Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

風煉ダンス・演劇公演『レーニン伯父さん』観た!

2013-07-30 01:43:12 | art
風煉ダンスは、昔の仲間がやっている劇団なのです。

彼らの新作『レーニン伯父さん』
7/29の公演を観てきましたが、とても面白かった!

本格的な会話劇だけど音楽もスペクタクルもちゃんとあってセットも照明も充実した総合的な作劇だった。
脚本も今に生きる我々の物語にちゃんとなっていて考えさせるとともに、??とよくわからないところも残してあっていい感じ。
役者さんたち、とくに妙齢の女優さんお二人がとてもいい演技をされていて感動もの。

日暮里に足が延びる方は興味があったら観に行ってみてください!
7/31までやってます。

****

演劇というか脚本を書いていると、一度はチェーホフ的な会話劇をやりたくなるんだよねー
と脚本の林くんが語っていたんだが、
このお芝居、形式もチェーホフっぽいんだけど、題材もチェーホフっぽく、
おそらくはロシアの田舎の村「モドリノ」にある旧家ぽい家が主な舞台になる。

どうやらそこは帝政からソビエトに移り変わったあとの時代のようだけど、
どうもその村は時代に取り残されたような生活をしているらしい。

その村に暮らす一家のもとに、怪しげな国土調査員?、「偉大な人」、そして以前この屋敷に住んでいた婦人がやってくる。
彼らがこの家にもたらすものは?
そして、村の森に住んでいるという「怪物」の正体は??

****

てな感じではあるんだけど、
激動の時代に生きた人々の人生に思いを馳せつつ、
そこに今の我々の時代を重ねあわせて、
これからの世の中いったいなにが起きるだろう?という問いと
それでも生きていくのだというあらかじめの決意とをもった
今に生きたお芝居だったと思う。

怪物はある面ではあの時代を席巻した恐ろしい力のことを指すだろうけれど、
別の面ではそれは村の繁栄をもたらしたという伝説ももち、
帝政の時代のことでもるかもしれないけど、我々からするとそれはあのバブルの経済力のことを指しているようでもあるし、
その怪物が甦るとはどういうことなのか?と
考えるネタをいくつも提供してくれる。

ほかにもあれこれ書きたいところだが、ネタバレになるし、
ぼんやりした印象のまま楽しむのもああいうお芝居の楽しみかたであると思うのだ。

*****

で、ワタシはやっぱりニーナ(溝口明日美さん)が大好きなんだけど今回も直接は言えませんでした(*^^*)

あと音楽と出演の鈴木光介さんの特殊技能が(ネタバレになるから言わない)!!

あとは、、
いつになくセットががっちり本格的というか、演劇っぽかったw
暗転のあとセットががらりと変わる演出がすごかった。

照明も、昔の機材しか知らないので、LEDなのかな?新しい機材で
びかびかっ!と稲妻を表現したりと、技術の進歩だな~


@日暮里d-倉庫
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「ニックス・ムービー 水上の稲妻」ニコラス・レイ/ヴィム・ヴェンダース

2013-07-29 00:01:45 | cinema
ニックス・ムービー 水上の稲妻 デジタルニューマスター版 [DVD]
クリエーター情報なし
東北新社


ニックス・ムービー/水上の稲妻
NICK'S FILM LIGHTNING OVER WATER
1980西ドイツ
監督:ヴィム・ヴェンダース、ニコラス・レイ


葛藤もまた作為の内みたいなヴェンダースのあざといところも感じなくはないが、
そのように、映画を撮っているうちに、撮っている自分や撮影隊の抱えるジレンマみたいなのが
関心の中央に居座ってしまい、しかもそれをまた撮影の対象にしてしまわないと気が済まず、
最終的にも作品に反映させてしまうみたいな、変に愚直なこらえ性のなさが、
ヴェンダースをしてある種の越境者たらしめているのはまた間違いないのである。

少なくとも初期においての彼の越境は、あざとさではなく愚直+節操のなさなのだと思う。

映画としてのたしなみをここでは軽々と(あるいは重々しく)乗り越えて、
劇映画と、それを撮るクルーや監督そして被写体の素の姿を含む「メイキング」が混然とした本作は、
結果として構造的に、あるいは映画が現前せしむものの復層性の点で大変面白いものとして出来上がっていて、
しかしそれは上述したようにニックの最期のときに当って、撮るべきか否かみたいな悩みを
あろうことか主題のひとつとしてしまうことでようやく完成した境地なのであって、
もしかしたら真摯な監督なら、あるいは潔癖な監督なら、当初のニックとの合作劇映画がなし得ないとなった時点で
失敗した企画として葬り去ったかもしれないし、あるいは、いさぎよくニックの最期のときのドキュメンタリーとして
方向を転換していたかも知れない。

もしかしたら我々はこれを不遜な作品として糾弾すべきだったのかもしれない。
ニコラス・レイは当然仕上がった作品を観てはいないし、ニックの衰弱する様を前にして迷い悩む自分たちを作品に繰り込むことによって成立した「面白さ」を糾弾すべきだったのかもしれない。

が、われわれは受け入れてしまった。
何十年も前に。
病に冒された人と、近しい人との間の、ひとによって様々であるがゆえにひとつひとつの出来事が特別な意味を持つ点で共通する普遍性をもちながら、二人の映画監督の関係性を生き生きと伝え、我々の共感をつかみ取る映画として受け入れてしまった。
この映画の後に我々はいて、なお映画の可能性について考えている。
ひとつの無作法な越境によって可能となった映画の可能性を無視して先に進むことはできないでいる。

****

なんちってちょっと真面目モードにしてみました。

冒頭ヴィムがタクシーを降りる路地のはるか先に見える二つの塔に
今の我々は愕然とする。
そういう映像を残してしまうのもヴェンダースらしい気がする。
象徴的なものに着目する視点はテロリストと共通するものなのかもしれない(と不穏なことを)。

作品内でニックの遺作であるWe can't go home againの一部が映るのだが、
先日こいつが公開されていたのだが見逃した。。残念。
むしろそちらを見るべきだったのかも。

同じくニックの監督作『ラスティ・メン』の一部が、ニックの講演での上映という形で紹介されるが、
それがヴェンダースの『さすらい』の一場面とそっくりで、ああ元ネタってのはあるんだなと変に感心した。



@自宅DVD
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「イースタン・プロミス」デヴィッド・クローネンバーグ

2013-07-28 04:45:19 | cinema
イースタン・プロミス [DVD]
クリエーター情報なし
Happinet(SB)(D)


イースタン・プロミスEASTERN PROMISES
2007イギリス/カナダ/アメリカ
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
脚本:スティーヴ・ナイト
撮影:ピーター・サシツキー
出演:ヴィゴ・モーテンセン、ナオミ・ワッツ、ヴァンサン・カッセル、アーミン・ミューラー=スタール、イエジー・スコリモフスキ 他


役者が立っていて見応えのある映画になっている。

敵味方がはっきりせず、敵かと思えば妙に優しかったり、
味方かと思えば実ははめられていたり。
立場や態度がくるくると反転するのがこの映画のキモではないかと思う。

思えば冒頭の床屋さんからしていきなり豹変するし。
主人公ニコライとつるんでいる、えーと、なんだっけ?ああ、キリル。
この二人の関係性も、マフィアボスのドラ息子とそれに仕える新参者の立場であったり、
実力を覗かせて持ちつ持たれつの関係になったりとどんどん変化する。

そもそもニコライの正体からしてアレだし。

人間関係というか社会というのは当然ながらそういう関係性がある程度定まっていることでつかの間成り立っているとするならば、ここで描かれる裏社会のハードさというのは、その関係性が定まらないこと、決して安住しそれに基づく判断で生きることができない社会というハードさである。
単に暴力や掟が支配することによるハードさだけではないのだ。

という映画かと思った。

***

そこでは一見関係性の固定に資すると思われるタトゥーにしても
逆に背信の道具として用いられる危険性をもつことを
ヴィーゴが全裸で奮闘して示してくれている。

あの格闘シーンはどうやって撮っているのか、
本当に傷つけあっているようにしか見えない。
クローネンバーグならそのくらい要求しかねないような気もするのでハラハラものである。

ハラハラするといえば、スコリモフスキ演じるえーっとステパン。
普通の人なのに老いてなお血気盛んで、黒社会のいかにもヤバそうなニコライにくってかかったりする。
あれはスコリモフスキの地なのではないだろうか?(勝手にそんなイメージを持っている)

ナオミ・ワッツの正義感もハラハラする。彼女らしいまっすぐな役どころでいい感じだけど。
ラストシーンが思いもよらない安堵感。



あとは、どら息子キリルを演じたヴァンサン・カッセルがよかった。
どうしようもない酒浸りなアホなくせにプライドと威勢の良さは人一倍。
あれとはつきあいたくないものだがニコライはしっかり懐柔するのでさすが~。





@自宅DVD
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「ロマン・ポランスキー 初めての告白」ロラン・ブーズロー

2013-07-26 01:09:36 | cinema
ロマン・ポランスキー 初めての告白
ROMAN POLANSKI: A FILM MEMOIR
2012イギリス/イタリア/ドイツ
監督:ロラン・ブーズロー
製作:アンドリュー・ブラウンズバーグ
出演:ロマン・ポランスキー、アンドリュー・ブラウンズバーグ


ポランスキーは作品も波乱万丈だが、本人も相当に波乱万丈な人生なので有名。
なのにそういうことを振り返ったりまとめたりしたものがほとんどない、ということから、このインタビュー映画は出来たということだ。

印象に残ったことを列挙しよう。

まず冒頭、パリにいたポランスキー一家が、ドイツがポーランドに侵攻する直前にクラクフに移住したというところで、ポランスキーが「これが運の尽きだ」と言うのだが、いや、全く不運としか言いようがないと唖然としてしまった。あのままパリにいれば母親も姉も命を落とさずに済んだかもしれないのだ。運命の恐ろしさ。

ワルシャワでのゲットーでの体験や、収容所から生還した父親の体験は、のちに『戦場のピアニスト』での豊富なディテールとして再現されている。
夜に女性が連行され撃ち殺されたり、少年ばかりの死体がゲットーに転がっていたり、ゲットーから抜け出して買い物をしたり、護送車に押し込められ所持品すべてが広場に取り残されていたり、そういうもろもろが実体験の再現であったことに驚く。

ゲットーから父親の機転で脱出した幼いロマンが荒野を歩き続けた記憶は、『オリバー・ツイスト』でオリバーがロンドン目指し田舎道を延々歩くシーンに反映しているという。
私見だけど、これは『テス』でも見られる影響だ。荒野を歩き靴も服も泥だらけになるあの疲弊感。

生死も明らかでなかった父親と数年ぶりに再開した際の情景を回想する時、ポランスキーが改めて涙ぐむのが心打たれた。少年にとってそれはどんなにか嬉しく頼もしい再開であったことか。


ポランスキーが映画の世界に入った経緯などはほとんど触れないのはちょっと残念。

シャロン・テートの事件もまた不運ということかもしれない。事件のあった屋敷はポランスキーの前にはミュージシャンが住んでいて、ミュージシャン志望のマンソンはその屋敷を訪れ、冷たくあしらわれたというのだ。もしポランスキーがその屋敷を借りていなかったら…

一方でポランスキー自身のある意味強運も印象的。事件の時はロンドンにいたというから。

事件のあとはマスコミなどか有る事無い事書きたてたということで、シャロンたちか黒魔術に凝ってたとかそういうことを言われたということ。この作品の中では異例なことに、ここで当時のポランスキーの会見シーンが引用される。『真実が明らかになった時、みなさんは恥いることになるでしょう』と。
ここは制作者として絶対織り込んでおきたいポイントだったのだろう。マスコミはいつの時代もこんな感じなのかな。

織り込んでおきたいポイントといえばもう一つ、未成年淫行の件では、起訴後ポランスキーがヨーロッパに『逃亡した』と言われていることに対して、あれは正当な手続きによる渡航だったと強調していた。

あとは最近の逮捕劇の話。

**

ポランスキーと長年仕事をともにしているスタッフによる作品なので
ポランスキーに都合の悪いことや批判的な視点はいっさいないのだが
さんざんゴシップ的にあちこちで書かれてきたことに対するポランスキー側からのちょっとした反撃と思えば
それはそれで価値のあることだろうと思う。
批判的でないということさえわかっていればいいのだろう。

ワタシ個人的には、映画を作り始めた経緯とか、役者としての経験とか
そういうキャリア的なことも知りたかった。
あとは、シャロンもそうだしナスターシャとも関係があったらしいし、エマニュエル・セニエとくっついたりしてるので、女優に手を出す系の人かと思うが(苦笑)そのへんのことも触れていると見応えがあったかもねえ。



最後に、一番気に入っている作品は?(だっけ?)という問いに答えるのだが、
ああ、なるほどなと。



@イメージフォーラム
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「クラッシュ」デヴィッド・クローネンバーグ

2013-07-23 02:29:33 | cinema
クラッシュ [DVD]
クリエーター情報なし
ポニーキャニオン


クラッシュCRASH
1996カナダ
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
製作:デヴィッド・クローネンバーグ
原作:J・G・バラード
脚本:デヴィッド・クローネンバーグ
撮影:ピーター・サシツキー
音楽:ハワード・ショア
出演:ジェームズ・スペイダー、ホリー・ハンター、イライアス・コティーズ、デボラ・アンガー 他


これまたバラードの原作を読んでいないので残念なのですが、
主題的にはとてもクローネンバーグ的な倒錯。

車と女(失礼)は古来よりセットで男の欲望の向かう先として語られちゃうのであって、
こういう俗な言い回しはときに人間の深層をズバリ言い表しちゃうものなんだなあと思ったり。

なぜ車とセックスは結びつくのか。
その何故?を決して追求したりはしないのがこの映画である。
執拗に車の、それもクラッシュするかしないかの「クラッシュ周辺」のところを見せて
それと深く結びついてしまった男女の興奮と頽廃の姿を見せる。
ひたすら結びついている映画なのだ。

だから色濃く死の影が染み付いている。
実際冒頭から死体がフロントガラスを突き破って飛んでくるし
(いや、飛んできてから死体となったのか)
だいたいそういうフェティッシュな性にはタナトスの影が濃いのだし
本当に結びついちゃっているヤツはスタントまがいのカークラッシュショウで
命を落とす寸前の激突に恍惚となったりする。
(やるほうも観る方も恍惚)

あるいは廃車になった車に乗り込んで恍惚となったり
あるいはスクラップ寸前の事故車を動かして走ってみたり
あるいは交通事故の現場に魅入られて写真を撮ってみたり現場を歩いてみたり
あるいはハイウェイでカーチェイスのまねごとをしてみたり
あるいは。。。

というふうに、車とエロス(とタナトス)の見本集のような映画なのだった。
「見せること」だけにより核心に近づくという映画の基本スペックを用いた人間/世界像の暴露ということで、
ある意味とても映画的な映画であるかもしれない。
それゆえそこには映画自体の持つ「見ること」の迫真性のようなものをも感じさせて、
この映画の寒々しさはそのことによっても成立しているのかもしれない。
見るもの=観客を巻き込んで。

****

ギターがカッコイイ音楽はすごくいいのだが
あれもハワード・ショアなのだろうか
ああいう音楽は作曲家というよりギタリストの腕次第という気もするね


@自宅DVD
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「ナインスゲート」ロマン・ポランスキー

2013-07-22 03:19:27 | cinema
ナインスゲート ―デジタル・レストア・バージョン― [DVD]
クリエーター情報なし
角川書店


ナインスゲートTHE NINTH GATE
1999フランス/スペイン
監督:ロマン・ポランスキー
製作:ロマン・ポランスキー
原作:アルトゥーロ・ペレス=レベルテ
脚本:エンリケ・ウルビス、ロマン・ポランスキー、ジョン・ブラウンジョン
出演:ジョニー・デップ、フランク・ランジェラ、レナ・オリン、エマニュエル・セニエ


すでに忘れかけているので観た記録のみ。

最後に本物のカードを得た主人公はあの古城に舞い戻るのだが、
その先魔界との契りを結び得たのかどうかは定かではないところがポランスキーらしい結末を明示しないやりかたなのだろう。

その前の守護神?エマニュエル・セニエとの結びつきはよくわからない。
なんだかそこだけ村上春樹的展開だw

ジョニー・デップの行く先々にあとから手を回して殺人を犯し希少本を手に入れる悪役君だけど、
それができるならなにもジョニデに探偵役などたのまなくてもいいのでは?と思ってしまった。

あの悪役というか怪しい富豪の豪勢な書庫にアクセスする暗証番号はたぶん「666」だった。


思い出したら追記しよう。



@自宅DVD
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「日曜日が待ち遠しい!」フランソワ・トリュフォー

2013-07-21 00:55:59 | cinema
フランソワ・トリュフォーDVD-BOX「14の恋の物語」[II]
クリエーター情報なし
角川エンタテインメント


日曜日が待ち遠しい!VIVEMENT DIMANCHE!
1982フランス
監督:フランソワ・トリュフォー
脚本:フランソワ・トリュフォー、シュザンヌ・シフマン、ジャン・オーレル
原作:チャールズ・ウィリアムズ『土曜を逃げろ』
音楽:ジョルジュ・ドルリュー
撮影:ネストール・アルメンドロス
出演:ファニー・アルダン、ジャン=ルイ・トランティニャン ほか


サスペンスなんだけどどこかのんびりしているのが好きですね。
最初に種明かししたのかと思っていると実は違うと最後でわかる。
注意深く観る人ほどひっかかる=楽しめるという仕組みですね。

ファニー・アルダンが完璧にスマートに立ち回るのではなく常に危なっかしげなところがよく、
失敗しながらも少しずつ確信に迫って行くテンポのゆったりさが面白い。
フィルム・ノワールの雰囲気を求めて80年代の作品でありながらモノクロで撮られた作品だが、
こうした女性の活躍やユーモラスなテンポはむしろトリュフォー的なやわらかさであるだろう。

そこが好きよね。


最後のどんでん返し的な切り回しはなかなかいい感じです。
このノリはちょっと『スティング』のラストなんかも思い出した。(あっちの方が古いけどね)
タバコの扱いとか、弁護士君が席を立った瞬間にジュリアンのニヤッと笑うカットが一瞬挟まれたりして
テンポが急によくなる。
最後の電話ボックスの扱いもよいね。人気のないところにだんだん人影が増えてくる。
ボックスのなかにいるからお互い手を出せなくて、状況の進むままになる感じ。
よく考えられている。


あと電話の音が場面を進ませる要素としてたくさん使われているのもよい。
緊張を高めたり言い争いが頂点に達しようとするときにいきなり電話が鳴って次の展開を告げるとか。
こういうのを考えるのが大好きでないと脚本て書けないだろうな。

ちょっとした工夫だけど、お芝居と映画がちょっとずつ関わっているのも面白い。
とくにバルバラがアマチュア劇団に属しているという設定は、トリュフォーの趣味としか思えないw
『終電車』のエコーとも言える。
そういえば『終電車』でも男はただ人目を忍んでひたすら隠れていた。
あちらのほうが題材的にはシリアスなモノを含んでいたが、あの隠遁もまあ牧歌的だよね。


それと映画館でかかっていたのはキューブリック『突撃』だった。

ということで、けっこう好きな作品。
トリュフォーの遺作。



@自宅DVD
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「デッドゾーン」デヴィッド・クローネンバーグ

2013-07-17 02:57:32 | cinema
デッドゾーン [DVD]
クリエーター情報なし
キングレコード


デッドゾーンTHE DEAD ZONE
1983カナダ
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
原作:スティーヴン・キング
脚本:ジェフリー・ボーム
音楽:マイケル・ケイメン
出演:クリストファー・ウォーケン、ブルック・アダムス、マーティン・シーン 他


スティーブン・キングの持ち味なのか、クローネンバーグ的なものなのか
主人公ジョニーの孤独が胸に迫る映画でした。

孤独と言っても父親はいて、相談できる医師もいる。結ばれなかった恋人とも時々会ったりしていて孤独ということはないのだが、ジョニーは基本的には自分から他人に関わりを持とうとはしなくなる。

それはもちろん彼が事故後に得た超自然的な能力によることなのだが、
人と違うことによる孤独というよりも、
その能力によって予見されたことに基づいて行動するとき、
他人にはその行動の根拠が計り知れないので理解されない、
という感じの孤独である。
(いや同じことかなあw)

最高に理解されない度が高いのが、映画のクライマックスである最後の彼の行動なのだが、
ジョニーは孤独に耐えかねたのか、彼の行動の理由を手紙という形で元恋人に送っている。
その手紙は事件のあとに恋人の元に届くことになるはずだ。
それは彼自身の救いとなるとともに
映画を観ている我々の心の救いにもなっている。

思えば観客は特権的に唯一ジョニーの心情と内面を理解できる立場にあるのである。
そのためにこの辛辣な映画が、その悲しいラストにも関わらずある種のハッピーエンドであることを感じるのだ。
ジョニーの目的は完全にではないにしろ達成されたことは
ジョニーと観客だけが知っているのだ。
観客も彼の孤独を生き、それゆえにその達成を知ることになる。

創作の「神の視点」という構造が、作品のアイディアとよく絡んでいる作りになっていると思うね。


****


デッドゾーンてどういうことなんだよおお?としばらく考えてたんだけど
ああそうか、脳の使われてない部分ってことかなーと思い至ったんだけど
常識?^^;


@自宅DVD
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sonimariumライブやります。

2013-07-07 23:34:38 | sonimarium通信
わたくしが首謀者でありますところのポップユニットsonimariumですが、
初ライブやることになりました!

詳細以下のとおりですので、ご都合つくかたはご来場くださると
もの凄く幸せです。

CD収録曲をやりますが、アレンジなどはバンド編成向けに結構変わっていますので、
CD聴きましたという方もまた新鮮に楽しめるんではないかと思います。

夏の盛りの夜、お好きな飲み物片手にゆったり楽しんでいただけたらいいなと思います。


2013.8.8thu 18:30open 19:30start
吉祥寺マンダラ2
\2000+ドリンク
miyaship(vo),takafu(b),山上晃司(key),日野雅司(g),にゃおい笑子(d)

会場でCD販売もします!
sonimariumのほかにもステキな人たちが出演します^^



よろしくおねがいします~!


sonimarium
クリエーター情報なし
インディーズ・メーカー
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「顔のない眼」ジョルジュ・フランジュ

2013-07-07 00:22:45 | cinema
顔のない眼 Blu-ray
クリエーター情報なし
紀伊國屋書店


顔のない眼LES YEUX SANS VISAGE
1959フランス/イタリア
監督:ジョルジュ・フランジュ
原作:ジャン・ルドン
脚本:ピエール・ボワロー、トーマス・ナルスジャック、ジャン・ルドン、クロード・ソーテ
撮影:ユージェン・シュフタン
音楽:モーリス・ジャール
出演:ピエール・ブラッスール、アリダ・ヴァリ、エディット・スコブ 他



カラックス『ホーリーモーターズ』で運転手が仮面をつけるのはなぜか?
答えの一つはこの映画だという話なので、早速観てみた。

カラックスのことは置いておいて、この映画、まずは、言葉にし得ない類の魅力、引力のようなものがあり、エンドタイトルの後、なんとも不思議な気持ちにさせられる、と言わなくてはならない。
犬たちを解き放ち、鳩を腕に肩に従えて暗闇へ歩いてゆくクリスティーヌの後ろ姿は、岡田史子の一篇にありそうな孤高の瞬間である。孤高の前に許されるのは沈黙のみではなかろうか。






ということで沈黙するのだが、

この映画の不思議な感覚は、やはりあの仮面にあり、日本人にはわかりやすく能面という例を挙げることができるだろう。
無表情な仮面をつけての演技にもかかわらず、そこには時々の表情が感じられる。白いマスクに像を投影したかのように観る者が内なる想像力を仮面に投影しているのだろうか。表情がないにもかかわらずどこか内面に迫るようななまなましさを感じるのである。

そのなまなましさを発する者としてのクリスティーヌは、絶対の無表情を外面に、醜かったり美しかったりする本来の姿を内面に持つ異形の存在である。外面と内面の融合を期待して弱々しい存在として泣き暮らす彼女は、他者の犠牲を前にして、自らの異形を受け入れることを衝動的に本能的に決意し、異形の者の住処である暗い森に入って行くのである。そこでは獣や鳥が友である。そういう人の変容を焦点として捉えた、もしかしたら期せずして捉えてしまった不思議なサスペンス作品なのである。


と適当なことを言ってみたりするのだった。


****

これを観た翌日にクローネンバーグ『ラビッド』を観たのだが、こちらも皮膚移植がモチーフとなっていて、『顔のない眼』DVD収録の解説によれば『顔のない眼』ヒット後に医療をモチーフとしたホラーサスペンスが流行したとのことで、その系譜上にクローネンバーグがあるという見方も出来るなあと。

『顔のない眼』は移植失敗の後の異形への道、『ラビッド』は移植が成功(?)してからの異形の道の話だ。前者にはポエジーがあるけど、後者にはクローネンバーグ初期らしく見も蓋もない(笑、褒め言葉ですよ)。

本作のモーリス・ジャールによる音楽、ワタシはとてもよく知っている音楽なんだけど、なんで知ってるの??
ワタシはなぜこの音楽を細部までよく知っているのでしょうか?
教えてst/STさんww


あ、そうそう、『ホーリーモーターズ』の運転手は本作の主役であるエディット・スコブさんで、本作を観たあとでは、明らかに、これはもう明らかに『ホーリー~』では本作のマスクを意識していると言わざるを得ない。
カラックスはインタビューで、なぜ彼女はマスクをするのかという問いに対して「わからない」と答えているが、これはすっとぼけたか、自分でも忘れてしまっているかということだろう。カラックスも一筋縄ではいかないね。



@自宅DVD
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「テス」ロマン・ポランスキー

2013-07-06 00:11:03 | cinema
テスTESS
1979フランス/イギリス
監督:ロマン・ポランスキー
原作:トーマス・ハーディ
脚本:ジェラール・ブラッシュ、ロマン・ポランスキー、ジョン・ブラウンジョン
撮影:ギスラン・クロケ、ジェフリー・アンスワース
音楽:フィリップ・サルド
出演:ナスターシャ・キンスキー、ピーター・ファース、リー・ローソン


ポランスキー監督の文芸大作。
ナタキン(とは最近はあまり聴かない言葉だね)の美しさとちょっぴりぎこちない演技がすばらしい名作。
つまり彼女のあの美しさを写し取ったという奇跡がこの映画を名作にしているのだよよよ。

いちごを食べさせるところとか、
ストーンヘンジに横たえてみせるところとかは
監督のナタキン萌えをよく感じさせるシーンであり、
今観ると「そうなの?」と思われてしまうのかも知れないが、
当時はそうだったのだ。
多分今でもそうだ(断言)。

しかし彼女はあんなにかわいい声だっただろうか?
芯に強いものを持つ女性のイメージがありもうちょっと低い声を想定していた自分の固定観念は心地よく打ち破られて、いい感じやねん。
近いうちに『パリ・テキサス』での彼女の声を確認してみたい。



しかしあれですね、うちの奥さんがよく言うんだけど、美人には若いうちから変な男どもが寄ってきてろくでもないのとつきあうはめになり不幸になると。
まさにテスはその類いの人生なのだ。
最初のダーバヴィル(偽)の若旦那は悪いヤツではないんだろうけどちょっと気色悪いし征服欲があっていけすかん。
しかし一番の問題は2番目の男エンジェル(名前からしてどうよ)だろう。
彼の身勝手な虚栄がなければ、テスはあそこで幸せに暮らせただろう。
自分の過去は許してもらおうと思ってたくせに、テスの過去は許せないとか、ああいう身勝手さというのは、あの時代にはある種の典型だったのだろうかね。

そういう人の心のありようの移り変わりを感じ取れるというところが、昔の小説などを読む楽しみのひとつだよね。
自分が今ここで持っている常識や自分なりの考えというものが、決して絶対的なものではないこと、時代や環境によって人の考えは変わり得るんだということを学ぶのが楽しみだよね。

ということで、テス原作も読んでみたいです。
(というかあのイチゴとストーンヘンジが原作に出て来るのか確認したくもありw)

***


荒野を泥だらけになって歩くシーンなどは、『ポランスキー初めての告白』での話からすると、ポランスキーの幼年期の体験を反映したものなのだろうと思う。

終盤テスが屋敷から逃げ出し、召使がことに気づくまでのシーンが好きだな。
召使の視線と天上のシミ。

あとは、全編季節感のある画面でとてもよい。
5月の風や秋の薄日が感じられる。

ストーンヘンジなどはやはり大きいスクリーンで観たいね。
リマスターしてリバイバルしないかな。

タイトルロールの最後に「シャロンへ」と書かれていて、しみじみとする。
薄命の女性という題材故か(想像)
ポランスキーがアメリカを出たのが78年だと思うので、ヨーロッパでようやく落ち着いて映画を作ったときにシャロンのことを思い出したのかと思うとまたしみじみする(想像)

wikipediaによるとポランスキーは未成年のナスターシャとも関係していたということだけど、ナスターシャは最近になって、父親にもあれこれされていたと告白していて、上で書いた美人の不幸を実生活でも託っていたのか?な?

撮影のジェフリー・アンスワースは本作撮影中に亡くなったとか。


@自宅DVD


テス 上 (岩波文庫 赤 240-1)
クリエーター情報なし
岩波書店

テス 下 (岩波文庫 赤 240-2)
クリエーター情報なし
岩波書店
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「ラビッド」デヴィッド・クローネンバーグ

2013-07-05 00:14:30 | cinema
ラビッド [DVD]
クリエーター情報なし
ビデオメーカー


ラビッドRABID
1977カナダ
監督・脚本:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:マリリン・チェンバース、フランク・ムーア 他


ゾンビ形式(厳密には違うか)による終末的ホラーと言えると思うが、
本作の場合、感染が広がり街がパニックになっていく様は、それほど主眼ではないように思える。
感染源であるローズがいかにして餌食をふやしていくかを丹念に追っている映画と思う。

ローズの主要栄養分が血液となった以上、吸血行為を重ねて行くのだが、
言うまでもなく?その行為は性的な充足を兼ねているようである。
ローズの身体にできた新しい器官は捕食器官であると同時に生殖器官でもあるだろう。
この生殖器官の命ずるままに夜の街をさまようローズは
いってみれば普通の人間と同じような存在である。
食欲と性欲を満たすために人間はなんやかやさまよっているのだ。
この欲望のさすらう行程を映画は追っている。
そこにこそ興味があるのだ。

その欲望を形にしたのが「器官」だけど、
いやーこの身も蓋もないあっけらかんとした形態がクローネンバーグしているよねえ。
しかもなんでまた腋にww
そのいかにもくすぐったい絶妙なポイントをしっかり突いた、生理的にぞわわわっとくる映像を
しっかりテーマにハメて来るあたりが、この監督の特に初期のころのもの際立った特質だよね。

ということで、なんで「器官」ができちゃったのか?とか
感染を食い止めることができるのか?とか
そういう方面への興味にはいっさい答えることなく(笑)爽快に映画は(欲望の)結末を迎えるのだった。


結末は、あれはどういうことなんだろう?
彼女は感染源だけれども、唾液からの感染には自分自身もダメだったってこと?
でもって、やられちゃって、そのあと狂乱して、でゴミ捨て場にいってそこで絶命した?のかな?
まああれはたぶん死体の扱われ方を見せたかったんだろうとは思うケドw。


****

昨日ジョルジュ・フランジュ『顔のない眼』を観たんだけど、
たまたまどちらも皮膚移植もの。
ホラーに医療がからんでいるものとしては同じ系譜にあるかもしれないが、
フランジュのほうは移植できなかった者の行く末で
『ラビッド』は移植できちゃった方の行く末。
どちらも苦しい道でありました。


冒頭のバイクの飛ばし具合がなかなか半端でないのがよかった。
いかにも禍々しいはじまり。

戒厳令はmartial lawっていうんだね。
rabidは狂犬病。

@自宅DVD
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「吸血鬼」ロマン・ポランスキー

2013-07-01 01:52:30 | cinema
ロマン・ポランスキーの吸血鬼 [DVD]
クリエーター情報なし
ワーナー・ホーム・ビデオ



吸血鬼THE FEARLESS VAMPIRE KILLERS OR: PARDON ME, BUT YOUR TEETH ARE IN MY NECK
1967アメリカ/イギリス
監督:ロマン・ポランスキー
脚本:ジェラール・ブラッシュ、ロマン・ポランスキー
出演:ロマン・ポランスキー、ジャック・マッゴーラン、シャロン・テート



好きなんですよねこういうのは。
60年代の匂いがぷんぷんするコメディ。
それがまた東欧を舞台にヨーロッパ臭さも持っている感じが絶妙によいのよね。

吸血鬼のいる城のお膝元の村の連中が、どいつもこいつもくせのあるキャラで面白い。
いかにもうだつの上がらない宿屋の亭主と
とにかく太ってでかいその女房とか
そんなのがいっぱいいて
その中でヒロインとなるはずのシャロン・テイトが妙に普通の人に見えてしまって
ある意味失敗しているかもね(笑)

主人公たる博士とその助手はなかなかよいコンビだ。
特に助手のアルフレッドはそのどこか抜けているけど純朴な性格が顔とよくマッチしていてとてもよい。
これはキャスティングの大成功だと思う。
しかもアルフレッドを演じているのはポランスキー本人なのだからいいね!という感じだ。

ポランスキーは若い頃にはワイダの作品などで演技もしていたということだ。
アルフレッドの演技もプロ並によいと思う。
無表情なのにそのまんまで純朴さと間抜けな感じが出ていて、顔で得しているw


吸血鬼にさらわれた宿屋の娘(シャロン)を救出しに(というか博士は吸血鬼存在の証拠を得ようという目的だけど)、吸血鬼の、えーと、クロロッカ?とかいう伯爵の城に行くのだけど、そこでの救出劇がやたらと面白い。
城の屋根伝いに高いところをよれよれと娘のいる部屋までいくところが好きだな。チープなんだけど結構ハラハラする。
博士が窓から入ろうとして引っかかっちゃって、助手が助けに行くんだけど、途中でいろいろあって、はっと気づくと博士がこちんこちんに凍っている、みたいなアホクサさw

あとは最後の方の舞踏会での会話の仕方も面白かったな。凝っている。吸血鬼は鏡に映らないネタを上手く使って盛り上げる。

最後のナレーションも大笑いである。


楽しく観ましたぜ。


***

音楽のクレジットがクリストファー・コメダとなっておりましたな。

博士のジャック・マッゴーランは『ワンダー・ウォール』のあの博士?もやっており、
ノリが似てるよなとおもったら、脚本のジェラール・ブラッシュは『ワンダー・ウォール』の脚本でもありました。
そんな繋がりがあるとはね。

原題もいいよねww!


@自宅DVD
コメント (2)
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