Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

sonimariumライブやります20180822

2018-08-12 04:12:05 | sonimarium通信
sonimariumのライブのお知らせです。

ヒソミネさんに2回目の出演です♪

大宮の隣の駅宮原から少し歩くと
忽然と現れるヒソミネ。

平日ですが、涼みにお越しになってください。

sonimariumのほかに6組ほど出演だそうです。
詳しくはヒソミネさんのページへ!

http://hisomine.com/schedules/view/2277
予約もこちらから↑


2018.08.22wed
confortable
open 17:00 start17:30 sonimariumは21:00頃の予定です〜
予約¥2000 当日¥2500


とても細々としているsonimariumの公式サイト(笑)
にも一応載せています。
https://son-ima.com/
コメント

「シルトの梯子」グレッグ・イーガン

2018-08-06 01:27:06 | book
シルトの梯子 (ハヤカワ文庫SF)
クリエーター情報なし
早川書房


例によって、何が起きているのか2割くらいしかわかっていない感のまま怒涛のエンディングに向かうというスリリングな読書でした(笑)

異空間が侵食するネタは以前にもあったな。。
ええと、
「ルミナス」だ。
それとその続編「暗黒整数」。
いずれも短編。

「ルミナス」の方が、アイディアとしてはより奇想。
というか、凡人の理解を軽く飛び越える。

こちら「シルトの梯子」の方がまだイメージは湧きやすいかも。

と言っても、なんとなくはわかる。イメージはできる。とりあえず前提としては据えることはできる。
が、根本的に何が起きてるのか???
わからん(笑)


というわけで、宇宙に別の宇宙が発生しちゃって、それが光の半分くらいの速度で拡大してくる、
って状況になってはや何世紀もたったあたり。
その拡大を抑えて共存するか、なんとか殲滅してやろうと考えるか、
二つの派閥が対立する世の中で、
解決の糸口を見つけるまでのスリリングな(てかめちゃめちゃ理知的なw)戦いの記録。
なようなそうでないようなw

というハードな知識と思考と技術の展開とともに、
そういう遥かな未来の知性がどんな風なのかとか
あるいはそこでの「反知性」ってどんなのとか、
その時代と環境での、自己の意識や、愛やモラルはどうなっちゃうのか、とか
イーガンが好んで盛り込む要素がふんだんに盛り込まれていて、そこらへんはなんとかわかりやすい雰囲気をもたらしている。


特に理解し難いのは、
あの二人が「あちら側」に越境できた理屈と、
その後何をどうやって「あちら側」世界を「移動して」いるのか。。
ここはまるでわからない。
わからないので、とりあえず擬似的にいまの発想に当てはめて?読み進めることはできる。
それはそれで面白いが、多分本当の面白さにはたどり着いていないんだろうなああああ。

てことで、まるでわからないがめちゃくちゃ面白いという報告でした。
(わからない=つまらないの人には、もう近寄るな!と言っておきますw)

******

イーガンの近作は、前提となるテクノロジーやら設定やらの説明はほぼなく、
そこから説明したんでは一向に本題に入れないんではあるけど(笑)
一層ハードルを上げてきているかもしれない。

「順列都市」から毎度めげながらも諦めずにw
なんだかんだとずっと新作出るたびに読み重ねてきたので、
なんというか、「あの世界」の前提や感覚的なことにはすっと入りやすい体質になっているのだろう。
と今回は特に思いました。
わかってるわけじゃなくて、慣れているという(笑)

人間が完全にソフトウェアというか演算上の存在に移行してしまっていて、
バックアップがあったり、何千年もかけて彼方の星に転送したり、
物理的なボディにインストールして体を得るとか、
それもマイクロだかナノサイズのボディだったりとか
その手の諸々の環境は最早前提なのよね。。。


「ルミナス」収録短編集↓
ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)
クリエーター情報なし
早川書房


「暗黒整数」収録↓
プランク・ダイヴ (ハヤカワ文庫SF)
クリエーター情報なし
早川書房
コメント

「いま見てはいけない」ダフネ・デュ・モーリア

2018-07-27 00:19:56 | book
いま見てはいけない (デュ・モーリア傑作集) (創元推理文庫)
クリエーター情報なし
東京創元社


ながらく積ん読でありましたデュ・モーリアの短編集ですが、
予想の5倍くらい面白かったです。

表題作はニコラス・ローグ「赤い影」の原作でありまして、
そのことによってワタシはデュ・モーリアの名を意識し始めたわけですが、
同時に「レベッカ」や「鳥」の原作者であるということも知りまして、
その筋の人を惹きつけそうな感はありますな。

と言ってもググった限りにおいてはそれほど映画化が多いというわけでもないようで、
ピンポイントで迫ってきたなあというところでしょうか(笑)

表題作「いま見てはいけない」ですが、映画の雰囲気に結構近い、
主観の揺らぎなのか事実なのかというリアリティの移り変わりを巧みに用いた、
なんというか、素晴らしいノリです。

赤い服とか二人の老婆とか、キャッチーというか
一瞬でイメージを強く刺激するような要素を使うところなど、非常に映画的な印象です。

良い方向へと必死に努力するけど結局は全てはそこに通じていた的なオチは、
名前が付いていそうな構成ですが、まあ好きですな。

タイトルの由来というか持ってき方も痺れます。


2つ目「真夜中になる前に」もなかなか変なものです。
やや偏屈な芸術家肌の教師がバカンス先でさらに変な怪しい人々と関わり、
オレは絶対こいつらとは関わらんと強く思いながら自分から深みにはまるノリが、
人間のヤバさを汲み取っていて最高(最悪w)

その闇から滲み出るような細部、古代遺物の意匠とか、
夜の闇の海からやってくる「奥方」の気配とか、怪しい飲み物とかが豊かに全編を彩っている。


3つ目「ボーダーライン」の主題はこれまた危険。
両親と自分の出自の秘密の暴露に、近親相姦的な要素とアイルランドの問題が絡まっている。
秘密が最後に劇的に明らかになる経緯に、主人公が女優であることが密接に関わるのも上手い。

原題の「A borderline- case」は「境界例」のことだろうか。
ほかに単に「どっちつかずのケース」という意味でも用いるらしいが、どちらも内容とははっきりと呼応はしない感じ。


4つ目「十字架の道」は、毛色の異なる群像劇。
ミステリアスな要素はあまりないが、さまざまな要素が絶妙に絡まり合って、
それぞれに偏屈な人々の関係がダイナミックに動いていく。
事実は小説よりも奇なりというが、その「奇」を汲み取ってきたようなエピソード群。
群像劇って好きなんだよね。アルトマンとかで映画化したいわー。


5つ目「第六の力」
SF風味のオカルトorオカルト風味のSF。
とんでもないブレイクスルーが起きたと思われるが、その結果や証拠は5分もしないうちに失われる。
大変な秘密が秘密のまま残される。
この感覚。

主人公がここから立ち去ろうと強く決意した刹那に、抗いがたい魅力、興味、職業的習慣?によって
むしろ身も心も「それ」にコミットし始めてしまうあたりが、ほかの作品にも通じる要素。

意思や理性を深層のオブセッションがやすやすと乗り越えてしまう人の業みたいなものを好んでテーマに据える。




というわけで、予想の5倍は面白かったので、ほかの邦訳本も一気買いした次第であります。

ところで本書のカバー絵は、現代日本を代表する(と勝手に思っている)幻想画家浅野信二氏のもので、
大変に相応しい感あり。

個人的に関わりのある人でもあるとともに、
チェンバーロックバンドZYPRESSENの唯一のアルバムのジャケ絵も彼の作。(手前味噌)


コメント

コンドラシン+アムステルダムコンセルトヘボウ「シェエラザード」に関連して調べ物をしたがとりあえず挫折している件

2018-07-23 00:54:36 | music
先日某所で、コンドラシン+アムステルダムコンセルトヘボウによる
リムスキー=コルサコフ「シェエラザード」の録音が大好きなんですってことを書いて、
(まあしょっちゅう書いてるんですが)

で、このジャケ絵は誰の絵だろう?と40年目くらいにして初めて本気で思いまして。。

で、某所で「誰だろう?調査中」って書きましたところ、
3人の濃いめの友人から、間髪を入れず

「それはカイ・ニールセンだよ」

といきなり正解が飛び込みまして、やはり持つべきものは友。

なおかつひとりはニールセンの画集および、
ニールセンが他の挿絵画家らとともに掲載されている本を貸してくれました。


ということで、開始前に調査は打ち切り一件落着(笑)な訳ですが、
せっかくなので、関連した疑問?について、少し調べてみることにしました。
まあググるだけですけどね。。

。。。なんですが。。。目的は達成されず、力尽きたところです(笑)
中間報告ということで。

**

お題
【画家の名はレコードのライナーノーツ等に掲載されていたのか?】

合わせて教えてもらったdiscogsというサイトによると、
オリジナル発売時のLPは、オランダ、ブラジル、フランス、日本のバージョンがあるとのことです。
ここ

ちなみにこのサイトにあるクレジットには、artwork:Kay Nielsenの記載があります。
こいつ



さて、まず日本盤。レコード棚をガサゴソとみましたら、
ちゃんと持ち歩いてきたらしく現物が手元にありましたので観察。

ジャケ裏にライナーがある構成で、ライナー、クレジットともにニールセンへの言及はありませんでした。




併せてオビを改めて見てみると、まず「ポスターつき」と。
ポスター?
そういえばポスターあったような気がします!
ジャケ内にはもはやなかったので、実家の奥底に眠っているか、もはやこの世にはないのかもしれません。。
散逸というやつですな。



あとオビ裏の「時計プレゼント」。時計欲しいかも!w
応募しておけばよかったわー(しかし締め切りは昭和55年w)
しかもクロスワードパズルがところどころ難しいかもw


さて、

オランダ、フランス、ブラジル盤ですが、
オランダ盤がこれのようですね。

ジャケ裏の写真もあるんですが、解像度が悪く文字が読めません。。。


タイトルその他上段はおそらく英語/独語/仏語で書き分けられていると思いますが、
ライナーノーツ本文はどうなっているのかわかりませんね〜

執筆者はJoan Ashleyということなので、原文がどこかにアップされているかも?
と思いましたが、ざっくりネットには見当たらず。。。。


ならばCDのライナーは?
ということで、
CD版のライナーの一部がネットに上がってはいるのですが、
その範囲内ではおそらく言及はないように思えます。
独仏語なんで明確に理解はしてませんが。。。

こんな感じ



そういえばCDももってたなこれ。。
と思い、家探しをしましたが、暑いので挫折。


。。これはオリジナル盤を中古屋で買うか??
その方が早い気もしてきましたが、、、、
そこまでしなくても良いか。



ということで、挫折記でした。

コメント

「告白小説、その結末」ロマン・ポランスキー

2018-07-01 02:47:40 | cinema
気づいたら公開していたので観に行きました。
公開日翌日の日曜日の午後。

予約しないでも大丈夫だろうと思いましたが
本当に大丈夫でした(苦笑)
まあ最近はワタシの見るような映画で満席体験はまずないのですから、
これも例外ではないですね。




ポランスキーは巧みなストーリーテリングとともに
映像や音の端々で謎めいた、何かに繋がっているような印を
たくさんたくさん仕込んでくるのが特徴で。

というかそれがとにかくワタシは好きなんですのよ。

あと、繰り返しのモチーフ。
昔から変わらない特徴。

現実のストーリーを紡いでいるのにだんだん夢か幻かとなってきて
虚実の境界が揺らぐ。
この揺らぎをポランスキーは慣れた手つきで操る。

好きだわー


◎ブーツが同じ
◎殺鼠剤をガーンと派手に投げ落とす。
◎雨、水気、湿気
◎窓から手を振るだけでもう不穏。
◎無理やり食事をさせることの繰り返し
◎引越しにやたら荷物が多い
◎カフェに行くと同じ席で同じように待っている(繰り返し)
◎不吉な車移動


真相は明らかにならん上に、
彼女たちにそれぞれ何があったのか、何かあったようだということは散々におわせるのに
何一つ明らかにならん。

ついには本当に彼女はいたのか?というアレ。
わかっちゃいるがやめられないこの魅力(笑)

手法は古くは「ローズマリー〜」や「テナント」とも通じるもので、
近年の「ゴーストライター」などでも存分に発揮されるんだが、
全然古びないよね。
(というかワタシが古びているので古く感じないだけかもしれんが)

原作がありながらももう完全にポランスキーワールド。

**********

原作といえば、なかなかよくできたお話だと思ったので、
原作本欲しかったんです。

原作本は劇場でも販売していたんですが、
本は本屋で買いたいワタシとしては、劇場の最寄駅のビルのある本屋さんに寄ってみたわけですが、、、
まあ予想通り置いてませんでした。。

品薄なのか置いてないだけなのかわかりません。

****

エヴァ・グリーンが最近の諸々の出演作の役柄のおかげで、
もうどう見ても最初からエキセントリック妖女にしか見えないのが
難点と言えば難点かも(笑)

エマニュエル・セニエが若いころであれば、エルの役をエマニュエルがやっていたかもしれない。
そこにエヴァが入ってくるという構図は、
この映画のテーマと響き合っているとも言えるのではないかしら。
と妄想する。


コメント

「イカリエ XB-1」インドゥジヒ・ポラーク

2018-06-13 01:35:30 | cinema


チェコ・スロバキアの1963年の伝説のSF映画。
伝説といってもワタシはよく知らなかったのだが。。

期待したほどの大名作というわけではなかったが、例によって期待値が大きすぎただけで、
間違いなくヨーロッパ周縁臭濃厚な好きなタイプのアレ。

二癖ありそうな濃い人々が集う密室たる宇宙船で、
それぞれの出自やら立場やら政治的背景やらを濃厚に漂わせつつ織りなされる人間模様の一方で密かに進む未知との遭遇。

不可解な現象の中で事件というより人の心がどんどん変調していくドラマになるのはレム的。
不可解の末に出会うであろう未知の存在が「高次な」生命体であろうところは、クラーク的な希望に満ちている。



キューブリックのアレの元ネタになったかも?!という宣伝文句が目立つが、
取り立ててそういうわけでもないと思われた。宣伝だから仕方がないとは思う。

強いて言うならあの生命誕生のアイデアか。あるいはこういう思弁的なもの、
人知の範囲内での刺激的な事件のエンタメ映画でなくてもいいんだという発想には通じるのかも。

宇宙船内で生まれる世代が出るというネタは流石に今はそんなにインパクトはないが、
60年代なら結構訴えるものがあったのではないかしら。
にしても、あれは副船長(だったか?)が妊娠を理由に妻を地球に残してきたことに対する疑惑
(本当にその理由だったのか?)みたいなことに繋がってもいる、
むしろ説話的な仕掛けでもあるわけだけど。

このネタは「2001年〜」のような形で昇華するとまた違うインパクトになるね。
まああれは原作があるのだが。



上映は音が結構デカくて、宇宙船が飛ぶ時のチープな電子音とか、
電子音によるバルトークみたいな強烈な音楽が無防備に耳に突き刺さる。

音楽のズデニェク・リシュカは、シュヴァンクマイエルなどチェコアニメの音楽を多く手がけている人で、
要するにかなり好み。
ラストのクラーク的カタルシスのところだけ妙に大時代的にロマンティックだったのは、
あれもズデニェクの作なのかしら。



レム「マゼラン星雲」を下敷きにしているとのことだが、
あれはレムが自ら封印してしまったといわれる作品であることもあり残念ながら未読。

原作もクラーク的(何度も言いますがw)希望エンディングであるとしたら
レムが封印する気持ちもわからんでもない。

「マゼラン星雲」の内容とか、封印の経緯とかは、別途調べてみよう。
映画はだいぶ話を変えているとの話も聞くし。


公式サイト

@シネマカリテ
コメント

「ラッキー」HARRY DEAN STANTON IS LUCKY ジョン・キャロル・リンチ

2018-06-09 03:28:42 | cinema
これ観たのは4月だった、もうそんなに経ったのか。。

ハリー・ディーンは好きな俳優さんというふうに思ってはいるものの、
あまり出演作を観ていないので申し訳ないのだが、
遺作となればもう無条件に劇場にお金を落とす必要があるのです。

ということで、シネスイッチ銀座に久しぶりに行きました。

基本は田舎町の老人の繰言で構成されているのですが、
老いたところにある蒙昧や聡明、達観や諦めや希望、
過去と現在と未来への幾重にも折り重なった思いが、
絵と音にしっかりと刻まれている素敵な映画になっておりました。

日々の暮らし方を頑固に守り世に背を向けて凝り固まっている一方で、
周囲の人たち、同世代の友人や若い人たちやとても若い人たちとの交流で変化について考え受け入れもする。
考えを深めたり改めたりする。

そういう人としてのダイナミズムへの偏見のない真摯なアプローチのある素晴らしい映画でした。

正直そんなに期待していたわけではないんですが、リンチ監督(デヴィッドではないですねw)良いですねー。




印象に残るエピソードは(ほぼ全編印象深いんですが)、
忌み嫌って殴り合いの挑発までした保険屋さんとダイナーで偶然会って、
彼のちょっとした恐怖体験を聞き、心の中では和解をするシークエンス。

小さな変化のシーンですが、これも冒頭画面をノソノソ横切る亀の映像から、
リンチ(デヴィッドね)扮する友人が語る亀についての理解の変遷から、
ラストのやはり荒野を歩く亀の姿まで、全編を流れる流れの中のひとつになっていて、
密かに感動的。


歩くといえば、全編ハリーが歩く映画でもありました。
繰り返し近所の同じルートを歩く彼。同じ風景ながら、ひとつとして同じ心持ちではない。
「パリ・テキサス」で歩く彼との繋がりでもあろうかと。

あるいは、夜半目覚めてベッドで呆然とするラッキー。
流れる歌の暗い歌詞。
彼の抱えてきた心の闇、しかし劇中では語られることのない闇がひしひしと伝わる印象的な場面。

よく出来ていますなー。


ひとつリンチ(デヴィッド)を思わせる不思議な演出もあった。
夜、友人を追って店の外に出て、不思議な路地とドアに引き寄せられ、
呆然と立ち尽くす。あの感じ。。


そしてもちろん、あのウェディングパーティーでの歌。。。。。。


***

と惹かれつつも、
一方では彼らの考え、言葉遣い、人との関係のちょっとしたひねり、
自我の通し方と多賀の受け入れ方、
みたいのものが、ワタシのいる文化圏とはつくづく違うな〜と思ったり。

彼らのノリはよくわかる気がするし、好きではあるのだが、
もう自分とはかなり違う。異質。
彼らの社会ではワタシは生きられない、、と感じたのです。


この感覚は時々ある。
例えばカサヴェテスの「アメリカの影」とか
えーと、ボグダノヴィッチ「ラスト・ショー」とか観るときと同じ。。

なんとも言えないが、こういうのは多分人の心の奥底というか綿密なヒダみたいなのを映画が捉えちゃったからではないかしら。。



あとDVDとかになったらエンドロールをチェックして使用曲をリストアップする必要があるね!
すべての映画はエンドロールの全情報をネットにアップするようにしたらいいんじゃないかと常々思う。

音楽作品のクレジットも同様だけど。


公式サイト

コメント

「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」ピーター・トライアス

2018-05-15 01:02:20 | book
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)
クリエーター情報なし
早川書房


ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)
クリエーター情報なし
早川書房




ディック「高い城の男」の精神的続編と自称?ということで、
読まずには置けません的なピーター・トライアスの小説。

ディックの設定をほぼベースにした世界で、
「高い城の男」のその後の時代を描いているのだが、
その進化というか変化の方向はなんというか、21世紀日本向き。。。

サイバーパンクの後にゲームやロボットアニメの感覚を取り込んで
なんとなくどこかで見た感じのあるノリで進んでいく。

日系の軍人であり忠誠心もなくはないが、
複雑な出自を持ち、どこか醒めた現実認識を持ち、
無能な側面を発散しながらも一点突破的にやたら優秀な資質もある。
大切なものを守ろうとする気質を持ちながら、クールで諦念とともに笑いながら賭けに挑む。

みたいな、ピントの定まらない人物像をどんと中心に持ってくるあたりも非常に現代的。



てことで、よく考えられた設定や、想像上のテクノロジーが帰結する現実をしっかり描写する腕は大したもんであるが、
まあなんというか、若い作品て感じはしたな。。

いったい何が正義なんだよ?という葛藤はあるが、
そもそも正義とは何なんだ?と考える俺は一体何者なんだ?
みたいなディック的問いの続編ではないと思いました。


読後感がマルドゥックに似ている。。。。



一つだけ具体的な難癖をつけるとすると、、、
昭子さんが「左手はやめろ」っていうところは、
えーと、作者はバイオリンを弾く人ではないんだろうと思いました。
(本当のところは知らん)
左手が最重要みたいな考えは、バイオリニストは抱かないよねえ。。。


エンタメ読書には最適。
楽しくあっという間に読み終える。


↓こちらは銀背の新シリーズ版の同書
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
クリエーター情報なし
早川書房



最近さらにこいつの続編が出たので、そのうち読むです。
(こちらも銀背と文庫の2バージョンで出てますね〜)

本書と著者については
大森望先生によるちゃんとした解説がありますので、
そちらもぜひ。


コメント

MISIA20180428横浜アリーナ行ってきました。

2018-05-10 01:29:20 | music
久しぶりにMISIAのライブに行ってきました。
20th ANNIVERSARY THE SUPER TOUR OF MISIA Girls just wanna have fun 最終日

最近のアルバムには今ひとつハマっていなかったのですが、デビュー20周年てことだし行くか。
と思ったんですが、結論的には、予想の256倍くらい楽しんでしまいました!

アリーナ花道横4列目といういい席だったせいもあり、
等身大MISIAが目の前を走り回るもんで、おじさんはもう感涙w

もう20年近く応援しているので、何というか、
親類の小さかった女の子が頑張ってここまできたみたいな心持ち(笑)
応援っても別に大したことはしていないのでいいきなもんであるがw


なにしろ冒頭、DJで引っ張って十分場を温めたところで(演出も心得たもんですなw)、
がーん!とinto the lightで登場するんだもんな。
いきなり大感涙。

こうして聴いていくと、やはり特別な曲ってのはあるよね。
into the lightもそうだけど、the glory dayとか陽の当たる場所とかbelieveとか。
知ってる〜っていうのを超えて、神々しいというか、細胞が反応してしまう。


席のせいか、音がとても良かった。さすがにベースあたりがクリアというわけにはいかなかったが、
特にボーカルはすっきりと自然によく通って、繊細かつダイナミックな歌をよく伝えていた。
歌が豊かにありありと目の前に?伝わってくるのが感動的。

技術をつぎ込んだ音作り。

バンドも一流。以前も一流だったけど、どこか仲間感のあるチームでやっていたが、
今回はもうひと回り超越的にスケールアップした感じ。
主にニューヨーク勢からなるジャズチームがいるせいもあるが、
とにかくドラマーが人間離れした精緻さなのがその印象を作っていたと思う。

「来るぞスリリング」などで、客席の手拍子が迷子になるくらいの
凝ったリズムパターンをまったく乱れなく叩き出すのは圧巻よ。

音楽は下手なことは問題ない、と日頃思っているが、
やはり上手い演奏というのは心に迫るというのもそのとおりだと思ったわ〜


中盤のしっとり系が続くところもよかったな。
ちょっとクールダウンのための長めのインストの後、
多分あの曲が来るだろうという雰囲気を高めて始まったあの曲。タイトルなんだっけ?w
冬の歌。

あれ好きなんだよねー。
フライミートゥーザムーンに似てるって?気にしない気にしないw

あと以前よくやっていたダンシングメドレー構成が今回はなかったのも好感。
曲の1/3くらいやってさっさと次の曲行って、
ビートはずっとおんなじみたいなメドレーは好きじゃないのよね。
1曲の中にドラマや起承転結を盛り込んで作ってあるのだから、
1曲をちゃんと全部やる方がよいわよね。


それと、ダンサーが2チームいて、片方は音楽系というかビートにのって踊る系で、
もう片方はアート的なダンス。

ゴージャスだわ。



リボンが発射されるとかアリーナ中を風船が舞うとか、ありきたりといえばそうなんだけど、
大きな空間で体験すると、夢のような空間なんだよね。
素になって空間を受け止めた。

まあお金をつぎ込んで夢空間を作り上げるディズニーランド的な楽しみではあるね。

コメント

「ラ・ラ・ランド」デミアン・チャゼル

2018-04-30 23:54:18 | cinema
ラ・ラ・ランド(字幕版)
クリエーター情報なし
メーカー情報なし


ラ・ラ・ランド スタンダード・エディション [Blu-ray]
クリエーター情報なし
ポニーキャニオン



録画してたのを観ました。

素晴らしいというところはほぼなく(汗)
ツッコミどころも満載であるのだが、
でも嫌いじゃないのよねこういうのはw

夢がおいそれと抱けない今の世の中に
かなりおいそれと夢を描いてしまうという、
話の根幹の非現実性からして、もう全く腰が座らないわけだけど、
これも、日常はダメダメだけど夢はあるという時代(の映画)へのオマージュ?な訳だから、
まあ仕方がない。

全編骨格から細部から徹頭徹尾オマージュ?リスペクト?参照?引用?だと思われるので、
そういうコンセプト?は見事に成功していると思われる。

そのせいで、この映画は「ステレオタイプのなんも考えてない映画」って線を
辛うじて回避できちゃってるのではないか??

オマージュの快楽?ってあるじゃない?
これってアレっぽいでしょ?いいよねーアレ!いやー最高だ!みたいなw

その快楽はワシは好きだし、ここで指し示す世界だか価値観だかも結構好きだし、
そういう楽しみには浸りましたねー。

それの有効性とかは別の議論ですが。。。。

******

現代性ということでは、セブの生き方の軟弱な感じでしょうかw
古いジャズのささやかな復権に心身を捧げる風なことを言いつつ、
メジャーバンドの軽薄なキーボードプレイで稼いでお金を貯める。
そのことの善悪だか苦悩だかは突き詰められない。

とか、結局店の名前をあれにしてるんじゃんwとか

それはまあ、人間が描かれてない!
というよくある批判にがっつり該当するわけで、
実際描かれないのは残念でもあるけれど、
ワタシの感じ方としては、実際の人生ではそんなに突き詰めたり考えたりしないで行動することも多々あるので、
ことさらに人間の真実だの何だのを必ずしも映画で描かなくても良いのでは。。
むしろそういういい加減性とでもいうか、かっこ悪く適当〜なあり方もまた人生なんだろうと思う次第で、
そういうことが許される時代でもあるだろうと思うのよね。

そういう意味で、セブのモヤっとしたところは現代的。


あとは、彼らのダンスがなんとも下手くそというか、
素人臭いのも、ちょっと耐え難いところでもあるのだが(笑)
これまた今の時代にジンジャー&フレッド的なプロフェッショナル性てんこ盛りのダンスを披露するのも少しうすら寒い気もする。。。

あの、虚構の中にありながら、「俺らはあなた方の望むプロです、今からプロの技を披露しますんでとくとご覧あれ!!」みたいな役者の現実の姿を見せてくるみたいな、微妙な間合いは、当時というか往年の意識に対してしかアピールし得ないのではないかしら。。。

ということで、これも単に下手だと言って笑うこともできない、
この作品にある現実性の一つではなかろうか。。と思いました。。
(しかし一方で、オマージュ芸一徹の作品なのであれば、
昔ならではの過度の職人性のアピールってのをやっても良かったのではないかとも思う。。)

****

ライアン・ゴズリングの驚異的な特訓の成果たるピアノ演奏は、
もしかしたら過度の職人性アピールという往年のノリを醸し出す工夫だったのかもしれない?
が、しかし、あれがオールドスタイルのズージャに心身をささげている男の演奏する曲なのか??
という素朴な疑問にめまいがするわけで、
そこはせっかくの特訓も100%は生きなかったのではなかろうか(涙)

というか、あれが古き良きジャズです、と言った途端に、
いわゆるジャズファンの人たちは一気に敵対勢力に回ってしまっただろう(苦笑)
もったいない。。。


ワタシ的には、ジャズかどうかとは別に、あれらの曲はむしろ好みなタイプでよかったんだけれど。

最初からジャズピアニストじゃなくてもっと普通のポピュラーの人とかに・・・
・・すると、今度はメジャーバンドで稼ぐ背徳感が出せないのか・・・

と考えるとやっぱいろいろ問題はあるねこれは(笑)

****

オープニングは「ロシュフォール」+「ウィークエンド」みたいなノリで
割と好きだけど、「ロシュフォール〜」のあのノリ自体が結構好き嫌いあるよね。

「ウィークエンド」とくるならジャック・タチということになるわよねー
ということで、その辺の物をまた観たい!!!

オープニングの曲は元々は「traffic」というタイトルだったと言うことだから、
きっと踏まえているんだろうね。


あ、あとエマ・ストーンが自分で歌っているということらしいのですが、
彼女の歌は大変好きよ♡



@WOWWOWにて
コメント