリングな歌と演奏

●バトンを渡す5人
(Five people to whom I'm passing the baton)

 3人で許してください。
 犬の眼さん
 うねさん
 アキ先生

 3名様、すみませんこんなのがまわってきました。
 ご迷惑でしたらばあっさり無視してくださいませm(__)m
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フランソワ・トリュフォー「大人は判ってくれない+あこがれ」

2005-06-27 12:22:27 | cinema
あこがれ・大人は判ってくれない〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選1〕

ポニーキャニオン

1959フランス
監督・制作・脚本:フランソワ・トリュフォー
音楽:ジャン・コンスタンタン
出演:ジャン=ピエール・レオー他


このところ映画づいているのは、某TSU○AYAの半額クーポンのせいです。

 素行の悪いアントワーヌ・ドワネル君13歳。
 学友達も素行はみんな悪いんだけど、なぜだかドワネル君、不運だったり不器用だったりで
 なんか目立ってしまう。

 ある日学校をサボってしまうが、それが運の尽き?
 とっさに嘘で弁解するがすぐにバレる。
 もう家に帰れないと思った彼、友人の助けを借りながら家出生活。
 なんだかんだと雪だるま式に悪事が重なっていき、少年鑑別所行きになる。

しかし、あまりドワネル君悪者には見えない、普通の少年だ。
両親はそれぞれに関心事が子供以外にあって、子育てに感心がない。
学校の先生も表面的なことだけで物事を判断する。
そのあたりの無関心さがドワネル君を陥れているのでは??

トリュフォーがインタビュウで語っているが、
少年時代って何をしても重大な罪のように言われる。
皿を割っても罪なのだ。
そういう感じでドワネル少年は罪人になっていく。
だからドワネル君は等身大な感じなのだ。普通の物語なのだ。

随所で映像的快楽を満足させてくれる映画だった。
学校さぼって行く・・なんていうのかな、回転する筒のなかに入って
遠心力で筒の壁に張り付いちゃう遊具・・・とか、
護送車の窓から眺める街の夜景とか、
高いところから見下ろす生徒達の行進とか・・・

で、やっぱりラストの海へ至るドワネル君のランニングシーンと
エンディングの表情。
う~んかっこいいぞ・・・・


しかしこの映画にしろ「操行ゼロ」にしろ、昔のフランスの初等教育って
こんなに非人間的というか、堂々と懲罰的だったんだねえ
今の日本と比べてどっちがいいともいえないだろうけど・・・・

**

「あこがれ」は短編。
こちらも冒頭からずーっと続く自転車の疾走感がとても映画的に気持ちいい。
マイケル・チミノに見せてやりたいな(笑)
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ジャン・ヴィゴ「新学期 操行ゼロ」

2005-06-27 08:40:26 | cinema
新学期 操行ゼロ

アイ・ヴィー・シー

1933フランス
監督・脚本:ジャン・ヴィゴ
撮影:ボリス・カウフマン
音楽:モーリス:ジョベール




29才で他界した監督ジャン・ヴィゴの
死の前年の有名作。
 
 カトリック系寄宿学校での新学期。
 家族の元から学校へ戻ってきた生徒達。
 厳しい規律の一方で悪ガキぶりを発揮する子供達。
 3人の悪ガキがクーデターを企てる。
 卒業式の日、そのクーデターは実行される・・・

まだサイレントに毛が生えたようなサウンド。
カット割りも基本的にはサイレントのそれだ。
だから切りつめられた台詞が出るたびに鮮烈な印象を与える。

一見清楚な女子生徒が後半活躍する。
彼女がここぞというタイミングで吐くXXXな台詞もよく際だっている。

革命前夜の祭りを思わせる、有名な羽毛のシーン。
スローモーションや逆回しなどの「新鮮な」技法をつかって
まるで時間の止まった楽園のような美しさだった。

ひとり変な教師が出てくるのが印象的。
若い新任教師で、他の教師とはどうも毛色が違う。
某喜劇俳優のまねなんかして遊ぶし・・・・
新しいタイプの大人ということなんでしょうか。
ジャン・ヴィゴ本人の投影だったりするのかもしれない。(憶測)

当時としてはスキャンダラスな内容だったようで、45年まで公開はされなかったそう。
ボリス・カウフマンは後に「十二人の怒れる男」などを撮る人。
モーリス:ジョベールはトリュフォーの映画などでも活躍する。

ところで「操行」ってなに?

 平生のおこない。品行。身もち。素行。
 「―が悪い」「―点」
 (三省堂「大辞林 第二版」より)

なるほど~
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J=L・ゴダール「新ドイツ零年」

2005-06-24 10:27:15 | cinema
新ドイツ零年

紀伊國屋書店

1991フランス
監督・脚本:J=L・ゴダール

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そしてゴダールの「新ドイツ零年」につなげようという意図はかっこよかったが、
こ・こいつは手強かった。

「アルファヴィル」のレミー・コーションが再登場。
ベルリンの壁の崩壊後、西への出口を求めてさすらうが、なかなか道は見いだせない。

くすんだ色彩でつづるレミーの足取りに、
さまざまなソースからの引用が随所に差し挟まれる。
ロッセリーニの無防備都市やドイツ零年からの引用はわかったが、
あとは、ナチスの蛮行のドキュメンタリー映像や、他の古い映画からの引用、
詩や小説からとおぼしき朗読や文字の引用、
ディーラーなどの絵画の引用から成っている。

音声も文字も、フランス語、ドイツ語、英語が錯綜し、とても字幕では追いつかない。

これらの多重化されたメッセージをなんとか理解しないとこの作品はつらいだろう。
タイトルのとおり、テーマはドイツに象徴されるヨーロッパとアメリカの歴史なのだ。
積み重なるイメージによって壁崩壊後にも意識される歴史の壁にさえぎられ、
レミーは西にたどり着けないのだろうか。
レミーの歳の取り方が疲弊したドイツの歴史そのもののようだ。

わずか60分あまり。
凝縮された歴史への言及という感じは「映画史」にも通じる感覚あり。

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ロベルト・ロッセリーニ「ドイツ零年」

2005-06-23 13:30:46 | cinema
ドイツ零年

アイ・ヴィー・シー

1948イタリア
製作・監督・脚本:ロベルトロッセリーニ

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1947年の廃墟となったベルリンで撮影された。
都市まるごと本物の傷跡なのだ。
イタリアのレアリスモの迫力と前衛性は、こういう「本物感」にも支えられていただろう。

 病弱な父を抱える家族、
 アメリカ兵からもらったタバコを売り家族を支える娘、
 ドイツ兵だったことを隠すため閉じこもる兄、
 そしてなんとか家族のために収入を得ようとする少年。

 その家族を疎ましく思う家主、少年に弱肉強食の世界観を説く元教師、
 盗みや詐欺を働く大人たち、
 家族を取り巻く状況は厳しい。

 少年はそうした中たくましくも純粋に立ち回るが、
 追い込まれ恐ろしい罪を犯してしまう。

冒頭の字幕とナレーションにあるように、
道徳や信仰や慈悲に根ざす行いこそ人間の根底となるべきで、
イデオロギーの暴走がどれだけ深い傷をもたらすか、
この映画はきわめて直接的に訴えている。

この廃墟と少年の傷を世界は教訓とすべきだったのだ。
(1本の映画では所詮無理なことなのか??)

戦争では恐ろしい数の人間が死んでゆくけれど、
今風にいえば、それ以上の数のPTSDが残されていると考えてみよう。
それこそ国民や民族丸抱えでPTSDを背負うのが戦争だ。
これが人類にとってよいはずはない。

この映画はそのことを、戦争の傷跡のまっただ中で描き訴えたのだ。
説得力があるし、今見ても訴えるものがある。
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むしむし

2005-06-23 10:52:17 | movelog

梅雨は苦手である。
後頭部が鈍く重くなって、ノドの奥が膨満する感じがする。
これはとてもウツさんの到来に似ている

昨日は診察日だった。
・梅雨というか湿度が悪い影響をもたらす
・職場や仕事の夢をよく見るようになった
という2点を話そうと思っていたのだが、
お医者さんに「チェンバロ始めましたか?」と振られて、
つい、ピアノとチェンバロの発音構造の違いと、弾き心地への影響について
だらだらと講釈を垂れてしまい、
肝心の夢の話をするのを忘れてしまった

どうも時々、この先生のやっていることは本当に医療行為なの?という疑問が頭をよぎる。
クスリは変わらず。
便秘のクスリは飲む量を調整しているのであまり気味なので今回は出さないことに。
眠剤も変な気を起こしたらそれなりに行ける量までたまってきたので、今回は停止。
もちろんためていることは先生には内緒。
怪しまれないように今回意図的に一時停止にした節がある。
(自分のことながらどうしてそうしたのかはっきりわからない)

自分はなぜ眠剤をためているのだろう。
眠れているのにもういりませんとなぜ言わないのだろう。
早朝覚醒が怖いから?
無意識が何かに備えているのだとしか思えない。

俺よ、なにを考えている?

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ロベルト・ロッセリーニ「無防備都市」

2005-06-22 13:40:56 | cinema
無防備都市

アイ・ヴィー・シー

1945イタリア
監督:ロベルト・ロッセリーニ
脚本:セルジオ・アミディ、フェデリコ・フェリーニ

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どうして攻殻機動隊からロッセリーニに行くのか?
それは誰にもわからない・・・

戦争3部作といわれる連作の1作目。
ドイツ軍の占領下にあるイタリア。
対ナチレジスタンス活動家。
捜査の手が近づいてきたため、神父を頼り逃亡を図る。
しかし、情婦に密告され、神父共々拘留される。
レジスタンスは拷問を受けるが、無残な姿になりながら秘密を守り死ぬ。
神父はナチへの協力を拒否し、銃殺刑に。

大筋はこれ。
だけど実際にレジスタンスの活動が描かれるコトはなく、
戦時下の市民の生活の諸相の中での出来事として描かれるのが、
この映画の深いところ。古さを感じさせないところ。

名作なのでなにも重ねて言うことはない。

撮影時はドキュメンタリーとしてスタートした。
なので実際の戦時下の民衆やドイツ兵が写っている。・・・
・・・というのはこの映画だったっけ?(怪しい!)

制作年(1945)からみると、まさにこんな映画作って無事なの?というタイミング。
あと露骨に同性愛的描写が出てくるところも意外な展開。

映画の資料がほとんど実家にあるので残念。

<追記>
脚本はフェデリコ・フェリーニ。
イタリア映画界の脈を感じますね。



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↑なにとぞぼちっとオネガイします。
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押井守「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」

2005-06-21 12:43:57 | cinema
GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊

バンダイビジュアル

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懸案だったけれどやっと観た。

「イノセンス」は、「面白いけれどもうひとつ踏み込みが欲しい」
という欲張りな感想だったのだが、
こっちのほうは、詰め込みがすっきりしている分、
描く世界の肌触りをきめ細かく描いていて、ぞくぞくさせるし、わかりやすい。

ネット経由で会話しながらの戦闘シーン、ぼそぼそした事務的な会話、
生の感情のこもった会話、様々な音声が、シチュエーションに応じて変調させられ、
重層化する。
そんな肌触りがよく描かれている。
一つの近未来像としての「コミュニケーションの多重化」を
感覚的に表現している。

ただ、ネット経由の音声がなぜアナログ変調してしまうのか、
突き詰めるとやや疑問。
こういう細部を突き詰めるともっと風変わりな表現がありそう。
たとえばグレッグ・イーガンのように・・・

そういえば頭のなかに多様な声が響く様は、
これはグレッグ・イーガンが好んで描く、脳神経のツール化に伴う風景に似ている。

イーガンの世界は映画化が困難だろうと思っていた。
映画的に魅力的なガジェットは溢れんばかりに登場するくせに、
肝心の最大のキモはどう考えても可視化不可能、概念や認識の物語だからだ。
でも、攻殻機動隊の映像を見ていると、このチームなら間接的ながらも
イーガンのキモを「見せて」くれるかも知れない・・・などと夢想した。
草薙少佐が「人形遣い」にダイブしてからのシークエンスなんかに
その可能性を感じた。
香港の市街の描き方なんかもイメージぴったし。

イーガンの話になってしまったが、実際イーガンとは同時代展開しているこのシリーズ。
どうしても比べてしまうと、細部の徹底した「未来化」という点では
完全にイーガンに軍配。
あのレベルでこのアニメを作り込んでくれたら、もう言うことはありませ~ん。

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マイケル・チミノ「天国の門」あげいん

2005-06-21 09:18:56 | cinema
天国の門

20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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ぷち里帰りの際、蓮実重彦御大が「天国の門」について書いたものを読み返す。
御大はおそらく「短縮版」を観た上での執筆と思われるが、その主旨を乱暴にもまとめてしまうと以下のようなものだ。

天国の門はいかにも短い。
この欠如感は短縮されたという事実によるものというより、
この監督の資質によるものだ。
チミノには「フィルム的官能性」が徹底して欠落している。
高度に映画的と言える馬車も、戦闘地そばの川や湖も
まったく活用されていない。
こうした「映画的な」アイテムが活用されるにはもっと長さが必要であり、
この映画の欠如感はそうした点から来ている。


さて、私は逆にオリジナルの長尺版を観ており、短縮版は未見。
オリジナル長になった天国の門はこの欠如感を払拭しているか?

っていうとやっぱり「短い!」と感じざるを得ない。
いったいどれだけ長ければ満足するんだろう・・・

御大の言ってた馬車については、おそらく短縮版ではカットされたであろう、
無意味に集落を走り回るシーンで、それなりに運動性を映画的にアピールできたかもしれない。

けれど、せっかくのワイオミングの素敵な遠景は
まるで書き割りのように平坦な背景としてしか扱われないし、
移民の日常生活が実はほとんど描かれていないし。

そのくせ、狼の生け捕りの話など魅力ある細部をいっぱいつぎ込んでいるから、
もっともっと潤いのある描写があるんじゃないかと期待し、見続けてしまう。

でも細かい挿話は挿話としてそれっきりほっておかれる。
これはもう作品の長短の問題ではなく、御大の言うように監督の資質の問題なのだ。

で、この映画出来がいいか悪いかというと、やっぱり出来の悪い超大作だろう。

それでもこの作品、妙に忘れがたい味わいというか魅力があるなあ。
蓮実御大的にいうと凡庸な説話論的な構造をしっかりなぞりながらも、
ときおりそこから逸脱しそうな、抑圧された細部がこの作品にはいっぱいある。
その細部によい意味でもっと拘泥していれば、正しく超大作となり得た作品ではなかったか?

だから私的には、出来の悪い映画だけど好きな作品だなあ・・・
ということで~もう一度みたい・・
・・けどやっぱやめとくか(苦笑)
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ぷち里帰り

2005-06-20 13:04:46 | diary
週末は私の実家へ子連れお泊まりをしていました。

実家はとにかく物が多い家で、子供(私と妹)が巣立っていってからは、
3部屋くらいが物置と化して、屋内ジャングル状態。
3人分のお泊まりの寝床をつくるのも大変。

ときおり掃除してやるぞ~と思い立って訪ねるんですが、
毎回毎回物量に圧倒され断念
もちろん今回も断念。

一番まずいのは、私が所有する本とレコード(CDじゃないのだ~)
これを今の家に持ってくるのは自殺行為、家庭争議のモト。
しかし処分するのも惜しい・・・う~ん
と考えた末、結局放置プレイ(←かれんさん風)

写真のにゃんこは実家のにゃんこぴーこちゃんのそっくりさん。
ほんもののぴーこちゃんは事故にあい、公開出来ない面構えなのですよ。

**

片づけは断念し、日曜は妹のところに行くことに。(妹初登場)

彼女は結婚し神奈川県の結構いなかに住んでいる。
実家から車で1時間くらい。
(私は免許はあるが運転歴は限りなく0なので、
70になる父親に運転させる親不孝・・・・)

妹の家には幼稚園に通う男の子と1才の男の子がいる。
いや~かわいい盛りだね。
うちの子もこんなだったようんうん。
とかいいながら、うちの子と一緒になって
1歳児のほっぺをプニュプニュしたり、「あっちょんぶりけ~」を教えたりして遊ぶ。

3世代勢揃いでお昼ご飯を食べ、ライオンキングのビデオなんか観て、
帰る。

**

で、なにもしてないくせに非常に疲れた。
思えば東京・神奈川ぐるり周遊みたいな移動コースだったし、
帰りが遅いので昼のクスリ(眠くなる)を夜まで飲まずにいたし。

で夜に昼のクスリを飲み、夜のクスリも飲んだ。
そのせいか、今朝は爆睡・今起きたし、
うう~だる~い
(しまった、ぷちOD?(爆))

今日は夜チェンバロです。
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