Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

資格もしくは水準

2007-05-31 09:08:47 | diary
先日ベルトルッチ「ドリーマーズ」について書いたが、その後某氏とコメントでやりとりするうちに、自分がトリュフォーとレオ(の68年当時の映像)をすっかり混同していたことがわかった。

過去映像で演説しているのがトリュフォーで、映画中で演説しているのがトリュフォー似の役者なんだと思いこんでいた。なぜならトリュフォーはすでに他界しているから(大笑)

おかげでこの演説するレオ本人が新旧交互にシンクロするという、かなり感動的な瞬間を味わうことなくこの映画を観てしまったわけで・・・(笑ってやってくださいよ)

トリュフォーもレオも、現在はともかく過去の顔ならばちゃんとわかると日頃なんとなく思っていただけに、結構ショックなのだ~

**

なんというか、こういうことをしっかり見分けるのは、知識ということもあるけれど、眼前に繰り広げられる物事に対して細部まで行き届く観察力と集中力がどれだけ発揮できるかということにかかっていて、それはある種の才能と努力の両方がいることだと思う。

で私は、実は日頃から思ってはいることだが、そういう才能がないのだろうと思う。努力はしているけれども。
勘がない、というふうにいってもいいかも知れない。すぐにピンと来ないし、総括的にぱっと把握が出来ない。捉え方もどちらかというと説話論的だし、細部をすぐ忘れるし、音楽や音響の記憶も気づくとなかったりする。
これはそもそも細部の集合体であり同時に総括的な表現でもある映画とはまったく親和性のない資質といえよう。

だから、映画を語る資格の有無ということになると、自分は控えめに考えても「無」のほうに傾くだろう。ましてや評論して他人に何かを与えるとかいう水準になど、間違っても「ない」のだ。

・・・ということをあらためて象徴的に考えさせるこの両者なのでした。

 
おのれ~


資格なしということで、じゃあ映画について書くのはもうやめようかなあとも思ったが、まあもし資格があってある水準を超えていればもっとしかるべき所で書いているところであって、「資格なし」の自覚からスタートして単に自己修練の場として考えるならば、こういう弱小ブログあたりが一番ふさわしかろうとも思うのだ。

もともと評論などではなく鑑賞メモのつもりだったしな。

ということで、開き直って、しかし謙虚に出なおしを図る所存でございます


しかしな~、レオとトリュフォーな~
くそぉ~^^;


↓もう一度観よう!
ドリーマーズ 特別版 ~R-18ヴァージョン~

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わたしの行動は正気か?狂気か?

2007-05-30 04:08:36 | diary
いちおうポップスのユニットson*ima(そにま)というのを主催していて、2005年にCDを出したきりなんですけど、
昨日はson*imaの宣伝用チラシのデザインをしてほぼ午後を費やす。

本当はCD発売時に一緒にチラシをつくりたかったんだけれど、お金がなかったのと、ちらしのコストパフォーマンスに疑問があったのとで作らなかった。
いまはお金はクリアできているので、いまごろになってチラシでもつくるかなという気になったわけで。

しかしコストパフォーマンスの点ではなにも状況は変わっていないし、むしろCD発売時より悪くなっているといえる。
じゃあ作るなよというのが結論なんだけど、でも作っちゃうんだよね~これが。
いったい自分の行動原理はどこにあるのか??

チラシのサイズを決め、張り込む写真の原寸を計算して、フォトショップで写真を切り張りする。イラストレータでチラシサイズにトリムマークを付けて、さっきつくった写真を配置して、文字を書き込んでいく。文字色とか配置とかあれこれなやんで数時間。
いや~適当なデザインだよなあ・・

・・で終わっていればまだかわいいもんで、いまは印刷屋さんにHPから発注出来ちゃう恐ろしい世の中。ひょいひょいとファイルを添付してあれよあれよといううちに発注ボタンを押している。

あら~~?発注しちゃったよぉ^^;
まずかったかなあ(汗)


つくづく自分の判断力/行動力に疑問を持たざるを得ない。作ったチラシをどこへどう配るのかすら考えていないし、またよけいな課題を自ら抱え込んでしまっているような気がする。

ま、いいや、CDをあと12枚売れば元はとれる。
あ、いや、でも販売店で売れる場合は・・・25枚くらいか?
う~むむむ

(宣伝)
son*imaのオフィシャルページ

ここでCD買えます&試聴できます&CDショップへの誘導してます。

ああそうだ、試聴コーナーももっとちゃんと作ろうと思ってたんだ・・・
近日中に改善の予定!


****

ライブもやりたい。
と言い続けて半年はたつかな。
いちおうリハを続けていたけれどこのところ停滞。
正直めんどくさいんだよな(笑)

やりたいのかやりたくないのかどっちなんだ?>オレ

そもそも、ひとには一貫した人格がある、とか、思考や行動は一つの人格のなかで一貫していなければならないという考えはおそらく近代社会の成立とともに形成されたディスクールであって、絶対的/普遍的な要件ではないのだぁ。

とか適当なことをいって開き直ったからといって状況は好転しない。


(結論)
いや、がんばってリハを再開しよう!
でライブ会場でCDを売ると。

あ~でもライブにひと集めないといけないんだよな~~
どうやったら集まるんだ??
う~~~ん
う~~~ん
う~~~ん・・・・・(F.O.)

**********

で、こんなん買ってるし↓

ヴォルタ
ビョーク
ユニバーサルインターナショナル

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黄金の緑/Love scene
UA, 羽鳥美保, 大和田俊之, YUJI ONIKI
ビクターエンタテインメント

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DoReMiFa
中山うり
ソニーミュージックエンタテインメント

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CAN`T BUY MY LOVE (通常盤)
YUI, northa+, Kenji Ogura
ソニーミュージックエンタテインメント

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これから聴きます。

そおいや、そにまのCDはアマゾンではなぜ売っていないのか?



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うつうつとディランとか

2007-05-28 13:18:23 | diary
あ~なんか急激に更新するのが億劫になってしまった。

なまじ暇なもんで、観た映画とか読んだ本とかが溜まりに溜まって
変なプレッシャーになってしまったのだろう。

何度も言うようだけれど、誰に頼まれたのでもない、誰のためでもない弱小ブログなのだから、そんなにプレッシャーに思う必要などどこにも見当たらないのに、なんでこうなってしまうのか?

一旦形成されたシステムは、次第に自動的に権力を行使する装置になるってやつですかね、これが。

なので一旦装置を解体して、ゼロから出発するとかっこいいんだろうけど、あまりかっこいいということには無縁な自分としては、プレッシャーに潰されそうだよおということもだらだらと書き連ねていくことにしよう。

あ~めんどくさ

*****

なもんで、昨夜はただ無心にボブ・ディランのドキュメンタリーを観る。
彼の最後のアコースティックツアーとなった65年のイギリスツアーのドキュメント。

いや、いろいろなライブ映像やドキュメンタリーから想像する以上に、ボブはよく喋る奴だった。
やっぱり若いと言うのはパワーに溢れているということだろうな。
気に入らないインタビューアをこてんぱんにやっつける。筋が通ってなくても勢いのある方が勝ちだといわんばかりで笑える。

グロスマンの横柄な人格と言うのもしっかりとらえていて、なんというかボブのまわりはくせ者ぞろい。

くせ者の群れから離れ、暗闇に一筋のピンスポットのなかにひとり踏み出していくボブ。
かっこいいけど、重荷に耐えているようにも見えるかも。


特典映像に、このときの没フィルムからのスピンオフがついている。
まだ観ていないけれど。

それから上映当時に発刊されたペーパーバックの復刻版もついている。
65年の雰囲気に浸る。

ドント・ルック・バック ~デラックス・エディション~【完全生産限定盤】

Sony Music Direct

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*****

で、今朝は大寝坊。11時頃まで寝て、ぼんやりとテレビを見る。
ZARDのボーカルの人が死んだこととかを知る。
転落死も、がんで入院中だったことも、彼女が40歳だったことも、レースクイーンだったことも、みんなびっくりだ。

先週の主治医の診断結果を、職場の上司と健康相談員さんにメールする約束だったので、メールを書く。あまり進展がなかったのでつい今日まで引き延ばしてしまった。いかん。気分を職場の方へ向けなければ。


で、今日はチェンバロのレッスン。


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アキ・カウリスマキ「過去のない男」

2007-05-27 05:33:04 | cinema
過去のない男

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2002フィンランド/ドイツ/フランス
監督・製作・脚本:アキ・カウリスマキ
撮影:ティモ・サルミネン
出演:マルック・ペルトラ、カティ・オウティネン、アンニッキ・タハティ、マルコ・ハーヴィスト&ポウタハウカ


結構好きだ。

画面の色合いや空気の色が、冷たくてでも冷た過ぎないかるい湿度がある。
車やコンテナの家、道端の機械やトラクタ、食器や家具や救世軍の楽器など、
でてくるものすべてが一貫してよれよれでいい感じ。
実は完全主義かも。

ときおりはさまれる例えば青い車のカットなんかは、車も登場人物のひとりといわんばかりになんだか雄弁である。
でもうるさくない。

設定はありきたりで、しかもストレートに起伏なくハッピーな終わりに続いている。それなのに妙に人臭さが感じられる。
キャラがみんな地味なくせに立っているからかな。顔立ちがみごとにみな個性的で、どうでもよい人はでてこない。美男美女もなし。すばらしい。

ワンシーンワンカットみたいな感じで、人物がいてセリフがあって、出会って別れる。
そういうシンプルなやりかたで人の心を控えめにすくいあげる感じは、たしかに小津と通じる所があるのかもしれない。

にしても、この記憶を失った男、浮浪者からスタートして妙にとんとん拍子にいろいろなことをなしとげていくのは、現実離れをとおりこして笑いを誘発する。猛犬でさえテナヅケちゃうし。「意欲が湧いてきた」というセリフに思わず吹き出してしまったよ。


それから、音楽がひかえめながらとても重要な役割を持っているところが好感。
あの貧相な部屋にでんとジュークボックスはあるし。
救世軍のバンドも後半人の心をぐっとつかむ。
彼等のジュークボックスを前にしたノリは最高におかしい。
50年代から活躍しているというアンニッキ・タハティの歌も、年季が入っていてくらくらするほどよいよ。顔もものすごく個性的だし。

音楽をやる人にはちゃんとミュージシャンをキャスティングしているし、ある面ではこれは音楽映画なんだと感じる。



あとはあれで記憶が戻っちゃった時どうなるのかなというのが最大の気掛かり。

****

弁護士さんの妙な発音での雄弁がよかったな。

女優犬タハティはこの作品でパルム・ドッグを獲得したそうだ(笑)

救世軍バンドのマルコ・ハーヴィスト&ポウタハウカは10ミニッツオールダーにも出てきた。あの短い映画でも効果的にバンドを使っていたな。

あと挿入歌にクレイジーケンバンドが・・・


↓サントラ
過去のない男
サントラ, ザ・レネゲイズ, アンテロ・ヤコイラ, タピオ・ラウタヴァーラ, ブラインド・レモン・ジェファーソン, オウル・シンフォニー・オーケストラ, マルコ・ハーヴィスト&ポウタハウカ
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ベルナルド・ベルトルッチ「ドリーマーズ」

2007-05-25 23:33:46 | cinema
ドリーマーズ 特別版 ~R-18ヴァージョン~

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2003イギリス/フランス/イタリア
監督:ベルナルド・ベルトルッチ
製作:ジェレミー・トーマス
原作・脚本:ギルバート・アデア
出演:マイケル・ピット(マシュー)エヴァ・グリーン(イザベル)ルイ・ガレル(テオ)

明らかにコクトーを意識した設定も好きだし、
随所にはさまれる映画の古典の模倣と引用にもなんだかきゅんとなるし、
ラングロワ追放抗議集会の実際の映像で演説するトリュフォーにも感激するし、
5月革命前夜に映画ばかり見て、閉鎖的でねっとりした永遠をかいまみるようなみだらな共同生活もなつかしい共感を覚えたし、
せっくすしーんはほんとうに気持ちよさそうでよかったし、

わりかし気に入ったんだけどなあ・・・なんなんだろうなあ・・
どこかすとんと腑に落ちない感じが残る。

徹頭徹尾68年版「恐るべき子供たち」と考えて、酒にドラッグにセックス、そして「映画」という要素で再編成したものだと考えるのがいいのかなあ?

世間がどうあれ自分たちの価値観で生きることができるモラトリアム的瞬間が人間にはあって、そこに生命のきらめきと同時にそのあやうさ・はかなさをみるという・・・これはコクトーのまんまかもしれないけど・・・そう言う映画だったのかなあ。

それと革命のさなかに大向こうの理想とは別の次元で火炎瓶を投げる若者もいるんだという、反類型化の意志。

絶望的にとっちらかってゆく室内の細部はなかなか込み入っていておもしろかったけれど、でも往年のベルトルッチ的破壊力はちょっとみられない感じでした。

***

他の映画のシーンの引用は、主人公たちの模倣のリズムにぴったりシンクロしていて見事だしワクワクしたけど、なんだか説明的すぎるような気もした・・・
キートン、ジミヘン論争はシネフィルの教科書のような感じがして出来過ぎだし。

フランスを舞台に英語で話す、というのは最近観た「恋愛睡眠のすすめ」と共通する設定。ここにはなにか謎めいた意味があるような気がするが、いまはよくわからない。

警官隊の持つ盾などは、ゴダールの「万事快調」に出てきた警官隊も同じモノを持っていたので、時代考証的に正しいのかも。
でもデモ隊や警官隊の衝突シーンはちょっとつくりものっぽくて残念だったな。

オープニングとエンドロールが普通と違っていて面白かった。

主人公3人の役者はみんな80年代生まれ(!)

エヴァ・グリーンは「007カジノロワイヤル」ですでにお目にかかっておりましたが、全然気づきませんでしたよ・・・

アンナ・カリーナのかわいさをあらためて感じたです。

ジャン=ピエール・レオ出てた?(不覚にも気づかず;;)

後半「気狂いピエロ」の音楽が思わせぶりに使用される。
気分はうれしいが、なぜだ?という気持ちにも。


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性交シーンに1票(笑)



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どんより

2007-05-25 11:16:06 | ウツ記
下降とまらず

昨日は病院だったので、一応下降ぎみであることを話したが、
「そうですか~」
で終了(おいおい^^;)
職場に診察結果をメールしなければならないが、
これではなんと書いたらよいものか//(悩む)

かつ今日は追い打ちをかけるように天気が悪い。
ひさびさに脳味噌収縮感に見舞われ、
午前中ほぼ半寝半起状態もうろうとする。


加えて昨日だか一昨日だかmixiでちょっとおイタをして自己嫌悪。
友人に叱られて凹む

しかも病院帰りにひさびさにタバコを吸ってみたくなって
路上で一服。
すると背後から「あの」という女性の声
なんだろうと思ったら
「○○区は歩きタバコ禁止です。」

怒られた~;;
反射的に「あ、すいません」と謝る自分。

「私は歩きながらタバコを吸うのは迷惑だと思うのでやめてください」
と言われると、すいませんという気になるが、
「条例で決まっているから」とかいわれると、なんだか権力を笠に着て人間としての直接対決を避けられたような気がして気分が悪い。。。
いやな怒られ方をしたな~~

と息巻いてもまあ悪いのはどこまでも自分・・・



なんだか星周りが悪いぞ。
こういうときはおとなしくしているに限る。
というわけで、今日の猫沢さんのライブは欠席することに決めた。
(とかいってまだどうしようか迷っているが^^;)

クスリ飲んでビデオみてまるまって過ごそう。。
洗濯と皿洗いもせねば。

***

最近買った本

覇権か、生存か―アメリカの世界戦略と人類の未来

集英社

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これ面白い↓
現代思想のパフォーマンス

光文社

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禁断のフランス・エロス

アトリエサード

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フューチャリスト宣言

筑摩書房

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エミール・クストリッツァ「アンダーグラウンド」

2007-05-23 23:41:35 | cinema
アンダーグラウンド

角川エンタテインメント

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1995フランス/ドイツ/ハンガリー
監督:エミール・クストリッツァ
原作:デュシャン・コバチェヴィッチ
脚本:デュシャン・コバチェヴィッチ、エミール・クストリッツァ
音楽:ゴラン・ブレゴヴィッチ
出演:ミキ・マノイロヴィッチ(マルコ)ミリャナ・ヤコヴィッチ(ナタリア)ラザル・リストフスキー(クロ)


わたしはこういう映画が観たいのだ!
もっとはやく観るべきだったのだ。
10年間もほっておいたなんて・・

ナチスが侵攻するユーゴスラヴィア。
抵抗勢力の戦士クロとマルコは、しかし、英雄像とはほど遠い、大酒飲みでばか騒ぎ好きの山師。
ナチス勢力が迫ってきたある日、マルコはクロとその妻、仲間たちを率いて、祖父の家の巨大な地下室に潜む。マルコとクロは地上で戦い、地下では女たちが銃の密造。
しかしある日クロが負傷してかつぎこまれる。(この負傷の理由もまったくひどいもんなんだ)その日から地上と地下では別の時間が流れはじめる・・

という筋書きに無数のエピソードがからみついて、ものすごいエネルギーだ。
名前をわすれてしまったが、動物園の飼育係だった男が、猿を親友に地下を過ごす物語でもあるし、地下で生まれたヨバンが外の世界を知らないまま成長し結婚し、外の世界を知ると同時に生を失う物語でもあるし、友を裏切り恋人を奪い、抵抗の勇士となりながら最後は闇の武器商人として無惨な死に方をするマルコの物語でもあるし、とにかく蔦がぐるぐるに絡まる巨大な屋敷みたいな映画なのだ。

とにかくいきなり爆撃からはじまり、待ちはボロボロ、服もボロボロ、ついに閉じ込められる地下室の陰気で土臭いこと。そんなふうに全ての人が悲惨な境遇にありながら、なんだかんだとそれを日常として剛胆に過ごしてしまう描写がすごい。
爆弾がどかどか炸裂し、ピストルを滅多矢鱈撃ちまくり、そんななかであくまでテーブルで朝食を食べようとかいう、そういう底抜けの生命力とでもいうのか、そんなものに満ちあふれている。

そういう生命力の象徴は地下での結婚式とそれにつづく超ばか騒ぎだろう。
天使が飛び、式が行われ、酒が入り、騒ぎが起き、銃を撃ち、戦車の大砲がぶっ放される(地下だぜ!)
これはまさに地上で行われる戦争の戯画的鏡像だろう。戦争を戯画的に生き延びることで悲惨すら異化してしまうような、不遜だけれど無常を悟るような、そんなアンダーグラウンドな生命力を感じさせる。


どこかで似た映画を見たような気がするのだが、どうしても思い出せない。
ファスビンダー「マリア・ブラウンの結婚」の冒頭結婚式のシーンを思い出す。
あれもあの状況でなお式にこだわる底力にびっくり。

あとは、そうだなあ・・・ベルトルッチの「1900年」みたいな重みかなあ。
ヨーロッパの底力を描いたヴィスコンティやベルトルッチの後継者と言ってもいいのかもしれない。

思い出したらまた書こう。

今年見た映画のベスト5に入るであろう作品かな。

****

ブラスバンドの音楽がもうたまらなく猥雑かつクセ者でよし。

マルコとクロは顔が似ていてときどきどっちだかわからなくなった。

95年カンヌのパルムドール受賞作





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よからぬ兆候

2007-05-23 10:09:22 | ウツ記
なんか急に下降ぎみ

目に入るものすべてが自分を落ち込ませる。
どういう症状だ?

「坂の上の雲」1巻
「ゴダールの神話」背表紙
スタバのタンブラー
チャイコ弦セレのスコア
たまった食器
アルミの電気スタンド
ピアノ
今日の朝刊
耳かき
時計(今の時刻)
トイレ
電話
洗濯物

そういうものたちをみるとすごく億劫な気分になる。
目に入るものみなうんざりだ。
万物億劫の法則。


いまやりたいこと、というかやるべきかなと思うことが二つあって、
その1:ソニマのCDの宣伝用チラシの作成
    (CD製作時は金がなくてできなかったのでいまごろ)
その2:ソニマのライブにむけ楽譜をメンバーに送る。
なんだけど、なぜかものすごく億劫で手が着かない。
楽譜なんて、もうコピーまで終わっているので後は発送するだけなんだけど、なぜかできない。
できないとなると、それがまたふがいないことに思えて、いっそう重荷になる。


この辺が原因で万物億劫の罠に迷い混んでいると思われる。

ああ、億劫だなあ・・・
気分転換に散歩でもするかとも思うが、そういう考え自体がなんだかウザイ感じがしてしまう。
億劫の無限下降スパイラル(ひゅるるる~~~~


寝るのも起きているのも億劫

レキソタンでも飲んでみるか。





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大島渚「帰ってきたヨッパライ」

2007-05-22 04:25:28 | cinema
帰って来たヨッパライ

松竹

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1968日本
監督:大島渚
脚本:田村孟、佐々木守、足立正生、大島渚
出演:加藤和彦、北山修、端田宣彦、緑魔子、渡辺文雄、佐藤慶、小松方正


ちょっと大島渚を観てみたいと思う。
が、最初にこれを選んでしまう私はいったいなにを考えているのか?

主演3人がフォーククルセイダーズのあの3人だとはすぐにわからなかった(笑)
かなり若い。
しかも大根ではあるけれど全裸だったり便器に顔つっこんだりと結構体はって演技している。
すごい。

話題のヒット曲にかこつけた、アイドル映画的作品なのだけど、そこはそのフォークムーヴメントのさなか、テーマは某隣国からの密航/日本人のアイデンティティ/ベトナム戦争と時代色濃厚。今のミュージシャン映画(ってまあ、ないけどね)では考えられないな。

映画の構成も非常に凝っていて、中盤3人の命もあわや・・となったところで暗転、いきなり・・・・となって、わたしはDVDがすっとんじゃったかと思い、思わずチャプター構成をチェック(笑)
(ってなんのこっちゃですよね~でもネタバレになっちゃうからね)

物語が、服を巡るドタバタとなっているところになんとなく面白さを感じたな。
民族のアイデンティティを象徴すると同時に、着る者の出自と関係なく民族を背負わせてしまうという本末転倒。

それから、複数の物語どれを行っても、自分は日本人なのに、朝鮮人だといいはることによって活路を見出していくけれども、どうやら二度と東京へは戻れないんじゃないかという閉塞へと追いやられてもいる。
図式的には、単一民族国家だよという幻想を表社会は抱いて成長している日本だけどそうじゃないだろう、ということなのだろう。
唐突にはさまれる、あきらかにやらせの街頭インタビューなんかを見ると、自分のなかに生きている異民族を発見せよというメッセージを感じたな。

そういう意味ではすこしも古くないテーマであって、おそらく「パッチギ」などまで綿々と続いているテーマだろう。(未見ですが)

***

大島渚もちらと顔をみせ(若い)、この物語の構造的虚構性をシニカルに告白してみせる。

脚本に、後にパレスチナ解放闘争支持の「赤P」(71)を撮り、さらには映画をすて日本赤軍に参加することになる足立正生がいることに注目。(最近になって再び映画の世界に関わっているが)

日本社会の禁忌をあばきまくるという大島ワールドとしてはソフトな方なのではないかと想像する。



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アレクサンドル・ソクーロフ「ロストロポーヴィチ人生の祭典」

2007-05-20 17:44:50 | cinema
ロストロポーヴィチ人生の祭典

2006ロシア
監督:アレクサンドル・ソクーロフ
出演:ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、ガリーナ・ヴィシネフスカヤ


ソクーロフ監督による二人の著名な音楽家のドキュメンタリー。

原題はELEGY OF LIFE Rostropovich.Vishnevskaya.
なので、邦題から想像される祝祭的高揚とは逆に、
音楽によるカタルシスすら回避した、静謐な記録。

ことさら人物像や業績を強調する演出はないが、それでも見事に二人の人格がうかびあがっていたと思う。


ロストロポーヴィチは高齢にかかわらずバイタリティに満ち、青年のようにむきになって議論し、聴衆に愛想をふりまく。まるで子供のまま老年になったようだ。

ヴィシネフスカヤは思慮深く、世界を広く見渡し、自らを語る言葉を持っている。

インタビューするソクーロフも二人の人格に呼応して、様々な問いを投げかける。
特にヴィシネフスカヤに対してはその受け答えの深さに引き込まれるように、音楽のことだけでなく、幼少のころのこと、現在住む家のこと、亡くした息子のこと、ソルジェニーツィンのことなど、心のひだの奥深くへ入り込んでいって感動的。



ロストロポーヴィチはショスタコーヴィチやプロコフィエフとの交流を熱く思い出し語る。ショスタコーヴィチを批判した当局に対して、昨日のことのように怒りと失望を語る。

いまなぜロストロポーヴィチなのかな?と思っていたが、こうしてみると、あの時代をソ連の音楽家とともに生き、しかし体制に迎合することなく、ソ連を出てモナコ公国のパスポートを持ち世界人として精力的に生き、冷戦後のさらなる混乱の時代を知る、そうした同時代人の生のもつ重みや軽みは、今こそ振り返る意味があるような気がする。

このミレニアムをまたぐ人の生は、やはりエレジーなのだと。

***

てなわけで、音楽ファン的期待をもって観るとちょっと欲求不満になるかもしれません。

ペンデレツキのチェロ協奏曲リハーサル風景は非常に興味深いですが、断片しか提示されませんし。
しかもクライマックスにあたる部分は、ロストロポーヴィチによる同曲のリハ風景と、ヴィシネフスカヤのレッスン風景が、絶妙なタイミングで交互にモンタージュされて、それは音楽的にはまったく盛り上がらない。
音楽による語りではなくあくまで映像の編集による語りをめざしたものと言えましょう。そこまでの追想や語りをふまえる時、音楽とは離れた部分でそのモンタージュは意味深く感動的なのだと思います。

音楽で感動したい人はやっぱりCDを聴けということでしょうか。

**

世界のオザワもこの映画では弟子のひとり。添え物(笑)。

結婚50周年パーティーの席には、エリツィン大統領をはじめ、ヨーロッパ各国の超セレブが列席。どういう風にキャリアを積めばこういう人脈になるんだか・・・

ペンデレツキのチェロコンチェルトはなかなかすごい曲だった。昔のクラスターとは違っているけれど、魂を削るような肌触りは健在。

まさにこの映画の上映期間中にロストロポーヴィチは他界した。


ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
ロストロポーヴィチ(ムスティスラフ), ワシントン・ナショナル交響楽団, ショスタコーヴィチ, プロコフィエフ
ユニバーサルクラシック

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ドヴォルザーク:チェロ協奏曲
ロストロポーヴィチ(ムスティスラフ), ボストン交響楽団, ドヴォルザーク, 小澤征爾, チャイコフスキー
ワーナーミュージック・ジャパン

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ジャン=リュック・ゴダール「万事快調」

2007-05-18 23:07:15 | cinema
万事快調

コロムビアミュージックエンタテインメント

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これはコメディ?
いや、結構真面目な作品。

68年5月の5月革命以降私たちはどのような状況に置かれているのか?
という考察のようである。
階級闘争も、資本家対全国組合という形に組織化され、局地的な闘争の動きは「新左翼」とされ、両陣営からいわば異端視される。それはもはや労働者自身の心をつかむムーヴメントになりえない。
一方で、知識人階級に属するものも、革命騒動以降よりどころを失い、表現手段と内容を失っていき、その限界が露呈する。

こうした閉塞をゴダールとゴランはスターを使い、戯画的に描いてしまう。これはいまにして思えば、両者が手を組んだジガ・ヴェルトフ集団が突き抜けようとしてできなかった時代の壁をまざまざと見せつけられた者の、行き場のない苦笑いだったのかも知れない。

**

冒頭、なぜ映画製作集団としてのジガ・ヴェルトフ集団が息詰まるかを、自ら告白するかのようなシークエンスは、しかしかなり笑える。
いきなり「映画を撮ろう」「それにはお金がいるわ」からはじまり、小切手を際限なく切ってゆく。これこそが「映画」の映像化なのだ。
(フランスの小切手は金額をアラビア数字じゃなくて文字で書くとは聞いていたけど、これがそうか~)

ストから工場占拠に至った工場のセットと写し方は、まぎれもなくジャック・タチの「プレイタイム」の世界だ。建物の壁をぶち抜いて全部の部屋を見せ、全ての部屋で誰かしら動いているあの画面感は、作品のテーマとはうらはらに、優れてスクリーンに映える映像かもしれない。

それから、社長のトイレにまつわるドタバタは、マルクス兄弟的といえるかもしれない。

タチとマルクスを参照して70年代の閉塞を先取りしてしまうゴダールという人は、やっぱり不思議なやつである。

***

ジェーン・フォンダはその雰囲気すべてが70年代臭かった。すこしも華やかでなく、キュートでもなく、知的ではあるが行き詰まっている。これが「スター」なんだろうか・・

イブ・モンタンのCF監督も同様である。ヌーヴェルヴァーグでデビューし、数作を撮ったが、次第に題材を失い、ろくでもない依頼が増え、そんなことなら割り切ってCFでも撮った方がましだ・・・行き詰まっている。

ああ、70年代。


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ボブディラン関連と細野晴臣リリース

2007-05-17 03:08:10 | music
きっとこういうのが出るはずだと
じっと我慢して待っていたものがいくつか。


↓ボブ・ディラン65年の英国ツアーを追いかけた伝説的ドキュメンタリー待望の日本版DVD。
ディランが最高にクールだった頃(今でもクールだけど)。
これで伝説の「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」の映像がフルバージョンで見られる。
しかも未発表音源も収録とのこと!!
買いですな
5/24発売
ドント・ルック・バック ~デラックス・エディション~【完全生産限定盤】

Sony Music Direct

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↓1988年に結成された、Bob Dylan、George Harrison、Jeff Lynne、Tom Petty、Roy Orbisonという超豪華メンバーによる覆面バンド(って覆面じゃないじゃんね)
2枚のアルバムを出したが、途中でロイは死去。ジョージもいまや亡き人に・・

今回は2枚のリマスター盤+未発表曲を含むボーナストラック+クリップ映像
かつ、ブックレットやバックステージパスやシリアルナンバー入りのリミテッドバージョン
・・・ってことは日本盤は出ないかな??
待つか?買いか? う~~なやましいぞ!!!
6/12発売予定

Traveling Wilburys
The Traveling Wilburys
Rhino

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↓これは出てしばらく経つが買ってない。
細野晴臣が最高にかっとんでいたときのアルバム+映像。
オリジナルアルバム2枚は持ってるんだけどな~
でも伝説の「中華街ライブ」の映像が入っているというし(!)
などと書いているとやっぱり絶対買いだな!!!!
ハリー細野 クラウン・イヤーズ1974-1977
細野晴臣
日本クラウン

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ああ、散財。


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ジャン=リュック・ゴダール「中国女」(再観)

2007-05-16 03:33:59 | cinema
中国女 完全版

コロムビアミュージックエンタテインメント

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1967フランス
監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール
撮影:ラウール・クタール
音楽:クロード・シャンヌ、シュトックハウゼン、ヴィヴァルディ、シューベルト出演:アンヌ・ヴィアゼムスキー、ジャン=ピエール・レオ、ジュリエット・ベルト、フランシス・ジャンソン、ミシェル・セメニアコ、レクス・デ・ブロイン


20年近く前に劇場で観たきりだったので再観。
いまはDVD出てないのでしょうか?

***

インタビュー、講義、朗読、独白、対話、等々の様々な手法で切り取られたひと夏の革命劇。
いきなりカチンコだの人物をとるカメラだのが写り混んで映画の枠をはみ出してしまうのも、もはや定番の表現だが、この映画ではなんだか絶好調。

中国文化大革命とパリ5月革命にはさまれた時期に撮られた作品のくせに、この突き放した自嘲多嘲ぶりはいったい何事だろう??

資本主義社会の抑圧構造に反旗を翻すが、ソ連型修正主義にも組せず、真の共産主義はマオイズムにありとばかりに気炎を上げる5人の男女学生。
しかしその活動は仲間うちの演説やら講義やら。テロや街頭演劇やらを計画するがどこまで本気なのか・・
そうこうするうちにひとりは追放され、ひとりは要人暗殺を計画しながらもなぜか自殺。一番の才媛ヴェロニクもテロに走るが人違いをやらかし・・


合間合間にはさまれるベトナム農民のコスプレ、おもちゃの戦車に投げられる毛語録、「マオマオ」ののんきな歌、天然イヴォンヌのボケ・・・

夢想し、迷走し、失敗し、日常に戻っていく。
あの時期、なにがしかの情熱に揺り動かされることなくこのような肩すかし的拡散映画をものしてしまうゴダールとはいったい何者か??

***

ゴダールは行動しない知識人である、といえないか?

表向き、自分にできるのは映画をとること、ということで、革命の映画ではなく映画の革命を、映画のなかに第2、第3のベトナムを、ということでまさに映画的異化作用の随をねらっているゴダール(劇中、黒板の著名人の名を片っ端から消していくシーンでブレヒトの名だけは残っている)。
第2のベトナムはしかしこんなにも軽薄な色彩をもった映画になったのだ。


ゴダールは結局のところ、時代の状況に熱狂しながらもいずれにも組し得ない認識をかかえていたということではないのか?

映画の中でいえば、たとえば、脱落した男(名前忘れ)がエジプトの逸話を語るシーン。

 古代エジプトでは言葉は神からやってくると考えられていた。
 そこであるとき、何人かの新生児を人から隔離し、15年後に
 言葉を話しているかどうかを確認する実験が行われた。
 神から言葉がやってくるなら、隔離してもちゃんと言葉を習得しているはずだ。
 そして15年後、成長した子供たちは会話をしていた。
 ただし「メエメエ」という声で。
 隔離した家のとなりには羊小屋があったのだ。

彼等にとっての社会主義はこの隣の羊の声だったのだという。


あるいはこんな認識。
 共産主義には二種類あって、危険なものとそうでないもの。
 前者は例えばベトナムで、徹底的に叩かれる。
 後者は例えばソビエト修正主義で、アメリカの帝国主義と実は手を組んでいる。
 こんな認識で世界を見渡すと、共産主義の砦はどうもマオのところしかなさそうだ。
 でも遠いなあ・・

現状は酷いが、万策も夢想で、結局選択肢なし。
エンディングの「ある始まりの終わり」という文字があらわすように、このどん詰まりこそが自分たちのたち位置であり出発点なのだという認識がゴダールにはあるのではないだろうか。

つまり「ここ」にはリアルに生起している革命なんてないんだと。

この思いは、この作品のあとに商業映画から手を引き、「ここ」ではないところ、革命の生起するところへ赴くということをゴダールにさせたのでしょう。

もっともその行動自体が結局はまたどこまで行っても「ここ」でしかありえない自分を知ることにつながってしまうわけで、パレスチナで企画した「勝利まで」は完成せず、後にパリの家庭風景を加えた「ヒア&ゼア」としてしかまとめ得なかった。

多分にシニカルな世界観と、映画しか撮れないという宿命論的意識によって、どこまでいっても行動しない文化人であるわけです。

****

農村からパリに出てきたというイヴォンヌがパンダ顔の天然で妙にツボ
ベトナム農民の傘かぶって「たすけてくださいコスイギンさん」と叫ぶ彼女は、都市と農村との相互無関心に押し潰される農民代表という趣だ。
イヴォンヌのジュリエット・ペルトは「彼女について私が知っている二、三の事柄」で魅力いっぱいのインタビューを受けていた女性。90年代に早世する。


自殺するキリロフは、おそらくドストエフスキー「悪霊」のキリーロフを意識しているでしょう。活動のなかで組織のために死ぬけれども、死の動機と思想はもっとべつのところにあるという設定が共通していますね~。

それから、ジャン=ピエール・レオー演じるギョーム・マイスターはゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」と関連があるらしいというのが画面からわかります。どう関係があるのかはわかりませんが^^;


しかしこの映画、ベトナム戦争への言及も重要な要素なのに、実写フィルムなどは使わずに、コスプレとハリボテとおもちゃの戦車でやっちゃうというのは、どうよ^^;まさに戦火のさなかだというのに・・・



必死に字幕についていくと、なかなか歯切れの良い作品です。
タイトルからYMOに暴走するのもわるくないでしょう。


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ミシェル・ゴンドリー「恋愛睡眠のすすめ」

2007-05-15 07:37:40 | cinema
恋愛睡眠のすすめ
↑個人的には、この公式HPは映画鑑賞前に見るのはオススメしません!!
 (面白いシーンのムービーが見れてしまうのでネタバレ的HPなのです)


ほんわかと観せていただきましたよ。

現実シーンにどんどん夢要素が混じっていって、いつのまにか夢になっている。
はっとめざめるとまた現実はおかしなふうによじれていて、あれれ?と思うとまた夢につながっている。
そんな浮遊感あふれる映画でした。

チラシや小冊子があちこちで手に入りますが、これはできれば目を通さずに映画をみた方が楽しめるのではないかしら?
あまり説明というのは不要だと思うんですね。
(とかいいながら公式サイトへのリンクを張っちゃってますけど^^;)

ただ、徹底して頭がリアリズムの方は、途中でなにがなんだか??という悩みを抱いてしまうかも??
そういう人には解説が必要かも?
(そういう方はどうぞ公式サイトへ)

**

自分もどっちかっつーと夢ばっかみてて現実的な能力には欠ける人間なので、そういう点では感情移入できました。
ラストもハッピーといえばハッピーですが、現実にはなにも解決してないわけですから、やっぱり宙ぶらりんなわけで、そういう解決以外には今は映画を終わる方法がないのかもしれませんね。

逆に言ってしまうと、最低こうでしかありえない、という消去法的/消極的な側面でのみ存在意義を感じざるを得ない映画という感もぬぐえませんが・・・

**

これはフランス社会の、話に聞く精神的な生きにくさについての、象徴的なドラマなのかもしれないと、猫沢エミかぶれの私は勝手な深読みをして遊んだりします。

わざわざ舞台をパリにして、しかも言葉は大概は英語。しかも英語ネイティヴなやつは一人も出てこないし。そういう誰もが居心地が悪いというのもおもしろい設定だったように思います。

ピアノが転がったりドリルが貫通したり
そういうこまごまとした「パリ的なもの」が積み重なって、夢と現実の均衡が難しくなっちゃったのかもな。


ああ、あんまり書くといけないですね。
ほんわりと楽しみましょう。

***

しかしシャルロットも年をとりましたね~
自分も年をとるわけですね。

あ、そうそう、この公式サイトは妙に大胆な作りなので、
ぜひみてみてください。ただし映画鑑賞後にね(笑)


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レオナルド・ダ・ヴィンチー天才の実像@東京国立博物館

2007-05-14 01:02:28 | art
レオナルド・ダ・ヴィンチー天才の実像@東京国立博物館

みてきました~「受胎告知」

この特別展は大きく分けて二つのものを展示していた。
第一会場ではレオナルドの「受胎告知」の展示。
第二会場では「手稿」などをもとにレオナルドが何を考え残したかを、模型や映像技術を用いて視覚的に展示していた。

「受胎告知」はいろいろな点で興味深く、なんだかんだと小一時間くらいながめてしまったのではなかろうか。
本物のオーラというんでしょうか、印刷で見る印象とはかなり違い、遠景ははるか遠くかすみ、近景は浮き出るようにはっきりとしていた。
天使ガブリエルの羽根は妙に生々しいな~、とか、意外とマリアが暗めだな、とか、書見台がパースが変だよ、とか、ガブリエルがもっているのは百合かあ、とか、遠くに見える立ち木の形が妙に整い過ぎ、とか、遠くに船が浮かんでる~、とか、横にある建物はどこまで続いているんだ?、とかとか

広大な部屋にぽつんと絵が1枚おかれていて、観覧する人は絵に向ってジグザグに列を作り、「絵の前では立ち止まらず、進んでくださ~い」とか言われながら進む。
なので、最前列から2列目のところに立ち止まって、じっくり観たあと、細部は最前列に進み、牛歩戦術で見てきました。



第二会場ではいきなり人力飛行機の大きな模型に目を奪われる。
でも説明書きに「実際に飛ぶことはほぼ不可能である」とある。
そのほか、さまざまな機械や装置を考案しつづけたレオナルドさん。しかしよく考えると実現したものはほとんどなく・・・絵画ですらちゃんと完成したのはあまりなく・・・
レオナルド、君は本当に天才なのか??という疑問がふつふつと・・(笑)

しかし、物事の正確な観察に根ざす徹底したリアリズム感覚は、非常に現代的というか、まさに科学者マインドなわけで、その点には非常に感心した。
だからこそ絵を書きはじめる前に解剖から入ってしまって、肝心の絵が完成しないということにもなるわけで。
なんだか都市が早い段階で発展したイタリアに住んだルネサンス都会人って感じがするよ。

***

レオナルド・ダ・ヴィンチと受胎告知

平凡社

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で、↑↑↑この本を読んでみました!
まさにこの展覧会をターゲットに書かれた本ということで、とても面白かった。

この本の前半は、レオナルドだけでなくルネサンス期の「受胎告知」を題材とした絵画に共通する特徴などを解説するもの。
当時頻繁に用いられたモチーフがいくつかあるそうで、たとえばマリアに入り込む精霊を象徴する鳥が描かれるとか、そういったもの。

で、そういうトレンドに照らしてみるとレオナルドの「受胎告知」はかなりそういう王道からは外れた、というか、よけいな象徴は描かない、特異な表現であることがわかっておもしろい。
象徴はマリアの処女性をあらわす百合くらいかもしれないな。


後半はレオナルドの「受胎告知」の解説。
展示の第二会場では、「受胎告知」を分析する映像が上映されていたが、それによると、「受胎告知」は絵の斜め右から見ることを想定して描かれたのではないか、という。
これで書見台のパースが変なのとか、マリアの右腕が異様に長いのとかが説明できるってことらしい。

映像を見た時は納得し感心したのだが、しかしこの本によると、それは最近になって一部の研究者が唱えはじめた説であるらしい。
で、その説については、この本では、
○あくまで画面中央に消失点があること。
○そういう視点による絵のゆがみを把握して描くことができたならば、もっと精密に描いたはずである。
という2点から、やはり正面から見るべきなのではないかと、やんわりと異を唱えている。

う~ん、どちらが本当なのかはわかりませんね。


あとは、当時のは工房(職能集団)に所属して、集団で絵画や彫刻を製作していたという事情から、「受胎告知」もレオナルド一人の手によるものとするよりは、複数の人間によって製作されたと考えるほうが自然だと言うこと。
「受胎告知」は、最初の段階では複数の人間の手が入り、仕上げはレオナルドにより行われたのではないか、ということ。

などなど、「受胎告知」に関してコンパクトにまとめられている本でした。
受胎告知一点突破本としておススメであります。


展示は6月17日までのようですね。
「モナ・リザ」のときは最終日に5万人くらい来たらしいから、見たい人は早めにいかれるとよいかと。

***


ああっと、そうそう、最後の晩餐についての展示の所で、「映画における最後の晩餐」って言うコーナーがあり、私の好きなあの方の作品がピックアップされていました~~(見てのお楽しみ)
欲をいうならジョージ・ハリソンの「リヴィング・イン・ザ・マテリアルワールド」の裏ジャケも展示してほしかったな~~~~~~っ


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