いま見てはいけない (デュ・モーリア傑作集) (創元推理文庫) | |
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東京創元社 |
ながらく積ん読でありましたデュ・モーリアの短編集ですが、
予想の5倍くらい面白かったです。
表題作はニコラス・ローグ「赤い影」の原作でありまして、
そのことによってワタシはデュ・モーリアの名を意識し始めたわけですが、
同時に「レベッカ」や「鳥」の原作者であるということも知りまして、
その筋の人を惹きつけそうな感はありますな。
と言ってもググった限りにおいてはそれほど映画化が多いというわけでもないようで、
ピンポイントで迫ってきたなあというところでしょうか(笑)
表題作「いま見てはいけない」ですが、映画の雰囲気に結構近い、
主観の揺らぎなのか事実なのかというリアリティの移り変わりを巧みに用いた、
なんというか、素晴らしいノリです。
赤い服とか二人の老婆とか、キャッチーというか
一瞬でイメージを強く刺激するような要素を使うところなど、非常に映画的な印象です。
良い方向へと必死に努力するけど結局は全てはそこに通じていた的なオチは、
名前が付いていそうな構成ですが、まあ好きですな。
タイトルの由来というか持ってき方も痺れます。
2つ目「真夜中になる前に」もなかなか変なものです。
やや偏屈な芸術家肌の教師がバカンス先でさらに変な怪しい人々と関わり、
オレは絶対こいつらとは関わらんと強く思いながら自分から深みにはまるノリが、
人間のヤバさを汲み取っていて最高(最悪w)
その闇から滲み出るような細部、古代遺物の意匠とか、
夜の闇の海からやってくる「奥方」の気配とか、怪しい飲み物とかが豊かに全編を彩っている。
3つ目「ボーダーライン」の主題はこれまた危険。
両親と自分の出自の秘密の暴露に、近親相姦的な要素とアイルランドの問題が絡まっている。
秘密が最後に劇的に明らかになる経緯に、主人公が女優であることが密接に関わるのも上手い。
原題の「A borderline- case」は「境界例」のことだろうか。
ほかに単に「どっちつかずのケース」という意味でも用いるらしいが、どちらも内容とははっきりと呼応はしない感じ。
4つ目「十字架の道」は、毛色の異なる群像劇。
ミステリアスな要素はあまりないが、さまざまな要素が絶妙に絡まり合って、
それぞれに偏屈な人々の関係がダイナミックに動いていく。
事実は小説よりも奇なりというが、その「奇」を汲み取ってきたようなエピソード群。
群像劇って好きなんだよね。アルトマンとかで映画化したいわー。
5つ目「第六の力」は
SF風味のオカルトorオカルト風味のSF。
とんでもないブレイクスルーが起きたと思われるが、その結果や証拠は5分もしないうちに失われる。
大変な秘密が秘密のまま残される。
この感覚。
主人公がここから立ち去ろうと強く決意した刹那に、抗いがたい魅力、興味、職業的習慣?によって
むしろ身も心も「それ」にコミットし始めてしまうあたりが、ほかの作品にも通じる要素。
意思や理性を深層のオブセッションがやすやすと乗り越えてしまう人の業みたいなものを好んでテーマに据える。
というわけで、予想の5倍は面白かったので、ほかの邦訳本も一気買いした次第であります。
ところで本書のカバー絵は、現代日本を代表する(と勝手に思っている)幻想画家浅野信二氏のもので、
大変に相応しい感あり。
個人的に関わりのある人でもあるとともに、
チェンバーロックバンドZYPRESSENの唯一のアルバムのジャケ絵も彼の作。(手前味噌)