Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

「回路」黒沢清

2017-11-23 23:58:11 | cinema
回路 [DVD]
クリエーター情報なし
KADOKAWA / 角川書店



2001年公開の映画ですが、
これもまた良いですね〜
すごい好きな感じです。

人が影になっていって消えるというテイストは
「降霊」での同様の感覚を
より意識的に明確に追求されている感じです。

そういうおぼろげな変化というのは
全体の進行にも通底していて、
日常が小さな不安の種から少しずつほころんでいくのだけれど、
いつの間にか知らないうちに取り返しのつかないところまで変わってしまったという
感じに常に曖昧な手遅れ感がありますね。

麻生久美子も加藤晴彦も(てか役名忘れました)
不安の中に何かが進行しているのを敏感に察知して
友人を救おうと頑張るのですが、決定的に手遅れな無力感とともにあります。

ホラーというよりは、不安と手遅れの中をどうやってどこに行けばいいのか??
という底の方に溜まっていくような怖さをもたらす。
恐るべき映画と思います。



例の一番の驚愕シーンは、
インパクト強すぎでしょう^^;
しかし、とりあえず「どうやって撮ってるんだよおい!」的な疑問が
先に立ってしまうのはどうなんだろう?(笑)

借りたDVDにはそこの丁寧なメイキングビデオが入っていたので、
疑問が解消して大変満足ですww


あの赤い養生テープで「封印」するセンスがとても良い。
独特の恐怖感があるよね〜
その後、ドアに赤い目張りがしてあるだけで、めちゃめちゃ怖く見えるもんね。


@自宅DVD
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「降霊KOUREI」黒沢清

2017-11-18 03:48:46 | cinema
夏頃ですが、WOWWOWで黒沢清ものをいくつかやっていた流れで
未見のものを観たくなって近所のツタヤに走ったところ、
そこには「降霊」「回路」「トウキョウ・ソナタ」「叫」が置いておりまして、
とりあえず「降霊」「回路」を借りてきて観たわけです。


壁のシミなのか人間なのかというような光は
後の「回路」でさらに明確に使われてますねー
いやーいい感じです。

冒頭から風吹ジュンの影だかなんだかわからない風の佇まいが素晴らしいのです。


人物がいると、その背後や奥の方の空間がもう
すごく気になる!!ような構図と
ライティング。
揺らめく光と影。

こういう工夫を模索して積み重ねて黒沢映画があるんだなあと思う要素多数。

****

すごく印象に残ったのは
なんでもないようなところなんだけれど、
風吹ジュンがファミレス去るところで、
店内から店員さんが二人(だったかな?)黙って彼女を見ている。
なんの説明もないんだけど、ああ彼女はファミレスやめたんだな、とわかる。

雰囲気でわかる。

なんて素晴らしい演出なんだろうか・・・・


それと、役所広司のお仕事仲間が
毎度毎度ヘンテコな音をリクエストしてくるのが面白い。
ヘンテコで可笑しいんだけど、なんとなくどこか怖いのよ。

本筋とまったく関係がないのだが、音にまつわる怖い話とかの伝説などを
ひっくるめて思い出させるような妙な怖さを醸し出して、
とにかくこんな調子で、あらゆる設定を、世界中不穏な感じに持って行くようにしているのが面白い。

*****

あとは哀川翔が実に素晴らしい役で出てくるのが嬉しいですな。。
大杉漣もちょい役だが最高なんですよ。
隅から隅までまともな人間が出てこない感もいいですよね。

あーあと石田ひかり



常にただならぬ緊張感、異様な気配に支配されている不穏な作品です。


テレビ用なためか、DVDは画質はイマイチでそこはちょっと残念かも。


****

現時点でDVDは普通には販売していないようですね。。。

原作はマーク・マクシェインの小説「雨の午後の降霊会」で
創元推理文庫で出てるけど絶版ぽい

それの映画化は1964年の「雨の午後の降霊祭」ブライアン・フォーブスってことです。
イギリス臭がプンプンしているので
これも見てみたい。。。



@自宅DVD
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「ロスト・イン・パリ」アベル&ゴードン

2017-11-15 02:36:30 | cinema
8月頃に観ましたが、今頃。。


パリものなので衝動的に鑑賞。

ジャック・タチのエスプリを継ぐ的な宣伝文句にも一応惹かれ。


で、
ごくごく個人的な好みの観点からの感覚的な感想ですが、
笑いを取るところ(ほぼ全編そこなんだけど)はどうも、
「どうです?面白いことをしてるでしょう?これ面白いでしょう?」
みたいなニュアンスが放たれているような気がして、
う〜む、これはタチとは違うなあ。。。

と思いました。

この違いはいったい何なのか?
具体的に何をどうすればその変なニュアンスがなくなるのか?

わからない・・・・

キートンのような場合は、やはりこれ面白いでしょう?という押しがあるのだが、
画面の中の人物は真剣そのもので、ガチに過酷に現実として滑稽な状況を生きているという感じがするですね。

いや、タチだって考えてみると、相当押しが強い。
というかかなり不自然に「面白いこと」をしてみせる。

が、「どうです?」とはならない。


不思議だわ〜〜



時々、あーこれが「文化の違い」ってやつかな。。というノリに出会う。
コメディに多いかもしれない。
ワタシ的には、Mr.ビーンなんかはそれ。
あー文化が違う。。。

「ロスト・イン・パリ」もちょっと文化が違いました。

*****

でもそれでも結構面白かったw

一番印象に残ったのは、葬儀に迷い込んだ上に
なぜか追悼の言葉を述べることになるドミニクの
すごい話の内容(笑)

フランス人やばいわ〜
と思ったら、製作・監督・脚本・主演のアベル&ゴードンは
カナダ(ゴードン)とベルギー(アベル)
の人でした。。

もうちょっとパリの街中を移動すると好みなんだけどなー
(完全に個人的な好み)


エマニュエル・リヴァの最晩年の姿を拝みに行きました。
結構高いところに登ったりしているような感じで、
頑張っていました。


高いところでおっとっと!!ってやってスリリングに盛り上げる演出が
ワタシはどうも苦手なんですけどね。。。



@ユーロスペース
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「ロシュフォールの恋人たち」ジャック・ドゥミ 劇場初鑑賞

2017-11-13 01:49:55 | cinema
ロシュフォールの恋人たち デジタルリマスター版(2枚組) [DVD]
クリエーター情報なし
Happinet(SB)(D)


劇場で上映してたので、
行ってみました。

前回はミシェル・ルグランの音楽が濃密に作り込まれすぎな感じがしたんですが、
今回はむしろ音楽の圧倒的な洪水が非常に心地よかったです。

もっと聴きたいぜ!って感じで。。


アレンジはジャズの雰囲気はありますが、
メロディとコード進行がガチフランスなので、
やっぱ好きだわよ〜

マクサンスが歌う、理想の女性を探す歌は
理想を求めるモチーフとして、マクサンス以外の人の歌でも繰り返し現れるんだけど、
いい曲だよな〜
メロディラインが最高ですな。

LES DEMOISELLES DE ROCHEFORT - La Chanson de Maxence


ダム氏が歌う切ない過去の歌も
似たテイストの曲で、これもヨーロピアンな香りをふんだんに放っている。
よくある感じといえばそうなのかもしれないが、
「よくある感じ」をずっと受け継いで熟成させるのが民衆の音楽なんだからね。



サントラCD買うなら、このリマスター完全盤だよね。
何しろソランジュが作ったコンチェルトが入っているのはこれ。
映画で、創作ピアノコンチェルトが出てくると、
もう9割がたはラフマニノフもどきなんだと思うけど(笑)
これも完全にラフマニノフ路線
で、いい曲だわ〜w

ロシュフォールの恋人たち リマスター完全版
ミシェル・ルグラン,フィル・ウッズ,ミシェル・ルグラン・クインテット,サントラ
ユニバーサル インターナショナル



と音楽のことばかりですな。



映像はリマスターものではあるが、若干粗め。
豊かな色使いを志している感じはするが、完全には達成できてない感。

しかし、全体的にと言うか、
隅々まで嘘くさい作り(というと語弊があるか・・・)
えーと現実の戯画化を徹底して行なっているところは
この映画の独特な雰囲気を作り出していると思われる。

色彩が微妙なところも含めて、この作品にしかない魅力のようなものを
醸し出している。
そこが好き。

なにしろ、フランソワーズとカトリーヌが歌い踊る。
それだけでワタシはもう感謝ですよ。

当初はオードリー・ヘップバーンとブリジッド・バルドーの主演を目論んでいたそうですが、
バルドーは出演の意向だったんだが、ヘップバーンが断ったために、
バルドーも断ってきたって話です。

(?どこで聞いたんだったかなこれ??)

ワタシとしては、ヘップバーン断ってくれてよかったと・・(笑)

製作陣はスター出なくなって青くなったでしょうけどね



それで、最近出たこの本も欲しいわ〜!!
山田先生だし。
ジャック・ドゥミ+ミシェル・ルグラン シネマ・アンシャンテ (立東舎)
山田 宏一,濱田 髙志
リットーミュージック



前に観た時の記事


@恵比寿ガーデンシネマ
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「オン・ザ・ミルキー・ロード」エミール・クストリッツァ

2017-11-05 02:29:43 | cinema
実はエイリアンよりブレランよりこちらを先に観たのです。

クストリッツァらしい重み。
重みと軽みが同時にあり、
絶望と希望が同時にあり、
人の命の重みは計り知れないけれども、
その軽さも現実。

必死に生きるけれども、
簡単に終わる。
希望はなく、絶望もしない。
絶望するけれど、希望はある。


パルムドール取った監督のインタビューをまとめた映画?で、
クストリッツァは、
「すべての人間を愛しているわけではない」というようなことを言っていたが、
その言葉の意味がよく分かる作品ではないかしら。

クストリッツァ自身が演じる不器用な男が、
それを説得力を持って表現していると思う。



エイリアンよりもブレードランナーよりも
「オン・ザ・ミルキー・ロード」でしょう。



****

一貫して優れた動物使いとしての手腕を披露してきたクストリッツァ作品だが、
ここでももう冒頭から動物たちの驚異の演技が炸裂しまくる。

多分クストリッツァにとっては人間も動物の一種なんではないかしら。
人間を操れるんだから動物だって簡単ですよ的な。

後半に動物たちが大変な災難に遭うのだが、
エンドロールでは「動物は全く傷つけてません」て出るので、ご安心を。


そういえばブレードランナー2049でもエンドロールに煙草がどうこうってあったようなきがするが、
近年こういうエクスキューズ増えたよね。多分。
まあ説明しておくことは良いのかもしれない。

ちなみにブレランでは多分誰一人喫煙しないが、
ここ本作ではバシバシ吸いまくる(笑)


それと、飛翔、雨と炎という
クストリッツァ的なモチーフがちゃんと出てきて、
しかも今回それらが組み合わさって登場なので、何やら集大成的な感動がありますです。。

*****

お相手役のモニカ・ベルッチ。
昨日ツイン・ピークスThe Return 14話録画してたのを見てたら、
モニカ・ベルッチ本人役で出てきてびっくりしたところですww

音楽はストリボールだけど、
いつもよりちょっと悲しげな音楽。

「オン・ザ・ミルキー・ロード」公式サイト


@シャンテ
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「ブレードランナー2049」二回目wは3D!

2017-11-04 00:10:39 | cinema
1週間空けずに今度はIMAXで観てしまいました〜
続けて2回見るのはワタシ的には大変珍しいんですが、
あの映像が3Dだとどうなってるのか観たい!という欲望で。。


映像については、大変感心したというか、
多分3Dは「アバター」とかゴダールのアレとか以来なんですが、
だいぶ技術が進歩したんじゃないかしら。

前は立体感はあるけどなんか奥行きに連続性がなくて
なんか舞台の書き割りみたいだよなーと思ってたんですが、
今回のこれは、立体感を通り越して、まさに臨場感。
自分が映像に入り込んでその場にいる感覚でした。
奥行きも手前から奥までスムーズに繋がっている。

いやーいい感じ。

ということもあって、2Dとはもう体験の質が違う。
どちらがいいとかではなくて、もう別物。
スクリーンの向こうにある世界を観て受け取るものと、
その場にいて受け取るものの違い。

その意味では両方観るのがオススメだわ〜





【でここからは盛大にネタバレ予定】







2回目の感想としては、これはかなり細かいところまで考えて作られてるな〜と
改めて思うなど。

冒頭の瞳のアップは考えてみるとなかなか象徴的でよろしいし、
その次の建造物?の巨大円形配置?と重なって面白い。
そこのシークエンスはなんとなくタルコフスキーのソラリスに似ている印象。

続くレプリカント(旧式)の住処の殺伐とした室内に
鍋がコトコトいっているとことか、
立ち回りがひとしきり決着がついたところでまた鍋のコトコトが響くとことか
いいセンスだよねえ。


孤児院で帳簿を見るあのデスクと空間の妙にマニアックな乱雑さはなんなんだろうか。。
Kが灰皿を意味ありげに回すんだけどあれはなんなんだ。
灰皿はおそらくピカソの絵なんだけど(エンドクレジットにも書いてある)
馬ということでつながりなんだろうか。

木彫りの馬の記憶はその孤児院の記憶なんだけど、
記憶の場所に来た時に、Kが黙ってその通路?を見やる。
そこの押し黙った無表情がとても良い。
こ・ここは??みたいな過剰な感情演出をしないのが良いね
(まあそのあと結局過剰にやるんだけどね(笑))


そういえば、アナ・ステリーン?博士?のところでKが記憶が実際起きたことだと言われて、
軽く激昂するのはなんでだろう?
椅子蹴飛ばしてるし。。
ショックを受けるのはわかるけど。
始末の対象はオレなのかよ。ってことかしらとも思うが、
そういうことで悩みそうな気はしないんだよね。


デッカードが言う
Sometimes in order to love someone, you got to be a stranger.
これは何かの引用かしら?と思ったんだけど
ちょっと調べてもすぐには出てこない。引き続き調べてみよう。
デッカードとKが会う最初に「宝島」の引用で遊ぶ?ので、
ここでも何かからの引用だと洒落てるなと思うわけですよ。

引用といえば、ウォレスがデッカードに(偉そうに)ラケルの懐妊の話をする。
旧約聖書の。
ラケルはもちろんレイチェルな訳で、
いやこれなるほどというか、後から考えたのかしらこのつながりを・・??
出来すぎている!


で、また改めて意識したのが、健気なバーチャル美女ジョイの存在。
これはまたデッカードが多分密かにモヤモヤしていただろう、
そしてまた偉そうにウォレスに突きつけられた、
「それは愛なのか?成功なプログラミングなのか?」問題の
重要で現代的な現れなんである。
終盤に広告ホログラムの彼女が、既視感のある言葉と、彼の「名前」を口にするとき、
ジョイの健気さにホワワンとしていた我々も、ちょっとゾッとするのだ。
いやーそういうことだったのか・・・・


ラストに流れるのは前作「ブレードランナー」でのヴァンゲリスの曲だが、
これが全体の音世界と溶け込んで非常に違和感がないのが感動的。
ベンジャミン・ウォルフィッシュとハンス・ジマーが前作を意識した音作りをしたのだねー

ハンス・ジマーは超売れっ子だよね。と思ってフィルモグラフィをたどってみたら
なんとスコリモフスキ「ムーンライティング」で音楽をやっている。。知らなかった。。


ということで、繰り返し見るとまた楽しめるですね^^



初回2Dの時の感想

@Tジョイプリンス?シネマ?だったっけ?
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「ブレードランナー2049」ドゥニ・ヴィルヌーヴ

2017-11-01 02:01:00 | cinema
「お前にとって私は何なんだ?」というセリフが
ワタシ的に大ヒット。
これヤマでしょう。。

記憶とアイデンティティーと意志や感情が
どう形作られるのか。
偽りのものと本当のものの境界はあるのか
あるいは境界に意味はあるのか。

移植された記憶であるけれど
それは自分のものである。
偽りのものであっても、それは真実でしかありえない。
K/ジョーのデッカードに抱く気持ちの出処はそこだ。

デッカードからするとそれはたいそう不思議
というかなんじゃこいつは?となるよな
面白いなー。



市街の風情や
そこに鳴り響く音響や
音楽は
旧作への敬意に溢れているが、
旧作よりさらに陰鬱に、終末感のあるものに仕上がっていて、
そのバランス感覚が良い。

前作では、すさんだ世界だけれど庶民はたくましく棲息しているって感じがあったけど、
今回のは荒みきってしまって庶民は息絶え絶えって感じ。。
生命力が失われる瞬間という風情。

あの折り紙的なものをしっかり継承しているのも感動的。



リドリーの作品が持っている奇想天外なテイストのようなものは
ちょっと足りないかもしれない。
前作『ブレードランナー』を観たときの
「おい、こんなの見たことないぞ。。。」
みたいな体験はちょっとないが、
それはこちらが無駄に経験をつんでしまったとかそういうこともあるだろう。

少なくとも嫌いなところがほぼなかったし
むしろかなり好き〜


****

健気なバーチャル女子ジョイちゃんはもうかわいいったらないのだが、
かわいいだけでなく彼女の有り様もまた
レプリカントと人間の境界は?という問題系の変奏なのがうれしいじゃん。
アナ・デ・アルマスはキューバ出身の女優さんなんだね。

問題の存在であるアナ(だったっけ?)を演じるカーラ・ジュリも素敵。
彼女についてはあまり情報がない感じね。

ハリソン・フォードの他に、旧作「ブレードランナー」からの人物としては、
ガフ役のエドワード・ジェームズ・オルモス。

脚本にハンプトン・ファンチャーがいるのも注目よね。
ある意味ブレードランナー生みの親。

****

3Dも観たいかも!
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「エイリアン・コヴェナント」リドリー・スコット

2017-10-26 00:58:12 | cinema
また夕方に時間ができたので映画観るか、ということで、
「パターソン」みるかなあと思ったんですが、
気分的になんかぱあっとしたい感じだったんで
「エイリアン・コヴェナント」観ちゃったというw

「プロメテウス」を観てないんで、どうかしら。
観てなくてもとりあえず特に支障はないと思うんですが。
もちろん観ておけば色々な繋がりの理解などはあるでしょうが、
前作観てないと訳がわからんという類のものではないです。



【ここからはネタバレな感想を含む!】



というか、冒頭のあのくだりは「プロメテウス」にはないのか?
スタイリッシュな空間と不思議なインテリアは、なんとなく「2001年宇宙の旅」を思わせる。
懐かしいセンス。

一転して殺伐とした現場感ある宇宙船内は、
これは「エイリアン」の所帯染みた乱雑さ(それが初見時は大変インパクトあったよね)とはまた違った、
ハードな現場としての暗さを持っている。

降り立ったヤバい星も雲の下は大嵐だし、
草原も森もどこか暗い。
デヴィッドのいる遺跡的なところもそりゃあ暗いし。

冒頭のアレが何やら夢のような感じになっていく。
夢と現実で、現実の方がとにかくハードな印象になるようになっていて、
まあ実際ハードなんだけど、
そういう印象操作的な面白さがありました。

********

ストーリー的には、
これはもうごく個人的な好みの問題なんですけど、
年取ったせいか、
「エキセントリックな人物が出てきて悪巧みをして、世界を不幸にしていく」
っていう設定と、
「解決したかに見せて、ラストに「実は災厄はこれからなんだぜ?」って匂わせて終わる」
ていうパターンが、最近どうにもつまらなく思えるようになってきちゃって、
「エイリアン・コヴェナント」はドンピシャでこれなんだよね(笑)

特に後者の手法は、なんというか若い頃には大変魅力的に見えたし、
広く客の心を掴むにはいいのかもしれないね。
(個人的な根拠な印象だけど、日本映画のこういうハード系?なものって
 だいたいがそういう終わり方しないですかね??)

でも、あの終盤のダニエルズの捨て身の大立ち回りとか、
ぜーんぶ無駄でした〜残念!
ていう恐ろしさって、なんだか80年代くさいかも?^^;

********

宇宙船クルーについては、それぞれの責任と個人的な欲求とのせめぎ合いみたいなものが
都度問題になるところが面白かった。
実際極限状況での行動判断にはそういう側面を瞬時に判断していくことが求められるだろうし、
臨場感を形成していたのかなということと、
そういう社会から生まれた映画なんだなーと思いました。

一方でデヴィッドのマッドサイエンティスト風の考えや動機などは
なんだか薄弱な設定という感じがする。。。
ヴァーグナーを使ったりしているので、ヒトラー的なマッドネスも感じたりするので、
こういうやつが実在するんだよ現実でもと思わせはするけどね。

「いまいちなリーダーがチームを破滅に導き、
有能な若いのが事態を打開してリーダーシップを獲得する」
的なのも
まあ良くある話です。
が、いまいちな上にとうとう「母体」にまでされちゃう最悪な役回りとなるがすごいかも。

いまいち感を良く演じていたビリー・クラダップGJ

*******

あとラストにダニエルズが「気づく」理由は、なかなかよくできているね。
そういうところはプロはうまくやるよねー

********
********


◯湖畔に本物の木材で小屋を建てて暮らすとかは
 あれ、「オブリビオン」を思い出すね。
 プロコルハルムとジョン・デンヴァーの違いはあるけど。

◯ジョン・デンヴァーといえば、極めて個人的には音楽聴き始めの頃のフェバリットが
 ジョン・デンヴァーだったんで、ここで出会うのも運命かと(笑)
 でクルーが「ジョン・デンヴァーの事で冗談は言わねえぜ」っていうのも
 もう大変ツボでした!

Take me home,country roads/John Denver with lyrics


◯これで字幕での曲名が「カントリーロード」ではなくて「故郷に帰りたい」だったらもっと最高だぜ^^;

◯字幕といえば、ところどころ変じゃない?と思うところがあり。
 誤訳とかではないんだけど、例えば、
 わざわざ持って回った言い方をしてるところで、その真意を訳文にしてあったり。。。
 意味としては通じるんだろうけど、そうすると会話の妙とか、
 言葉の選び方から立ち上る人格とかそういうものがなくなっちゃって、
 つまらないと思うんだよなあ。。

 某所で最近友人と話した中では、「ブルースブラザーズ」の新しい字幕や
 WOWWOWで放映中の「ツイン・ピークスThe Return」字幕版の字幕が
 実にそういうぶち壊し系のもので、
 そういう劣化字幕はどういう力学で生じているのか?誰か内情を知る方がいたら教えてもらいたいところです。。。



あ、あと、「パターソン」でなく「エイリアン〜」に走った理由はもう一つ
このPENのSF特集を読んでるところだったもんで、こっち方面で盛り上がりがち(笑)
Pen (ペン) 2017年 11/1号 [映画・小説・マンガの名作から最新作まで SF絶対主義。]
クリエーター情報なし
CCCメディアハウス




@ユナイテッドシネマ豊洲
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「散歩する侵略者」黒沢清

2017-10-22 03:07:55 | cinema
休日出勤の振替休日をもらったので
銀座に観に行きました。銀座?有楽町?



冒頭タイトル出るまでの奇妙な流れは
実に素晴らしい。
あれはこういうことだったのか!という
よくできた映画らしい体験に
後々ガンガン繋げてくるし。

タイトル出るところの少女とトラックの画面は
非常に若者ウケしそうだし。


若者ウケといえは、
中盤で突如世間がキナ臭い動きを見せてくるところとかも
やはり若者ウケしそうだよな。

前触れなく非日常が滲み出てくるみたいなのは好きでしょ。

急に警官隊だか機動隊だかが街中を走ってくるとか、
理由不明なのだが市民がわらわら逃げてくるとか。

そういう不穏な演出をよく心得ているのがさすがよね。



ワタシ的には、まず長谷川博己の桜井さんの在りように惹かれましたです。

あからさまに描かないけど、コイツ普段はすごいクズ野郎なんだと匂わせるのが最高。

で、クズなんだけどヒューマニズム一応持ってて、
それが宇宙人と行動する中でどんどん前面に出てくる。

んだけど、その中で、世の中実はヒューマニズムでもなんでもない、
みんなクソなんだということも改めて身にしみてくるわけ。

で最後はああなると。

ひとりはるかに突き抜けて去っていくという感じが良いよね。




長澤まさみは、前半はいつもの長澤まさみな感じで
なんとなく演技臭さがあるんだけど、
後半、特に終わりに向けて例によって「車移動」の後は、
長澤まさみの殻を捨てた!的な変化があるのよね。

演技の変化というよりも、顔つきの変化みたいな感じで。



笹野さんの最初の登場シーンは「きたぁっw」で感じで拍手ものだし。
この人は黒沢作品では大体「敵か味方かよくわからん人」をやるよね。

マエアツも出番少ないけど人格の変貌をよく表現してたし。

名前出てこないけど、あの警官(高卒)と自分とは何か?的な論争が突如始まるとかw


ということで非常に好きな映画なんだが、
ここがこうだから好きだということをまだ全然整理できてません〜

公式サイト

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「ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK -The Touring Years」

2017-08-04 02:02:35 | cinema
ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK -The Touring Years Blu-ray スタンダード・エディション
クリエーター情報なし
KADOKAWA / 角川書店


タイトルの通り、主に彼らのライブ時代、
ハンブルクから最後のキャンドルスティックまでの、
世界をツアーしていた頃のライブ映像を中心にしたドキュメンタリーでした。

年代を追って、デビューからアメリカを制するまでの高揚感とか、
巨大化してクレイジーなものになっていくツアーへの絶望という
彼らの感情に寄り添うような作りで、
いやービートルズって大変だったんだなと思う。

アルバム制作のこととか
キリストより有名事件とかも交えながら、
彼らの興味関心の変化や成熟の一方で、なおアイドルグループとして続けられるツアーの内容が
どんどん虚しいものになってく様をよく捉えていて面白い。

それと、その時期の彼らの人気ぶりがもう尋常でない。
知っていたつもりではあるのに、改めてスタジアムでのライブの馬鹿でかすぎな観客席とか、
彼らの到着する空港やホテルに押し寄せる何千何万という人の姿とかを見ると
これは他では見たこともないような大騒ぎだと思う。





しかしそういう切り口なので、彼らの中期入り口まででほぼおしまい。
初期から中期も素晴らしいとは思うが、
ワタシとしてはやはりSGT以降の彼らの曲の貫禄が非常に好きであることがよくわかった。

すごいとかかっこいいとかを通り越して、
もうただそこにあるみたいな。

中期後期はあまりセンセーショナルというか
映像的な資料があまりないからなのか、
その辺にフォーカスしたドキュメンタリーはほぼないのが
ちょっと残念。

映画「LET IT BE」がある意味後期のドキュメンタリーなんだろう。
いろいろ事情はありそうだが、もはや歴史資料としてあの作品を世間に公表すべき時が来ているのだはなかろうか。
(要するに観たい!)

ということでは、本作のラストがあの!ライブ映像であることは
とても感動するし、全体のコンセプトがより説得力のある形になったと思う。
できればもうちょっと長めに使って欲しかったな。


しかしあのライブの彼らの佇まいは、本当に貫禄がある。
とても当時まだ20代終わりとは思えん。。。。。


********

「アンソロジー」の映像も見ているので、
本作は全体的に既視感あり。
しかし初見の映像とか、こういう背景の写真だったのねというような編集もありで
新しい発見も多数。

「アンソロジー」でも思ったが、初期ライブでのリンゴのプレイは
すごくパワフルでノリが良く、これがバンドを牽引するドラムか〜と
感心。



@自宅WOWWOWで鑑賞
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「メッセージ」ドゥニ・ヴィルヌーヴ

2017-06-21 02:36:35 | cinema
テッド・チャン「あなたの人生の物語」を原案とした映画ということで、
楽しみにしておりましたが、やっと観ました。

*****

原作はいかにも映画化が難しそうなものでしたので、
いったいどうやって映像化しているのか?と興味津々。

原作では、異なる言語を習得することで、物事の認識の仕方も変化する、という、
「サピア=ウォーフの仮説」に基づき、言語学者がエイリアン(ヘプタポッド)の言語を理解するにつれ、
これまでとは違った認識を得るようになる。

ということの一方で、その新しい認識とはどのようなものかを、
変分原理の一つである「フェルマーの原理」により基礎づけ描写している。

この2点が小説の面白さの核であり、また特に変分原理による「なるほど!」感は、
一番映画化が難しそうだなーと思っていた。


本作では、その困難な部分は潔くバッサリ切って、
ヘプタポッドの認識においては時間という概念がないことを所与のものとして扱い、
ヘプタポッドとのコミュニケーション成立の過程、それにより主人公が自分の人生をどう再構築するか、
そしてそのような認識を得た後にどのようなことが起こりうるか、に絞って、
小粋なタイムパラドックス風味のエンタテイメントに仕上げている。

原作にないモチーフも上手く組み込まれており、よく考えられた作品になっている。
さすが。

****

原作にないものの一つが、ヘプタポッドに対する世界の各国の対応の描写。
そこに世界は協同してより良き世界を作る努力をしなければならないという「メッセージ」を込めている。
こういう発展の仕方もこの物語にはあるのだな。

あと、ヘプタポッドの文字の成り立ちについても、
彼らの認識様態を踏まえた面白い説明が原作にはあるんだけど
ここらへんもカット。
ここは映画に入れてもよかったかもしれないが
ちょっと冗長な感じはするかもね。

******

映像も、暗い色調をベースに、「現場」の殺伐とした雰囲気と、
それに対する主人公の「人生」を対比的に描き出してグッド。


音楽もよいねー。サントラ欲しいかも。
冒頭と終盤に使われるのはマックス・リヒターの「on the nature of daylight」で、
こういう曲は映像とともに流れると、なかなか来るものがあるねー

もう1曲既成曲があったと思ったが、クレジット読み損ねました。

ヨハン・ヨハンソンによるその他の音楽も、
ヘプタポッドの認識を表現するかのような不思議感があり大変に好み。

クレジットにはボーカル指揮にポール・ヒリアーの名があったけど、
ボーカルアンサンブルの曲ってあったかしら?


Max Richter - On the Nature of Daylight


リヒターについてはこちらの記事がまとまっているかも。

あと原作についての昔の(超適当な)記事はこちら
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「クリーピー 偽りの隣人」黒沢清

2017-06-10 19:02:57 | cinema
クリーピー 偽りの隣人[Blu-ray]
クリエーター情報なし
松竹


録画していたのを観ました。

香川照之のやばい人オーラに押され気味であるが、
主人公的な西島さん演じる高倉も、2回も「面白い」とか言っちゃうし、
趣味でやってますとかいうし、若干のサイコパス風味アリ。
奥様も明るいふるまいの奥に闇をため込んでいっているようであるし、
隣の田中さん?の他者を極端に拒絶する振る舞いといい、
記憶と証言がとにかく怪しい日野市の少女といい、
出てくる人みんなが怪しい感じの作りは好み。

そういう怪しさに加え、随所に場の個性をじっくり映像に刻み込むやり方も素晴らしい。

西野の家の玄関手前に謎の増築部分と工事の囲いみたいのがある殺伐とした状況とか、
増築部分入口にビニールシートが下がっていていつも風に揺られているとか。

高倉の妻が西野の家の玄関に踏み入れた時に、わずかにカメラを引くことで、
妻が感じた禍々しさを表現するあたりはさすが。

日野市の「現場」の空家感や配置のヤバイ感じや、
終盤の廃墟風の元ドライブイン風の建物といい、よくロケハンしたなー。

日野市の現場に感じとるヤバさを、高倉が次第に自家の周辺に適用していくのも、
怖さのひとつの軸。

冒頭の警察署の廊下から始まって、西野の家の廊下の暗い感じもこだわりあり。

大学の風景ではむやみにオープンな作りのキャンパスに、
背景に常に過剰に学生たちが集うのが映るのも面白い。


ストーリー的には、西野の怪しさが暴露されていく一方で、
高倉の妻のようにサイコパスワールドに引き込まれていく人々のあり方が怖い。
このまま西野の勝利で終わっても少しもおかしくない。
取り返しのつかない世界に目覚めてしまった自分の
不穏な立ち位置を思う妻の絶叫で幕を閉じるのが素晴らしい。


16号をひたすら北上するワゴン車のこの世のものとは思えない情景は、
もう手を叩くほかなし。


@自宅録画鑑賞

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「不思議惑星キン・ザ・ザ」ゲオルギー・ダネリア

2017-05-13 03:53:07 | cinema
不思議惑星キン・ザ・ザ≪デジタル・リマスター版≫ [Blu-ray]
クリエーター情報なし
キングレコード


不思議惑星キン・ザ・ザKIN-DZA-DZA
1986ソ連
監督:ゲオルギー・ダネリア

話題のコレをようやく見ました。
これも面白いねえ^^

宣伝的にはユルいの強調な感じですけど、
結構プロットがしっかりしたSFよね。

冒頭のトリップに至るところはすごい感動したw
きた!これよ

前半はキン・ザ・ザ星雲の惑星プリュク星の不思議感を堪能する
ユルいファーストコンタクトものの風情があり、
異文化との出会いのぎこちない感じが楽しいし、
不思議なことがたくさん起きる。

後半は脱出〜振り出しに戻る的なループが始まり、
いよいよ脚本がノッテくる。
ループを積み重ねたのちに、最後に全体が大団円的な構造になってることがわかるのが
ホント素敵。

*****

人種差別とか階級社会とか
そういうものを外から見ると実に滑稽なんだというのは、
こういうシンプルな物語でも十分に表現出来るよね。

そういう社会のしきたりにどっぷり浸かっちゃう人たちは
こういうのを見て考えることはないのかしらと思うけど、
内部ではどっぷり浸かるというのが社会の成立ということなんだろうな。。

ここに出てくるおじさんとバイオリン弾きは
そういう社会の掟を飄々と乗り越えて、
根本原理にヒューマニズムを据えて行動するのが楽しい。
ヒューマニズムというのは適切かどうかわからないけど、
ひどい目に遭いつつも見捨てることはないということ。

ひょっと出てきた
「幸せかどうかは本人に聞いてみないと」
っていうセリフが基本思想かも。。

****

ということもあるけど
細部のチープな感じがほんとツボ!みたいなのが楽しすぎ。

あの宇宙船というか飛行機械?のボロい感じとか
無駄に機械部分が露出していてウニョウニョ動いてるとか

偉そうな警察みたいなエツィロップ?が持っている
安っぽいけど破壊力(切断力?)のあるヘンテコな武器とか
(破壊力の割に現象が地味w)

デタラメな歌を演ったらすごいウケるとかw
なんか知らんが空間の音響をコントロールする技術があるらしいとかw
なにあの「伴奏器」って(大笑)

。。。。。とかもういろいろ


昨年リマスター版でリバイバル上映したので
公式サイトがありますね。



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「血を吸うカメラ」マイケル・パウエル

2017-05-09 02:29:58 | cinema
血を吸うカメラ [Blu-ray]
クリエーター情報なし
KADOKAWA / 角川書店


血を吸うカメラPEEPING TOM
1960イギリス
監督:マイケル・パウエル
脚本:レオ・マークス
出演:カールハインツ・ベーム、モイラ・シアラー、アンナ・マッセイ 他


これは名作でした。

「見る」ことによる意識や状況の変容を中心主題としていて、
主人公マークの、病的な8mm?16mm?カメラでの窃視、
そのフィルムを現像したものの私的上映、
ヘレンがマークの幼少期のフィルムを見ること、
決定的なあのシーンのフィルムを見ること、などなど、
「見る」描写を様々に連ねていくことで、状況は動いていく。

同時に、彼らが何を見たのかを我々観客に「見せる」かどうかは、
周到にコントロールされている。
この映画のクライマックスと言える、ヘレンが真相を知るシーンで顕著だが、
ヘレンが何を見ているのかは画面には一切出さず、
しかしそこに映っているはずの映像がどのようなものであるかは、
すでに我々観客には情報が与えられている。
その上で、映像を見ているヘレンの表情の変化によって、
我々観客は彼女が見ているであろうシーンをまざまざと想像することができる。

この格好良さですよ。
見せないことによって、ありありと想像させる、この格好良さ。

名作ですな。


主人公マークがなぜこのような性癖を持つに至ったか、についてもよく設計されている。
父が撮ったという幼少期の禍々しいフィルムが全てを無言で(無声なので)表現している。
すごい。

父が残した著作の扱いも密かに謎めいている。
書棚になぜかカラフルな背表紙で並んでいて
マークは忌みながらも大切にしている感ありで。


そのほかにも、これだけ「見る」ことを巡って動くなか、
盲目のスティーブン夫人の「見破り」を配置してみたり、
マークの職業である映画カメラマンの仕事風景を盛り込んだり(これが面白いw)、
冒頭からPOV的な手法で視点を多層化してみたり、
撮影シーンとそのフィルムを見るシーンでシークエンスを再帰してみたり、
くしゃみの止まらない精神科医が現れたり、
ヴィヴィアン(モイラ・シアラ!)のダンス披露があったり、
やたらノリの軽い警官がいたり、
取り調べの間中警察の人がマークのカメラを弄り回してマークが冷汗をかくとか、
ヘレンの童話?出版にマークが写真(「顔」!)を提供しようと盛り上がる(がそれは達成されない)、
などと、至る所に面白い仕掛けが施されている。

もう名作です。

最後にマークは終焉の儀式として、自分を「見られる」側に位置づける。
これが死を意味することは、彼の中では必然で、それは全編を通して描かれているので、
我々にもその儀式の意味が明確なのもよく考えられているよね。


****

◯という大名作を撮ったパウエルですが、
これの興行的失敗でとうとう映画作家のキャリアを絶たれてしまったという話です。
興行というのは恐ろしい。

◯パウエルらしく色彩が豊かで良いですね。

◯ヒッチコックの影響がありそうな気配満々
具体的な参照項は別途考える(多分)

◯個人的にはポランスキー『ローズマリーの赤ちゃん』を想起。
見せないことで表現するあのシーンの1点の類似のみで。

◯音楽が非常にカッコ良い。

◯主演のベームさんはファスビンダーの幾つかの作品でおなじみ。
というか観てる時はわからなかったが^^;
思えばあの『マルタ』のヤバい旦那じゃないか。。。

ちなみに本作でのクレジットはCarl Boehm
そんで、カールハインツは指揮者カールベームの息子とIMDbに書いてある。
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「鏡」アンドレイ・タルコフスキー

2017-04-10 22:49:03 | cinema
鏡 Blu-ray
クリエーター情報なし
IVC,Ltd.(VC)(D)



齢とともに、タルコフスキー作品ではこれが一番好きかもと思うようになり、また観たくなったので観ました。

BD版は色鮮やかで解像度もよく、また鮮烈な体験となりました。フィルム+劇場での体験とは異質な気もしますが、時代の流れですな。

****

「ノスタルジア」などで顕著だが、極めて個人的なものの解決や成就が、
世界の救済につながる、という、いささか「セカイ系」風なテーマがタルコフスキーにはあると思うが、
その個人的なものの解決・成就〜救済とはそもそもなんじゃろか?という問いと探求が、
この映画のひとつの切り口ではないかと思う。

ひとつはノスタルジー。
心に深く根ざしている過去の記憶、出来事、情景、確執を見つめ、大切にすること。
そのことが人の魂を救済する。
確執を明らかにし呪縛から逃れるとかそういうことではなく、
酸いも甘いもそのままのものとして向き合うことで訪れる癒しのようなもの。

二つ目は、超越的なものの理解と交流。
冒頭近く、アナトーリー・ソロニーツィンが語る自然との交流。
冒頭の吃音少年が催眠術により変貌を遂げる(と思われる)こともまた、精神の深遠な作用。
母の留守に現れた祖母が、カップの熱を残して突然消えるのもそれ。
母がぶちまけたバッグの中身を拾う時に生じる静電気もそれ。

この二つは全く別の事柄ではない。
記憶の中の雨、記憶の中で吹く風に舞うシーツ、炎、そういったものは、
心に深く楔を打ち込むと同時に、超越的なものとの交感を伴う。
その交感がまたノスタルジックな感情となって蘇る。

この絡み合う二つの事柄を、タルコフスキーは記憶の中のビジョンを
可視化しようとしたり(森を抜ける風、雨の中の火事、滴るミルク、驟雨)、
断片的なドラマとして想像/創造したり(印刷所の焦燥、父母の会話、祖父母の影)する。

時には大文字の歴史と接続し(泥野の行軍)、あるいは言葉による再解釈を重ね合わせる
(アルセーニーの詩の朗読)。

知情意の総体に多層的に訴えかけようとするタルコフスキーの動機に、
映画という形式が見事に呼応している。そういう宿りをここでは観ることができる。

****

今回は鏡のモチーフをよく意識した。
母と訪れた父の故郷の知り合いの家(だと思う)の別室で、
小さな鏡を不穏な意識の元に長く凝視するイグナート少年。

遠い記憶(おそらく父親の幼少期の記憶)の中で、ミルク壺を抱えて静かに鏡に映る少年。

自分を見つめる装置としての鏡、自分を写し出す装置としての鏡。
そこには不可解ながら何故かこの世に在る存在の耐え難い重みのようなものが漂う。

終盤でイグナートが生まれる前の母親が、男の子がよいか女の子がよいか尋ねられ、
逡巡し涙を流すのも、鏡を不穏に見るイグナート少年の心情を先取りしたものだと思われる。
生の不穏。

***

イグナートはおそらくタルコフスキー(アンドレイ)自身と思われるが、
彼の父もまた、幼少期の記憶にとらわれ、母親や妻と確執を抱えていて、
それがまたイグナートに影を落としている。
そのことに触れ、父親の記憶にも踏み込んでいるのがとても面白い。

記憶の世代間の遡行は、随所でアンドレイの父アルセーニーの詩が読まれることによりさらに多層化する。


@自宅BD鑑賞


ちなみに前回の記事

「鏡」の本 について
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